第14回日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウム実施報告 中島亜紀子1),磯田恭子1),萩原彩子1),石野麻衣子1),吉田未来1),白澤麻弓1),三好茂樹1),河野純大2),佐藤正幸1),谷 貴幸2),井上正之2),守屋誠太郎3) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部1) 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科2) 総合デザイン学科3) 要旨:筑波技術大学に事務局を置く日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)は,聴覚障害学生支援に関わる情報発信と議論の場として,年1回シンポジウムを開催してきた。第14回を迎えた2018年度は,障害者差別解消法が施行されてから3年目となり,改めて聴覚障害学生への支援を見つめ直す機会とするべく,大会テーマとして「これからの聴覚障害学生支援 今『対話』を考える」を掲げて実施した。本学における教育実践報告を含め,「対話」を軸とした大小さまざまな企画を実施し,活発な情報交換と参加者間の交流および聴覚障害学生支援の将来像を見据えた議論を深める機会となった。 キーワード:高等教育,聴覚障害学生,障害学生支援 1.はじめに 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(以下,PEPNet-Japan)[1]は,2004年度に本学の呼びかけにより結成され,聴覚障害学生支援に先駆的に取り組む国内の大学・機関と連携しながら,聴覚障害学生支援のノウハウの蓄積・発信に取り組んできた。現在,本学に事務局を置き,「聴覚障害学生支援・大学間コラボレーションスキーム構築事業」内で運営している。 日本聴覚障害学生高等教育支援シンポジウムの開催はPEPNet-Japanの中心的な活動の一つであり,これまで各回において支援に携わる方々に情報交換の場を提供し,全国的な支援の充実・発展を見据えた企画を数多く行ってきた。[2] [3]本稿では,今年度10月に開催した第14回目のシンポジウムについて報告する。 2.開催概要 2.1 開催目的及び参加対象者 本シンポジウムは,聴覚障害学生支援の実践に関する情報交換・情報発信を目的として開催している。 参加対象は,高等教育機関において聴覚障害学生支援に携わる教職員のほか,聴覚障害学生,支援に携わる学生,情報保障者,特別支援学校教員,企業関係者など,支援に関わる多様な立場の方々としている。今回は特に,これまでシンポジウムに参加したことのない大学・学校関係者や,高校生,保護者等にも数多く参加して頂けるよう,首都圏の特別支援学校や関連団体への案内周知にも力を入れた。 2.2 実行委員会組織と実施体制 本シンポジウムの開催にあたり,実行委員会を組織した。事務局運営に携わる本学教職員の他,今年度は産業技術学部の各コースより教員1名ずつが実行委員に加わり,本学の取り組み紹介の構成について,共同で企画検討を行った。また開催校である早稲田大学,東京都内にある正会員大学・機関として東京大学,日本社会事業大学および関東聴覚障害学生サポートセンターからも実行委員に加わっていただき,4大学1機関25名で実行委員会を組織した。 2.3 日程及び企画内容 本シンポジウムは,2018年10月28日に早稲田大学国際会議場を会場として実施した。また前日の27日は前日特別企画として,定員制の小規模な企画を行った。 企画構成に当たっては,実行委員会において,全企画にまたがるテーマを検討した。障害者差別解消法の施行以来,法律の趣旨の理解と啓発に目を向けてきたが,3年目となる今年は改めて聴覚障害学生への支援を見つめ直し,将来のあるべき支援の姿について議論することを主眼とした。その中でも,合理的配慮提供の要とも言える「建設的対話」に焦点をあてることとした。シンポジウムの副題を「これからの聴覚障害学生支援 今『対話』を考える」として,いずれの企画も聴覚障害学生支援の特性や「対話」をキーワードとした内容・方法で進めるものとした(表1)。 また,例年2日間で行ってきたシンポジウム本編を1日間のプログラムとして分科会をなくし,セッション企画を充実させることで参加者の多様なニーズに応えられる企画構成を目指すこととした。加えて,前日特別企画として小規模なワークショップ企画を設け,これまでの分科会形式では取り上げられなかったテーマに取り組むこととした。さらに,聴覚障害の特性に目を向け支援を再考するという大会テーマの中で,聴覚障害学生への直接教育の実績を重ねてきた本学の取り組み紹介を効果的に位置づける方向で構成することとした。 表1 シンポジウム日程 10月27日(土)前日特別企画 ・ワークショップ 13:00~16:00 1 「当事者研究をやってみよう!」  