瘀血・血虚に用いられる漢方方剤の薬理効果と証による差の映像化 ─ 先端スピン応用医学の東西医学への展開 7 ─ 平山 暁1),富田 勉2),長野由美子2),藤森 憲1),片山幸一1),青柳一正1) 筑波技術大学 保健科学部附属東西医学統合医療センター1)(株)タイムラプスビジョン2) キーワード:瘀血,血虚,当帰芍薬散,桃核承気湯 1.研究背景 「瘀血」は西洋医学にない東洋医学独特の病態である。その定義は様々であるが,大塚敬節は,「瘀血は古い血という意味ではなく,瘀は瘀滞の意味であるから,停滞せる血液の意である。近代医学の立場から,瘀血とは明らかにされていない。」とし,①全身性に血流が滞る,もしくは局部に血液が停滞する,②動静脈系のみならず,毛細血管血流も含む概念,③赤血球自体の変形能や表面電荷なども関係する,④動脈硬化性,うっ血,凝固亢進,月経異常などをおこす,としている。現代医学的病態としては,腹痛,腰痛,顔面紅潮,冷え,月経異常,痔疾,打撲,不眠など幅広い。西洋医学的な血行障害は大血管から細小動脈にいたる動脈系の血流不全もしくは静脈還流異常を指すが,瘀血ではこれに加え毛細血管レベルでの組織還流不全が含まれる。東洋医学特有の病態である瘀血に対する漢方治療の需要は必然的に高く,桂枝茯苓丸をはじめ駆瘀血作用を有する和漢薬は広く用いられている。一方で,瘀血病態の病理学的解明や駆瘀血剤効果の薬理学的解析などは依然未知の部分が多い[1-5]。 我々は先に,最先端の微小生体撮影技術(ライブイメージング)の手法を用い,代表的な駆瘀血剤である桂枝茯苓丸の微小循環に対する薬理効果を解析し報告した [6]。この結果瘀血病態では,1)充分広い血管径にも関わらず著明に赤血球がうっ滞する血管の存在。2)血管内の無細胞層(赤血球を含まない血漿のみの血流)形成,3)細動脈分岐部での赤血球同士の粘着による分岐側への血流停滞,が映像化され,動画解析では小動脈における血管径の攣縮と血流速度の低下と,毛細血管で赤血球のうっ滞と血流速度低下が認められた。桂枝茯苓丸はこれらの血流・血行異常を改善させ,駆瘀血剤の治療効果を映像化することに成功した。 本研究ではこの成果を拡大し,他の瘀血・血虚に用いられる漢方方剤として桃核承気湯,当帰芍薬散を選択し,その細動脈・毛細血管への薬理効果をライブイメージングにより検討することを目的とした。この 2剤は実臨床では,適応される証が大きく異なる。すなわち,桃核承気湯実証で用いられ,当帰芍薬散は虚証で用いられる。本研究結果は東洋医学臨床における証の評価に基づくディシジョンメイキングに一定の基礎医学的根拠を与えるものとなり得る。 2.研究方法 2.1 倫理 本研究は共同研究者施設である(株)タイムラプスビジョン社の実験設備を用い,同施設の倫理委員会の承認のもとに施行した。同施設は日本学術振興会の科学研究費補助金(科研費)において機関認定されている(株式会社タイムラプスビジョン(研究部),機関番号92402)。 2.2 マウス皮下血管ライブイメージング 本研究のライブイメージングは,既報に基づきマウス皮下の血管群を用いて施行した。8週齢の雄性 C57B/6マウスを用い,実験前夜より絶食とし麻酔下に実験腹側部皮膚剥離し,皮下血管をガラス製の固定板の上に展開した。次いで塩化ビニリデン薄膜で被い,水分の蒸発を防ぎつつ固定した。当帰芍薬散もしくは桃核承気湯を湯で懸濁し,室温に冷ましたあと,経食道的に留置したカテーテルより胃内に投与した。 ライブイメージングは正立生体顕微鏡を用い,皮下血管の血流を薬剤投与前から,投与直後より30分おきに投与後 180分まで動画記録し,取得した画像をコンピューター上で画像解析ソフト ImageJ ver.1.45sを用いて解析した。観察対象血管を動脈,細動脈,毛細血管とし,各血管において血管内径および血流速度を 0, 30, 60, 90, 120, 150, 180分において,血流速度は 0, 30, 60, 90, 120, 180分において解析した。血管内径は 1回の撮影において 3カ所を定め 3回の撮影を行い,時間経過ごとに画面上で血管内径を 3個体計 9カ所において測定した。血流速度は動画上において固定のフレーム数を定め,このフレーム数経過前後において血管内を 1つの赤血球が移動する距離と移動に要した時間から算出した。計測は 1カ所において 4回行った。 3.結果 本研究成果の詳細は現在学術誌に投稿しているため公表は差し控える。以下に要旨のみを記す。 ・上述の方法によりマウス皮下血管における瘀血病態の再現とそのライブイメージングに成功した。 ・検討した桃核承気湯,当帰芍薬散,および既報 [6]において検討した桂枝茯苓丸の 3剤間で,以下の点に特徴的な差を認めた。 1. 薬理効果標的血管(動脈・細動脈・毛細血管) 2. 薬理効果出現時間および持続時間 3. 血管径拡張効果 4. 血流速度増加効果 5. 血流量増加効果 4.考察および今後の研究展開 瘀血は以前未解明の部分が多いが,東洋医学の実臨床において重視される病態である。駆瘀血剤のこれらの病態に対する改善効果は多く報告されているが,漢方治療の特性上ヒトでの検討が多く,動物実験レベルでの検討は比較的少ない。