ユニットの複製によるパターン構成課題に関する実践報告 井上征矢 筑波技術大学 産業技術学部 総合デザイン学科 要旨:「平面造形論・演習」の一課題として,単純なユニット(単位形態)を平行移動や鏡映,回転などの処理を加えながら繰り返すことで幾何学的抽象パターンを制作する演習を行っている。制作の方法自体は単純であるが,造形表現における「仕組み」を理解する視点を育てる上で有効な経験となっている。また,ユニットの形状やその繰り返し方法の組み合わせによっては,角度や明るさの錯 視が見えるものなど,最小単位であるユニットをみただけでは予見できない意外性のあるパターンが生成される場合もある。本稿ではその課題内容の詳細と学生作品の一部について報告する。 キーワード:平面造形,幾何学的抽象パターン 1.はじめに 2 年次1 学期に開講している「平面造形論・演習」は,専門領域に分かれて最初に受講する科目であり,造形要素や造形秩序などに関する基礎理論についての講義と演習を行う中で,造形表現における「仕組み」に関する視点を育てること[1] を目的のひとつとしている。その中の1 課題として,幾何学的抽象形を使ったパターン構成課題を課している。パターンを制作する際の最も簡単な方法は,単純なユニット(単位形態)を制作し,それを繰り返す方法である。パターン制作に限らず,ユニット式の構成においては,ひとつの単位を決めるだけで,それらを組み合わせてできる形の変化は多彩であり,全く予期しない形が現れる場合があるところに面白みがある[2]。形の変化の多彩さのみでなく,形や色(明るさ)の錯視が見えるパターンが生成されることもある。本課題においても,そのような意外性のあるパターンを生成させることや,それらの仕組みに関する視点をもたせることなどを目的のひとつとしており,これまでの学生の取り組みにおいて一定の成果が得られているので,本稿ではそれらの一部について紹介する。 2.課題内容 2.1 課題条件 平面造形における「形」の考え方やパターン構成の仕組みに関する講義の後,以下の条件によってパターン構成課題を課している。本課題において鍵となるのは,最初にどのようなユニットを制作するのか,そしてどのような方法でユニットを繰り返すのか,の2 点である。いずれの場合も,何らかの規則性のある構成にする方法と,自由でランダムな構成にする方法が考えられるが,自由でランダムな形や繰り返し方法の場合は,描画力やバランス感覚が求められる。しかし,造形表現における「仕組み」に関する視点を育てることや,そのことによって特別な能力がなくても,一定レベルの作品ができる手法を学ぶことが本課題の目的のひとつであるため,ユニットの形は,定規やコンパス等で描けるような抽象形を基本とし,繰り返し方法には,平行移動,鏡映(線対称),回転(点対称)など,数理的な規則性をもった方法とすることを課題条件としている。以下にその詳細について述べる。 2.2 ユニットの繰り返し方法 ユニットの繰り返し方法としては,主に図1 に示すような方法や,その組み合わせがある。 ユニット平行移動鏡映(左右) 鏡映(上下) 鏡映(上下左右)回転(90 度) 回転(180 度) 図1 ユニットの繰り返し方法の例 〇平行移動 一つのユニットを,向きや角度を変えずに移動させるように複製する方法である。向きや角度が変わらないため,いくつ繰り返しても同じ見え方の連続である。 〇鏡映(線対称) 対称軸によって左右や上下で反転させながら複製する方法である。この場合も上下や左右で1 度のみの場合は,そこでできた形の繰り返しとなる。 〇回転(点対称) 一点を中心にして,決まった角度で回転させながら複製する方法である。図1 をみても分かるように,回転が加わることで,その先さらに繰り返すことによってできあがる形のバリエーションがより多彩になる。 〇拡大・縮小(相似) ユニットを規則的な割合で拡大・縮小させながら複製する方法である。本課題においては,採用していない。単純なユニットであっても,これらの処理を組み合わせながら複製することによって,様々な見え方のパターンが生まれる。 2.3 制作の手順 以下に制作の手順を示す。 ①配布の用紙の30×30mm の枠を使用し,直線のみで面を分割するユニットを5 個以上と,曲線のみで面を分割するユニットを5 個以上のアイデアスケッチを行う。最初からPC ソフトを用いて発想する方法も考えられるが,ソフト上での描画技術の習得度合いによって形の自由度が制限されることを避けるために,発想の段階では手作業としている。 ②アイデアスケッチの中から,直線2 種,曲線2 種の計4種のユニットを選び,Adobe illustrator でデータ化する。 1 つのユニットの大きさは20×20mmとし,ユニットができた段階でグループ化する。