手話読み取りの実態把握とその正確性を高める要因の分析 脇中起余子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター キーワード:手話読み取り,読唇,聴覚活用,手話,キュー 1.目的 最近の聴覚障害児・者は,聴覚活用に頼る者,手話に頼る者,読唇に頼る者などさまざまである。筑波技術大学でも,聴覚障害学生に対して多くの教員が口話や手話を用いて講義を行っているが,例えば「作成,生産,産業」は同じ手話になるため,読唇の力も高いほうがよいと考える。本研究では,手話を併用する話において日本語原文がどこまで正確に伝わっているかを探ることを主要目的とする。 2.方法 筑波技術大学の聴覚障害学生(成人)24名に対して実施した。問A(10問)は「9時までに寝るようにする」のように日常会話でよく使われる文であり,問B(10問)は「口にする(手話は「言う」)」のような慣用句などが含まれる文である。問C(7問)は「圧政に耐えかねて,ついに農民は立ち上がった」のような難しい文である。動画の手話モデルは,両親聾である聾者(幼少時は聴力が軽かったため発音は明瞭)であり,日本語対応手話とも日本手話とも言えない表現が多いと思われる。手話動画を,まず音声なしで,問Aと問Bは短文のため2回,問Cは長文のため3回繰り返して呈示した。その後,音声ありで再度1回呈示し,先に記した文を赤で直すこととした。いずれも日本語原文に忠実に記すことを求めた。 学生の回答は,原文と完全に一致すれば 10点,白紙回答は 0点として,6名が評価し,6名の平均点をその学生の日本語受信成績とした。 3.結果と考察 3.1 群分け 話を聞く時,手話,口形(読唇),音声(聴覚活用)のどれに頼っているか,簡単な内容の話と難しい内容の話を聞く時どれを最も強く希望するかに対する回答を点数化して「手話点」「口形点」「音声点」を算出したところ,各学生の点数は,図 1に示したようになった。最も点数が高いのはどれかによって手話群,口形群,音声群に分けた。同順位のものがあった 1名は,回答内容を見て判断した。 なお,手話点と口形点の間と手話点と音声点の間に負の相関がみられた(それぞれ r=-0.650,r=-0.651)が,口形点と音声点の間には相関はほとんどみられなかった(r=-0.080)。 図1 聴覚障害学生の群分け 3.2 声の有無による日本語受信成績の違い 音声なし条件で呈示した後に音声あり条件で呈示したところ,図 2に示したように,どの群でも日本語受信成績(全ての問題をこみにした成績)が上昇した。ウェルチの検定を行ったところ,音声群と手話群における両条件の間の差は 5%の水準で有意であった。したがって,反復効果もあるだろうが,手話を希望する度合いが高く,音声を希望する度合いが低い手話群においても,音声併用に意味がある可能性がある。 図2 音声の有無による違い 3.3 口形点,音声点,手話点と日本語受信成績 図 3に示したように,口形点の高低によって3つの群に分け,日本語受信成績の点数を算出したところ,音声なし条件と音声あり条件の両方で,口形点が高いほど日本語受信成績も高く表れたが,音声点の場合は,音声点の高低と日本語受信成績の間に関連はさほどないようであった。また,手話点の場合は,音声あり条件で,手話点が低いほど日本語受信成績が高く表れるようであった。 図3 口形点,音声点,手話点と日本語受信成績の関連 3.4 キューと手話読み取り成績の関連 小田ら(2008)によると,日本の聾学校幼稚部でキュー(キューサイン,音韻サインなど)を用いる学校は 20%を下回ったので,現在キューを経験した学生は少ないと思われる。さらに,幼児期に聾学校と幼稚園に併行通園し,キュー使用の記憶があまりないと語った例や,キューが廃止された学校でキューを使用した先輩との交流によりキューを知っていると答えた例が見られたことから,幼児期に現在もキューを使用する聾学校幼稚部だけに在籍した者を「キュー使用者」としたところ,該当者は 3名のみであった。この 3名と他の 21名を比較したところ,図 3に示したように,音声なし条件と音声あり条件の両方において,キュー使用の3名のほうが日本語受信成績が高く表れており,ウェルチの検定の結果,3名と21名の差は両条件で 5%の水準で有意であった。したがって,幼児期にキューを使用する聾学校に在籍した学生は,日本語受信成績が優れていることになる。 図4 キュー使用による違い 4.まとめ 手話に頼る度合いと音声に頼る度合いや口形に頼る度合いは相反する傾向が見られ,音声に頼る度合いと口形に頼る度合いは無関係の傾向がみられた。 読唇に頼る度合いが高い口形群は,音声なし条件,音声あり条件ともに,日本語受信成績が優れていた。また,口形点と日本語受信成績は比例関係にあるようであった。さらに,幼児期にキューを用いる聾学校のみに在籍した学生は,そうでない学生と比べて,日本語受信成績が優れていたが,この結果は,従来から指摘されてきた「キューで育った生徒は,読唇の力や日本語の力が高い者が多い」ことと関連すると思われる。 さらに,音声点が低かった手話群においても音声あり条件は音声なし条件より成績が良かったことから,本人が音声を希望しなくても音声併用が日本語原文の正確な伝達に寄与する可能性を否定できないことになる。その一方で,難しい文が多い問Cでは,どの群も正答率が低かったことから,音声と手話を併用しても日本語原文が正確に伝わっているとは限らないことになり,文字併用の重要性を示すであろう。 平易な文や慣用句,難しい文を聴覚障害者に正確に伝えるために,音声を伴わない手話による教授の意味や明瞭な口形の作り方に関する研究が必要であろう。また,現在キューから指文字に移行する聾学校が増えているが,キュー使用や相手の口を見るよう指導することの意義を再検討する必要があろう。 問題文による違いなどの詳細な検討を,今後行う予定である。慣用句が含まれる文や難しい文における日本語受信成績においては,どの手段を希望するかによる違いよりも日本語の力による差が影響している可能性も考えられるが,日本語の力と日本語受信成績の関係に関する検討は,今後の課題である。 参照文献 [1]小田侯朗・原田公人・牧野泰美.聾学校における言語とコミュニケーションに関する調査 独立行政法人国立特別支援教育総合研究所課題研究報告書. 2008;p.91-110.