聴覚障害者の動的平衡機能の評価と機能向上プログラムの評価の研究 中島幸則,及川 力 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 キーワード:聴覚障害者,動的平衡機能,評価 1.研究目的 これまでに聴覚障害者の平衡機能に関する報告のそのほとんどは,児童・生徒を対象としたものであり,平衡機能が劣る児童・生徒は年齢とともに代償されるとされてきた。しかし,筆者等はこれまでに,成人した聴覚障害者の中にも平衡機能が劣る者が多いことを報告した。成人聴覚障害者のカロリックテストの結果からは,半規管機能低下がある者が30%程度見られた。また,重心動揺計を用いた計測結果からは,成人聴覚障害者は健常成人と比較して,軌跡長,外周面積におい動揺が有意に大きいことを報告した。しかし,半規管機能低下がある者の全てが重心動揺の結果が悪いわけではなかった。同時に,片脚立ちテストも実施したが,半規管機能低下がある者が,閉眼片脚立ち時間が短いわけではなく,成人聴覚障害者のほとんどが健常成人よりも立位時間が短かった[1]。これまで,我々の報告も含め,児童・生徒を対象とした平衡機能に関する報告は,全て静的な平衡機能に関するものである。近年,スポーツの世界で考えられているバランスの良し悪しは,静的な平衡機能よりも動的な平衡機能を意味するものと考えるべきであろう。そこで,本研究では,これまで報告されていない聴覚障害者の動的平衡機能の評価を行うこととした。また,筆者等は聴覚障害者の動的平衡機能は,健常者よりも劣っていると考えていることから,測定から得られたデータに基づき,聴覚障害者の動的平衡機能を向上させる運動プログラムも検討するという計画で研究を開始した。今回,動的平衡機能を評価する方法としては,簡便なファンクショナルリーチテストを用いることとした。これまでにも,知的障害者の身体平衡機能[2],転倒経験高齢者[3],身体虚弱の高齢者[4],さらには脳卒中片麻痺患者[5]などを対象とした報告が多々あり,ファンクショナルリーチテストが身体の動的平衡機能を表す指標であることが指摘されている。 2.方法 対象は,聴覚障害者群33名(平均年齢18.0±0.18歳)と,健常者群37名(平均年齢18.1±0.23歳)である。聴覚障害者群は本学学生,健常者群はT大学の学生である。測定項目としては,静的平衡機能の指標である,片脚立ちテスト(開眼・閉眼)と,動的平衡機能の指標であるファンクショナルリーチテストを行った。片脚立ちテストについては,日本平衡神経科学会の「単脚直立検査」の検査基準を参考に実施した。また,ファンクショナルリーチテストは,竹井機器工業製「手伸ばし測定器」を用いた。測定方法については,まず準備姿勢として裸足となり肩幅に足を広げて立ち,両手を床と平行になるように拳上させる。その後,左手は自然に降ろし大腿前面に当て,右手はそのまま目標となるラインに合わすように指示した。測定開始の合図に合わせて踵部を浮かすことなく体幹を前傾し,右手を可能な限り前方へ伸ばし,約3秒静止した後,元の姿勢に戻るように指示した。踵部が浮く,左手が大腿部から離れる,あるいはバランスが崩れた場合は無効と見なし,再度測定を行った。測定は数回練習した後に4回計測し,平均値を算出した。なお,計測器の高さは肩峰レベルに合わせた。 3.結果 両群の形態要素として身長,体重を比較した(以下,聴覚障害者群:A群,健常者群:B群)。身長はA群:170.4±5.77cm, B群:172.4±6.57cm,体重はA群:63.4±9.12kg,B群:62.4±8.36kgと,体型的に大きな違いのない2つの集団の比較であった。静的平衡機能である開眼片脚立ちはA群:54.1±16.8秒,B群:54.6±12.1秒と有意な差はみられなかったものの,閉眼片脚立ちはA群:32.7±25.0秒,B群:44.8±18.7秒と,有意に聴覚障害者群が低値を示した。これは,筆者が以前報告したことと同様の結果である。 図1 次に,動的平衡機能であるファンクショナルリーチテストの結果である。A群:45.4±5.88cm,B群:43.5±6.21cmと,両群に有意な差はみられなかった。 図2 また,個々の静的平衡機能と動的平衡機能の間に相関はみられなかった。 4.まとめ 本研究テーマの1つである「動的平衡機能の評価」についてファンクショナルリーチテストを用いて検討した。予備実験では被験者数各群10名で検討した際,聴覚障害者が有意に低値であったものの,今回,被験者数を増やして検討したところ,有意な差が見られなかった。今後は,人数を増やして検討を続けていくとともに,新たな測定方法についても検討していきたいと考える。また,機能向上プログラムについては,継続的に検討を続けている。同時に,静的平衡機能の改善については,light touch理論を用いてデータ収集を続けている。 参考文献 [1] Y.Nakajima, K.Kaga, H.Takekoshi, K.Sakuraba. Evaluation of vestibular and dynamic visual acuity in adults with congenital deafness. Perceptual & Motor Skills. 2012;115(2):503-511.[2] 奥住秀之,池田吉史,平田正吾,他.ファンクショナル・リーチによる健常者及び知的障害者の身体平衡機能.Equilibrium Res.2012;71(3):p.170-175.[3] Duncan PW,Weiner DK,Chandler J,et al. Functional reach: A new clinical measure of balance. J Gerontol.1990;45:p192-197.[4] Weine DK, Duncan PW, Chandler J, et al. Functional reach: A marker of physical frailty. J Am Geriatr Soc.1992;40:p203-207.[5] 藤澤宏幸,武田涼子,前田里美,他.脳卒中片麻痺患者におけるFunctional Reach Testと片脚立位保持時間の測定の意義−歩行能力との関係に着目して−.理学療法学.2005;32:416-422