ラジカル連鎖反応に対する漢方薬効果規定因子の同定─ 先端スピン応用医学の東西医学への展開 2 ─ 平山 暁,青柳一正,藤森 憲,片山幸一 筑波技術大学 保健科学部附属東西医学統合医療センター キーワード:漢方薬,電子スピン共鳴,酸化ストレス,Multiple Radical Scavenging Activity, NO-ROSバランス 非伝染性疾病対策と酸化ストレス,漢方薬! 近代医学の誕生後今世紀初頭に至るまで,全世界における医療の最大の目標は感染症の撲滅であった。しかし2011年になり,WHOや国連総会において糖尿病,心・腎・脳血管疾患,がんなど生活習慣に起因する非伝染性疾病(NCD)の対策こそが世界的急務であることを宣言し,大きなパラダイムシフトをもたらした[1]。NCDでは慢性炎症が重要な基盤病態であるが,その機序は多様で多くは不明である。このため炎症反応における普遍的なプロセスである酸化ストレスの制御による治療戦略が重要となる[2]。漢方薬やその含有生薬には抗酸化活性が高いとされるものが多く,NCDや慢性炎症病態の治療手段として期待される。しかし,これまでの酸化ストレス評価法は,反応の最終代謝産物を計測に留まる,もしくは多彩な活性酸素(ROS)反応に対し特異性を欠く,などの欠点を有し,複雑なラジカル連鎖反応に基づく病態を反映できるものはない。著者らはこれまで臨床家としての立場から,最新のスピンテクノロジーを用いた臨床応用可能な酸化ストレス測定 法開発や酸化ストレス制御ナノ粒子の開発を行ってきた[3]。本研究では最先端のスピン計測技術である多種ラジカル消去活性測定(MULTIS)法により検出される和漢薬等の酸化ストレス制御効果に対し,この規定因子を分子レベルで解明することを目的とした。 多種ラジカル消去活性測定(MULTIS法) MULTIS法ではROS発生を紫外光もしくは可視光の照射により行うため,厳密な特定種のラジカル発生量を制御可能となる。測定対象はヒドロキシルラジカル(.OH),スーパーオキサイド(O.-2),脂質アルコキシラジカル(RO.(tert-BuO .)),脂質ペルオキシラジカル(ROO. (tert- BuOO.)),アルキルラジカル(R.(CH3.))の種のフリーラジカル及び一重項酸素である。実際の測定方法を表1に示す。ESR装置はラジカルリサーチ社製RRX-1X ESR装置を用い,リン酸バッファーを溶媒としたフローインジェクション系にて施行した。スピントラップ剤はラジカル種についてはCYPMPOを用いた。一重項酸素の検出は 表1 MULTIS法による活性酸素種測定   TEMPを用いた。また平行して,一酸化窒素(NO)代謝物(NOx),炎症性サイトカイン(TNF-α, IL-6),アディポネクチンを測定した。NOxはNO2+NO3としてGreiss法により測定した。 評価対象漢方薬と方法 本研究では既に市販されている漢方製剤A を用いた。Aは紅花,芍薬,香附子,川.,木香,丹参を含み,東洋医学的には「活血化.」,西洋医学的には優れた血管拡張効果を有する。冷え・肩こりに加え,原典では狭心症に対する治療効果も示されている。その薬理作用機序として酸化ストレスや一酸化窒素(NO)の関与が動物実験で示されているが,詳細は不明である。健常ボランティアを対象に,A5g単回内服による体表温度変化,NO, ROS動態を検討した。体表温度は恒温室内で全身サーモグラフィーにより測定した。 結果および考察 MULTIS法により,従来法[4]とは異なり安定したラジカル消去活性測定が可能となった。各波形とも報告されているスピンアダクトのシミュレーションと一致した。この測定結果をOowadaらの報告例[5]に基づき,偽一次反応として反応速度定数を求め,数値化した。漢方製剤Aの内服120分後まで続く有意な体表温度の上昇を男女とも認めた。この温度上昇は体幹,顔面,上肢で顕著であった。ラジカル消去活性は,1ΔO2で上昇し,RO.に対し減弱した。血中および尿中NOxは内服前に比べ,内服2時間後で有意な上昇を認めた。また血中NOx濃度とO.-2の消去活性の変動は有意な正の相関を示し,ROS/NOバランスに影響を及ぼしていると考えられた。一方,O.- .2OH消去活性は,投与前値と変動幅に有意な負の相関がみられ,既に消去活性が亢進している群ではAの投与による改善が乏しいことが示された。一方,TNF-α, IL-6,アディポネクチンなどの炎症性サイトカインおよびhsCRPは変動を示さなかった。上記の結果より,ヒトに於いて漢方製剤AはNO産生増加と体表温度上昇効果をもたらすとともに,ROS/NOバランスに影響を与えることが示された。この効果に炎症性サイトカインは関与せず,ラジカル間相互反応への影響が主体であると考えられる。 謝辞 本研究の遂行に関し,伊藤紘氏(筑波大学大学院人間総合科学研究科),大和田滋博士(あさおクリニック・北柏リハビリテーション病院),Prof. Yashige Kotake(Oklahoma Medical Research Foundation)ならびに 真明正志氏(ラジカルリサーチ(株))の協力を得ました。ここに深謝致します。 参照文献 [1] Prevention and control of non-communicable diseases. Report of the Secretary-General. United Nations General Assembly 19 May, 2011.[2] Bjelakovic G, Nikolova D et al. :Antioxidant supplements for preventing gastrointestinal cancers. Cochrane Database Syst Rev. 2008;16;(3) :CD004183.[3] 長崎幸夫,平山 暁,他 高分子環状ニトロキシドラジカル化合物とシリカの有機.無機ハイブリッド複合体 PCT/JP2013/052769 2013年2月6日国際公開2013.8.15 WO2013/118783 A1[4] Hirayama A, Nagase S et al. :Reduced serum hydroxyl radical scavenging activity in erythropoietin therapy resistant renal anemia. Free Radical Research 2002;36(11): p1155-1161.[5] Oowada S, Endo N et al. :Multiple free-radical scavenging capacity in serum. J Clin Biochem Nutr. 2012;51(2): 117-21. 図1 漢方製剤A投与前後における血清ラジカル消去活性変化。内服前を100%として相対値を表示。 図1 漢方製剤A投与前後における血清スーパーオキサイド消去活性(横軸)とNO2濃度(縦軸)変化の相関。