聴覚障害学生の日本語に関する困難点の分析(3)〜格助詞を中心に〜 脇中起余子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:従来から聴覚障害児の助詞獲得の難しさが指摘されている。筑波技術大学の聴覚障害学生に対する1年次必修科目「日本語表現法A・B」の中で,助詞や接続詞を適切に扱えるかを調べる問題を実施し,理解状況が良くなかった問題について解説した。その後,期末試験で再度出題したところ,全体的に理解状況が改善されたが,さほど改善されなかった問題も見られた。本稿では,格助詞を中心に,聴覚障害学生の理解状況が改善されにくい要因やされやすい要因を考察する。 キーワード:聴覚障害者,日本語,格助詞 1.聴覚障害児にとっての助詞獲得の難しさ 従来から,聴覚障害児の一般的な学力は小学校4年生前後で横ばいとなっていることや,特に助詞に関する問題でつまずきが見られることが指摘されている。聴覚障害児における助詞の獲得状況に関する調査研究はかなり見られるが,それは格助詞が中心であり,副助詞や接続助詞,接続詞に関する調査や高等教育を受けている聴覚障害者を対象とした調査研究は少ない。聾学校では,中学部や高等部で使える助詞問題を作成しようとしたが,答えの範囲が定まらず断念した話を聞く。筑波技術大学の聴覚障害学生(以下「学生」と称する)を見ると,「から」には「行為の起点」や「材料」の意味があるという言わば「助詞の機能」はほぼ理解できているにもかかわらず,助詞を適切に選べない例が見られる。助詞の理解状況を調べるにあたって,初等教育を受ける者に対しては,簡単な単語を使った短文の問題でよいが,中等・高等教育を受ける者に対しては,抽象語を用いた問題や読解が求められる問題も必要であろう。 2.問題の作成 拙著『助詞の使い分けとその手話表現』で作成した問題を基盤にして897問を作成し,5名の協力者(聾学校教員が中心)に答えや修正意見の記入を求めた。筆者も含めて6名の意見が一致するまで,改善案を提案した。最終的には,答えの範囲が「6名:0名」または「5名:1名」となった問題のみを採用し,「6名」または「5名」が選んだ回答を「正答」とした。897問を5名の協力者で協議した結果,35問(3.9%)を削除し,26問を新規追加した。また,問題文を微修正したものが79問(8.8%),答えの範囲を変更したものが11問(1.2%),問題の出し方(「複数回答可」「1つだけ選べ」「2つ選べ」など)を変更したものが113問(12.6%),大幅変更が42問(4.7%)であり,残りの617問(68.8%)は変更なしであった。確定された888問において,5名の協力者および筆者の答えが完全に一致した問題は,846問95.3%)であった。答えの範囲や出題方法について,国語科教員であっても意見が分かれる問題が多く,中学部や高等部の生徒向けの助詞問題を作る難しさを再確認した。問題が多いので,本稿では,格助詞を中心に取り上げ,次稿で副助詞や接続助詞,接続詞を中心に取り上げる。 3.問題の実施と全体の結果 作成した助詞問題をいくつかに分け,筑波技術大学の講義(「日本語表現法A・B」)の中で実施した。理解状況が良くなかった問題をその次の講義で取り上げて解説し,期末試験で再度出題した。同意書が得られた学生について,@最初に実施した時の結果と,A期末試験の結果を分析する。受検人数は,@は問題によって44〜46名,Aは45名であった。以下,正答となる選択肢を「正答肢」,誤答となる選択肢を「誤答肢」と称する。それぞれの学生の各問の正答率の算出方法として,白紙回答は0%とし,「複数回答可」の問題では「{(選んだ正答肢と選ばなかった誤答肢の数)/選択肢数}×100(%)」とし,「1つ選べ」の問題では正答肢のみ選べば100%,誤答肢を選んだり指示に従わなかったりすれば0%とした。そして,学生全員の平均正答率を算出し,表1に示したように,@とAの平均正答率の差によって各問を「A〜F」に分類した。格助詞を中心とする71問について,表1に示したように,Aの平均正答率において5%以上の「改善」が見られた問題(A・B)が42問(59%),5%以上の「悪化」が見られた問題(E・F)が5問(7%)であったので,期末試験において理解状況はかなり改善されたと言えよう。 表1 格助詞を中心とする71問の変化 4.格助詞を中心とする問題の結果 以下,各問題の結果を示す表の作成にあたって,@とAとで受検人数が若干異なるので,各選択肢を選んだ比率や平均正答率のみを示す。「1つ選ぶ」などと書かれていない問題は「複数回答可」の問題である。白紙回答者や「1つ選べ」の問題で複数選んだ者が問題によって1〜2名見られたが,その比率は省略する。各表の@のところで正答肢に「〇」をつけた。各表で,@しか示していない問題は,A(期末試験)で出題されていない問題である。