先天性盲ろう学生の短期海外研修への参加における支援実践の概要 小林洋子1),白澤麻弓2),白石優旗3),辻田容希4),佐藤正幸2)筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部1)筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部2)筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科3)筑波技術大学 大学院技術科学研究科 産業技術学専攻4) 要旨:本研究は,短期海外研修に参加した先天性盲ろう学生への支援方法について検討したものである。実際の支援活動を通じて,選考時,事前授業,研修中,事後授業にあたっての設備面での配慮,コミュニケーションにおける支援が課題として出された。本稿では,これらの支援活動の実践を概観するとともに,これを踏まえて,今後における盲ろう学生への短期海外研修をはじめとする海外留学を促していくための方法を検討する。 キーワード:盲ろう,短期海外研修,触手話,ギャローデット大学 1.はじめに 本学天久保キャンパスでは,学部生および大学院生を対象に,夏季および春季休暇を利用して学生が海外で短期研修プログラムに参加できる機会を提供してきている[1,2]。プログラムは,外国語による講義やディスカッションへの参加の他,学内外でのアクティビティ活動をはじめとする諸活動を通してさまざまな異文化交流を体験することで,国際性豊かな学生を育成することを目的としている。各プログラムには,これを計画・実行にあたる教員が1~2名配置されており,これらの教員を中心に旅行手続きをはじめ,事前授業におけるガイダンスや学生による事前調査の指導,研修費申請に向けた補助など,準備に向けたサポートをしている。また,研修に向けて語学力を向上させるために,アメリカ手話(以下,ASL)/英語サロンを開講し,参加させている。加えて,現地において研修プログラムにおけるASL・英語⇄日本手話・日本語といった通訳を含む情報保障支援も担当している。2017年度の短期海外研修プログラムでは,大学間交流締結機関でもあるギャローデット大学および近辺の施設へ訪問し,11日間の米国東部研修を実施した[3]。参加学生5名のうちの1名として,先天性盲ろう学生(以下,Mさん)が参加することになり,通常の学生へのサポートとは別にMさんのニーズに対応した支援をすることになった。本稿では,これらMさんへの支援活動の概要について報告する。 2.本学における盲ろう学生支援状況 本学には,従前より視覚・聴覚に障害を併せ有する学生を受け入れてきた経緯があり,当初から教育と日常生活の両面における支援を行い,支援体制の構築を検討してきた[4]。このため,視覚・聴覚障害学生の受け入れに関する下地は,一定程度整えられていたが,全盲ろう学生の入学はMさんが初めてであり,平成29年度の入学に合わせて,種々の整備を行うこととなった。この中心的役割を担ってきたのが,大学院情報アクセシビリティ専攻特別支援ワーキンググループで,Mさんが所属する大学院情報アクセシビリティ専攻が設置されている障害者高等教育研究支援センターの教員によって構成されている。Mさんの入学に合わせて立ち上げられたワーキンググループであるが,以降現在に至るまで,グループメンバーを中心に,天久保キャンパスの学生・大学院生たちの協力も得て,生活面および教育面における支援活動を実践してきている。 3.本人に対する支援経過 3.1 選考段階 Mさんの米国東部研修への参加希望を受けて,まず関係者間(国際交流委員長,担当教員,正副指導教員)で研修期間中の支援体制に関する協議を数回行った。この結果,引率教員2名とは別に,触手話通訳担当者1名ならびに生活支援者1名を派遣することとし,予算獲得と学内調整を進めることとした。このうち,触手話通訳については手話通訳士ならびに盲ろう者介助員資格を有する学内教員に依頼し,生活支援者については日常的にMさんと行動を共にしている大学院生に依頼する形とした。また,応募にあたっては,学生募集要項をテキストデータ化し,Mさんに渡して申込み手続きをしてもらった。申請内容については,Mさん自身が本文を作成し,担当教員側で申請書フォームに入力・印刷を行うなどの支援をした。面接審査の際は,Mさんより触手話通訳を介さず直接コミュニケーションをとりたいという要望があった。そこで,点字情報端末・点字ディズプレイ「ブレイルメモスマート」とパソコンをUSBケーブルにて接続して(図1),面接担当教員3人と直接コミュニケーションがとれる形をとった。この際,Mさんがブレイルメモのキーボードに打ち込んだ内容はパソコンを通して室内プロジェクターに投影された。