全盲と弱視を同一の教材で提示する電子黒板システムの試作 村上佳久 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 要旨:全盲と弱視に対して同一の内容をリアルタイムで表示するシステムを開発したが,このシステムを電子黒板に応用し,全盲と弱視という学習メディアの異なる視覚障害者を同一教材で教授するための電子黒板システムを試作した。様々な弱視の個々の障害に対応するため,手元型電子黒板にも対応させた。今回試作した電子黒板システムによって,1つの教材で全盲と弱視にという学習メディアの異なる視覚障害者に対応可能となり,盲ろうにも対応できることが示唆された。 キーワード:電子黒板,障害補償,全盲,弱視,同一教材,盲ろう 1.はじめに 視覚障害者,特に弱視向けに開発した電子黒板と手元型電子黒板[5,6]は,授業において非常に有効で,学生の視認性もよく,評価も高かったが,全盲に対して,弱視と同時にリアルタイムに表示させることが困難で,全盲用に別のシステムを追加して対応していた。 同一の教材で全盲と弱視に対応する学習支援システム[1]を開発したが,この開発したシステムを従来の電子黒板に応用し,同一教材で,全盲と弱視に対応し,画面拡大・点字・音声の三つのメディアをリアルタイムに同時に出力して,20人程度の実際の授業で運用することを前提に利用するシステムの開発を試みた。 さらに大学院の授業において,健常者・全盲・盲ろうに対して,対応できるかについても,実際の運用も含めて検証を行ったので報告する。 2.視覚障害者のための電子黒板の改善 主として弱視向けに開発した,電子黒板と手元型電子黒板の連携システムは,学生にとって視認性もよく利便性は高いが,運用面でシステム的な問題を抱えていた。一番大きな運用上の問題点は,無線LANにあることは既知であったが,改善策を検討することとし,検証を行った結果,大きく分けて無線LANに関する部分と制御用パソコンに依存する部分があることが判明した。 電子黒板と手元型電子黒板を連動させるためには,無線LANを利用するが,その手順は, (1)電子黒板に表示する内容をデータ圧縮 (2)時間分割 (3)映像情報に変換 (4)無線LANから情報を送信  等の幾つかの操作を制御用パソコンで行っている。これらの作業のため,制御用パソコンには,端末台数によって,非常に多くの負荷がかかる。したがって,制御用CPUには,多数のタスクを高速に処理する性能が求められる。また,画像処理も多用されることからGPUにも負荷がかかる。制御用パソコンは,一種のサーバとして機能するため,端末処理とは異なり,非常に多くの負荷を処理するための高機能が要求される。また,各端末にデータを転送する,無線LAN装置にも大きな負荷がかかる。  データを一度に転送することが出来ないため,データを分割して転送する。そのため多くの無線LANのチャンネルを利用するが,本学では,教室内に大学構内の無線LANが設置され,既にチャンネルの一部が占有されている。従って,無線LANの空きチャンネルを見つけ,電子黒板の情報を送る必要がある。以前のシステムでは,チャンネルは固定で行われていたため,通信不能になることもしばしばであった。  そこで,無線LANの空きチャンネルを自動で検索・送信・調整可能なインテリジェント機器を利用し,更に2.5GHzと5GHzの2種類の無線帯域を自動で切り替え,利用することで,負荷分散を図ることとした。  以下に,改善したシステムの一覧を示す。 電子黒板:SHARP Bigpad PN-L702B(70”), PN-L401C(40”) 画面共有ソフト:Display Connect 2.0 端末:Apple iPad 無線LAN:Buffalo AirStation Pro WAPS-APG600H  制御用のパソコンの性能を確かめるべく,次の2種類の制御用パソコンを用意して,負荷を調べ,今回の試作システムに向けて検証を行った。 1) Core i5 6400(4-Cores 4-Threads)  GTX-1050Ti 4GB GRAM  M2:SSD 128GB  8 or 16GB RAM 2) Core i7 2600(4-Cores 8-Threads)   GT-730 2GB GRAM   SSD 128GB   8 or 16GB RAM  はじめに,手元型電子黒板の接続可能台数を調べた。電子黒板の情報として,PowerPointのスライドを用意した。  PowerPointのデータは,文字・MPEG画像・MP4ビデオデータとMP3音声データが混在した,11MBのファイルを用意した。このような様々な種類のファイルが混在するデータは,無線LANによる転送を行う場合に負荷が大きい。  表1に機種と接続台数を示す。 表1 機種別のメモリ量と接続台数  静止画像や文字データだけなら,端末台数は増加するが,文字や画像,映像を取り込んだPowerPointのスライドを表示させると,表記のような接続台数となる。  従来のシステムに比べて,システムの安定度は飛躍的に向上し,手元型電子黒板の無線LANによる接続が,途切れることはなくなった。   3.リアルタイム点字変換機能  改善された,電子黒板システムに,画面や文字,音声の処理だけでなく,文字データ部分をリアルタイムに点字に変換する処理を付加し,制御用パソコンの負荷状況を調べた。前回発表したシステムを活用し,リアルタイムで普通文字を点字に変換し,COMポートから点字ディスプレイに出力することによって,点字出力を行うこととした。