欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2018参加報告 小林 真1),笹岡知子2) 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科1) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻2) 要旨:クロアチア共和国ザダルにて開催された欧州の視覚障害学生サマーキャンプ,ICC2018に学生2名を引率して参加した。キャンプは,ワークショップやイブニングアクティビティ,エクスカーションデイなどで構成される。期間中,学生たちは積極的に友達のネットワークを作る活動を進め,諸外国からの参加者,とりわけギリシャからの参加者たちと良い関係を築くことができた。 キーワード:視覚障害学生サマーキャンプ,ワークショップ,人的ネットワーク 1.はじめに 国際交流加速センター運営委員会が主催する事業として欧州の視覚障害学生サマーキャンプ,ICC(International Camp on Communication and Computers)へ学生を引率して参加した。本学から参加した学生は情報システム学科2年次の小笠原翔さんと片山博貴さんの2名である。ICCは欧州諸国から視覚障害学生が集まり,10日間寝食を共にするイベントで,リンツ大学・統合教育支援センター(IIS)のKlaus Miesenberger准教授と,元カールスルーエ工科大学・視覚障害学生支援センター長のJoachim Klaus氏が1993年から続けているものである。本学とリンツ大学のIISが大学間交流協定を結んでいることから,特別に日本からほぼ毎年参加させてもらっている。開催国は年によって異なり,これまで本学から学生が訪れたのは2003年スイス・2005年チェコ・2006年ドイツ・2007年フィンランド・2009年オーストリア・2010年ギリシャ・2011年イタリア・2012年ルーマニア・2013年チェコ・2014年ラトビア・2015年オランダ・2016年ドイツ・2017年ベルギーの各国であり,今年は14回目の参加となった[1]-[7]。 今回の開催地はクロアチア共和国のザダルで,「海沿いの街での実施」というのがアピールポイントとして掲げられていた。実施主体は各種障害者のICT利用支援活動をしている団体up2date(http://up2date.hr/)で,場所はザダル大学のキャンパスを利用した。期間は7月22日から31日までの10日間であった。 図1に集合写真と会場のザダル大学校舎の外観を示す。 図1 ICC2018参加者らの集合写真(左)と会場となったザダル大学校舎の外観(右) 表1 国別参加者数 表2 全体スケジュール 2.キャンプ概要 2.1 参加国と参加者数 参加国と全盲・弱視・ボーダーラインと呼ばれる重度弱視のそれぞれの参加者数数は表1のようになっている。 16ヶ国から69名の参加があり,約半数が全盲の学生であると言える。スタッフも含めると約130人という規模のイベントで,スタッフにも多くの視覚障害者が含まれていた。 2.2 実施会場 ワークショップを実施する日中の会場は,前述のようにザダル大学であり,講義室やホールを利用した。窓を開けると目の前にアドリア海が広がる素晴らしい環境であった。また,宿泊場所については1.5kmほど離れた学生センターの施設を利用し,歩いて15分ほどの道のりを毎日通った。ワークショップ会場と同じ敷地内にあるケースよりは不便なものの,バスで移動しなくてはならなかった2011年のイタリア,2016年のドイツや2017年のベルギーと比較すると自由度は高く,参加者にとっては帰り道の途中で買い物をしたり泳ぎに行ったりすることが可能で,良い面もあった。部屋は2人部屋となっており,本学の学生たちは同じ部屋に割り当てられたので,例年と比べると期間中のストレスは低かったようである。とはいえ後述するように十分他国の参加者らと交流はできたので,今回は日本語と英語を話す環境のバランスが良かったと言える。引率教員の方は,第一著者はクロアチア人スタッフ,第二著者はドイツ人スタッフと同室であった。 2.3 スケジュールとワークショップ ICCの基本は毎日午前と午後とに行われる3時間のワークショップである。到着日と出発日,エクスカーションデイの3日間を抜いた7日間,合計14コマのスロットのうち最初の1コマはアイスブレイク用,日曜の午前は礼拝関係を考慮して休みになっており,最終日のFarewell Party前の時間も練習時間に割り当てられるため,11コマのワークショップに参加することになる。過去の本報告にもあるようにワークショップには「2コマ続きの必修(compulsory)」と「選択」の2種類がある。そして必修は6種類のうちから事前登録された希望をもとに2種が割り当てられる。選択も事前に希望を登録しておき,7種割り当てられることになる。中には2コマの選択ワークショップもある。 今年の必修ワークショップは,「Networking」「Presentation Skills」「Effective Web Browsing and Information Retrieval」「First Aid for Work and Study Documents」「Employability Skills: Getting YOU Into Work!」「Studying In Europe ? Studying Abroad」の6種であった。昨年と比べると「CV Writing and Job Interview Skills」が「Studying…」に変わり,「Employability Skills…」が加わったことになる。これら必修ワークショップに何を実施するかは,前年のPreparatory meetingにて決定されるが,担当するスタッフの都合なども影響するようである。「CV Writing…」に関しては,選択ワークショップに移動していた。 これらワークショップの「教える側」に立つのは引率スタッフや現地スタッフらであるため,我々もワークショップを担当しなければならない。