聴覚障害学生の日本語に関する困難点の分析(4)~副助詞・接続助詞・接続詞を中心に~ 脇中起余子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:筑波技術大学の聴覚障害学生に対して助詞や接続詞に関する問題を実施し,理解状況が良くなかった問題を解説した。その後期末試験で再度出題したところ,全体的に理解状況が改善されたが,さほど改善されなかった問題も見られた。本稿では,副助詞や接続助詞,接続詞を中心とする問題の結果をまとめ,聴覚障害学生にとっての困難点を概観する。全体的には,授受やウチソトと関わる問題や読解が求められる問題,既にどんな助詞が使われているかによって答えが変わる問題が難しいようであった。 キーワード:聴覚障害者,日本語,副助詞,接続助詞,接続詞 1.助詞問題の作成と実施,分析 前稿「聴覚障害学生の日本語に関する困難点の分析(3)~格助詞を中心に~」では,中等・高等教育を受ける聴覚障害者を念頭に置き,助詞や接続詞を適切に扱えるかを調べる問題を5名の聾教育関係者の協力を得て作成し,筑波技術大学の聴覚障害学生(以下「学生」と称する)に対して実施したことや,理解状況が悪かった問題を取り出して講義(「日本語表現法A・B」)で解説し,期末試験で再度出題したことを述べた。さらに,格助詞を中心に,①最初の結果と②期末試験の結果を比べ,改善を妨げる要因と促す要因について考察した。本稿では,副助詞や接続助詞,接続詞を中心として,聴覚障害児にとっての困難点を概観する。 2.問題の実施と結果の分析 同意書が得られた学生について,①最初に実施した時の結果と,②期末試験の結果を分析する。受検人数は,①は問題によって41~45名,②は46名であった。以下,正答となる選択肢を「正答肢」,誤答となる選択肢を「誤答肢」と称する。それぞれの学生の各問の正答率の算出方法として,白紙回答は0%とし,「複数回答可」の問題では「{(選んだ正答肢と選ばなかった誤答肢の数)/選択肢数}×100(%)」とし,「1つ選べ」の問題では正答肢のみ選べば100%,誤答肢を選んだり指示に従わなかったりすれば0%とした。そして,学生全員の平均正答率を算出し,表1に示したように,①と②の平均正答率の差によって各問を「A~F」に分類した。 副助詞,接続助詞,接続詞を中心とする33問について,表1を見ればわかるように,5%以上の「改善」が見られた問題(A・B)が21問(64%),5%以上の「悪化」が見られた問題(E・F)が1問(3%)であったので,学生の理解状況は全体的に改善されたと言えよう。 表1 副助詞や接続助詞を中心とする33問の変化 3.副助詞や接続助詞,接続詞を中心とする問題の結果 以下,各問題の結果を示す表の作成にあたって,①と②とで人数が若干異なるので,各選択肢を選んだ比率と平均正答率のみを示す。「1つ選ぶ」などと書かれていない問題は「複数回答可」の問題である。白紙回答者や「1つ選べ」の問題で複数選んだ者が問題によって1~2名見られたが,その比率は省略する。各表の①のところで正答肢に「〇」をつけた。各表で,①しか示していない問題は,②(期末試験)で出題されていない問題である。 表2の1)~3)は,「誰が」「誰か」「誰かが」「誰も」「誰もが」などの使い分けができるかを調べる問題である。1)では,{ }のあとに「が」があることから,「か」と「も」のいずれかになる。「誰もが知っている」は皆知っている意味で,「誰かが知っている」は一部の人が知っている意味であるから,「か」が正答となるが,②で平均正答率は8ポイント上昇していた。2)では,「誰か来た」と「誰かが来た」の両方とも可能であるが,命令形の場合,「誰か来て」は言えても「誰かが来て」は言えない。2)で,「誰かが来て」は言えると誤答した者は,①②ともに36~37%であった。「も」は,「並立・添加」の意味で使われることが多いが,「少しもない」のように強調の意味で使われる場合がある。3)の①では38%が「が」を選んだが,この「も」は強調を意味することを解説すると,「が」を選んだ比率は,②で29ポイント下降して9%になっていた。 表2 「並立・添加」に関わって 表3に示した4)~9)は,「頃・ぐらい ・ほど・ばかり」に関する問題である。「ばかり」には「約」の意味もあることを①で理解していた学生は,4)が49%,5)が18%,7)が47%であった。6)のように,「驚くぐらい」というニュアンスがある場面では,「ばかり」は使いにくいが,①で「ばかり」を選んだ学生は29%であった。これは,「ばかり」に「約」の意味があることを理解しない者が多かったことによる影響があると思われる。8)の「5時( )に~する」では,「頃」と「ぐらい」が答えになるが,9)は「5時( )~する」となっているので,「頃」しか使えない。