それ以外の部分は,前項と変化はない。接続可能な台数を前項と同様に調査した。  点字のリアルタイム変換のため,制御用パソコンの負荷が大きくなるため,メモリは16GBとした。  端末の接続台数はそれぞれ,1)では,8台程度,2)では,12台程度の利用が可能となった。  これらの結果から,2~3割程度の接続台数の低下が 見られた。つまり,それだけリアルタイム点字変換処理の負荷が大きいということである。また,パフォーマンスメータから,GPUに対する負荷は少なく,GPUよりもCPUの選択が重要であることが判明した。  また,メモリは,16GBから8GBにするとパフォーマンスが非常に低下し,半数程度の台数しか端末接続できなかった。つまり,リアルタイム点字変換が,CPUやメモリに依存していることが判明した。CPUについては,速度よりもCore数の多い方が,処理能力が高いことが判明した。  以上の結果から,リアルタイムの点字変換処理がCPUやメモリに依存し,GPUにはあまり大きな影響を与えないことが示唆された。  そこで,この結果を数値化するために,Cinebench R15のスコア[1,4]で比較したところ, 1) Core i5 6400:129/474(Single/Multi) 2) Core i7 2600:121/580  で,Multi性能が大きいと有利であることが判明した。  したがって,最近のCPUである,Core i7の第7~第9世代であれば,リアルタイム点字処理を行っても,安定に動作することが示唆される。 4.複数の電子点字黒板の表示  電子黒板における電子点字黒板は,点字ディスプレイで表示する。今回は,通常の授業において複数人の点字使用者がいるものと仮定して,点字ディスプレイが1台だけでなく複数台の利用を検討した。  最新の点字ディスプレイの多くが,USBによりPCと接続する事が前提となっている。しかし,今回のシステムでは,点字は,COMポートに出力される。一般のPCではCOMポートは存在しないか,あっても一つなので,点字ディスプレイは1台しか接続できない[2,3]。  COMポートには,RS-232Cケーブルが接続されるが,USB-RS232C変換器で,USBポートを仮想COMポートとして利用する。  つまり,USBポート(仮想COMポート) → USB-RS232C変換器 → RS-232Cケーブル → 点字ディスプレイ(COMート)の順番で接続される。  複数台の点字ディスプレイを接続するためには,このRS-232Cケーブルの時点で,COMポート分配器を接続し,RS-232C接続を分配する。  RS-232Cによる機器の接続は,本来,1対1の対応が基本であるが,経験的に配線だけのパッシブ接続の場合,1対2までは可能とされている。また,バッファー増幅器が導入されたアクティブ接続では,1対4程度までは可能である。つまり,点字ディスプレイを2~4台同時に接続することが可能となる。  図1に2台の点字ディスプレイとRS-232C分配器による接続状況を示す。同じ内容が点字ディスプレイに同時に出力されていることが分かる。  図2に試作した電子黒板システムを示す。  制御用パソコンに,40インチのBigPad大型ディスプレイと12台の手元型電子黒板(iPad:弱視用),および2台の点字ディスプレイ(BN-40A:全盲用)と,画面読み合成音声出力(PC-Talker10:全盲用)の3種類の電子黒板が,同時に動作している。非常に負荷が大きいが,動画以外は遅延することなく,安定に動作する。このような,教育支援システムでは,システムの安定性はきわめて重要で,速度よりもシステムの安定度を優先するのが一般的である。 図1 2台の点字ディスプレイ 図2 今回の電子黒板システム 5.盲ろう者への対応  試作したシステムを盲ろう者の教育に対応できないかを検討するため,実際の授業において利用することを試みた。  盲ろうとは,目も耳も不自由な状態を言うが,状況に応じて次の4種類に大別できる。 1) 全盲ろう(全く見えず,全く聞こえず) 2) 盲難聴(全く見えず,難聴) 3) 弱視ろう(弱視,全く聞こえず) 4) 弱視難聴(弱視,難聴)  また,盲とろうの障害により4つに分類される。 ・先天盲ろう(先天的に盲,ろう) ・盲ベース盲ろう(元来視覚障害者が,後天的に,聴覚に障害を生じた場合) ・ろうベース盲ろう(元来聴覚障害者が,後天的に,視覚に障害を生じた場合) ・中途盲ろう(元来障害のない人が,後天的に,視覚と聴覚の両方に障害を生じた場合)  大学院の授業において,健常者と全盲と盲ろうに対して,同時に授業を行うことになったため,試作したシステムを利用して,盲ろうの学生にも対応出来るかも検証を行った。もしも,点字の読める全盲であれば,対応できる可能性があるからである。  他の教員の授業では,教員の授業内容を触手話通訳者が通訳し,教員の話す内容をその都度,通訳する。そのため,授業の進捗状況が通常より,かなり遅くなることが経験上明らかになっているし,授業に際して,そのような申し送り事項もあった。  そこで,以下のようにシステムを構築した。  (1)授業内容の大項目・中項目・小項目を電子黒板で表示  (2)解説部分をメモ帳で電子黒板に表示  (3)質疑応答をチャット用点字エディタで対応 このようなシステムで,授業を進めたところ,以下のような状況となった。  (1)の内容は,他の全盲には,点字ディスプレイで表示し,晴眼者には,通常のディスプレイで表示した。  (2)の解説部分は,全盲と晴眼者には,同一内容を口頭で説明しながら,盲ろうに対して点字で表示した。  (3)は,質問事項を盲ろう学生が,入力するのが遅いため,触手話通訳者が代行した。こちらの質問に対する回答も触手話通訳者が通訳した。また,全盲や晴眼者の学生に対する質疑応答なども触手話通訳者が対応した。教員の話す内容の多くが,電子黒板を通じて提示されているため,盲ろう学生は,即座に対応することが可能となった。質問事項だけを触手話通訳者を通じて教員に質問するため,授業も非常にスムーズに進行した。授業を実施して問題となったのは,質疑応答の部分である。他の受講者の質問等に対する質疑応答をどのように盲ろうに伝達するかである。今回は触手話通訳者にお願いしたが,場合によっては,不要になる可能性もある。大学院の他の教員の授業では,触手話通訳者が2~3人で対応するが,今回は,一人で対応された。授業内容のほとんどが電子黒板で提供されるため,触手話通訳する必要が無いことが主な要因である。   6.おわりに 同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムと電子黒板システムを融合したシステムを試作した。 障害の程度の異なる弱視と全盲に対して,同一の教材で同時に提示することが可能となった。 また,盲ろう者に対する学習支援システムとしても活用できることが示唆された。 このシステムが多くの視覚障害を有する教育現場で活用されることを願うものである。 7.備考 本研究は,平成30年度科学研究費「同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発」研究代表者:村上佳久 によるものである。 参照文献 [1] 村上佳久,同一の教材で全盲と弱視という異なる視覚障害に対応する教育支援システムの開発.筑波技術大学テクノレポート.2018; 26(1): p.47-50. [2] 村上佳久,書見台型学習支援システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2017; 25(2): p.12-16. [3] 村上佳久,電子メディアを利用した視覚障害者の家庭学習システムの試作.筑波技術大学テクノレポート.2017; 25(1): p.1-4. [4] 村上佳久,パソコン再生プロジェクト まだ使えませんか?.筑波技術大学テクノレポート.2015; 24(1): p.10-15. [5] 村上佳久,電子黒板と手元型電子黒板の活用.筑波技術大学テクノレポート.2015; 22(2): p.1-6. [6] 村上佳久,視覚障害者のための電子黒板.筑波技術大学テクノレポート.2013; 20(2): p.29-33. Fabrication of a Digital Media Board System for Blindness and Low Vision Using a Unified Teaching Medium MURAKAMI Yoshihisa Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired, General Education Practice Section for the Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: A prototype of a digital media board system that employs the same teaching materials for students with blindness and low vision was developed. Traditionally, separate learning media have been prepared for people with blindness and low vision, such as braille for blindness and enlarged letters for low vision. However, to educate people with blindness and low vision simultaneously, it is necessary to prepare teaching materials that correspond to both groups. Additionally, low vision requires different combinations of compensating devices, since the appearance varies depending on individual obstacles. This prototype suggested that a single teaching material can be used for both people with blindness and those with low vision and even blind deafness. Keywords: Digital media board, Disability compensation, Blind, Low vision, Identical teaching media, Blind deafness