今回は必修ワークショップの「Presentation Skills」と,選択ワークショップとして登録していた「Communicate With Your Own Body」を3回,「Feel Japan」を2回の合計9コマ分実施した(図2)。 図2 引率教員によるワークショップの様子 2.4 学生たちの参加したワークショップ 必修ワークショップについては,小笠原さんは「Effective Web Browsing and Information Retrieval」「Networking」,片山さんは「Networking」「Presentation Skills」に参加した。選択ワークショップについては,小笠原さんが割り当てられたのは「Tourist of Travelling Abroad」「Writing Good-looking and Accessible Documents」「ICC Newspaper」「Introduction to NVDA」「Exploring Space by Noises」「Echo Location(2コマ続き)」であり,片山さんが割り当てられたのは「Low Vision Devices for Improving Functional Vision」「ZoomText for Beginners」「ICC Newspaper」「Making Accessible Slides」「Exploring Space by Noises」「Basic of Geometry, 3D Modeling, 3D Slicing and 3D Printing(2コマ続き)」であった。「ICC Newspaper」には同じ時間帯に参加できたため,協力して記事を書きあげられたようであった(図3)。 2.5 アクティビティとエクスカーション 連日用意されているイブニングアクティビティに関しては,まず月曜に小笠原さんが「Tandem bike」,片山さんは「Zadar Sightseeing」に参加した。全盲の小笠原さんは2人乗りの自転車を楽しめたようである。火曜と金曜はそれぞれ別々に「Jam Session」と「Swimming」を入れ違いで体験した。2人とも音楽をたしなむため,楽器や歌を通してのコミュニケーションが出来たようである。近場で海水浴を楽しむSwimmingは2回別々になってしまったため,教員は2回付き添うことになった。土曜のアクティビティは,揃って「Saltern Nin」という数十キロ離れた昔ながらの塩田を見学してきた。「日本に輸出している」ことを誇るビデオが日本人として嬉しく感じた。日曜のアクティビティ時間には特にイベントには参加せず,自由時間にした。 木曜日のエクスカーションは,バスで南下し,クルカ国立公園を楽しむというものであった。クルカ国立公園は,美しい滝で有名な自然公園であり,散策した後に湖を客船で移動して戻るというツアーであった(図4)。 図3 学生の参加したワークショップの様子 図4 クルカ国立公園にて 2.6 フェアウェルパーティ 最終日のフェアウェルパーティは宿泊場所の中庭で行われた。毎年同様,期間中にどの国とグループになるか決めて,5分程度の出し物を用意することになっていた。今回は飛行機の関係で前泊したが,その前泊地にギリシャのチームも宿泊していたことで,ギリシャの参加学生と仲良くなることができた。そこで,彼らと一緒に「If you’re happy and you know it」をギリシャ語・日本語・英語で歌うことになった。実際のところ,スケジュールの詰まったキャンプ期間中に,お互いの意見を伝えあいながら1つの歌を完成させるのは本学の学生たちにとって想像以上に大変なことであったが,2人ともギリシャの参加者らとよくコミュニケーションをとり,100人以上の前のステージで歌を披露することができた(図5)。 図5 フェアウェルパーティの様子 3.学生たちの感想 最後に本学からの参加学生たちから寄せられた感想を記す。また,図6は休憩中に他国参加者らと交流する学生たちの様子である。 3.1 小笠原翔さんより 「今回のICCでは,日本では経験できないような様々な経験を積むことができたとともに,日本と海外の違いについても学ぶことができました。私は海外旅行の経験が一切なかったため,今回の海外が人生初だったのですが,日本で当然だと思っていたトイレの仕組みや横断歩道の渡り方などが異なっていたことにとても驚きました。 期間中は,各国の参加者とたくさん交流することができました。中でも,ギリシャの皆さんとはワークショップ以外の場でも話す機会が多かったです。英語でのコミュニケーションは,最初はすごく苦戦し,なかなか意味をつかめないこともありましたが,二日目・三日目と過ぎるうち,英語にも次第に慣れ,ICCを楽しめる余裕が生まれるようになってきました。 私が参加したアクティビティは,タンデム自転車・水泳・ジャムセッションなどでした。ジャムセッションは他の参加者と音楽の演奏を通して交流するものです。これらの中で,私が一番思い出に残ったものは,日本の公道では乗ることができないタンデム自転車です。普通の自転車に乗る感覚とは少し違って,相手との息をぴったり合わせたり,止まるときに片足を地面についたりするなど,少し違ったテクニックが要求され,貴重な経験をすることができました。自転車に乗るのが数年ぶりということもあり,最初はすごく緊張しましたが,乗っているうちにだんだん楽しくなってきて,風を切っているという久しぶりの感覚を味わうことができました。 フェアウェルパーティでは,一番仲良くできたギリシャのチームと一緒に「幸せなら手をたたこう」を日本語・英語・ギリシャ語で歌い,最高の思い出を作ることができました。 ICCを経験し,コミュニケーション力や英語の力も,参加前と比べると少し良くなったのではないかと思います。ここで学んだことを,今後の生活に生かしていきたいと思います。」 図6 休憩時間中の交流の様子 3.2 片山博貴さんより 「私は今回初めて海外に行きました。日本とは気候や道路,建物など,違った雰囲気を感じました。ICCの主な日程は,朝食,午前のワークショップ,昼食,午後のワークショップ,夕食,アクティビティというものです。 