触覚・力覚誘導提示システムを用いた視覚障害者のクライミング支援 坂尻正次 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 キーワード:触覚,視覚障害,クライミング,力覚 1.背景と目的 2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて障害者スポーツへの注目度が大きくなっている。2020年の東京オリンピックではスポーツクライミングが正式種目となり,2024年パリ・パラリンピックでのスポーツクライミングの正式種目化が期待されている。本学においても,クライミングの世界選手権で優勝する等の成績を収めている学生がおり,当該学生たちが活発に活動している。申請者も本学のロッククライミングサークルの顧問を務めていて,彼らの活動を支援している。 視覚障害者がクライミングをするためには,指定されたルートを支援者に教えてもらう必要がある。教える際には,次のホールドについての主に方向(左右上下や時計の時針の方向)と距離(近め・遠め等)を伝えている。 競技では,競技前に,ルート全体のホールドの位置について順番に説明している音声を聞くことによりコース全体を把握する。実際の競技の際には,支援者が口頭で次のホールドの方向や距離を説明しながら視覚障害の選手が登っていく。このような方法では,ルートの絶対的な位置関係の把握が難しく,手が届かない高さのホールドについては選手が登っている時でないと位置を教えることができないという問題がある。 このようなことから,触図を用いた視覚障害者クライマーが理解しやすいルートの提示方法が求められている。 本研究では,触覚・力覚誘導提示システムを用いて,視覚障害者クライマーが理解しやすいルートの触覚・力覚誘導提示方式を開発することを目的としている。 2.成果の概要 図 1に示した触覚・力覚誘導提示システムは,本学とNHK放送技術研究所とで共同で開発しているシステムで,触覚ディスプレイに触図を提示し,力覚提示装置で蝕知する場所を誘導することができる。ある程度複雑な触図を効率的に理解するためには,支援者が当該視覚障害者の指を持って触図の概要を説明する必要があるが,本システムを用いることで,それが自動化でき,当該視覚障害者は本システムを用いることで,いつでも当該コンテンツにアクセスすることが可能である。また,複数の誘導経路を別々に提示することができる。 図1 触覚・力覚誘導提示システム 本研究を進めるにあたって,筑波技術大学天久保キャンパスボルダリングウォールを対象としコンテンツを作成した。既存ルートとは別に実験用としてタイプの異なるルートを 6種類設定しそれぞれについて,ウォールの画像データからXMLで記述した壁の外観・壁の角度の切り替わり線・ホールドの位置関係を再現した触図を,触覚ディスプレイに表示し,力覚提示装置で経路を誘導した。 図 1のシステムでは,メニュー選択画面からルートを選択し,選択後は左右両壁,全ホールドが表示され,選択ルートのホールドと壁の外観・角度の切り替わり線がその他のホールドとは異なる振動周波数で点滅する(以下全体表示)。誘導はルート選択直後から始まり,1壁の外観をなぞり,2選択ルートのスタートホールドから順にゴールホールドへ誘導,2終了後は 1へループする。またルート選択後左面もしくは右面とちらかの面の任意の位置で決定ボタンを押すことで,決定ボタンを押した面が拡大される(以下拡大表示)。こちらも同様に壁の外観の線,選択ルートのホールド,壁の切り替わり線がその他のホールドと異なる振動周波数で点滅する。拡大倍率としては,ルート1,ルート2については横方向,壁の切り替わり線を起点,ルート3~ 6については高さ方向を 2分割で表示している。拡大表示時の誘導については,拡大表示切替後にホールドを 1つずつ順に誘導し,選択画面中の最終ホールド到達後は画面切り替えボタンへ誘導。決定ボタンを押し画面切り替え後は切り替え後の最初のホールドからゴールホールドへ,ゴールホールド到達後は全体表示へ切り替えるボタンへ誘導する。図 2にクライミングウォールの写真と触図の表示例を示した。 図2 クライミングウォールの写真と触図の表示例 評価ではディスプレイ表示及び力覚誘導について,弱視,全盲者それぞれ 1名ずつにより5段階アンケート及び聞き取り調査を行った。 