それを面接担当教員が読み取り,Mさんに伝えたい内容をパソコンのキーボードに打ち込み,パソコン画面の情報がブレイルメモスマートの点字表示部に点字で表示され,Mさんがそれを読み取るという流れであった。 図1 ブレイルメモスマートとパソコンを接続した状態 3.2 事前授業 米国研修に先立ち,事前授業他研修参加学生が集まる時は外部に依頼した触手話通訳者および研修参加教員間で触手話通訳を担当した。また,他の研修学生や同行教員に盲ろうについて知ってもらうために Mさん本人より説明してもらう時間を1コマ設けた。ここでは,今までの海外旅行の経験,飛行機搭乗時,宿泊時,食事時の支援,コミュニケーション手段,他生活面で必要なサポートなどについて話してもらった。なお,事前授業等における資料のテキストデータ化と事前提供の作業も行った。また,ASL/英語サロンについては,当初他の研修参加学生と一緒に受け,触手話通訳を介して学習してもらうことも考えていた。しかし,触手話通訳者でASLおよび英語に通じている人材がいない,また触手話通訳を介するよりも直接コミュニケーションをとってもらった方が本人にとってもより学習効果が期待できるのではないかと考えた。同時に,本人もそれを希望したため,マンツーマン形式で盲ろう者について理解のあるネイティブサイナーから直接指導を受ける形をとった。他の本研修参加学生同様に,各回2時間を8回,合計16時間の集中講義を実施した。主な研修先であるギャローデット大学に関する勉強の回では,ネイティブサイナー講師の派遣先日本アメリカ手話協会のご協力により,凸凹のあるキャンパスマップを作成してもらい,それを手で触れながら学習を進めた(図2)。なお,サロンでは毎回学習内容の英語資料が用意され,テキスト化したものを事前に提供した。Mさんの本研修への参加目的は,ギャローデット大学に在籍する盲ろう学生をはじめ他の学生や教職員との交流を通じて,盲ろう学生の活動状況や盲ろう学生支援,およびICT技術活用の可能性について状況を把握することであった。事前に,現地の盲ろう学生支援組織でもある「Deaf Blind Paraprofessional Program」の関係者や盲ろうに関する研究活動をしている人,在籍中の盲ろう学生などに連絡をとり,情報収集するように本人に促した。その際に先方とのやりとりは英語が必須なため,英語指導も行った。 図2 ASL/英語サロンを受講している様子 3.3 研修における情報保障支援 Mさんには,ギャローデット大学での体験授業をはじめ,学内の施設見学や現地学生・聴覚障害者との交流,近隣の聴覚障害関連施設見学等,本研修プログラム全体[3]に参加できるよう支援を行った。研修プログラムの参加における触手話通訳については,Mさんのサポートメンバーである学内教員を中心に他の同行教員もサポートに入りながら,2名1チームの体制で支援にあたった(図3)。生活場面においては,もう1人のサポートメンバーでもあった本大学院生が盲ろう学生と同じ部屋に宿泊し,宿泊先でのサポートを中心に行った。他の研修参加学生たちにも,状況に応じて交代でサポートに入ってもらった(図4)。 図3 触手話通訳における情報保障をしている様子 図4 ギャローデット大学学生や教職員たちを前にプレゼンテーションするMさん(サポートメンバーが少し離れたところで待機し,適宜サポートした) 触手話通訳の具体的な内容については表1に記載する。 表1 短期海外研修における触手話通訳の内容 英語/ASLのできる教員の場合 ・ASL→ASL(触手話) ・ASL→日本手話(触手話) ・英語→日本手話(触手話) 英語/ASLのできない教員の場合 ・ASL→日本手話(他教員による手話通訳)→日本手話(触手話) ・英語→日本語(他教員による通訳)→日本手話(触手話) 両者共通(聴者の場合) ・日本手話→日本手話(触手話) ・日本語→日本手話(触手話) 両者共通(ろう者の場合) ・日本手話→日本手話(触手話) ・日本語→日本手話(手話通訳)→日本手話(触手話) 3.4 盲ろうに関する授業見学 先述の体験授業とは別に,通訳・翻訳学科(Department of Interpretation & Translation)が提供している「盲ろう通訳(Deaf Blind Interpretation)」に参加した。この日は「触覚的,な相づち(Back-back-channeling(BBC))」についての講義であり,視覚的な情報や周りの環境情報を盲ろう者の目になって見えるものすべてを伝えることで,同じ空間にいる人の存在や相手とのつながりを直感的に感じさせることができるというお話があった。BBCは一般に「プロタクティル(Pro-Tactile,略してPT)」技術の一部としても知られるが,PTの表現に決まったルールはなく,盲ろう者個々人の好みに応じて最も通じやすい方法を考えることが大切とのことである。