スポーツイベントでの鍼・マッサージ施術による視覚障がい者のボランティア活動いきいき茨城ゆめ国体自転車競技(ロードレース)リハーサル大会でみえた課題 近藤 宏1),櫻庭 陽2),香田泰子3),石塚和重4) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻1) 附属東西医学統合医療センター2)障害者高等教育研究支援センター3) 保健学科理学療法学専攻4) 要旨:スポーツイベントにおける鍼・マッサージ施術のボランティア活動の実践を通じて,鍼・マッサージ施術のボランティア活動に視覚障がいを有する施術者が参加する際の配慮に関する課題と方策について報告する。いきいき茨城ゆめ国体自転車競技(ロードレース)リハーサル大会のために設けられた特設ブースにて,鍼・マッサージの啓発を目的として鍼・マッサージ施術を実施した。ボランティア参加者は16人で,うち弱視者が8人(学生3人含む),全盲者1人,晴眼者7人であった。大会関係者および来場した一般市民73人に施術を行った。終了後にボランティア参加者より活動に関して意見聴取した。視覚障がい者が鍼・マッサージ施術のボランティア活動を円滑に行うためには,視覚障がい者と晴眼者がペアとなり施術すること,施術器具の配置,十分な事前説明を行うことなど,配慮が重要であることが活動を通じて明らかとなった。 キーワード:視覚障がい,ボランティア活動,鍼,マッサージ,スポーツイベント 1.はじめに スポーツに対する国民的関心の高まりとともに,スポーツを楽しむ国民やスポーツイベント開催数は増加傾向にある。近年,スポーツでのボランティア活動が広く社会に認知されるようになり,地域における市民マラソン,国民体育大会などの参加者数の多いスポーツイベントでは,その運営を支えるためボランティアの活動が不可欠な状況になりつつある。これまで,実際にボランティア活動を行っているのは障がいを持たない人がほとんどであったが,ロンドンオリンピックで多くの障がい者がボランティアとして活躍したことが報告されている[1]。今後,障がい者の社会参加促進への積極的な制度整備が進み,スポーツイベントでの障がい者のボランティア活動の促進が期待されている。 一方,国民体育大会や市民マラソン大会などのスポーツイベントにおいて鍼灸マッサージ施術のボランティア活動が行われており,その活動報告[2]-[6]が散見される。鍼灸マッサージ施術は,スポーツ分野において,疲労回復[5],痛みの除去や軽減[6],スポーツ選手のコンディション調整[7]-[9],などに利用されている。鍼灸マッサージ施術は,江戸期から伝統を保ちながら日本の保健医療を支え,世界に類のない職業文化を築き上げてきた。また,視覚障がい者が社会的に参加して経済的自立を得るための職業として発展した[10]。現在では,視覚障がい者が社会的自立をするための最も有望な手段の一つと言える。就業マッサージ師の約23%,就業鍼灸師の約14%は視覚障がい者である[11]ことから,視覚障がいを有する鍼灸マッサージ師がスポーツイベントに施術ボランティアとして参加していることが推測される。しかし,視覚障がい者の鍼灸マッサージ施術のボランティア活動について着眼して報告した文献は非常に少ない[1]。 そこで,視覚障がいを有する鍼灸マッサージ師と晴眼の鍼灸マッサージ師がいきいき茨城ゆめ国体自転車競技(ロードレース)リハーサル大会において,鍼・マッサージ施術を行った活動について報告し,活動からみえた今後の課題や方策について報告する。 2.活動内容 2.1 鍼・マッサージ施術について 今回の活動は,鍼・マッサージの啓発を目的として,大会関係者および一般市民に対して,鍼・マッサージケアの体験会を実施したものである。また,要請があった場合は必要に応じて選手へのコンディショニングケアサービスを実施することとした。メイン会場であるつくばウェルネスパーク内に設置されたテントを用い,ストレッチマット3枚,ベッド2床を用いて,ケアブースを設けた。利用希望者は,受付で問診票の記入を行った。施術は,施術者が問診後,利用者の希望に応じて,相談の上,鍼,マッサージ,両方のいずれかを行った。鍼およびマッサージの施術内容は次の通りである。 ①マッサージ:スポーツマッサージ・指圧・按摩施術により1局所程度を適切な刺激量で行った。②鍼施術:ディスポーザブル鍼(セイリン社製)を使用し,1局所に数箇所程度を切皮から1cm程度刺入深度の刺激量で行った。また,必要に応じて円皮鍼(PYONEX® セイリン社製 鍼長0.6mm)を貼付した。1施術15分以内で行った。 