聴覚による足関節関節角度バイオフィードバックと立位バランスに関する研究 井口正樹,薄葉眞理子 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 キーワード:聴覚バイオフィードバック,運動制御,視覚障害者,足関節 1.はじめに 身体の内部信号をフィードバックできる外部信号に変換し,運動制御・運動学習に役立てるバイオフィードバックはリハビリテーションにおいてその有効性が確立されているこれを音のみで実現する聴覚バイオフィードバックは,モニタを注視する必要がなく自由に動け,また視覚障害者でも利用できる,という利点を有するが,実際には聴覚ではなく視覚バイオフィードバックの方がより頻繁に用いられている。例として,角度センサーのついた足関節を随意的に動かすことで画面上のカーソルを操作しターゲットを追随する視覚運動課題が挙げられる。正常な静的立位保持には,足関節を軸とした倒立振子制御が用いられるため,足関節の運動制御が関与していると考えられる。視覚も大きく関与するため,全盲者では静的バランスが晴眼者と比較して劣っているという報告がある[1]。また,運動課題において,視覚情報と比較して,聴覚情報(音)はわかりやすさに欠け[2],その分,体性感覚への依存を保つ傾向にあり[3],筋緊張を高めることで筋紡錘の感受性を高めることも考えられる。本研究では,聴覚による足関節関節角度バイオフィードバックシステムを開発し,本学の全盲学生に試用し,そのパフォーマンスを対照群である晴眼者と比較するこことである。また,補助的に課題遂行時の筋活動を筋電図を用いて確認し,また課題遂行前後で立位バランスを片脚立位保持時間で計測し,課題の影響も調べた。 2.方法 合計12人(晴眼者6人と本学全盲学生6人)が被験者として参加した。全盲者は聴覚追随課題のみを行い,晴眼者は視覚と聴覚の追随課題を行った。視覚情報表示にはMATLAB(version 8.2.0.701, R2013b, Mathworks, USA)を,聴覚情報再生にはSuperColliderを使用した。右足関節に角度センサー(SG-100, Biometrics, UK)を貼付し,追随するターゲッ トは前もって足関節を他動的に動かし作成した。課題遂行中は,椅子座位となり,台の上に右下腿を乗せることで,自由に足関節の底背屈ができるようにした。視覚運動課題では,モニタ上のターゲットを,足関節の背屈で上へ,底屈で下へ動くカーソルを操作して追随した。聴覚運動課題では,ヘッドホンの左からターゲット音,右から関節運動で高さの変化する音を聞き,足関節を動かすことで右の音を操作し,左のターゲット音に合わせて追随した[4]。関節角度を音の周波数に割り当て,最大自動背屈と最大自動底屈がそれぞれ500Hzと250Hzに設定した。全盲者でのみ右片脚立位の保持時間を計測したが,課題遂行中の筋電図は,両群で記録した。表面筋電図を主動作筋である前脛骨筋から記録した。アース電極は右膝蓋骨上に,記録電極(Bagnoli-4 EMG System, Delsys, USA)は,Surface Electromyography for the Non-Invasive Assessment of Muscles (SENIAM)に従い貼付した。貼付後,徒手的に足関節を固定し,最大随意収縮を計測した。実験で得られた角度信号と筋電図はAD変換し(1k Hz, USB-6216 BNC, National Instruments, USA),MATLABでPCに保存し,オフラインで分析した。運動課題の評価には,角度センサー信号の底背屈ピークとターゲットのピークとの角度的・時間的差(エラー)を使用した。課題遂行中の筋電図は,最大随意収縮時の振幅を用いて正規化した。全ての統計処理において有意水準を0.05とした。 3.結果 数分の練習が必要ではあったが,全盲者6人が全員,さほどの困難もなく,追随課題が行えた(図1)。聴覚課題で,角度エラーとタイミングエラーに被験者群間で有意差はなく,平均して,それぞれ,1°程度,0.6秒程度であった。角度とタイミングの両方のエラーで,視覚運動課題は聴覚運動課題(全盲,晴眼を問わず)よりも小さかった(p < 0.05)。筋電図の振幅に課題間で差は無く,追随課題無しの練習前後(ベースライン)と課題後の計3回計測した片脚立位 保持時間には,有意な変化はなかった。 4.考察・まとめ 難易度や体性感覚への依存度の違いから,聴覚運動課題で筋緊張が高くなることが予測されたが,筋活動に有意な差はみられなかった。最近の研究では,錘外筋の収縮を伴わずにγ運動ニューロンが選択的に活動できることがわかっているので[5],その場合,表面筋電図の振幅に変化はみられない。また,今回の被験者のコメントに,聴覚の方が楽だ,というものがあった。これは視覚情報が詳細な情報を提供するため,随意運動のより細かな修正が必要である事が考えられる。全盲者では晴眼者と比較してバランスが悪いという報告もあり,本学でもその傾向はみられた[1]。本研究でバランスに変化が見られなかったのは,被験者が十分に運動学習をしなかったためであろう。聴覚バイオフィードバックでは自由に動けるのでダイナミックな動作で特にその利点が発揮される。歩行では前を向いて歩くため,下肢の運動制御に視覚の関与は通常ない。聴覚バイオフィードバックの普及を妨げている理由の一つに,聴覚情報(音)は情報量が乏しい,ということが挙げられる。確かに,聴覚情報は一度に示せる情報量に限りはあるが,時系列的に変化する情報をタイミングよく伝達するのに優れる。どんなに大量のデータを一度に示しても,ヒトの脳が処理できる情報量には限りがある。バイオフィードバックにおいて,必要な情報のみを必要なタイミングでいかに効率良く伝達できるか,が重要となる。また,データの可聴化の方法も重要である。この実験のように, リアルタイムで連続的に身体の変化を音の変化として再生すれば,情報量はかなり多くなる。今後,より積極的に聴覚バイオフィードバックを機能的動作やスポーツに取り入れるために更なる研究が必要である。 謝辞 本研究のプログラミングを担当してくださった,筑波大学図書館情報メディア系研究員の松原正樹氏に感謝する。 図1 代表的な一回の運動(6回の背屈,70秒) 全盲者による運動課題の代表例。上はターゲット(Target,破線)と被験者の角度(Subject,実線)を,また下は前脛骨筋の表面筋電図を示す。 参照文献 [1] 井口 正樹., 筑波技術大学保健科学部学生の健康関連QOL(生活の質).筑波技術大学テクノレポート, 2013. 21(1): p. 144-146.[2] Iguchi, M., et al., HOW IS AUDITORY EMG BIOFEEDBACK EFFECTIVE FOR BLIND PEOPLE?, ICAD. 2013: Lodz, Poland. p. 307-310.[3] Ronsse, R., et al., Motor learning with augmented feedback: modality-dependent behavioral and neural consequences. Cereb Cortex, 2011. 21(6): p. 1283-1294.[4] Sussman, H.M., The Laterality Effect in Lingual-auditory Tracking. J Acoust Soc Am, 1970. 49(6B): p. 1874-1880.[5] Hospod, V., et al., Changes in human muscle spindle sensitivity during a proprioceptive attention task. J Neurosci, 2007. 27(19): p. 5172-5178.