本研究はこのような観点から,駆瘀血剤のより詳細な薬理標的と時間動態解明を目的として,マウスモデル微小循環における血行動態への影響を検討したものである。結果として,各薬剤の対象血管と効果特性が明らかにしている。 特に適応される証に大きな違いのある3つの漢方製剤が標的血管と薬理効果を明らかにしたことは,証を考慮した漢方薬の使用において薬理学的なエビデンスを与えるものとなりうる。本検討では技術的制約により対象薬剤が絞られていることおよび単回投与による検討であること,またヒトと動物モデルの種差が主たる検討限界である。今後の対象薬剤数の増加により証自体の科学的解明に貢献することが期待できる。 5.附記 本研究で使用した漢方製剤は(株)ツムラより的今日を受けました。ここに深謝致します。本稿は研究成果報告書であり,詳細は今後論文発表予定です。 6.参照文献 [1]寺澤 捷年.瘀血病態の科学的解明.日本東洋医学雑誌.1998;48(4):409-36. [2] Sekiya N.,Goto H.,Tazawa K.他.Keishibukuryo-gan preserves the endothelium dependent relaxation of thoracic aorta in cholesterol-fed rabbit by limiting superoxidegeneration.Phytother Res.2002;16(6):524-8. [3] Sekiya N.,Kainuma M.,Hikiami H.他. Oren-gedoku-to and Keishi-bukuryo-gan-ryo Inhibit the Progression of Atherosclerosis in Diet-InducedHypercholesterolemic Rabbits. Biological andPharmaceutical Bulletin.2005;28(2):294-8. [4] Norimoto H.,Yoshida K.,Tsuchida T.他. Comparison of pharmacological effects of Yanbian Toki, Yamato Toki and Hokkai Toki (Angelicae Radix) on oketsu (blood stagnation) and hie-sho(chilliness) in animal models. Journal ofTraditional Medicines.2008;25(3):90-4. [5] Nozaki K.,Goto H.,Nakagawa T.他. Effects of Keishibukuryogan on Vascular Function inAdjuvant-Induced Arthritis Rats. Biological andPharmaceutical Bulletin.2007;30(6):1042-7. [6] Tomita T, Hirayama A, Matsui H,他. Effect of Keishibukuryogan, a Japanese Traditional Kampo Prescription, on Improvement of Microcirculation and Oketsu and Induction of Endothelial NitricOxide: A Live Imaging Study. Evidence-BasedComplementary and Alternative Medicine.2017;2017(Article ID 3620130):1-7. 7.関連成果学会発表 [1]平山暁,富田勉,青柳一正.毛細血管・赤血球の異常を再現した瘀血類似病態のライブイメージングと,駆瘀血剤による血流動態及び NO 産生効果の動画解析 第 69回日本東洋医学会学術総会 2018.6.8-6.10 大阪国際会議場,大阪 [2]平山暁,富田勉,青柳一正.ライブイメージング技術の応用による駆瘀血剤薬理効果定量解析の試み第 75回日本東洋医学会関東甲信越支部学術総会2018.9.23 山梨県立図書館,甲府 [3]平山暁,富田勉,青柳一正.腎血流へ駆瘀血剤が及ぼす効果をライブイメージングする.日本東洋医学会関東甲信越支部第 25回茨城県部会学術集会2018.11.11 つくば国際会議場,つくば [4] Hirayama A, Nagano Y, Akazaki S, Ueda A, Matsui H, Aoyagi K, Oowada S, Sato K. Reevaluation of hemodialysis effects on oxidative stress. The Society for Redox Biology and Medicine's 25th Annual Meeting (SfRBM 2018). Chicago, IL, USA.Nov. 14-Nov. 17, 2018. Presentation Nov. 15 (Free Radical Biology and Medicine. 2018;128:S28.