2017年度フィリピン・セブ島での語学留学に関する報告 松井康1),岡本健2),井口正樹1)筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻1)筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科2) 要旨:本学の海外研修事業の一環として,2018年3月4日から12日までの間,英会話能力の向上を目的とした語学留学を実施した。滞在先はフィリピン・セブ島にある語学学校であり,保健科学部学生2名が参加した。参加学生は,フィリピン人講師による1対1のレッスンを5日間,合計36時間受講した。短期間の研修ではあったが,現地の人達や文化に触れる機会が多くあり,貴重な経験を得ることができた。参加学生は,語学力向上に加え,コミュニケーション能力や異文化理解という点でも向上がみられ,本学が目指す広い視野をもったグローバル人材の育成を推し進めることができた。 キーワード:海外研修,短期留学,英会話,異文化体験,フィリピン 1.はじめに 本学は教育理念の一つとして,「世界的な視野で聴覚・視覚障害者に対する高等教育の充実と発展に寄与する[1]」ことを掲げている。この理念を実現するために,本学ではグローバル人材の育成に力を入れており,具体的な教育サービスとして,海外研修や留学生短期受入れ制度,英語サロン,TOEIC対策講座などを提供し,質の高い教育環境を整備している。本学の海外研修には,現在8事業あり,欧州,米国東部,米国中部,オーストラリア,ロシア,フィリピン,中国,韓国といった地域に学生を派遣している。この中で例えば,欧州研修[2], [3]は本学保健科学部の学生のみを対象とした事業であり,ICCと呼ばれる視覚障害学生向けワークショップに学生を参加させている。その他にも米国中部研修[4], [5]では,主に理学療法学専攻の学生を対象として,米国アイオワ大学に派遣し,アイオワ大が独自に作成した研修プログラムを受講させている。これらはいずれも本学で10年以上前から実施している事業であり,高い教育実績と成果がある。海外研修では,派遣先がたとえ非英語圏であっても,意思疎通をはかる際には,主として英語が用いられる。また研修プログラムや資料作成のために使用する言語は,いずれの事業でも英語を基軸としており,高い学習効果を得るためには,英語の語学能力が必要になる。また本学の教育理念に従って,学生がより国際的に発信できる力を持つためには,英語でのコミュニケーション能力向上が必須であるが,その習得方法については課題となっていた。このような背景から2016年度に,本学保健科学部学生を対象にフィリピン・セブ島にある語学学校に学生を派遣し,英語の語学力向上を目的とした海外研修を実施することにより,一定の成果を得た[6]。2017年度も同様の海外研修を実施したので今回報告する。 2.活動の目的 本研修は,英語の語学力向上を主な目的として行われた。また,海外での生活を通して自立心・社会性を養い,現地の人達との交流を通すことにより海外における異文化を理解することも目的の一つとした。 3.参加学生・引率教員 本研修では,株式会社桐原書店が運営するFirst wellness English Academy(以下,FEA)の語学留学に参加した。本研修は,保健科学部の学生を対象とし,年度末に実施したため1~3年生を対象とした。派遣人員2名に対して,2名の応募があり,書類選考・面談の結果,応募のあった以下の2名を派遣学生として選考した。・ 保健学科理学療法学専攻2年 山本康稀 ・ 情報システム学科3年 平野恵なお,情報システム学科の岡本健准教授,保健学科理学療法学専攻松井康助教の2名が引率すると共に,学生と同様に,語学レッスンを受講した。 4.研修期間,研修施設について 4.1 研修期間 研修期間は,平成30年3月4日(日)から3月12日(月) で,レッスン期間は3月5日(月)から3月9日(金)であった(表1)。 表1 語学留学のスケジュール 4.2 滞在地(フィリピン・セブ島)について セブ島は,フィリピン中部のヴィサヤ諸島にある島で,南北に200km程の細長い島であり,世界中から多くの観光客が訪れる場所である。なお,フィリピンは,英語が公用語の一つとして使用されており,発音はネイティブに近いと言われている。日本からは直行便の飛行機で5時間程度,時差は日本の1時間遅れである。物価は日本のおよそ半分程度であり,日本の近隣で,質の高い英語教育が比較的安価で受けることができ,語学学校が多数開校している。セブ島の気候は高温多湿の亜熱帯気候で,一年を通じて暖かいのが特徴である。本研修での滞在期間中は平均最高気温が31度,平均最低気温が25度であった。 4.3 研修施設について FEAは,年間700人程度の留学生を日本から受け入れている。社会人がその多くを占めており,1〜2週間程度の短期留学者が多い。今回,我々が留学したFEAセブプレミアム校は,セブ市内中心部に位置するMJ Hotel and Suites(2014年開業)を宿泊施設とレッスン教室として使用している。レッスンフロアはホテル内の9,10階で,2016年12月に新設された。教室は32室あり,教室内には机,椅子2脚,ホワイトボードが設置されている。それぞれの教室がプライベートを確保した個室空間となっており,一つの教室の大きさは,1.7m×1.2m程である。ホテルの1階にはレストランがあり,朝から夜まで営業している。このため食事のために外出することなく,レッスンに集中することが可能となっている。 5.研修プログラムの詳細 5.1 事前研修・出発 事前研修は,出発1ヶ月前,および2週間前の2回,春日キャンパスで実施した。