聴覚障害児者の自己効力感を促すバーチャルクラスルームに関する研究 石原保志1),三好茂樹1),西岡知之2) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部1)筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科2) キーワード:リソースルーム,通級指導,障害認識,ビデオ会議システム,遠隔指導・支援 1.背景と目的 一般の小学校,中学校で学ぶ聴覚障害児童,生徒は,話しことばの聞き取りが困難であることに加え,発音が不明瞭で自己の意思表示が困難であるため,クラスメートとのコミュニケーションに齟齬が生じやすく,このことが人間関係上のトラブルや,クラス内での孤立につながることが少なくない。このような状況を,聴覚障害児自身は,自己の能力不足と捉えてしまう傾向があり,その結果大きな劣等コンプレックスを抱きがちである。またこの意識は他の聴覚障害児・者と接する機会がないため,自己の障害の客観的認識が困難であることに起因していることが示唆されている。このような背景の下,本研究では「インクルーシブ教育環境下にある聴覚障害児の主体性及び社会性の獲得には小中学校在籍時からの支援が必要であり,このためには障害認識を基盤とした自己効力感の育成が有効である」との仮説に立ち,バーチャルクラスルームを介した教育的支援を試みた。 2.方法 2.1 組織間連携体制 鹿児島県の離島,僻地の特別支援学級に通級する児童を対象に開始した。研究に先立ち,鹿児島大学,鹿児島聾学校,鹿児島県内の通級指導教室(6校)との組織間連携体制を構築した。 2.2 バーチャルクラスルーム用ビデオ会議システム クライアントPC間が接続され,映像・音声・文字情報等の授受が実現される(図1)。 3.結果と考察 8回にわたり,バーチャルクラスルームによる授業ム及び児童間の交流を実施した。 図1 バーチャルクラスルームの表示画面 図2は,教員を対象としたバーチャルクラスルームに関する質問紙調査の中,教育的効果に関する質問(多肢選択)の回答を示している。調査は,各授業を支援した当該通級指導教室の担当教員,及びテレビ会議システムの画面からこれを参観した他の通級指導教室教員16名である。バーチャルクラスルームを実施することによる児童への影響については,「子どもが視野を広げる体験」について,全ての回答者が“そう思う”と回答していた。離島や僻地では,自分以外の聴覚障害児者と接する機会がないため,同じ障害がある他校の児童とともに学ぶ機会を通して視野が広がることを,教師らが期待していることが分かる。その他,児童の能力や心理的な発達,向上に関しては,“そう思う”および“ややそう思う”の回答が多い。“ややそう思う”は,授業回数を重ね,実際に児童の変化を検証しないと確信できないということであろう。質問「このような遠隔授業を繰り返し行うことによって得られるであろう効果または期待をお書きください」については,以下の回答が得られた。・通級指導では個別の指導が基本になるので,障害認識の発達に有効であると思われるグループ指導の形態がその地に居ながらにして取れそう。(授業担当教員) ・子どもの障害受容が促される。(支援教員)・同じ障害のある児童同士が繰り返し交流をし,話し合いをすることで,相手のことを知り,自分をふり返るきっかけになるのではないかと思う。(支援教員)・聴覚の障害のある仲間や,ことば・きこえの教室を利用している友だちが,自分以外にもいることを知ることから始まり,最終的には,自分の将来像や進路を考える時に情報を収集する方法を知ることにつながると思われる。(授業担当教員)・人として視野が広がっていくと良い。(支援教員)・日頃リアクションの少ない児童なので,反応をしっかりしないと伝わらないことが分かるようになるのではないかなと思っている。(支援教員)・「伝えたい」という気持ちを高めやすい活動ができるのではないか。(参観教員)・多様なコミュニケーション手段を知ることができ,これからの生活に生かせるのではと思う。(参観教員)・保護者同士のかかわりも密になることで,保護者に対する支援も期待できる。(支援教員)・終了後,保護者の表情がとても良かった。(参観教員) 4.総合考察 本研究からは,バーチャルクラスルームという形態での聴覚障害児童間のコミュニケーションを通して,児童の中に障害認識に関する気付きが生じること,また社会的自己効力感の向上に結びつく将来観やメタ認知能力が育まれる可能性があることが示唆された。一方で,本研究は事例に止まるものであり,今後の研究において,客観的尺度を適用するなどより一般性のある検証が必要となろう。   図2 バーチャルクラスルームの教育効果に関する回答(通級指導教室担当教員)