対象 聴覚障害学生  定員 20名 2 「作ろう支援の大三角―みんなの視点を対話でつなぐ」  対象 大学等の教職員,聴覚障害学生,支援学生  定員 40名 3 「体制整備のその先にある課題とは?」  対象 大学等の教職員  定員 25名 ・キャンパスツアー 第1回 13:30~15:00(90分) 第2回 15:30~16:30 10月28日(日)シンポジウム 9時30分~12時 セッション企画 ・聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト ・教職員による聴覚障害学生支援実践発表 ・関連団体活動紹介 ・ショートセミナー 1 情報保障支援者の養成に関する先駆的な取り組み紹介 2 基礎講座「建設的対話から始まる障害学生支援」 3 聴覚障害学生が輝く大学教育 13時30分~16時 全体会 ・開会行事 ・全体会企画「『対話』がみちびく質の高い支援―聴覚障害 学生支援のスタンダードを探る―」 ・聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト表彰式 ・閉会挨拶 3.実施報告 3.1 参加者 当日の参加者総数は476名で,一般参加者333名,関係者143名(来賓,講師及び実行委員49名,正会員大学・機関関係者39名,アルバイト学生36名,情報保障者19名)であった。首都圏での開催という利便性も功を奏し,当日参加の一般参加者も多かった。 3.2 前日特別企画の実施状況 3.2.1 ワークショップ 今回初めての試みとして,定員制少人数構成でのワークショップ企画を3本,前日特別企画として実施した。従来の分科会は,多くの参加者のニーズにあったテーマを選び,先進的な支援事例等の情報発信やディスカッション等のプログラムを90分~120分で提供する形態で開催してきた。今回は,聴覚障害学生支援に特有の課題にせまるようなテーマについて,参加者同士が密な意見交換を通して課題の整理に臨むことを趣旨の一つに据え,180分の企画として実施した。 ワークショップ1「当事者研究をやってみよう!」では,現役の聴覚障害学生に対象を限定して,「聴者との関わり方における困難」をテーマに当事者研究の手法を取り入れたグループワークを行った。初対面の十数名規模でグループワークが円滑に進むよう,講師が進行方法やワークシートの形式に工夫を凝らし企画した。当日は15名の聴覚障害学生が4つのグループに分かれ,お互いの日頃の悩みや対処方法についてワークシートに沿って意見を交わしながら,各自が課題の整理と対処のための計画立案に取り組んだ(図1)。 図1 前日特別企画ワークショップの様子 ワークショップ2「作ろう支援の大三角」では,聴覚障害学生,大学教職員,支援学生という立場の異なる参加者が混在するグループを編成し,提示されたテーマについてディスカッションを行った。多様な立場の参加者同士で議論を深める経験を通し,学内の支援関係者とどのようにコミュニケーションをとり連携を図るかについて,考える機会を提供した。 ワークショップ3「体制整備のその先にある課題とは」では,支援体制整備が普及しつつある今もなお残された課題とは何か,将来に向け検討が必要な新たな課題とは何かについて,講師からの助言およびフロアディスカッションが行われた。議論のテーマについてはあらかじめ参加者にアンケートをおこなって意見を収集し,これをもとに,聴覚障害ゆえの支援の困難とは何か,テクニカルスタンダードや教育の本質についてどう考えるか,といったテーマについて取り上げ協議した。 3.2.2 キャンパス見学ツアー 会場提供校であり共催校の早稲田大学の協力を得て,シンポジウム参加者のためのキャンパスツアーを2回実施した。内容は,従来早稲田大学が用意している一般向けのツアーコースで,2回のうち1回の時間を長めに設定し,移動に困難のある方や情報保障を必要とする方への配慮を提供した。合計40名の方が参加した。 3.3 当日の実施状況 3.3.1 セッション企画 午前中は,展示,ポスターセッション,セミナーなど複数の企画を同時並行で実施し,参加者がそれぞれのニーズに合わせて関心のある企画に参加し,自由に情報収集や交流ができる形態のセッション企画を実施した(図2,3,4)。「聴覚障害学生支援に関する実践事例コンテスト2018」には16件の発表が並び,各発表者の趣向をこらした展示ポスターや熱心な説明で,会場内では例年以上に活発なやり取りが行われた。本企画は,支援活動に携わる学生たちが1年間の活動の成果報告をする場として活用したり,発表への参加を通じて他大学との交流の契機となっており,近年はプレゼンテーション賞,新人賞を新設するなど幅広い評価の視点を示し,発表経験の少ない大学・団体の積極的な参加を促すよう工夫を重ねている。今回は初参加校3校を含め,どの発表もポスターの見やすさや丁寧な説明を心がける発表者の意向がよくあらわれていた。