腰痛に対する鍼治療と運動療法を併用した治療プログラムの開発 近藤 宏 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 キーワード:腰痛, 筋反応時間, 鍼, 上肢挙上, 体幹筋活動 1.緒言 体幹筋は,腰椎が力学的に不安定な構造をしているため腰椎安定性に重要な役割を果たしている。特に,身体の深層に位置する腹横筋と多裂筋はローカル筋と呼ばれ,腰椎の分節的安定性を制御している筋として,その筋活動が注目されている。これらの筋は,運動時の腰椎の分節的安定性の向上に重要であることがこれまでの研究で示されている[1,2]。本研究は,腰痛に対する鍼治療と運動療法を併用した治療プログラムを開発するための基礎的資料として,多裂筋への鍼通電が上肢運動時の体幹深層筋の筋活動に及ぼす影響について筋反応時間を指標として検討することを目的とした。 2.対象 腰痛を有するスポーツ選手6名(21.0±0.9歳,身長174.8±1.9cm,体重67.5±3.5kg)とした。被験者には事前に研究に関する主旨を十分に説明し書面にて同意を得た。なお,本研究は筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター医の倫理審査委員会の承認を得て実施した。 3.方法 被験者に前方に設置したLEDランプが点灯した瞬間に右上肢を素早く挙上させた。その際の三角筋と体幹深層の筋反応時間について表面筋電図を用いて測定した。被検筋は左右多裂筋,左右内腹斜筋-腹横筋,および右三角筋前部線維とした。LEDランプ点灯後に筋電図波形の立ち上がりがみられた時点を筋活動開始時点とし,LEDランプ点灯時点から筋活動開始時点までを反応時間とした。三角筋と体幹筋群の筋反応時間の差について評価し[3,4]た。評価は,鍼通電前後に行った。導出されたEMGをサンプリング周波数1000HzでAD変換し,記録波形はバンドパスフィルタによりmotion artifact成分を除去した。 鍼施術は左右腰部脊柱起立筋群(L4及びL5の高さ) に60mm 20号鍼を刺入後,1Hz,10分間の低周波鍼通電を行った。三角筋と体幹筋群の反応時間の差について鍼通電前後で比較した。統計は対応のあるt検定を行い,有意水準は5%とした。 4.結果 鍼通電後の筋反応時間は,右多裂筋は11.6ms延長し,左多裂筋は14.7ms短縮した。一方,右内腹斜筋-腹横筋は1.5ms短縮し,左内腹斜筋-腹横筋反応時間は9.2ms延長したが,鍼通電前後での有意差(p>0.05)はみられなかった。 5.考察 鍼刺激に対する筋反応時間への影響を検討した先行研究では,対象者や刺激部位や測定部位などの条件の違いにより異なる結果が得られている。足関節不安定を有する者では鍼通電刺激後に腓骨筋の筋反応時間が短縮するが,健常者では差が認められなかった [5]。短距離陸上選手に対して円皮鍼施術を行ったところ,大腿直筋の筋活動電位が発生してから実際に動作が始まるまでの潜時(Electromechanical Delay ,以下EMD)の変化量が速くなることを示したが[6],ラグビー選手を対象とした研究ではEMDに差がなかった[7]ことを報告している。刺激部位である多裂筋の各被験者の鍼通電後の筋反応時間をみると,右側で6名中5名が遅延し,1名が短縮した。左側では6名中2名が遅延し,4名が短縮した。腰部への鍼通電が上肢挙上による体幹筋の筋反応時間に与える影響は少ないが,被験者の状態によって異なる反応を示す可能性がある。このことは,鍼通電を行う際のドーゼに注意が必要なことを意味するかもしれない。腰痛を有する患者を対象に鍼治療と運動療法を併用する場合,鍼治療の筋反応時間に及ぼす影響は少ないが,患者によっては,異なる反応を示すことがあり,刺激部位や刺激方法等について留意する必要がある。 6.結語 上肢挙上時の体幹深層筋の筋反応時間に鍼通電刺激が与える影響について検討したところ,多裂筋と内腹斜筋/腹横筋における鍼通電後の変化はなく,鍼通電による影響は少ないことが明らかとなった。本研究の成果は,平成25年度スポーツ鍼灸リサーチミーティング。2014.3(東京,筑波大学東京キャンパス文京校舎)にて発表を行った。 参照文献 [1] Bergmark A. Stability of the lumbar spine. A study in mechanical engineering. Acta Orthop Scand Suppl. 1989;230:p1-54.[2] Kiefer A, Shirazi-Adl A, Parnianpour M. Synergy of the human spine in neutral postures. Eur Spine J.1998;7(6):p471-9.[3] Hodges PW, Richardson CA, Jull G. Evaluation of the relationship between laboratory and clinical tests of transversus abdominis function. Physiotherapy Research International.1996; 1(1):p30-40. [4] Hodges PW, Richardson CA. Inefficient muscular stabilization of the lumbar spine associated with low back pain. A motor control evaluation of transversus abdominis. A motor control evaluation of transversus abdominis. Spine. 1996; 21(22): p2640-50.[5] 吉田成仁,宮本俊和,小林直行,永井智,小堀孝浩, 宮川俊平.足関節不安定性に対する鍼通電刺激が腓骨筋反応時間へ及ぼす影響.日本臨床スポーツ医学会誌.2010; 18(2): p274-9.[6] 大隈祥弘,向野義人.動きに伴う症状を指標とする円皮鍼治療が陸上競技短距離選手の反応時間に及ぼす影響.日本臨床スポーツ医学会誌.2011;19(2):p250-7.[7] 大隈祥弘,小野修司,向野義人.M-Testを用いた円皮鍼治療が筋出力および反応時間に及ぼす影響.日本臨床スポーツ医学会誌.2012;20(1):p87-95.