タッチする部分は肩や手,太ももを使うことが多いものの,立っている時は太ももを触るのは難しいので肩や腕などに変えることでも問題はないとのことであった。また,会場など室内の様子を伝えたい時は背中を使ってPTで伝える方法もあるとのことであった。 3.5 現地盲ろう者との交流 ギャローデット大学に滞在中,Mさんは複数名の盲ろう者と直接出会い,お話を伺うことができた。このうち,A氏(図5)はメリーランド近郊の高齢者用住宅にお住いの全盲ろう者で,ギャローデット大学を優秀な成績で卒業し,長年教員として勤めてこられた方である。この日は,翌日盲ろう児キャンプのための資金集めに向けた会合があるとのことで,これを主催している友人宅に向かうところに同行させていただき,A氏ご自身の生い立ちをはじめ,普段の生活の様子についてさまざまなお話を伺うことができた。また,A氏の通訳介助者として同行していた方からも通訳活動などについてお話を伺った。まず,A氏ご自身の生い立ちについては,まだ目が少し見えていて弱視ろうだった頃にギャローデット大学を優秀な成績で卒業したとのことである。当時は見えないことをどの程度周りに伝えればよいのかわからなかったが,見えなくなっていったことで成績評価が下がったりするなど体験を繰り返していく中できちんと支援をして欲しいと言えるようになっていった。卒業後は,大学で勤めはじめることになり,最初は理系の教員として教鞭をとっていたものの,徐々に視力が落ちていき苦労することも重なってきたために後半はチューターなど学生指導を中心に担当するようになっていったとのことである。普段の生活については,以前は一人歩きをし,買い物などの時にはヘルパーを利用していた。しかし,一人で歩いていた時にギャングに絡まれて暴行を受けたことがあり,以来怖くなり,外出時にはヘルパーを使うようになっていったようである。今は,高齢者用住宅に住んでいて,時々ヘルパーが生活のサポートに来てくれるとのことであった。A氏と同行していた通訳介助者の方からも通訳活動についてお話を伺った。アメリカでの手話通訳者の養成の歴史をはじめ,本人が手話を学んだ経緯,手話通訳者として活動し始めてから盲ろう者に出会い,盲ろうキャンプを立ち上げて今まで発展させてきたことなどどれも勉強になる内容ばかりであった。彼女の主催する盲ろうキャンプは全米でも最も歴史の長いものの一つで,ここで立ち上げて以降,全国に広がり,大きな運動につながっていったとのことである。また,A氏を紹介してくださったのは,自身も弱視ろうで長年盲ろう通訳介助を行ってこられたS先生であり,上記友人はベテランの盲ろう通訳介助者ということで,この日は盲ろう当事者のみでなく,支援者の視点からも多くの知見を得ることができた1日となった。このほか,現地ではカフェテリアにてギャローデット大学で学ぶ弱視ろうの学生に遭遇し,ASLで話をするなど,Mさんにとっても世界の広がる体験になったと思われる。 図5 現地に住む盲ろう者とASLでコミュニケーションをとっている様子 3.6 盲ろう関連施設見学 研修期間中には,ギャローデット大学の近くにある「視覚障害者のためのコロンビアライトハイス(Columbia Light House for the Blind)」を見学した。ここは,盲ろう関連のサービスも提供しており,自ら視覚障害を持ち,盲ろう者のための支援やASL通訳をしているというスタッフから直接説明を伺った(図6)。お話によると,こちらのライトハウスでは,ワシントンDCをはじめ,メリーランド州,バージニア州に住む盲ろう者に対して,家庭や地域およびあらゆる場面で自立生活を営んでいくためのトレーニングを提供しているとのことである。具体的には白杖の使い方から歩行指導,街の交差点での移動,公衆の場面での援助の求め方,公共交通機関の使い方などについて情報を提供しているとのことである。他に,盲ろうそれぞれ障害の程度に応じた情報通信ツール(図7)に関する情報を提供するなど支援技術トレーニングも提供しているとのことであった。 図6 ライトハウスのスタッフとASLでコミュニケーションをとっている様子 図7 情報通信ツール 3.7 近隣施設の見学 ワシントンD.C.近郊の施設見学では,スミソニアン博物館や米国国会議事堂等を訪問し,アメリカ建国の歴史や文化について学習した。これらの施設見学では,教員の他に,参加学生からも多くの協力を得られ,様子を見て交代で通訳介助を担当するなど,相互に協力し合う場面が見られた。また,これらの施設では,点字による説明や手話のできる職員による説明,触ってわかる展示物の配置等(図8)の面でバリアフリー化されていたのが印象的で,通訳介助をしていた学生たちにとっても大いに刺激になったことと思う。 