大学院で学ぶ先天性全盲ろう学生への授業支援 ─ 登録通訳者への研修会実施 ─ 磯田恭子1),中島亜紀子1),萩原彩子1),白澤麻弓1),中島幸則2),小林洋子2),宮城愛美1),佐藤正幸1),須藤正彦2),森 敦史3) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部2)筑波技術大学 技術科学研究科 情報アクセシビリティ専攻3) 要旨:本学大学院情報アクセシビリティ専攻では,平成29年度に入学した先天性全盲ろう学生への情報保障支援体制を構築し,支援を実施している。授業支援においては,学外の登録通訳者の協力を得ながら,学生本人のニーズに対応する支援方法を提供してきている。登録通訳者に対しては情報交換会・研修会を設け,学生本人の意見を共有するとともに通訳者のスキルアップの機会を提供している。授業担当教員・学生本人等の支援関係者が一堂に会して課題を共有することで,より良い支援提供に寄与するものであったと考える。 キーワード:全盲ろう学生,触手話通訳支援,通訳者研修会,授業支援 1.はじめに 平成29年度に本学大学院情報アクセシビリティ専攻に入学した先天性の全盲ろう学生への授業支援において,情報アクセシビリティ専攻特別支援ワーキンググループ,授業実施ワーキンググループの教員を中心に,聴覚障害系支援課情報保障支援係が情報保障者への依頼・資料提供等のコーディネートを行ない実施している[1]。授業支援の方法については,学生本人のニーズに基づき①触手話通訳を中心とした支援,②パソコン文字通訳を中心とした支援 の2つの方法により実施している。このうち,①触手話通訳を中心とした支援 にあたっては,県内外より募集した外部登録手話通訳者(登録者25名,聴覚障害を有する通訳者4名を含む)(以下,登録通訳者),および学内の手話通訳士資格を有する教員(助手)3名が分担して担当した。触手話通訳とは,音声情報のみならず周囲の視覚情報(スライド資料・板書・教員や他の受講生の様子等)も含めて手話で表現し,表現している手に盲ろう者が触れて表現内容を理解する方法であり,音声情報以外の情報も伝達する必要があるという点で通常の手話通訳とは異なるスキルが求められるものである。さらに,学生本人のニーズに基づき,手話表現を片手のみで理解できるように通訳の際には工夫をすることが求められた。登録通訳者のうち,触手話通訳の資格・経験を有する者は少数であり,授業支援を担うだけの人数確保は困難であったため,触手話通 訳の技術研修(以下,研修会)を実施した後に,授業での支援を担当してもらうこととした。通訳者の支援にあたっての戸惑いや,通訳上の課題を明らかとするために,毎回の授業支援担当後には報告書の提出を求め,必要に応じて即座に授業担当教員への協力依頼を行う体制を構築した。また,学期末には情報交換会や研修会を開催し,登録通訳者・授業担当教員・ワーキンググループ教員・学生本人など,支援関係者が一堂に会して意見交換を行う機会も設け,登録通訳者の負担軽減を図るように努めた。登録通訳者間で共通した課題が見られる場合には研修会のテーマとして取り上げ,通訳者間での事例共有・課題解決方法の検討を行った。本稿では,これまでに実施した2回の研修会について概要を報告する。 なお,事例の発表については,実施主体である情報アクセシビリティ専攻特別支援ワーキンググループ,授業実施ワーキンググループ,盲ろう学生本人の了解を得ている。また,研修会開催にあたっては本学学長裁量経費による支援を得て実施したものである。 2.第1回研修会の実施 2.1 研修会概要 当該学生の入学直前の平成29年3月に,登録通訳者への研修会を開催した。登録通訳者の中には盲ろう通訳の経験を有さない手話通訳者や,盲ろう者と接した経験の ない者もいたことから,学生本人の希望するコミュニケーション方法についての理解を深めることを目的とした研修会を実施した。あわせて学内支援体制についても説明を行った。 2.2 研修内容 研修の内容については,事前に学生本人と指導担当教員・ワーキンググループ教員間で相談して構成した。登録通訳者だけではなく,大学内での生活を共にする学生も複数名参加していたこともあり,学生本人のニーズや困難場面についての説明が丁寧に行われた。 1)盲ろう学生への支援について 最初に盲ろうの状態について,盲ろう者とのコミュニケーション方法についての説明が,以下の通りなされた。 ・盲ろう者の困難場面について,コミュニケーション(手話をされても見えない,声を出されても聞こえない),情報入手自然に情報を得ることができない),移動(身体的には一人での移動も可能だが,周辺情報が把握できず危険箇所の把握もできない)の3つを中心に説明された。 ・コミュニケーション方法については,触手話・指点字・50音ボードを活用する方法について説明がなされた。また,学生本人との触手話による会話は片手で表現した手話を読み取ることが中心であること,一般的な手話表現で用いられる表情や口型・相づち表現なども全て手だけで表現できるようにして欲しい,複雑な手話表現は指文字を多用して欲しい。 ・情報入手が困難であることから,状況説明(周囲に誰がいて何をしているのか,新たに輪に加わった人や席を立った人が誰なのか,突発的に生じた音情報が何か,等)の通訳も必要であること,校内放送や墨字(文字)で通知されている情報を伝達して欲しい。 ・会話を始める際には,「肩をたたく→学生の手のひらに自分の手の甲を重ねるようにして,手に触れてもらう→名前・性別(男性・女性)・立場(学生・教員・通訳者,等)を伝える」ようにして欲しいこと,会話を終える際には「終わる」「帰る」など,周囲から自分がいなくなることを伝えて欲しい。 ・移動時の手引きについて,段差への対応や狭い場所での方法についても実演を交えながら説明がなされた。また,緊急時にはとにかく身の安全が確保できる場所まで誘導してもらい,移動しながら・または誘導先に到着後に状況説明をして欲しいとのことであった。 2)授業における支援について 後半は登録通訳者および大学内での生活を共にする大学院生を中心とした研修会を行った。最初に学内支援体制についてワーキンググループ教員より説明を行った。続いて学生本人,ならびに大学院入学前まで授業での触手話通訳を担当していた通訳者を講師として,授業における支援の具体的方法や触手話通訳における留意点について,以下の通り説明がなされた。 ・普通の手話通訳との違いのうち,特に表情や口型・相づち表現なども全て手話で表現して伝えること,専門用語などは指文字や日本語対応手話などを用いて明確に伝えることの重要性が述べられた。 ・学生本人も片手での手話の読み取りとなるため,通訳者は右手だけで全ての表現をするように意識する必要があること,表現に悩む単語・用語がある場合には授業前に学生本人と相談をして欲しいことが伝えられた。 ・教室内の状況説明は一般的な手話通訳と大きく異なる点である。教室内の様子(先生の様子・他の学生の座っている位置や反応など)を,学生本人が把握することで授業への参加や主体的な行動がしやすくなる情報を優先的に伝えるようにして欲しい。 いずれも通訳者から伝えられる情報が学生本人にとっては全てとなるため,できるだけ多くの情報を伝えるようにして欲しいとの依頼がなされた。 3)通訳体験 授業場面での触手話通訳を想定した通訳を数名に体験してもらった。専門用語やアルファベット表現も含まれる内容であり,教員からの質問が投げかけられる場面もあった。学生本人からのフィードバックとして,下記の点が伝えられた。 ・英語表現はASL表現(片手でアルファベットを表す方法)で統一して欲しい。 ・授業内容を伝えているのか,通訳者からの補足情報なのかが判別できるように伝え方を区別して欲しい。 ・専門用語を新たな手話表現で伝えた場合には,授業後に内容が理解できたかを確認して欲しい。 また,他の登録通訳者からは,教員がろう者の場合に,教員が用いている日本手話表現をどのように通訳するべきか,図を活用している場合の通訳方法については,等の授業場面を想定した具体的な質問がなされた。 4)パソコン通訳による支援方法の体験 学生本人も初めて活用することとなるパソコン通訳による支援方法の仕組みについて,ワーキンググループ教員から説明がなされ,補助担当学生らと共に体験を行った。補助担当学生から,どのような事を補助情報として伝えるべきかという確認がなされ,パソコン通訳では対応できない部分の通訳・教室内の状況説明・資料や板書内容の確認・座席位置の調整などが挙げられた。同時にパソコンの操作に 関する課題も見出されたことで,授業開始までの期間に余裕を持って調整を進められることとなった。 2.3 研修内容の周知方法 研修会での意見をふまえて,支援実施体制を授業担当教員や生活場面でサポートを得ることになる学生への周知文書としてまとめ,配布・活用を行った。これをベースとして入学後の授業支援体制を構築し,実運用を始めることとなった。 2.4 研修の効果 参加者の多くは盲ろう者への支援経験がない状況であったため,知識としてだけではなく学生本人との直接コミュニケーションを通じて,体験的な理解を深めることができる好機となった。