表1 ボランティア活動当日のスケジュール 時間 スケジュール 7:30 集合(つくばウェルネスパーク) 7:40 ミーティング 8:00 搬入/ブースの設営 8:30 作業確認/シミュレーション  8:45 受付/施術 開始 12:00 昼食 ※順番制 14:00 受付終了 15:00 施術終了/撤収作業 16:00 ミーティング/解散 応急処置などが必要な場合は救護室に連絡をし,医師の指示を仰ぐ体制を取り,医師との連携を図りながら実施した。ボランティア参加者は,あん摩マッサージ指圧師,はり師,きゅう師の国家資格を有する施術者13 人及び,本学保健科学部保健学科鍼灸学専攻学生3人の合計16人である。当日のスケジュールを表1に示す。会場までの移動は乗り合い自家用車を利用した。当日7:30に特設テント前に集合し,ミーティング後,荷物の搬入・ケアブースの設営を行った。設営後,簡単なシミュレーションを行い,8:45より施術受付を開始し,随時施術を行った。14:30を最終枠とし,15:00で終了した。 2.2 視覚障がいを有する施術者への配慮 施術者13人の内訳は表2の通りである。視覚障がいを有する施術者は,弱視者が5人,全盲者1人であった。また晴眼者は7人が参加した。施術者の視覚障がい状況を考慮し,重度視覚障がいを有する施術者は,晴眼の施術者と組むこととした。視覚障がい学生3人は全て弱視者で,施術者の指示に従い,施術補助を行った。なお,受付は晴眼者2人が行った。晴眼の施術者は視覚障がいを有する施術者からの依頼に応じて,問診票の読み上げなどのサポートを行った。 表2 施術者プロフィール 年齢 性別 障害状況 20代女性弱視 20代女性弱視 20代男性弱視 20代男性弱視 30代男性全盲 50代男性弱視 20代女性晴眼 20代女性晴眼 20代男性晴眼 20代男性晴眼 30代男性晴眼 40代男性晴眼 40代男性晴眼 2.3 視覚障がいを有する施術者からみた課題 ボランティア終了後,活動に際し,視覚障がいに対する配慮に関して視覚障がいを有する施術者から挙げられた意見は下記の通りであった。 ・レースの実況アナウンスやBGMの影響で,ボランティア利用者との会話が少々困難な場合があった。 ・枕用シートの存在がわからず使用できなかった。朝のミーティングの際に備品の場所や使用用途,アンケート内容に関する説明があると良かった。 ・衛生消毒・鍼施術器具の設置場所が一箇所であったため,毎度取りに行く必要があった。また,設置場所に適切に戻っておらず,探すのに手間取った。 ・ペットボトル様の廃鍼入れは,鍼が入れやすく,安全性への配慮がされていたが,はっきりした色のビニールテープ等で色づけしてあれば,いっそう使いやすい。 ・利用者が問診票に記入した文字が小さく,文字も薄くて見づらい箇所があり,限られた時間で即座に読んで対応するのが難しいと感じた。 ・日ごろから視覚障がい者と接する機会が多い晴眼者であったため,サポートは安心して受けることができた。但し,サポートを依頼する際に誰に声かけすれば良いか迷った。 ・施術者の中に,視覚障がいを有する施術者がいる旨を予め受付や看板などで告知しておくと,視覚障がいに関わる何らかのトラブルや誤解の予防,障がい者のボランティア活動の啓発に繋がるかもしれない。 3.考察 3.1 リハーサル大会でみえた視覚障がいを有する施術者への配慮に関する課題 今回の活動では,施術者が全盲や重度視覚障がいを有する場合は,晴眼の施術者とペアを組むこととした。しかし,弱視者であっても,明るさなどの環境の違いよっては見え方が様々である。そのため,視覚障がいの程度にかかわらず,晴眼者と視覚障がい者をペアにして組むことが有用である。これによりサポート役が明確になり,スムーズに施術が行える環境になると考える。朝のミーティングの際に,大まかな備品などの場所の確認,施術のシミュレーションを行ったが,視覚障がいを有する施術者にとって十分な準備体制とはならなかった。施術開始前の限られた時間ではあるが,参加する全ての施術者が十分に確認した上で実施することが望ましい。朝のミーティングを有効に活用するため,事前配布する実施要項やマニュアルの詳細化,重視すべき確認内容の明確化,シミュレーションの徹底が必要である。また,場合によっては事前の説明会の開催も検討する必要があると考える。今回は,備品の準備不足も重なり,各ベッドに1つずつ衛生消毒・鍼施術器具を設置することができなかった。そのため視覚障がいの有無に関わらず,使い勝手の悪い施術環境となってしまった。スムーズな施術が行えるよう衛生消毒・鍼施術器具の設置方法を見直す必要があると考える。 3.2 スポーツイベントにおける視覚障がい者のボランティア活動の現状と今後の課題 スポーツのボランティアに携わる成人の割合は7〜8%でほぼ横ばいである[12]。一方,障害者手帳所持者及び障害者手帳非所持者で自立支援給付を受けている者のうち,ボランティアなどの社会活動をしている者は,65歳未満では2.2%,65歳以上では2.9%である[13]。