最初に教員が研修の目的や日程,渡航時の注意点や滞在中の心得などについて説明した後,各学生の視覚障害状況や必要な支援について確認を行った。また,研修に期待することなどについてディスカッションを行った。 5.2 研修の概要 今回,我々が参加したセブプレミアム校でのレッスンは,すべて生徒一人につき講師一人が担当し,個室にておこなわれる。生徒1人1人の希望やレベルに応じたレッスンを受講でき,情報補償が整備された落ち着いた環境の中で,集中して,効率よく学習することができる。学校には,フィリピン人講師が20人程度と,セブに2年以上在住の日本人スタッフ2人が常時勤務している。講師の年齢は,平均25歳位(20〜40歳代)である。男女比は1:9と女性が圧倒的に多い。講師は皆気さくで,英語学習に加えて,現地での生活などについても親切に相談に乗ってくれる。学校内は,カフェテリア以外は英語以外の言語を話すことが原則禁止されている。なお,同時期に入学した留学生は10〜70歳代と年齢層の幅があり,多くは日本人であった。レッスンは,月曜から金曜の平日に行われ,午前,午後それぞれ4レッスン(1レッスン50分)を,8時から17時まで受講した。金曜のみ午前で終了となり,1週間で計36レッスンを受講した。レッスンの内容は,Speaking, Listening, Grammarといった基本的な内容から,Business English, Email Englishといった応用まで幅広い。講師ごとに教えている教室が固定されており,生徒は原則,レッスンごとに教室を移動することになっている。 5.3 レッスンスケジュール 1日目は,8:00から,オリエンテーションを行った後,希望するカリキュラムの内容についてアンケートが行われた。その後,Listening, Speaking, Reading, Writingのレベルチェックテストを続けて実施した後,レベルチェックテストの結果に応じたレッスン(BeginnerからAdvancedの6段階)が10:00~17:00まで行われた。レッスンスケジュールの例を表2に示す。2〜4日目は,レッスンスケジュールに沿って,8:00〜17:00まで終日レッスンが行われた。なお,毎日,一日の最後の授業担当講師が,Buddy Teacher(相談担当教員)となり,その日の授業のレビューを行い,留学生の理解度を確認した。また,授業やその他で難しさを感じる場合の相談やカリキュラム変更の希望などにも対応していた。5日目は,8:00〜12:00までレッスンを行い,13:00から1時間程度で卒業式が行われた。式終了後,卒業生一人一人が英語でのスピーチを行った。 表2 レッスンスケジュール(例) 6.視覚障害に対する配慮について FEAで視覚障害補償について配慮してもらった内容は,視覚障害学生への障害の程度に応じた授業方法の選択,教室移動に関する配慮などである。弱視学生に関しては,通常使用しているテキストを用いた授業が可能であったため,テキストを用いた授業であったが,全盲に近い学生に関しては,テキストを読むことが難しいため,主に講師による口頭授業を中心としたカリキュラムにしてもらった。レッスンの内容は選択可能であるため,視覚障害を有する学生の場合,Speakingを中心とした読み書きを伴わない科目の選択など,障害の程度に応じて適切な科目を選択することが重要であると考えられる。また,今回参加した学生は,視覚障害により授業毎に独力で教室を移動することが困難であったため,学生の教室移動を無しにしてもらい,講師が授業毎に教室を移動するという配慮を受けた。 7.今後の課題について 研修期間は短期間であったものの,自立心の向上や英語学習に対する前向きな姿勢がうかがえた。しかし,英語の語学力向上を目指すためには,事前学習や研修期間の長期化などについて検討する必要があると考える。2016年度の研修に参加した学生はいずれも弱視であったが,本研修では,弱視学生と全盲に近い視覚障害学生が参加した。情報補償に関して,FEAからのテキストの電子データ配布などは難しいようで,口頭でのやり取りや手に文字を書くなどの方法でおこなわれていた。今後より良い情報補償のあり方について,語学学校のスタッフと事前にすり合わせをする必要があると考える。 8.参加学生の感想 「基金への感謝のことば」に寄せられた文章から引用する。 8.1 平野恵さんより このたびは,海外研修にあたり,種々の支援をしていただき,誠にありがとうございました。関係者の皆様に心より感謝申し上げます。研修への参加が決定した当初は,視覚障害のある自分が,語学学校のスタッフに受け入れてもらえるのか不安でした。また教材や授業の情報保障についても十分な配慮は無理だろうと半ば諦めていました。ところが引率された先生方の尽力もあり,種々の問題は解決に至りました。このため,いざ研修が始まってみると,前述のような不安もなく快適に英語を学ぶことができました。施設の移動では,どのスタッフも快く誘導してくれました。レッスンの先生方も非常に親切で,教材に関する私の要望にはすぐに対応してくれました。生活面ですが,建物の施設や交通機関,道路において,残念ながら視覚障害者に対する配慮がまだ十分とはいえず,インフラ整備は過渡期という印象を持ちました。現地の人たちも,支援したい気持ちがあるが視覚障害者に対し,どのように接してよいのか,戸惑っているようでした。一方で,配慮の方法を素直に学びたい,支援したいという気持ちは人一倍あり,私が要望や対処方法を伝えると積極的に対応してくれました。今後も自主的に英語学習を継続することにより,私の夢である,外国人に日本語を教えるボランティアができるよう,さらなる英語力向上に努めます。