回を重ねる中で発表内容や方法が成熟してきたことを感じさせるコンテストとなった。 「教職員による聴覚障害学生支援実践発表2018」は,上述のコンテストとは少し趣向の異なる参加型企画として,大学教職員が日々の実践についてじっくりと意見交換をするための場として設け,今年で3年目を迎えた。今回は9件の発表があり,一学生への支援事例や支援者養成の体制についての報告等があり,参加者と時間をかけて意見交換をする発表者の姿が見られた。 展示企画では,関連団体,企業など7団体が活動紹介の展示を行った。東京大学および京都大学の障害学生支援プラットフォーム形成事業からも活動紹介が行われるなど,多様な情報が得られる場として,教職員,学生など様々な属性の参加者が数多く展示会場に足を運んでいた。 図2 コンテスト会場で発表者に質問する参加者の様子 参加者が自由に情報収集できる展示・ポスターコーナーの一方で,これから聴覚障害学生支援に着手するなど一から情報提供を受けたい参加者のために,ショートセミナーを3本実施した。 ショートセミナー1「情報保障支援者の養成に関する先駆的な取り組み」では,日本社会事業大学「コミュニケーションバリアフリー課程」における支援者養成の試みとして,聴覚障害当事者が支援者となる事例の紹介とその意義について講演がなされた。先駆的な取り組みの紹介に加え,その中で実際に積み重ねられつつある当事者の役割や位置付けについて多くの示唆を得るセミナーとなった。 ショートセミナー2「基礎講座」では,これから支援体制を構築する大学教職員や,今後大学に進学する聴覚障害生徒等を対象に,合理的配慮提供の基本的な考え方についての講演が行われた。PEPNet-Japanモデル事例構築事業で作成したワークブック「聴覚障害学生サポートブック」がテキストとして使用された。 ショートセミナー3「聴覚障害学生が輝く大学教育」では,パネル展示やセミナー,模擬授業等を通して,本学産業技術学部における多様な取り組み事例と教育方法について報告した。授業体験や,特徴的な授業の紹介,つくば市におけるUD研修,特別支援学校との高大連携の取り組み紹介などを通じ,本学ゆえに提供できる教育や支援について提示した。また,機器展示や本学学生が自身の活動や研究についてポスター発表する場もあり,多くの参加者の関心を集めた。 図3 本学の取り組み紹介の様子 図4 ショートセミナー3会場での本学紹介展示 3.3.2 全体会企画 全体会企画では「『対話』がみちびく質の高い支援―聴覚障害学生支援のスタンダードを探る―」をテーマに掲げ,障害者差別解消法の中でも謳われている「建設的対話」とは具体的にどのように進めるべきものなのか,また建設的対話を積み重ねた先にどのような支援の姿を求めていくのかをテーマとしてディスカッションを行った。全体会企画としては初の試みとして,学生と大学職員が支援について話し合う「対話」のロールプレイ映像を教材として提示しながら,例示した対話の中の何が要点であり,そこからどう支援のあり方を探っていくべきかという議論を進めた。聴覚障害当事者,障害学生支援コーディネーター,大学教員の立場の講師を迎え,それぞれの視点から,対話の中の学生の言葉に込められた本音や職員の関わり方について解説された。法律への理解が進み,支援体制の整備も進みつつある中で,聴覚障害学生に対する支援の今後のあり方を改めて見つめ直す貴重な機会となった。 図5 全体会企画で発言する講師の様子 3.4 参加者の声 本シンポジウムの一般参加者にアンケート用紙を配布し,任意回答として企画への評価や意見を収集した。回答数は142通で回収率は42.6%(一般参加者333名を母数として算出)であった。 各企画について,「1.大変良くない」から「5.大変良い」の5段階評価で回答を求めた。いずれの企画でも平均で4.0以上の評価が得られた(図6)。 図6 各企画に対する参加者の評価 4.まとめと今後の課題 今回のシンポジウムは,分科会企画を行わず,セッション企画や定員制の特別企画で幅広い企画の展開を試みた。セッション企画については参加者の評価として展示・セミナーとも好評価を得ており,学生,教職員,支援経験の浅い方から専門家まで多様な参加者の受け皿としていずれの企画も一定の機能を果たせたと考えられる。また,初めて定員制をとって実施した前日特別企画ワークショップは,対象者の属性や人数を絞ることによって企画趣旨に沿った議論を深めることができ,結果的に参加した方一人ひとりが持ち帰り,各大学での支援につなげられる知識や経験の提供につながったと捉えている。今後は,参加者500名規模のシンポジウムの中で,こうした少人数企画をどのように位置づけ運営していくか検討し,次回以降の開催の中で活かして行く必要がある。 また,全体会企画では映像教材を使い,従来のパネルディスカッションとは趣向を異にする構成で行ったが,参加者にとっては共感を持ちながら講師同士の議論についていくことができたという大きな効果をもたらした。  