登録通訳者については,一般的な手話通訳との違いはあれど,工夫を加えることで十分触手話通訳にも対応可能であることが実感できたものと思われる。また,生活面でも深くかかわる大学院生についても,入学前に学生本人と直接コミュニケーションを図ることで,支援に対する不安や負担感を軽減させることができたものと推察される。これらのことから,入学前からの支援体制構築と,関係者間への周知・依頼の重要性が再確認されたと言えよう。 3.第2回研修会の実施 3.1 研修会概要 第2回研修会は,支援開始から1年が経過した平成30年3月に実施した。支援実践の蓄積により登録通訳者から様々な課題が挙げられていたこともあり,通訳者同士の対応方法の共有と,提供される授業資料を活用した学習内容についての意見交換,より良い通訳方法の工夫についての情報共有をする事を目的とした。授業場面を想定して作成した映像教材を活用し,授業前後の流れも含めた実技研修を実施した。映像教材は聴覚障害系・視覚障害系の授業を担当する教員の協力を得て作成した。これまで通訳担当機会のなかった登録通訳者にも,次年度からの協力に向けて参加を促して開催した。 3.2 研修内容 研修では実際の授業支援を想定し,事前資料を数日前に提供し,当日に学生本人と短い打合せ時間を設け,授業支援(触手話通訳)を担当するという流れで行った。参加者を2グループに分けて,最初にグループで事前資料を元にした話し合いを行った。話し合いの中では,①通訳が難しそうな部分について,②具体的な通訳方法について,③事前に教員や学生本人に確認したいこと,を中心に意見交換を進めた。その後,映像教材を用いた模擬通訳を行い,全体での意見交換を行った。 3.2.1 聴覚障害系の事前資料を元にした意見交換 模擬授業のテーマは「成人の聴覚障害者のスポーツビジョン検査を用いた視機能の評価」であった。映像は教員1名,受講学生が2名おり,3名とも健聴・晴眼である。教員はスライド資料を投影しながら音声のみで授業を進行した7分半のものを活用した。触手話通訳者にはスライド資料が,学生本人にはスライド資料のテキストデータが事前に提供されている。グループ間の話し合いの中から,以下の事項が挙げられた。 【教員に依頼・確認したい事項】 ・音声のみでの進行の場合,資料を読み進める際には学生本人が資料を読む時間を確保して欲しい。 ・資料にあるグラフの内容や目的について。 【学生本人に確認したい事項】 ・資料で用いられている専門用語の意味を把握しているか。 ・用いられている難しい用語の表現方法について(指文字を表してから手話表現をする,等)。 ・スライド資料とテキスト資料(学生本人が確認する資料)のページ番号が一致しているのか。 【通訳方法について検討したい事項】 ・意味を正しく伝えるための表現方法について。 ・同じ手話表現になりそうな単語の使い分けについて。 ・動画使用の有無,動作を伴う説明の有無について。 ・スライド資料で赤字に強調されている箇所がどのように説明されるのか,注意を払う必要がある。 ・受講学生名を事前に把握したい。 ・授業中に通訳者から学生本人に確認をしたい事柄が生じた場合の手話表現方法について,グループ内で情報交換を行った。 3.2.2 聴覚障害系授業の模擬通訳後の意見交換 参加者の中から1名が模擬通訳を,もう1名にペア役としてフォローを担当して行い,全体で通訳場面を見た後に意見交換を行った。挙げられた主な意見は下記の通である。 ・(通訳担当者より)授業中に用いられる指示語に対応できなかった。学生本人の表情や教員の動きを見たり,フォロー担当者から伝えられる情報を受け取る余裕もなかった。 ・(フォロー担当者より)話されている情報量が多く,資料に示されている数字も見にくかったため,十分にフォローが出来なかった。 ・授業中に教員に説明を少し待ってもらうための止め方が課題だと思った。 ・話者を明確に示したり,会話のトーンを分けて表現できれば,分かりやすく通訳ができるのではないか。 ・話の「間」があることが,通訳を行う際には大事である。 ・スライドの送り方については教員に配慮を頂きたい。 ・教員から学生への質問が投げかけられた際の通訳方法について。他の受講学生に聞いているのか,学生本人に聞いているのかを明確に示すための表現の工夫を知りたい。 特に質問時の通訳方法については,誰に質問をしているのか明確に示すようにしている,全体に聞いていることが分かるように表現しているなど,通訳者それぞれの事例が共有された。 これらを受けて,学生本人からは以下の意見が出された。 ・話者が切り替わるときには主語を明確に示して欲しい。 ・教員からの質問の際には,「○さんに質問です」のように名前を表す,手を学生が座っている方向に指し示すなど,誰に対して聞いているのかを明確に表現して欲しい。 ・スライド資料の切り替わりを伝える際に,スライドタイトルのほうが探しやすい場合もある。 3.2.3 視覚障害系の事前資料を元にした意見交換 模擬授業のテーマは「点字による数式表現の可能性」であった。映像は9分半のもので,教員1名,受講学生1名がおり,2名とも全盲である。教員と受講学生は手元の点字資料を読みながら音声のみで授業を進行した。視覚障害系の授業は次の学期から受講予定であるために未経験の通訳者が多く,今後どのように対応していくか,という視点での話し合いが進められた。グループ間の話し合いの中から,以下の事項が挙げられた。 【学生本人に確認したい事項】 ・資料にあるドットパターンが点字資料でも同じ配列になっているのか。 ・英語で表記されている人名は,アルファベットで点字資料になっているか。 ・点字資料とレジュメのページ数が一致しているかどうか。 ・数式の手話表現方法について。 ・点字の場所を表現する際(1点・2点など)の表現方法について。 ・教員が資料を読み上げている時の対応方法について。 【通訳方法について検討したい事項】 ・音声で進行される授業であり,教員や受講学生からは頷きも音声で発せられると思うが,それを全て伝える必要があるのか。 ・レジュメのみの資料の場合,どの位活用するのか想定が難しい。 ・学生本人の発言機会を取る方法に工夫が必要だろう。 3.2.4 視覚障害系授業の模擬通訳後の意見交換 聴覚障害系授業の模擬通訳の方法と同様に,参加者から1名の通訳者に模擬通訳を,もう1名にペア役としてフォローを担当して頂き,その後全体での意見交換を行った。主に出された意見は下記の通りである。 ・話速が早く,伝えるべき情報量が多くなりすぎたため,他の学生の様子などを伝えられなかった。 ・視覚障害の教員・学生による授業の場合,環境情報や通訳者の存在をどのように知らせたら良いのか。また,通訳が追いついていないことをどう伝えたら良いのか。これらを受けて,学生本人からは以下の意見が出された。 ・教員の話が早いときには待ってもらえるほうが良いと思った。点字の仕組みについては,どの点(6点のうちの1点・2点,等)を表しているのかを表現してもらえると良かった。教員とも相談をしながら進めていく必要があるのかなと思う。 3.3 研修内容の周知方法 研修会で得られた意見を集約し,視覚障害系の授業担当教員への依頼文書を作成し,周知を行った。あわせて,授業開始前に視覚障害系教員への盲ろう学生支援に関する説明会を開催し,触手話通訳による情報保障実施にあたっての留意点等を伝える機会を持った。 3.4 研修の効果 登録通訳者の中には,これまで聴覚障害者への手話通訳を中心に担当している者と,視覚障害者・盲ろう者への通訳対応を多く担当している者がおり,それぞれの立場からの情報交換がなされたことで,これまで課題を感じていた事項についても具体的内容を共有できたものと考えられる。また,実際の授業場面を想定した研修により,教員への依頼内容や通訳上の課題を具体的に挙げることができ,学内への周知にあたっても参考とすることができた。 4.まとめ 本稿で報告した研修会の開催は,学生本人の明確な通訳ニーズとその把握ができていたこと,登録通訳者が日々の通訳実施後に詳細な記録を残していたことで共通する課題の把握が可能であったことなどが,その効果を高めていたものと考える。 新たな支援方法の導入においては,授業担当教員や学生本人のみならず関係者それぞれが様々な不安や課題を抱えるものであると思うが,定期的なアセスメントを行ない,必要に応じた研修機会の提供を行うことで,それらを払拭することが可能になるものと思われる。本学での実践にとどまらず,全国的な障害学生支援の発展に寄与できるよう,蓄積したノウハウの発信も求められると考えており,本年9月には日本特殊教育学会 自主シンポジウムにおいて成果報告を実施した[2]。同様の機会を得て,今後も広く実践内容を発信して行きたい。 謝辞 本実践にあたり,ご協力いただいた外部登録通訳者ならびに学内関係者の皆様に,多大なるご支援をいただきましたことに,深く感謝申し上げます。 参照文献 [1] 白澤麻弓,中島幸則,小林洋子,他.本学における先天性全盲ろう学生への授業支援.筑波技術大学テクノレポート.2018;16(1):p.11-17. [2] 佐藤正幸,磯田恭子,中島亜紀子,他.高等教育機関における盲ろう学生の研究生活支援.日本特殊教育学会第56回大会発表論文集;2018-9-23(大阪). 2018;自主シンポジウム4-07.