表2の1)〜12)は,場所に関わって「で」と「に」を適切に使い分けられるかを調べる問題である。1)〜7)は,「〜に (物)がある」と「〜で (行為)がある」に関わるものである。「学校にプールがある」の「プール」は「物」であり,「学校でプールがある」の「プール」は「行為」であるが,1)〜4)の平均正答率は89%以上であったので,最初から「〜に (物)がある」と「〜で (行為)がある」は理解されているように見える。しかし,5)〜7)を見ればわかるように,抽象度が高くなり,「物」と「行為」のどちらであるかの判断が難しくなると,@の平均正答率は50〜64%と低くなっている。Aでは,平均正答率は20〜29ポイント上昇しており,理解状況は改善されたと言えよう。しかし,5)のAの平均正答率は70%であり,約3割の学生がまだ正答できていなかった。8)〜11)は,「土の中で卵を産む」と「土の中に卵を産む」のように,その場所で行為が行われる時は「で」を,外部からその場所にくっつけるように行為が行われる時は「に」を用いることを理解しているかを調べるものである。8)と9)の@の平均正答率は62〜78%であったが,Aではともに18ポイント上昇していた。一方,「ここで書く」の「ここ」は書く行為をする場所を,「ここに書く」の「ここ」は書く行為が向かう場所を意味するが,10)〜11)は選択肢のあとの文章をきちんと読む必要がある問題である。11)では,Aで17ポイント上昇したが,それでもなお約2割の学生が誤答していた。日本語は助詞があるので,「部屋で9時に寝る」は「9時に部屋で寝る」と並べ替えられるとよく言われるが,「京都で旅館に泊まる」は「旅館に京都で泊まる」に変えられないこと,すなわち,「大きい場所で小さい場所に〜する」という文において「〜で」のあとに「〜に」を置く必要があることを理解できているかを調べる問題が12)である。授業中解説したにもかかわらず,12)の平均正答率は,Aで3ポイントしか上昇しておらず,「で」と「に」の使い分けの難しさがうかがえよう。 表2 「で・に」の使い分 「山に登る」「山へ登る」「山を登る」は,微妙に意味が異なる。「に」と「へ」は方向を示し,「駅に行く」と「駅へ行く」はほぼ同じ意味であるが,「に」は「くっつきの助詞」と言われており,「に」のほうが場所にくっつくイメージや場所の範囲が狭いイメージがある。「橋を渡る」の「を」は,「通過点」を意味する。表3の13)で,「二階に行く」と「二階へ行く」の両方とも言えることを理解していた学生は40%であった。14)では,「てっぺん」という語があるので「に」が正答となるが,Aの平均正答率は@と比べて4ポイント下降していた。15)では,「はしご」は通過点を意味するので「を」が正答となるが,Aの平均正答率は@と比べて8ポイント上昇していた。 表3 「に・へ・を」の使い分け 「を」にはいろいろな意味がある。「道を渡る」の「を」は通過点を,「道を走る」の「を」は道にそって走ることを意味する。また,「公園を散歩する」は,「公園で散歩する」に比べて,公園全体を散歩するイメージがある。表4の16)において,平均正答率は,Aで12ポイント上昇したが,学生の24%がまだ誤答していた。「空を飛ぶ飛行機」の「を」は通過点を意味するとも考えられるが,「海を走る船」の「を」の意味の説明や,「空で飛ぶ飛行機」や「海で走る船」が言いにくい理由の説明は難しい。「海で泳ぐ魚」が言える理由は,「川で泳ぐ魚」もいることと関連するかもしれない。18)〜19)の平均正答率は62〜67%であったことから,このことの理解は難しいことがうかがえる。20〜21)は,「右側で走る」や「廊下で走る」は言いにくく,「右側を走る」や「廊下を走る」のほうが自然なことを理解しているかを調べる問題である。Aの平均正答率を見ると,20)は30ポイント上昇し,21)は11ポイント下降していた。20)では,「右側で走る」は言いにくく,「右側を走る」と言うと覚えれば良いが,21)では,「運動場で走る」や「広い廊下で猫が走り回る」のような言い方が可能なことから,「で」と「を」のどちらが適切かは文章を読んで判断する必要がある。具体的な場所を示す語に付ける助詞として,どの助詞が適切かを判断することの難しさがうかがえる。 22)について,「街で歩き回る」と「街を歩き回る」の両方とも言えるが,「わが物顔に」があれば「を」のほうが適切である。平均正答率は,Aで18%ポイント上昇したが,約3割の学生がまだ理解していなかった。これらの状況から,行為が行われる場所には「で」がつくと決めこむ学生がかなり見られるように思われた。 表4 「で・を」の使い分け 表5の23)は,全ての問題の中で最も平均正答率が低かった問題である。「3時10分前」の意味を,64%の学生が「3:06〜09頃,すなわち3時10分の少し前」と解釈していた。