PEPNet-Japanのシンポジウムの最大の特色は,学生も教職員も同じ場で情報交換し,共に最先端の議論に参加できるという点であると言える。今回試みたさまざまな形の企画構成とその成果をもとに,今後も幅広い属性の参加者にとって満足度の高いシンポジウムとなるよう取り組んでいきたい。 最後に,本シンポジウムの開催にあたっては、PEPNet-Japan幹事大学・機関,正会員大学・機関,協力機関の関係者の方々,講師・実行委員や情報保障者の方々,多くの本学教職員および学生の多大なご協力をいただいた。本会の趣旨を理解しお力添えくださる方々のお陰で,無事開催できたことを,この場を借りて厚くお礼申し上げたい。 参照文献 [1] 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク.日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワークホームページ.(cited 2016-11-20),http://www.pepnet-j.org/ [2] 萩原彩子,白澤麻弓,三好茂樹他.日本聴覚障害学生支援シンポジウム10年の歩み.筑波技術大学テクノレポート.2015; 23(1): p.95-100. [3] 中島亜紀子,萩原彩子,白澤麻弓他.第12回日本聴覚障害学生支援シンポジウム実施報告.筑波技術大学テクノレポート.2017;24(2): p.62-67. Report on the Fourteenth Symposium of PEPNet-Japan NAKAJIMA Akiko1), ISODA Kyoko1), HAGIWARA Ayako1), ISHINO Maiko1), YOSHIDA Miku1), SHIRASAWA Mayumi1), MIYOSHI Shigeki1), KAWANO Sumihiro2), SATO Masayuki1), TANI Takayuki2), INOUE masayuki2), MORIYA Seitaro3) 1)Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired,Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology2)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology, Tsukuba University of Technology3)Department of Synthetic Design, Faculty of Industrial Technology,Tsukuba University of Technology Abstract: The Postsecondary Education Programs Network of Japan (PEPNet-Japan) holds an annual symposium as a forum for discussion. This year, 2018, marked the fourteenth annual symposium, and as it was the third year since the enactment of the Disability Discrimination Law, it was an opportunity to think again about the support for deaf and hard-of-hearing students. So, we set the title of the symposium as “Support for Deaf and Hard-of-Hearing Students in the Future—Think about Dialogue.” In this paper, we report on the contents of the symposium. For example, practical reports at The National University Corporation of Tsukuba University of Technology (NTUT) and projects related to dialogue were valuable opportunities to deepen the discussion. Keywords: Postsecondary education, Deaf and hard-of-hearing students, Disability support services