図8 スミソニアン博物館内の触ってわかる展示 3.8 事後授業 研修が終了した後,研修報告会に向けて週1回のペースで研修に参加したメンバーで集まり,報告する内容について協議を重ねた。その際にも研修参加教員間で触手話通訳を担当するとともに,学生同士の話し合いでは,学生間による通訳介助をうながした。また,事後授業における資料のテキストデータ化と事前提供の作業も行った。 4.まとめ 移動やコミュニケーション等,多くの場面で支援が必要な全盲ろう学生に対して,10日間の海外研修の機会を与えられたことは,本学にとっても日本全体の障害学生支援にとっても大変意義深い実践であったと言える。また,当該研修に参加したMさんは,研修を通して多くのことを学んでおり,ここで得た経験はきっと多くの盲ろう者・障害者に伝えられていくことと思われる。大学における全盲ろう学生への支援は,まだ始まったばかりであるが,今回の実践が今後の大学における支援体制向上の一助となれば幸いである。 謝辞 本研修の実施に際し,多大な協力をいただいた学内関係者に心から感謝の意を表します。また,日本学生支援機構および筑波技術大学基金から,参加学生への助成をいただきましたことに深く感謝いたします。 参照文献 [1] 小林洋子,中島幸則,大杉豊.2015年度大学間協定に基づく国際交流 米国東部研修報告.筑波技術大学テクノレポート.2016; 24(1): p.38-43. [2] 白澤麻弓,大鹿綾,平良悟子.2016年度大学間協定に基づく国際交流 米国東部研修報告.筑波技術大学テクノレポート.2017; 25(1): p.79-83. [3] 小林洋子,白石優旗,白澤麻弓.2017年度大学間協定に基づく国際交流:米国東部研修報告−異文化交流体験を通した聴覚障害のある学生のグローバル化教育の一環として−.筑波技術大学テクノレポート. 2018;26(1): 投稿中. [4] 佐藤正幸,岡本明,渡部安雄,他.盲ろう(視覚・聴覚重複障害)学生の教育・日常生活支援方法に関する研究.筑波技術大学テクノレポート.2006; 13: p.57-61. Summary of Support for a Congenital Deaf-blind Studentto Attend a Short-term Overseas Study Tour KOBAYASHI Yoko1), SHIRASAWA Mayumi2), SHIRAISHI Yuhki3), TSUJITA Yoshiki4), SATO Masayuki2) 1)Division for General Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology2)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology3)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology4)Division of Industrial Technology, Graduate School of Technology and Science, Tsukuba University of Technology Abstract: In this research, we investigate how to support a congenital deaf-blind student in attending a short-term overseas study. Through actual support activities, the following requirements were revealed: Equipment and support in communication during selection, pre-class, the study tour, and class after the tour. In this paper, we outline the practicality of these support activities and discuss the methods to encourage studying abroad, including short-term overseas study tours for deaf-blind students in the future. Keywords: Deaf-blindness, Short-term overseas study tour, Tactile signing, Gallaudet University