正答はエ)のみと回答した者は,@では18%であったが,Aでは73ポイント上昇して91%になっていた。 表5 「3時10分前」の意味 「まで」と「までに」,「間」と「間に」,「時」と「時に」を使った文を見ればわかるように,「に」がつくとその「期間」の中の一点を意味することの理解について,表6の24)と25)を見ると,平均正答率は86〜94%であり,理解されているように思われる。しかし,26)のように「時」と「時に」のどちらも使える文もあることを授業で紹介すると,特に28)において,Aで平均正答率が18ポイント下降した。それまで正答は1つだけと決めこみ,見聞きした回数が最も高い選択肢を1つ選んでいたのが,両方の選択肢が正答になる例を紹介されると,見聞きした回数が少なくても正答か否かを考える必要があると知り,「これも正答か」と迷う学生が現れるように思われた。筆者の前任校の聾学校でも,「例外」や「使用頻度は低いが正答となる例」の紹介が逆に正答率を押し下げる場合が時々見られたが,学年が進むにつれ,そのような例の紹介によってさらに「本質的な広範囲の理解」に進ませることが大切であると考える。 表6 「に・へ・を」の使い分け 「僕たちが考えた」と「僕たちで考えた」の両方とも可能であるが,表7の29)では,既に「僕たちが」が問題文にあるので,「が」は不適切となる。授業中「学生の40%が『が』を選んだが,『僕たちが二人が考えた』は正しいか」と尋ねると,全員がすぐに誤りであると認めたにもかかわらず,Aで「が」を選んだ比率は18ポイント上昇して58%になっていた。期末試験であったため時間に追われ,既にある助詞に注意を払う余裕がなかった可能性が考えられる。「ひとりで動く」と「ひとりでに」について,人の手が加わっていないのに動く場合は「ひとりでに」を使う必要がある。30)のAでは,正答肢を選んだ比率は9ポイント上昇したものの,42%が誤答の「で」を選んでいた。 表7 「が・で・でに・に」の使い分け 前年度に,「〜を行かせる」と「〜に行かせる」の問題を出すにあたって使役形を記述式で書かせたところ,「読む→読ませる」のように例示したにもかかわらず,「〜られる」や「〜れる」の形に直した学生が非常に多かったことから,今回は,@を6択形式(選択肢は全てひらがなで示した)で,Aを自由記述形式で出題した。表8に示したように,31)「かえ(帰)る」について,@で正答肢のみを選んだ学生は57%,Aで正しく書けた学生は47%であり,誤答として「かえられる」や「かえさせる」が多かった。32)「か(変)わる」について,@で正答肢のみを選んだ学生は63%,Aで正しく書けた学生は49%であり,誤答として,「かえさせる」や「かわられる」が多かった。なお,@で「買う」と「返す」も出題したが,正答肢のみを選んだ学生はそれぞれ48%,59%であった。したがって,「帰らせる」「買わせる」のような語が混じった文において,漢字と「せる」を頼りに使役の意味だと判断する者が多い可能性をうかがわせる。筆者は,前任校の聾学校で漢字を使わないと誤答が増える傾向を感じており,この傾向がこの問題でも現れたと感じさせられた。 表8 使役形を作る問題 「本が読みたい」「本を読みたい」「本を読みたがる」は可能であるが,「本が読みたがる」は不適切である。また,「彼は本を読みたがる」は適切であるが,「私は本を読みたがる」は不適切である。表9の33)において,80%が「私は食べたがる」を言えるとしていたが,Aでは58ポイント下降して22%になっていた。小説などの場面でない場合,「彼は悲しい」「彼は知りたい」のように第三者の心理状態を断言する言い方は通常避け,「彼は悲しそうだ・悲しんでいた」「彼は知りたがる」などとする必要があることを授業中説明すると,34)において,「田中夫人は家を自慢したい」は言えるとした者は,Aでは44ポイント下降して18%になっていた。 表9 「〜たい・〜たがる」に関わって 「〜を失敗させる」「〜を失敗する」は両方とも言えるのに,「〜を成功させる」は言えても「〜を成功する」は言えないが,その理由の説明は難しい。表10の35)で,「〜を成功する」は言えるとした学生が,Aにおいて22ポイント下降したものの,まだ24%見られた。また,文末の表現によっても選べる助詞が変わってくる。36)で,「〜どうかが議論になった」が言えることを理解していた学生は,Aで10ポイント上昇したものの,なお62%が理解していなかった。また,37)で,「議論をした」のように既に「を」が使われているので,答えとしては「を」は不適切となるが,@で46%が,Aで33%が「を」を選んでおり,既にある助詞に注意を払わない例がここでも見られたと言えよう。 表10 「で・に・を」の使い分け 表11の38)の@で,「キラキラと光る」と「キラキラ光る」は両方とも言えると回答した者は46%に過ぎず,その比率はAにおいても変わらなかった。