8)の①の平均正答率は89%であったが,「5時ぐらいに」も言えることを説明すると,9)で「ぐらい」を選んだ者は②で15ポイント上昇して35%になっていたことから,文の中の助詞「に」の有無に配慮しながら答えを選ぶことが難しい学生がみられることになる。「両方の助詞が使える」ことの紹介が逆に正答率を押し下げる場合があることがうかがえる。 表3 「比較・程度」にかかわって(1) 表4 「比較・程度」にかかわって(2) 表5 「全体否定」と「部分否定」に関わって 表4の10)~13)は,「10分はかかる」と「10分もかかる」は10分を超えるが10分に近い意味で,「10分はかからない」と「10分もかからない」は10分を越えないが10分に近い意味であることを理解できているかを調べる問題である。10)「10分はかかる」について,①で22%が「8~10分」の意味だと誤答したが,②では15ポイント下降して7%になっていた。また,13)「10分もかからない」について,①で71%が「約1分間」を最適の答えとしたが,②では45ポイント下降して26%になっていた。「台風は,5日には上陸する見込み。8日にも熱低に変わる見込み」のような表現をよく耳にするが,前者は「遅くて」後者は「早くて」の意味である。正答肢を選んだ者の比率は,14)の「20日には」では,①が53%,②が80%であり,かなり改善されたが,15)の「20日にも」では,②でも35%に過ぎなかった。筆者の前任校の聾学校高等部で,「全部解けなかった」と「全部は解けなかった」の意味の違いを理解しない生徒が多く見られたが,表5の16)と17)に示したように,約8割の学生が両方の意味を理解できていた。その一方で「少し解けた」と「少しは解けた」はほとんど同じ意味になるが,両方とも正答した学生は55%であった。19)「少しは」について,平均正答率は②で27ポイント上昇して97%になっていた。「行けることは行ける」や「行けないことはない」,「行けなくはない」はいずれも消極的に「行ける」と言っている意味であるが,①では,20)「行けることは行ける」の平均正答率は55%であり,「行ける」が二回出てくるからか32%が「積極的に『行ける』と言っている」意味にとらえていた。21)「行けなくはない」の平均正答率は32%であり否定形とわかる「ない」が1回しか出てこないからか54%が「積極的あるいは消極的に『行けない』と言っている」意味だとしていた。②では,20)と21)の両方とも正答肢を選んだ比率は34~38ポイント上昇しており,かなり改善されたと言えよう。なお,22)「行けないことはない」では,①の平均正答率は,「行けなくはない」や「行けることは行ける」と比べるとやや高く現れていたが,これは,「ない」が文の中で2回出ており,二重否定とわかることと関連すると思われる。表6は,原因・理由に関わる問題である。23)で,59%がの学生が「家にいた。それで,台風が来た」は正しいとしており,理由を尋ねると,「口で言う『そいで』などと混同した」と言う学生がいた。授業中解説したにもかかわらず,②でなお52%の学生が「正しい」としたことから,よく使う似た単語があるとそれに引きずられることの修正は難しいと思われた。「ので」は,「から」と比べると,正当な理由や客観的な理由の時に使われることが多い。24)では,「閻魔大王」は実在せず,親しい間柄の人との会話なので,「ので」は不適切となるが,②でも24%が「ので」を選んでおり,これらの微妙な使い分けは難しいと思われた。25)について。イ)では,彼の顔をまだ見ておらず,「明るい顔をしているだろう」と想像しているのに対して,ウ)では,「の」があるので,彼が明るい顔をしているのを見,彼の合格を知って,「だから明るい顔をしているのか」と既知の事実と結びつける意味になる。②では,正答肢のイ)を選ぶ比率は25ポイント上昇して93%になったものの,誤答肢のウ)を選んだ者が52%見られたことから,「の」の有無によって意味が微妙に変わることの理解は,相当難しいと思われた。「ばかりに」「だけに」は,「から」と置き換えられることが多いが,「ばかりに」と「だけに」が使える文は微妙に異なる。この2つの境界線の説明は難しく,26)~27)の①では適切に使い分けられない学生が約半数いるようであった。しかし,26)の②では,正答肢の「ばかりに」を選んだ者が20ポイント上昇していた。「~するなり」と「~したなり」は意味が異なる。「するなり」は,「するとすぐに」の意味で使われることが多いが,「~するなり~するなり」のように二回出てくる場合は例示を意味する。これらの表現の使用頻度は高くないと思われ,平均正答率は,28)は1ポイント下降していたが,29)は13ポイント上昇していた。 表6 原因・理由と結果に関わって 表7 副助詞「なり」「や」に関わって 聴覚障害者は,見た目が似ていると混同する人が多い。「ところが」と「どころか」は濁点の位置が異なり,しかも両方とも「逆接」の雰囲気を伴っているからか,表8の30)の②で,まだ33%が誤答肢を選んでいた。