富樫[14]は,ボランティア活動について,「社会貢献意識などに基づいて行われる社会的行為であり,社会参加の1つであり,それが公共性をもつ限り,誰でもボランティア活動を行い得るはずであり,それは,ボランティアが障がい者であっても同じである」と示している。東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会では,障がい者のボランティア参加を促進しようという機運が高まっている。今後,国際競技大会に限らず,スポーツイベントにおける障がい者のボランティア参加が促進される可能性がある。これらを実現するためには,周到な準備が必要であり,なにより健常者の障がい者理解が不可欠となる。 日本の鍼灸マッサージ業については,古来より視覚障がい者との関わりが深い。ボランティア活動に関わらず,業を行う上で,近くに視覚障がい者がおり,晴眼者とともに活動する機会が多い。今回ボランティアに参加した晴眼の施術者は,職場や研修先に視覚障がいを有する施術者が在籍していたため,視覚障がい者に対する理解や対応には慣れていた。つまり,視覚障がい者と晴眼者が常日頃から業務を行う一緒に行う機会や経験が,ボランティア活動を行う際に役立ち,視覚障がい者と晴眼者がお互いを理解し,それぞれに必要なことや役割について認識し活動できると考える。 今後,スポーツイベントに障がい者の参加が増加する可能性がある。視覚障がい者のボランティア活動による効果や影響に関する研究,ボランティア活動をするための人的条件や環境条件に関する調査研究はほとんどない。障がい者のボランティア活動を促進するためには,障がい者によるボランティア活動事例を含め,これらの研究の集積が必要であろう。 4.結語 スポーツイベントにおける鍼・マッサージ施術による視覚障がい者のボランティア活動について報告した。また,鍼・マッサージに関するボランティア活動に視覚障がいを有する施術者が参加する際の配慮の具体的な課題や対応方法を示した。本報告は視覚障がい者に限らず障がい者がスポーツイベントでボランティア活動するための準備や方策を検討する上で役立つであろう。 参照文献 [1] 宮本俊和,河合純一(編).さぁ,ボランティアをはじめよう!視覚障がい者のスポーツボランティア.筑波大学(茨城).2018. [2] 近藤宏.マラソンランナーのコンディショニングと鍼灸マッサージに対する意識調査.日本東洋医学系物理療法学会誌.2015;40(2):p.49-57. [3] 山田智,中村真通,古屋英治.競技大会期間中のコンディション維持を目的とした鍼治療 海外マウンテンバイク国際競技大会への帯同報告.全日本鍼灸学会雑誌.2015;65(3):p.195-200. [4] 古屋英治,金子泰久,上原明仁,他.国体セーリング選手の腰痛に対する鍼治療の効果.全日本鍼灸学会雑誌.2012;62(1):p.63-69. [5] 近藤宏,田山悦男,山本英治,他.ゴルフ競技大会(男子)における鍼・マッサージの施術活動 –第59回国民体育大会(彩の国まごころ国体)でのボランティア活動について–.臨床スポーツ医学.2006;23(9):p. 1127-1131. [6] Miyamoto T, Kobayashi T, Meguriya S, Fukubayashi T, Hayashi K. The actual condition of acupuncture for athletes entered the national athletic meet in Ibaraki prefecture. PROCEEDING, FISU/CESU Conference The 18th Universiade 1995.(Fukuoka)1995: p.316-318. [7] 吹田真士,宮永豊,福林徹,他.ゴルファーのトータルケア 幅広い医・科学面からのサポートのあり方を探る 現場報告 キリンオープンゴルフ medical conditioning roomにおける活動.臨床スポーツ医学.2000;17(12):p.1461-1468. [8] 須藤宗,関裕二郎,坂本一雄,他.青森県スポーツドクターの会・トレーナー部会の国民体育大会帯同について.青森県スポーツ医学研究会誌.2008; 17: p.23-27. [9] 對馬新吾,長谷川至,尾田敦,他.スポーツイベントにおけるリコンディショニングへの対応「第5回アジア冬季競技大会青森2003」の活動から.東北理学療法学.2004;16:p.48-53. [10] 藤井亮輔,矢野忠,坂井友実,他.あん摩マッサージ指圧・はり・きゅう全国施術所査報告書 2014.