日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワークにおける組織改編の取り組み 萩原彩子1),中島亜紀子1),白澤麻弓1),磯田恭子1),石野麻衣子1),吉田未来1),三好茂樹1),河野純大2),佐藤正幸1),須藤正彦3) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部1) 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科2) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部3) 要旨:筑波技術大学に事務局を置く日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(以下,PEPNetJapan)は,聴覚障害学生支援に積極的に取り組んでいる全国の高等教育機関(以下,大学等)および関係諸機関間のネットワークとして,2004年 10月に発足した。その後 10年以上が経過し,障害者差別解消法の施行など,聴覚障害学生支援を取り巻く環境が大きく変化したことから,ミッションの再定義や体制の見直しを進めることとなった。議論の末,「聴覚障害学生支援のパイオニアとして新たな事例やノウハウを生み出すこと」「未だ支援が行き届いていない大学における支援体制を引き上げていくこと」をミッションの柱とし,より多くの大学・機関,そして個人が関われるような会員制となって,2018年度 4月から新体制のもと活動を進めることとなった。 キーワード:高等教育,聴覚障害学生,障害学生支援 1.はじめに 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(以下,PEPNet-Japan:ペップネットジャパン)[1]は,2004年 10月に本学の呼びかけで結成された全国ネットワークで,聴覚障害学生支援に積極的に取り組んでいる全国の高等教育機関(以下,大学等)および関係諸機関で構成されている。設立当初より本学に事務局が置かれ,聴覚障害学生支援の全国的な底上げや新たな事例の創出・発信に寄与してきた。運営資金としては,日本財団からの助成(PENInternational)文部科学省特別教育研究経費を経て,その実績が認められ,て一般経費に組み替えられることとなり,2018年度現在も本学運営費交付金の一部で運営されている。 運営体制としては,2017年度まで,積極的に聴覚障害学生支援に取り組んでいる大学・機関に「連携大学・機関」として加入いただき,そこから選出された「運営委員」で構成された「運営委員会」が意思決定機関としての役割を担っていた。 しかし活動を続けるうち,意思決定機関である運営委員会の構成メンバーである運営委員が,すべての連携大学・機関から選出されているわけではないという状況や,連携大学・機関が今後増加していった場合の運営体制のあり方など,組織的な問題点が指摘されるようになった。あわせて,2016年 4月に障害者差別解消法が施行されることが決定し,聴覚障害学生支援を取り巻く環境が大きく変化することが予想され,PEPNet-Japanに求められる社会的な役割も徐々に変化してきた。そのような状況の中,2014年度に開催した第 23回運営委員会において,組織構成の見直しに関する提案がなされことをきっかけに,連携大学・機関の役割や組織体制の見直しについて本格的に議論を進めることが決定した。本稿では,その後の議論の流れや新しい組織体制について報告したい。 2.組織改編までの議論の流れ まずは,PEPNet-Japanに求められる役割やミッションについて検討を進めることとなり,2015年度に「PEPNet-Japanのあり方検討WG」を立ち上げた。PEPNet-Japanが今後目指すべき姿,行なっていくべき活動等について議論を重ね,ミッションの再定義を行なった。なお WG委員には長くPEPNet-Japanの活動に参画していただいていた方々や事業代表経験者等に加わっていただいた(表1)。 表1 PEPNet-Japanのあり方検討WG委員 所属 氏名 群馬大学 金澤 貴之 関東聴覚障害学生サポートセンター 倉谷 慶子 同志社大学 土橋恵美子 国立民族学博物館 中野 聡子 関西学院大学 松岡 克尚 宮城教育大学 松﨑 丈 関東聴覚障害学生サポートセンター 吉川あゆみ 筑波技術大学 石原 保志 筑波技術大学 白澤 麻弓 (順不同,所属は当時) そして WGでの議論をもとに,PEPNet-Japanのミッションを以下のように再定義した。< PEPNet-Japanのミッション>・PEPNet-Japanは,聴覚障害学生支援のパイオニアとして,聴覚障害学生のニーズに寄り添い,各時代に横たわるさまざまな課題に取り組むことで,今まで日本になかった新たな事例やノウハウを生み出す機関である。 ・全国の大学における聴覚障害学生支援の実態に目を向け,ここから支援に関わるさまざまな知見を得るとともに,未だ支援が行き届いていない大学における支援体制を引き上げるために行動を起こす。あわせて「PEPNet-Japanのあり方検討WG」では組織の再編成に関する下案を取りまとめたが,これについては2016年度に立ち上げた「組織改編WG」で引き続き議論していくこととなった。WG委員の構成メンバーについては表 2の通りである。前身である「PEPNet-Japanのあり方検討 WG」で委員を務めてくださった方をはじめ,組織体制や運営に詳しい方に加わっていただいた。 表2 組織改編WG委員 所属 氏名 関西学院大学 ○松岡 克尚 同志社大学 矢田 直人 群馬大学 金澤 貴之 宮城教育大学 松﨑 丈 筑波技術大学 石原 保志 (○は代表,順不同,所属は当時) 組織改編 WGでは,議論の末,連携大学・機関の役割や条件を整理し,運営委員会の構成メンバーや選出方法などについて具体的な方法を議論した。あわせて,より多くの大学・機関が関われる組織体制に改め,当事者である聴覚障害学生を含む個人も大切にしたいという考え方から,より幅広い層が関われるような組織体制とするため,「会員」という枠を設けてはどうか,という案がまとまった。また,運営委員を選出する正会員大学・機関を幹事大学・機関とし,さらに事務局を置く筑波技術大学を代表幹事大学として位置づけることなど,具体的な組織のあり方について下案としてまとめたところで,組織改編 WGは役目を終えた。 3.新体制における組織と会員状況 組織改編 WGでの議論をもとに,2017年度は運営委員会での議論を続け,2018年度 4月から体制を新たにスタートすることとなった。以下に新体制のポイントと概要を記す。 3.1 新体制のポイント 新体制の主なポイントは以下の6点である。また,組織全体を示す図は図 1に示した通りである。 ・正会員大学・機関,準会員大学・機関,個人会員の会員制度とし,各会員とも加入数の上限を設けないこととする。 ・正会員大学・機関の中から立候補に基づき幹事大学・機関を選出し,選出された大学・機関から運営委員を選出する。 ・運営委員会の構成員として,上記運営委員の他,聴覚障害当事者を含む障害学生支援の専門家等の有識者を一定数含むこととする。・最高意思決定機関として総会を置く。 ・筑波技術大学を代表幹事大学とし,代表幹事大学に事務局を置く。 ・事務局が必要とする場合に運営に関する助言を与える者として,アドバイザリーボードを置く。 なお,PEPNet-Japanが作成する成果物やコンテンツはこれまでどおり誰でも利用できるものとし,開催する研修会やシンポジウムについても基本的には会員に限らず参加できることとした。 図1 PEPNet-Japan新体制における組織図 3.2 会員状況 次に,現在の会員状況について述べたい。会員は,大学・機関単位で加入し,活動の中心となる「正会員大学・機関」,部署単位でも加入可能な「準会員大学・機関」,個人で加入できる「個人会員」の 3種を設けることとし,各会員の条件については以下(1)~(3)の通りとした。また,本会と密接な協力関係の実績があった日本財団については,「協力機関」として位置づけることとなった。 (1)正会員大学・機関 障害学生支援の体制を有し聴覚障害学生支援の実績のある大学,または聴覚障害学生支援を主たる活動目的とし,大学の支援体制構築に貢献した実績のある機関。 (2)準会員大学・機関 聴覚障害学生支援の情報を得たい,あるいは聴覚障害学生支援に関心のある大学,大学内の組織または機関。 (3)個人会員 聴覚障害学生支援の情報を得たい,あるいは聴覚障害学生支援に関心のある個人。 3.3 会員状況 新体制をスタートさせるにあたっては,シンポジウムでの説明の他,パンフレットやウェブサイト等を通じた広報活動を行い,周知に努めた。結果,これまで「連携大学・機関」として 23大学・機関が加入していたところ,正会員大学・機関は 32大学・機関となり,大きく増加したことでネットワークが強化された。準会員大学・機関,個人会員も順調に増加しており,2018年 11月 26日現在の会員状況は表 3の通りである。なお,会員は随時募集を続けている。 表3 会員状況 会員種別 会員数 正会員大学・機関 29大学・ 3機関 準会員大学・機関 41大学・ 7機関 個人会員 191名 (代表幹事大学(本学)は正会員大学・機関に含めた) また,会員の地域別状況を見ると表4の通りとなっており,偏りはあるものの,すべての地域に各種別の会員が分布している。 