ワークショップで印象に残ったものは3つあります。1つ目はNetworkingです。人間同士のコミュニケーションとSNSのネットワークコミュニケーションの違いについてグループに分かれて討論しました。最初は英語の速さと参加者の積極性に驚きました。私は速い英語にはあまり慣れておらず,先生が要約してくれた内容を聞くので精一杯でした。しかし2コマ目の時には,少しずつ聞き取れるようになったので,内容について理解することができました。積極的に自分の言葉に自信を持って,話をしたいと感じました。 2つ目はPresentationです。日本語でのプレゼンテーションとは少し違ったタイミングの身振り手振りや,韻を踏むことによって相手に興味を引かせる工夫など,今後も重要になってくるものを学びました。英語でプレゼンテーションを行うのは初めてだったので,緊張してうまくできない部分もあり,プレゼンテーションの難しさを改めて実感しました。 3つ目はBasic of Geometry, 3D Modeling, 3D Slicing and 3D Printingです。このワークショップでは3Dモデルを作成するソフトと3Dプリンタへどのように出力かを設定するソフトを使って3Dモデルを作成しました。3Dモデルを作ったのは初めてだったので説明を一生懸命聞きながら作成しました。少し難しい操作や説明でしたが,3Dモデルを作成することができました。 アクティビティについては,Zadar Sightseeingでクロアチアの街を通り,歴史や海のオルガンについて知りました。Jam Sessionでは,いろいろな国の人と交流しながら,ヨーロッパの曲についてたくさん知ることができました。私は電子ドラムで演奏に加わりました。Swimmingでは,クロアチアの海で泳ぎました。日が暮れる時だったので,夕日も絶景でした。 ICCでは,短期間で本当に多くのことを学びました。スケジュールもたくさん詰まっていて毎日大変でしたが,楽しいこともありました。友達を作ることもできたので,とても充実した10日間でした。英語ができるようになるとさらにコミュニケーションの幅も広がることを実感したので,これからしっかりと学んで行きたいと思います。」 4.謝辞 学生の旅費に関して筑波技術大学基金および日本学生支援機構より多大な支援を頂きました。記して深く感謝します。 参照文献 [1] 加藤宏,小林真,原俊介,塩谷純.ヨーロッパの視覚障害者コンピュータ・キャンプに参加して.筑波技術短期大学テクノレポート,2004; 11,p.85-91. [2] 小林真,川村祥子,東川恭子.International Camp on Communication and Computers 06 参加報告. 平成18年度国際交流活動成果報告書,国立大学法人筑波技術大学国際交流委員会,2007; p.29-34. [3] 永井伸幸,吉田有希,吉永円.International Camp on Communication and Computers 参加報告.筑波技術大学テクノレポート,2006; 13,p.95-99. [4] 小林真.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICCの変遷 ―本学からの10回の参加を振り返って―.筑波技術大学テクノレポート,2014; 22(2), p.24-28. [5] 小林真, 福永克己.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2015参加報告.筑波技術大学テクノレポート. 2016; 23(2): p.60-64. [6] 小林真, 福永克己.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2016参加報告.筑波技術大学テクノレポート. 筑波技術大学テクノレポート.2017; 24(2): p.45-51. [7] 小林真, 笹岡知子.欧州の視覚障害学生サマーキャンプICC2017参加報告.筑波技術大学テクノレポート2018; 25(2): p.51-57. Report on Participation in the International Camp on Communication and Computers, 2018 KOBAYASHI Makoto1), SASAOKA Tomoko2) 1)Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences, 2)Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: Two students from our university participated in the International Camp on Communication and Computers, 2018 (ICC2018), which was held in Zadar, Croatia. The camp was primarily designed for visually impaired European young people, and it aims to help them create communities and human networks with one another. The camp content included a variety of workshops, evening activities, and a one-day excursion. Two students tried to communicate with participants from other countries, and they established some good friendships, especially with the Greek team. Keywords: International camp for visually impaired students, Workshops, Human networks