この段階で余裕のある学生や意欲のある学生は,4 種以上のユニットをデータ化する場合も少なくない。  ③ユニットをパターン化する際に,隙間なく配置するために,「編集」→「環境設定」→「ガイド・グリッド」を開き, 「グリッド 10mm」 , 「分割数4」と指定した上で, 「表示」→「グリッドにスナップ」を選択する。 ④ 4 種のユニットを,縦2 個,横2 個(計4 個)に組み合わせて配置したパターンを,1 つのユニットにつき4 種以上制作する。配置の方法は,平行移動,鏡映,回転,それらの組み合わせなどであり,様々なパターンを試して見え方を確認する。その際(あるいは⑤において),必要に応じてユニットの枠線を消去する。 ⑤計16 種(4 種のユニット×4 配置方法)のパターンのうち,直線のもの1 種,曲線のもの1 種の計2 種を選択し,1 つのユニットを縦横に8 個ずつ並べ,全体で160×160mmとなるパターンを制作する。その際,パターンの密度を上げることで見え方が向上すると考えられる場合は,縦横に16 個ずつ並べた上で,160×160mm に縮小することも可とする(推奨する)。 ⑥提出はデータとプリントとし,②④⑤の段階を提出する。前述のように,本課題ではユニットを見ただけでは予見できない,意外性のあるパターンを制作することを目的のひとつとしている。そのため,上記手順のうち,④の段階において,如何に全体の視覚効果を想像できるかが重要である。例えば,この段階で形が枠内で完結するような場合は,これを繰り返した場合にも想定を超えるパターンは生まれにくく,外部へのつながりある形の方が意外性のあるパターンに近づきやすいといえる。以下に様々な視覚効果が生まれたパターンの事例を紹介する。 3.学生作品の事例 3.1 傾きや明るさの錯視が見えるパターン 図2 に示す学生作品では,物理的には水平,あるいは垂直である線が傾いて見える錯視が生まれている。傾きの錯視としては,ツェルナー錯視(Zöllner illusion)や,カフェウォール錯視(Café Wall illusion)などが有名であるが,例えば学生作品3 であれば水平線と垂直線にそれぞれ鋭角に交わる線があるという点で前者の錯視に,学生作品4であれば,水平線の上下に黒い面が左右にずれた位置関係で置かれているという点で,後者の錯視に類似の構造をもつといえる。 また,図3 に示す学生作品5,6,7 では,明るい箇所がより明るく見える(白い箇所がより白く見える)錯視が,学生作品8 では,暗い箇所がより暗く見える(黒い箇所がより黒く見える)錯視が生まれている。これは明暗や明暗の面積比が漸次的に変化する場合に,その勾配が変化する部分で明暗が強調されて見えるマッハ効果(Mach effect)に関連する効果と考えられる。 これらは,ユニットの制作段階から意図されていたものは 少なく,ユニットの形の特徴と,その繰り返し方法の対応から, 偶然に生まれた視覚効果といえる。 学生作品1 学生作品2 学生作品3 学生作品4 図2 傾きの錯視が見えるパターンの事例 学生作品5 学生作品6 学生作品7 学生作品8 図3 明るさの錯視が見えるパターンの事例 学生作品9 学生作品10 学生作品11 学生作品12 図4 奥行き感や前後関係が感じられるパターンの事例 3.2 奥行感や前後関係が感じられるパターン 図4 に示す学生作品では,その形の構造から,奥行き感や前後関係があるかのように見える視覚効果が生まれている。形(下向きの三角形)の上に,形(上向きの三角形)が乗っているかのようなユニットである学生作品9 や,柱状の形を並べたようなユニットの学生作品11 では,ユニットの段階から既に前後関係の見えを生む構造があるといえるが,学生作品10 や12 については,ユニットの段階ではそれらの見え方が生まれることの予見は難しく,繰り返しによって生まれた効果といえる。 3.3 白黒で同形の繰り返しが生まれたパターンユニットが白黒で同形等面積の形で構成される場合,その繰り返し方法によっては,図5 に示すような白黒の同形がより大きな形のつながりで繰り返されるパターンができる場合がある。例えば,学生作品13 であれば,ユニットは正方形を対角線で白黒に分割し,その中に小さな同形の三角形を2 つずつ配置した形であるが,これを繰り返すことによって,左向きの黒い直角三角形と,右向きの白い直角三角形が繰り返されるパターンとなっている。 学生作品13 学生作品14 学生作品15 学生作品16 図5 白黒で同形の繰り返しが生まれたパターンの事例 学生作品17 学生作品18 学生作品19 学生作品20 図6 その他のパターンの事例 3.4 その他のパターン 以上に挙げたような特殊な視覚効果が生まれたパターン以外にも,本課題においては,図6 に示すように何かに応用できそうな完成度の高いパターンが多く生まれている。