表4 会員の地域別状況 地域 会員数 正会員(大学・機関) 準会員(大学・機関) 個人会員(名) 北海道・東北 5 3 18 関東 9 17 82 中部 5 8 15 近畿 7 11 42 中国・四国 3 4 12 九州・沖縄 3 4 19 合計 32 47 188 (住所不明および国外の個人会員3名を除く) 4.まとめと今後の課題 今後 PEPNet-Japanが活動をより深め,そして広めていくためには,より多くの大学・機関等の力を結集することが肝要と思われる。そのためにはまず会員を拡大していく必要があり,3で述べたように各地域で見ればある意味順調であるとも言える。しかしながらさらに細かく都道府県別で見た場合,まだ会員がいないところもあり,今後さらなる会員拡大に向けた広報活動等を行なっていきたいと考えている。 また,これまでの議論の中で今後の検討課題として,以下3点が挙げられていた。この点についても,引き続き議論していく予定である。 ・PEPNet-Japanの活動理念や活動方針をより具体的に明文化して公開するため,会則と別に「憲章」等を作成することについて。 ・ミッションの具体的な中身や本会が重視する諸理念,各関係機関などとの関係や役割分担について,細則やパンフレット類などにおいて周知することについて。 ・運営委員会が細則を制定改廃することを鑑み,監査機関を置くことの必要性について。 障害者差別解消法の施行後,我が国の聴覚障害学生支援のさらなる発展が期待されている。しかしながら,PEPNet-Japanに寄せられる相談の中には,まだ十分な支援が得られず,悩み苦しみながら大学生活を送っている聴覚障害学生も多い。そのような状況を少しでも改善するために,PEPNet-Japanは今後も時代のニーズに合わせた活動を続けるとともに,より広く強固なネットワークを築き,多くの関係者に情報を届けていきたいと考えている。 最後に,組織改編にあたりご協力いただいた各 WG委員の皆様,ならびに歴代運営委員の皆様,ご入会いただいているすべての会員の皆様に厚く感謝申し上げたい。 参照文献 [1]日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワークホームページ.(cited 2018-11-26),http://www.pepnet-j.org/ Approach to Organization Reorganization at PEPNet-Japan HAGIWARA Ayako1), NAKAJIMA Akiko1), SHIRASAWA Mayumi1), ISODA Kyoko1), ISHINO Maiko1), YOSHIDA Miku1), MIYOSHI Shigeki1), KAWANO Sumihiro2), SATO Masayuki1), SUTO Masahiko3) 1)Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology 2)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology 3)Division for General Education for the Hearing and Visually Impaired, Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: The Postsecondary Education Programs Network of Japan (PEPNet-Japan) started in October 2004. PEPNet-Japan is a collaborative network among pioneer universities with good support for Deaf and hard-of-hearing students. Fourteen years later, there have been tremendous changes in the situation surrounding Deaf and hard-of-hearing students, and the universities they attend has greatly changed, as well. For example, the Disability Discrimination Dissolution Act came into effect in April 2016. So, we decided to discuss our mission again and change the organization. Keywords: Postsecondary education, Deaf or hard-of-hearing students, Disability support services