「私は無一文になっても彼を支えたい」と「私は無一文になってでも彼を支えたい」は似た意味であるが,「彼が無一文になっても彼を支えたい」と「彼が無一文になってでも彼を支えたい」とでは,後者が不自然になる。「~してでも」には「自分がそれをしてもかまわない」意味がこめられているので,「雨が降っても行きたい」は言えるが,「雨が降ってでも行きたい」は不適切となると説明できるかもしれない。31)の①で,後者を適切と答えた比率は67%であり,②でもなお54%みられた。「~ところ」「~ところが」「~ところで」「~ところを」の違いの説明も難しかったが,32)は,②の平均正答率が25ポイント上昇しており,説明が難しかったにもかかわらずかなり改善された問題の一つであった。 表8 「逆接」に関わって 4.聴覚障害学生の助詞に関する困難点の概観 前稿「聴覚障害学生の日本語に関する困難点の分析(3)~格助詞に関して~」や脇中(2017)で見られた困難点を,以下に簡単にまとめる。第一に,授受構文と関わる助詞の難しさが掲げられる。脇中(2017)で述べたように,「あげる」「もらう」「くれる」を混ぜた問題を複数実施したところ,「くれる」が含まれる選択肢を選ばない学生が多く,選んだ学生の4~9割が助詞を適切に扱っていなかった。そこで,別途「AがBにあげる(もらう・くれる)」のそれぞれで「A→B」と「A←B」のどちらの意味かを尋ねたところ,「あげる」「もらう」では,ほぼ全員が正答したが,「くれる」では,3~4割しか正答しなかった。さらに,「ウチソト」との関連で,「娘が店の人に~もらった」や「店の人が娘に~くれた」は「店の人が娘に~あげた」と言い換えられないが,約7割の学生がそのことを理解していなかった。「くれる」と「もらう」の微妙な違いの理解も難しい。例えば,約3割の学生が「,母のことばに,私は落ち着かせてもらった」は自然な言い方であると回答した。授受構文の指導の困難さは,多くの聾学校で指摘されている。筆者は,聴覚障害者に多い視覚優位型や同時処理型の認知特性をもつ人は,いわゆる一人称的思考や虫の視点が難しく,物理的事実にのみ注目する傾向があり,授受構文においても物の方向性にしか目を向けず,ウチソトとの関連で文章の正否を考える機会が少ないという仮説を抱いている。今後,「ウチソト」の視点との関連で日本語を学ぶ教材の整備の必要があると思われる。第二に,ウチソトや一人称,二人称,三人称に応じた動詞の選択も難しい。「私は食べたがる」は自然な言い方とした学生が約8割みられた。また,小説のような場面でない場合,通常は,「田中夫人は,家を自慢したがるから,敬遠される」のほうが「田中夫人は家を自慢したいから,敬遠される」より自然な言い方であるが,このことを理解しない学生が約6割見られた。第三に,抽象語を用いた問題の難しさが掲げられる。「明日学校{に・で}プールがある」や「学校{に・で}大きなプールがある」では,「プール」の意味を考えて答える必要があり,9割前後の学生が正答できていたが「図書室,{に・で}委員会がある」は約5割,「参議院{に・で}はどんな委員会があるか」は約6割しか正答しなかったことから,抽象的な語を使った文になると難しくなることがうかがえる。このことは,簡単な語を用いた問題による助詞指導の限界を示唆するであろう。第四に,読解が必要な問題,特に手がかりが選択肢のあとにあることによる困難さが掲げられる。例えば,「入口で用紙を渡されたが,どこ{に・で}記入すれば良いのかわからなかったので,尋ねたら『控え室です』と言われた」の正答率は約6割であった。第五に,日本語は「彼に本を渡す」と「本を彼に渡す」のように語順を変えられる特性があると聞くと,それを一律的・機械的にすべての文に適用し,「玄関の前でベンチに座る」と「ベンチに玄関の前で座る」の両方とも言えると解釈した学生が多く見られた。第六に,既にどんな助詞が使われているかに注意を払うことの難しさがある。「先生に手紙を渡す」「友人に~してもらう」と書けるようになっても,その二つの文を組み合わせる場合は,「に」の重複を避けるため「友人に先生へ手紙を渡してもらう」とするほうが良いことを理解できていない例も多く見られる。第七に,「(~した)ところが」と「(~する)どころか」,「行くなり」と「行ったなり」など,文字のうえで似ている語の違いの理解は難しいようであった。第八に,「助詞の機能」を覚えさせる指導による困難さが掲げられる。「学校へ行く」「学校に行く」「学校まで行く」はいずれも言えるが,学生の2割が「道{まで・へ}物を捨てるな」で「まで」を選んでいた。このような微妙な使い分けが難しい例は,他にも多く見られる。第九に,助詞と動詞をセットで覚えさせる指導による困難さが考えられる。「通勤電車{に・で}座れる確率を高める」で「に」を選んだ例が見られたことから,「椅子に座る」のように「に」と「座る」をセットで覚えさせる指導法には限界がある。第十に,「~ので」と「~から」など,手話が同じになる語に弱さを残す学生が多かった。