社会福祉法人視覚障害者支援総合センター(東京).2014. [11] 政策統括官付参事官付行政報告統計室.平成 28 年衛生行政報告例(就業医療関係者)の概況 “3 就業あん摩マッサージ指圧師・はり師・きゅう師・柔道整復師及び施術所”.厚生労働省.2016. [12] 文部科学省.今後の地域スポーツの推進方策に関する提言.http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/sports/025/gaiyou/__icsFiles/afieldfile/2015/07/07/1359647_1_2.pdf.2018.11.07閲覧. [13] 厚生労働省.平成28年生活のしづらさなどに関する調査(全国在宅障害児・者等実態調査).https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/dl/seikatsu_chousa_c_h28.pdf.2018.11.01閲覧. [14] 富樫ひとみ.障がい者によるボランティアに関する文献研究.茨城キリスト教大学紀要.2016;50: p.179-188. Report on Volunteer Activities of Visually Impaired People with Acupuncture and Massage Treatment at Sports Events: Issues and Considerations at the Pre-National Sports Festival (Bicycle Race) in Ibaraki Prefecture KONDO Hiroshi1), SAKURABA Hinata1), KOHDA Yasuko2), ISHIZUKA Kazushige1) 1)Department of Health 2)Research and Support Center on Higher Education for People with Disabilities, Tsukuba University of Technology Abstract: We volunteered for acupuncture and massage treatment at sports events. This report shows the contents of volunteer activities. In addition, we propose issues and considerations for the participation of therapists with visual impairments in volunteer activities on acupuncture and massage. We volunteered at the main venue of the Pre-National Sports Festival (bicycle race) in Ibaraki Prefecture. Of the fifteen volunteer participants, there were eight people with visual impairments. We treated 73 people. We solicited opinions from therapists after the volunteering activities. When a therapist with visual impairments volunteers for acupuncture and massage treatment, we propose the following, and the visually impaired and the sighted are paired for treatment. For visually impaired therapists, lay out a set of acupuncture instruments on an adjoining bed, confirm the equipment location and provide sufficient explanation. Such measures are useful for promoting volunteer activities smoothly. Keywords: Visual impairment, Volunteer activities, Acupuncture, Massage, Sports events