フランスの手技療法教育を参考とした教材の作成と教育の充実 殿山 希 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 キーワード:手技療法教育,オイルマッサージ,海外の手技療法,医療的手段 1.研究の背景 平成23年度競争的教育研究プロジェクト事業B教育研究等改革・改善事業(保健科学部)『鍼灸学専攻の魅力ある教育カリキュラム編成(新コース設定)に向けての調査研究』でフランスのマッサージ事情(免許制度・教育制度・マッサージ師の仕事内容)と視覚障害のある人に対するマッサージ教育について調査した(テクノレポート 2012;20(1):41-50に発表済)。平成24年度には,競争的プロジェクト事業AでEcole ESPACE Beaute Thalgo Internationalの視覚障害者向けエステティッシャンコースで教えるmodelageの施術法・指導法を学んだ。ここで学んだ方法は,オイルを用いて行う全身への施術と美顔マッサージ法で,オイルの使い方・拭き取り方,蒸タオル・乾燥タオルの扱い方など,日本式按摩マッサージでは用いない数々の方法をエステ産業ベースで知ることができた。学生の授業や課外活動にフランス式リラクセーションマッサージとして紹介・指導して行きたいと考えた。また,平成23年度では視察ができなかった視覚に障害のある医療マッサージ師協会への訪問が24年度には可能となった。協会長と面談して視覚に障害のある医療マッサージ師の職場・仕事内容・社会的立場などについて話を聞くことができた。同時に,協会に併設されている共同経営施術所を見学した。これら2回の渡仏による調査を通して,日本の按摩マッサージとフランスのマッサージについて以下の点が気になった。1)両国で行われているマッサージでは,技法が大きく異なる。また,フランスでは,医療対象とリラクセーション対象では,術者の免許・技法・教育・社会的地位が異なる。2)視覚に障害のある人への教育制度・ポリシーが両国で異なる。3)最も驚いたこととして,私達が誇る日本の視覚に障害のあるマッサージ師の歴史・教育・社会的背景などが正確に伝えられていないことであった。 2.研究の目標 目標1 2回の渡仏での取材・見学の内容(視覚に障害のある人への職業教育とその社会背景)について,資料や文献を集めて確認する。また,日本の状況と比較する。それらをまとめて執筆する。目標2 平成24年度にフランスで研修したオイルマッサージ技法を整理して資料を作成する。それを用いて学生への教育の場で実践する。目標3 目標2で作成した資料に加えて,フランスエステティッシャン教育に用いられている本の一部翻訳を行い,ひとつにまとめて教材を作成する。 3.成果の概要 3.1 目標1の成果と効果 1)フランスの視覚に障害のある人のマッサージ教育についての和文研究論文は研究開始当初,見当たらなかった。そのテーマでまとめられたフランス語の1文献を翻訳した。また,研究期間後半になって,フランスの研究者による著作(和文翻訳あり)を見出して読み進めている。また,和文論文でフランスの特別支援教育の思想背景,教育制度などについて書かれたものを収集した。本年度中にこれらをまとめて,執筆・投稿を予定していたが,完了しなかった。本邦での視覚に障害のある人への手技療法教育の未来を考える上で大切な研究であると考える。かなり内容がまとまってきたので,来年度も研究を継続させて完成に至りたいと考えている。2)平成24年度の渡仏では,日本鍼灸をフランスで行っている医師を訪ねて取材を行った。その時に見聞きした内容をまとめて執筆して出版した。殿山希,成島朋美.フランスの医療制度と鍼灸:日本鍼灸を行うイナズマ医師を訪ねて.医道の日本 第838号(平成25年7月号)2013年pp181-185.3)平成25年度競争的教育研究プロジェクト事業(A-b 保健科学に関する研究)でスイスの国際学会 XX World Congress on Parkinson's Disease and Related Disorders(Geneva)に参加した。その帰途,チューリヒ国際空港から快速列車で15分のバーデンに立ち寄り,スイスドイツ語圏の補完代替医療,手技療法,マッサージなどを行っている病院を見学した。一昨年度に見学したフランスの医療マッサージを行う温泉リハビリセンター,リラクセーションを目的としたスパマッサージ(日温気物医誌 2013;76(2):137-145発表済)とはずいぶん様相が異なっていた。フランスの手技療法よりもスイスドイツ語圏の手技療法の方がむしろ日本で現在,私達が教育している按摩やマッサージの技法や理論(治効についての考え方など)に近いように感じた。スイスドイツ語圏では,施術項目は解剖学的に施術ターゲットとなる組織が分かれて記述されており,施術内容も理論的に展開されているようであった。日本の按摩マッサージ教育において,学ぶべき点がたいへん多いと感じられた。フランスとの違いを目の当たりにしたことは今後の日本の手技療法教育を考える上で意義深いと感じ,帰国後,できる限りでさらに調べてまとめてみた。記事を作成して,現在投稿中である。 3.2 目標2の成果と効果 平成24年度にフランスで研修したオイルマッサージ技法をフランス語から日本語に直して図にした。著者は平成21年度から学生のサークル活動『応用手技療法サークル』の顧問を務めており,毎週1回,放課後2時間程度のオイルマッサージの指導を課外で継続している。今年度は,そのサークル活動の場において,後半に数回,この手技を学生に紹介・指導した。そこでいくつかのたいへん興味深い問題点に直面した。まず,著者がフランスで研修した技法はフランスで獲得したが,カリフォルニア式リラクセーションマッサージであった。フランス式エステマッサージなる特別な技法は存在しない可能性も考えられる。技法は,Swedish massageに属しており,strokingが中心であった。既に著者が指導していたオイルマッサージはSwedish massageのstrokingに加え,日本人が好むkneadingやpressingを多く含む技法である。 今回の技法は,実際に施術を受けた者にはもの足りなく,施術を行う側にとっては学究的な興味に欠いたものだったようである。一方,オイルの扱い方は美的であり,学生の注目を引いた。以上から,今後のオイルマッサージ教育には以下の点が重要であることを改めて認識させられた。・フランスで行われているものをそのまま日本で行っても日本人の嗜好に合わない。・本学学生や日本のマッサージ師視覚保持者は手技療法を医学として,解剖学的に理解して施術を行っている。よって,海外の新たな技法を獲得する場合も医学的・解剖学的組織学的に理論づけ,対象も単なるリラクセーションとせずに医療的ニーズに答えるべく指導していくことが求められる。・本学学生は手技療法をあくまでも医療的手段として教育されており,その自覚と誇りを有していた。その意識に応え得る職となるような道の開拓が指導者には求められる。・一方,異文化の中で発展した技法には,従来の日本の施術背景にはなかった魅力的な文化を含んでいる。例えば,オイル壺の形や色が美しく,その扱い方が独特であるなどは施術をする側・受ける側にとっても楽しい瞬間である。そのような心な和ませる配慮は,医療的手段としてのみ発展して来た日本の手技療法には見られない点である。そのような新鮮さ,おもしろさ,美的センスも施術場面に加えて行けたら身体の治療やケアにとどまらず心理的リラックスにつながる現代的で新しいケアとして魅力を増すに違いない。 3.3 目標3の成果と効果 施術技法における上記3.2に示した問題が浮上したため,教材作成は暗礁に乗り上げた。フランスエステティッシャン教則本の皮膚科学部分の翻訳は一部は既に終えている。オイルマッサージは皮膚に直接行う刺激であり,従来の日本の手技療法教育では皮膚科学の知識の教授はほとんど行って来なかった領域であるので今後は教材作成が急がれる。