私にとって今回の研修は,語学学習に加え,フィリピンの歴史や生活環境,文化を知ることができ,大変充実した9日間になりました。 8.2 山本康稀さんより この度は,私の海外研修への参加において資金面で援助をいただき,誠にありがとうございました。お陰様で自身の経済的問題を気にすることなく研修に励むことができました。セブ島で行われた講義はすべて英語で行われました。講義の時間だけでなく,食事の注文やホテルのスタッフとの会話といった日常的な会話も普段のように日本語で済ませることはできません。しかし,このような状況が私をおおいに成長させてくれたと考えております。ほんの少しではありますが,会話が聞き取れる回数が増え,伝えたいことがスムーズに出てくるようになりました。また,英語を使いこなせるようになるには単に文法や単語を覚えるだけではいけないということを,本研修で学びました。積極的に英語を話し,よく聞き,自ら外国人とコミュニケーションをとろうとすることが重要になってきます。このような取り組みにより,私自身は多くのこ とを吸収できた研修となりました。この経験をこれからも自身の成長や国際社会の発展に役立てていきたいと考えております。 9.まとめ 本学の学生2名がフィリピン・セブ島にて実施した語学留学について報告した。短期間の語学研修ではあったが,学生にとって英会話能力の向上のみならず,語学学習を通じて,現地の人達と交流し,文化や歴史を学ぶことができた。学生は貴重な経験を得ることができ,国際感覚を養う良い機会となった。 10.謝辞 学生の旅費に関して筑波技術大学基金より多大な支援を頂きました。記して深く感謝します。 参照文献 [1] 本学の教育理念と教育方針(cited 2018-9-5),国立大学法人筑波技術大学ホームページ,https://www.tsukuba-tech.ac.jp/introduction/ethos.html [2] 小林真.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICCの変遷 −本学からの10回の参加を振り返て−. 筑波技術大学テクノレポート.2015:22(2);24-28. [3] 小林真,笹岡知子.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2017参加報告.筑波技術大学テクノレポート.2018:25(2);51-57. [4] 井口正樹,松井康.第11回アイオワ大学研修報告.筑波技術大学テクノレポート.2017:24(2);52-56. [5] 井口正樹,野津将時郎.第12回アイオワ大学研修報告.筑波技術大学テクノレポート.2018:25(2);46-50. [6] 近藤宏,笹岡知子,井口正樹.フィリピン・セブ島での英語の短期留学に関する報告.筑波技術大学テクノレポート.2017:25(1);69-73. Report on A Short-term Study Abroad of English in Cebu, Philippines (Fiscal year 2017) MATSUI Yasushi1), OKAMOTO Takeshi2), IGUCHI Masaki1) 1)Course of Physical Therapy, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology2)Department of Computer Science, Faculty of Health Science,Tsukuba University of Technology Abstract: As part of overseas training program of our University, we conducted a short-term study abroad for the purpose of improving the student’s English conversation skills from March 4th to 12th, 2018. We selected two students from the Department of Health Sciences. They attended one-on-one lessons from Filipino lecturers for a total of 36 hours over the course of five days. Although it was a short-term training program, there were many opportunities to contact local people and culture, and the students gained valuable experience. In addition to enhancing language skills, they also improved in terms of communication skills and cross-cultural understanding. As a result of this overseas training, we promoted the development of global human resources with a broad perspective. Keywords: Overseas training, Study abroad, English conversation, Cross-cultural experience, Philippines