「かちかちとなる」の「なる」は「鳴る」,「かちかちになる」の「なる」は「成る」であることを説明すると,39)のAで平均正答率は29ポイント上昇した。「のびのび」を使った語について,「伸び伸びする」「伸び伸びとする」「延び延びにする」のように漢字を使って説明すると,40)のAで平均正答率は29ポイント上昇した。前任校の聾学校で,意味の説明にあたって漢字を使うほうが理解が早く進み,定着率も高い傾向を感じていたが,この傾向がこの問題でも現れたと感じさせられた。 表11 オノマトペに関わって 表12の41)〜43)では,「が」「は」などを手がかりに主節や従属節の主語を読み取る問題である。41)では,「父は父の書いた小説を出版した」は不自然であり,「私は父の書いた小説を出版した」意味と考える必要があるが,Aでは平均正答率は9ポイント下降した。一方,42)の「父が書いた小説を出版した」は,「(私は)父が書いた小説を出版した」と「父が (自分の)書いた小説を出版した」の( )を省いたものと考えられるので,両方とも答えになるが,平均正答率はAで21ポイント上昇した。なお,43)「父は書いた小説を出版した」の平均正答率は92%であった。 表12 主語を読み取る問題に関わって 5.理解状況を促す要因と妨げる要因 理解状況の改善を妨げる要因として,「Aの時aを使い,Bの時bを使う」の説明においてその境界線が曖昧な場合,漢字を使う頻度を低めて出題する場合,抽象度が高い語やふだん使わない慣用句を使った問題の場合,選択肢のあとの文を読む必要がある場合,行間を読む必要がある場合,「ここに書く/ここで書く」や「自転車道を行く/自転車道へ行く」のように二つの助詞を使った表現が存在し,解答に際して読解が求められる場合,使用頻度が低い表現であるが,文脈によっては誤用とならない文が選択肢に含まれる場合などが考えられる。一方,理解状況の改善を促す要因として,「Aの時aを使い,Bの時bを使う」の説明においてその境界線が明瞭な場合,「椅子を座る」のように誤りとなる助詞を使った文を見かける頻度が明らかに低い場合,漢字を使って説明する場合などが考えられる。次稿で,副助詞や接続助詞,接続詞の結果をまとめ,聴覚障害学生の困難点を概観する。 謝辞 同意書を書いてくださった学生や保護者の方々に厚くお礼を申し上げます。   参照文献 脇中起余子.助詞の使い分けとその手話表現,1〜2巻,第1版.北大路書房(京都),2012. Analysis of Difficulties Encountered by Japanese Hearing-Impaired StudentsRegarding Nominative Particles WAKINAKA Kiyoko Division for General Education for the Hearing and Visually Impaired,Research and Support Center for Higher Education for the Hearing and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology Abstract: This study focused on Japanese nominative particles and analyzed the difficulties encountered by hearing-impaired first-year students studying the mandatory subjects Japanese A and Japanese B at Tsukuba University of Technology. Particular difficulties existed when the explanation of the use of a particle is difficult, when examples use abstract words, when expressions using two different particles are possible (for example, “koko ni kaku” and “koko de kaku”), and when it is necessary to read the sentence after the choice of the particle. Improvement is easier when the explanation of the use of particles is simple or is explained using kanji. Keywords: Hearing impaired, Japanese nominative particle