提示順としては,ルート1の全体表示(誘導あり)→拡大表示(誘導あり)→全体表示(誘導なし)→拡大表示(誘導なし)を行い,その後ルート2以降は全体表示(誘導なし)→拡大表示(誘導なし)→自由触察の順で順次行った。アンケートの質問項目を表 1に示した。以下では聞き取り調査から出た意見を示す。 ディスプレイ表示のうち全体表示では,壁の全体像とルートの概要やスケール,ホールドの位置関係についての把握に有効であった。手順やムーブの組み立てをするには表示が細かく困難であった。今後の課題としては,同ルート内でホールドが密集している部分では,それぞれの判別が困難になることがあったこと,壁の角度の切り替わり部分にあるホールドについて,角度の切り替わり線と混ざり,ホールドを見落とすことがあった事があげられる。 拡大表示では,特に手順・ムーブの組み立てについて全体表示に比べ評価が高かった。振動周波数の違いから選択したルートとそれ以外のホールドとを判別しながら観察することができ,例えばスタートホールドから2時方向,3つ先のホールドなどと記憶することも可能であった。画面切り替えがさらに 1~ 2回ほどあっても,オブザベーションもできると感じたとあった。課題としては,現在拡大率的には 2分割で表示しており,高さ方向または横方向におおよそ 1/2の地点に到達後,もう1/2を表示しているが,特にトラバースするルート(ルート1,ルート2)では画面切り替え後も前画面の最終ホールドを表示することで,より把握がしやすくなる可能性がある。 またその他では,弱視者については,ホールドの点滅が目視できるため視覚的にも観察することができた,弱視,全盲者共に横方向へ進むルートよりも縦方向へ進むルートについて観察がしやすかった。全盲者では角度の切り替わり線や選択ルートの点滅のうちピンが出ていないタイミングで触察部を過ぎてしまい把握が遅れることがあったことなどが分かった。 力覚誘導では,力覚誘導があることでライン中の上下左右への動きを確実にとらえることができた。誘導のタイミングは,1度図の外観やスケール,壁の切り替わり部の線等を自由な触察から把握したその後,行うのが良いと感じたとあった。 課題としては,誘導準については前述のとおりであるが,ラインの誘導終了のタイミング,ゴールホールドに到達したことが分かりづらいため,ゴールホールド到達後に何らかの合図があると良いことが分かった。 本研究のまとめは次のようになる。 振動周波数について,他のホールドと選択ルートとを異なる振動周波数で提示することで,壁全体と選択ルートを同時に把握すること,選択ルートとその他のホールドとを判別しながら把握することが可能になった。特に全盲者では壁の外観,壁の切り替わり部分の線,選択ルートのホールドの振動周波数を高く設定することで,ピンが出ていないタイミングで触察部を通り過ぎホールドを見落としてしまうことが少なくなると推測される。 ディスプレイ表示のうち全体表示は壁の全体像とルートの概要を把握することに有効であった。全体表示時は選択ルート以外のホールドは表示しないことでルートのラインの把握がより迅速になると推測される。 拡大表示では,ホールドの位置関係を 1つずつ順に把握することで,手順・ムーブの組み立てを行うことに有効であった。またルートのラインや概要についても評価値にさほど差は見られず,拡大表示時に反復して観察することで,全体表示時と同等に壁の全体像や概要の把握ができると推測される。振動周波数の違いから選択したルートとそれ以外のホールドとを判別することが可能であり,登攀の際に誤ったホールドを使用する可能性が低くなると推測される。画面切り替えがさらに 1~ 2回ほどあっても,オブザベーションもできると感じた,縦方向により把握がしやすかったとあり,10m前後のロープを出すクライミングルートのオブザベーションを行える可能性がある。また全体表示時に見落としが見られた壁の角度の切り替わり線付近のホールドについて見落としは見られなかった。現在拡大のパターンは全体表示,拡大表示の 2パターンであるが,倍率を複数用意することでより詳細なホールド情報の提示や視力に合わせた提示が可能になると推測される。 力覚誘導については,誘導,拡大の調整を含めた自由な触察,再び誘導を用いることでオブザベーションの精度が高くなると推測される。また従来の立体コピーによる触図に比べ,振動周波数の違いからルート全体の把握,倍率調整によるルートの詳細な把握,誘導を用いた触察による把握の迅速化などのメリットが考えられる。