また,「~(した)ばかりに」と「~(した)だけに」のように,手話で区別して表しにくい語の使い分けも難しいようであった。 5.現在の取り組みと今後の課題 最近,アクティブラーニングの重要性が指摘されている。また,端末機器で学習に取り組めるようにすると,学習を完了する比率が高まるという指摘もある。 今回の①で,正答肢を選んだ比率がいずれも80%以上で,かつ誤答肢を選んだ比率がいずれも20%未満となった問題を「易レベル」,それ以外の問題を「難レベル」とし,端末機器で取り組めるように整備した。 図1は,Webに出る問題の一例である。各問題で指示に従わなかった時は,エラーメッセージが出るようにした。 図1 Webにおける助詞問題の画面の一例 図2は,各章で回答が終わった時に出る画面である。「あなたの正答率は33%,ある年度の筑波技術大学の聴覚障害学生の平均正答率は96%」「(選択肢①②③の順に)正解は〇×〇,あなたの回答は〇〇×」のように,回答後自分の答えと正解を同時に見られるようにした。 図2 回答後の答え合わせの画面の一例 現時点では,正解となる理由の説明が載っていないので,自学自習教材としてはまだ不十分である。現在,各問題の解説を暫定的に作成し,回答後自分の回答と正答,解説が見られるように整備しているところである。また,今後は,授業の中で取り組ませるのではなく,宿題として取り組ませる方向で進めたい。 謝辞 同意書を書いてくださった学生や保護者の方々に厚くお礼を申し上げます。 参照文献 脇中起余子.助詞の使い分けとその手話表現,1~2巻,第1版.北大路書房(京都),2012.脇中起余子.聴覚障害学生の日本語に関する困難点の分析(1)~『もらう・くれる』『いただく・くださる』に関して~.筑波技術大学テクノレポート.2017;25(1):p.5-11. Analysis of Difficulties Encountered by Japanese Hearing-Impaired StudentsRegarding Supplementary Particles, Conjunctive Particles, and Conjunctions WAKINAKA Kiyoko Division for General Education for the Hearing and Visually Impaired,Research and Support Center for Higher Education for the Hearing and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology Abstract: Focusing on Japanese supplementary particles, conjunctive particles, and conjunctions, this study analyzed the difficulties faced by hearing-impaired students at Tsukuba University of Technology. The results showed that it is difficult to use particles concerning giving-receiving and inside-outside; to use particles that sound similar (for example, “tokoroga” and “dokoroka”); and to solve problems using abstract words, problems that require reading comprehension, problems that do not follow the general principle regarding word order change during particle use, and problems that require attention to which particles are already in the sentences. Rote memorization of “the function of the particle” is sometimes inappropriate. It is difficult to appropriately use particles for which the sign language is the same, for example, “(suru)node” and “(suru)kara,” Keywords: Hearing impaired, Japanese supplementary particles, Conjunctive particle, Conjunctions