学生作品17,18 のように,結果的に具象的な文様を思わせるようなパターンになったものもある。 4.講評 この授業では,各課題の成果物について,優れた点や 面白いと感じられる点,改良点などについて,学生個人に対して文章でコメントを送るとともに,皆に共通する課題や,参考となる作品については,プロジェクタによって拡大表示して説明を行っている。この課題の場合に特に多いのは,制作の手順④⑤の段階で,他のユニットや繰り返し方法を選択した場合に生成されるパターンを実践してみせることである。制作者本人が気づかなかった特殊な視覚効果や魅力を生むパターンになる場合もあり,これらの過程を経て,作品を改良し,より完成度の高まった作品を再提出してくれる学生も少なくない。 5.まとめ 以上に紹介したように,本課題では最初に制作したユニットを規則性のある方法で繰り返すことで,様々なパターンを生成させる試みを行っている。その繰り返し方法は,平行移動や鏡映,回転などの容易な処理であり,ユニットさえできれば誰にでも簡単にできる課題であるが,ユニットの形の特徴や繰り返し方法によっては,最小単位であるユニットを見ただけでは予見が難しい錯視効果が見えるなど,意外性のあるパターンが生成される場合もある。意図とした図柄を制作する練習ももちろん必要であるが,偶然に生まれる視覚効果にも興味深いものがあり,またその経験を繰り返すことによって,造形表現における様々な「仕組み」を理解し,生まれる視覚効果を予期しつつ,制作する力が養われることもある。平面造形の基礎課程において有効な経験のひとつであると考えられる。 謝辞 本稿で紹介した学生作品は,制作者本人の許可を得た上で掲載させて頂きました。なお,掲載作品の中には,制作の手順④⑤の段階で制作者が選択しなかったものも含みます。ご協力ありがとうございました。 参照文献 [1] 石井宏一.「仕組み」から「造形表現」を見る.In:森竹巳.アートとデザインの構成学:現代造形の科学.朝倉書店(東京),2011; p.131-148. [2] 朝倉直己.芸術・デザインの平面構成.六耀社(東京),1984 A Practical Report on the Practicum for Creating Patterns by Duplicating Simple Unit Forms INOUE Seiya Department of Synthetic Design, Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology Abstract: As an issue of “Two-Dimensional Design (Lec. & Lab.)” held in the first semester for second-year students, by duplicating a simple unit (unit form) and adding processing such as parallel translation, mirroring (line symmetry), and rotation (point symmetry), a practicum for creating geometric abstract patterns is implemented. Although the method of creation is simple, it is an effective experience in cultivating a viewpoint for understanding the “structure” in design expression. Furthermore, depending on the combination of the unit shape and its repetition method, an optical illusion of angles and brightness may be created, and there are cases where a pattern that cannot be foreseen merely by looking at the smallest unit has been created. In the present paper, we report the details of the issues along with some of the student works. Keywords: Two-dimensional design, Geometric abstract pattern