鍼灸・手技刺激の自律神経を介する効果とメカニズムの研究 野口栄太郎1),櫻庭 陽2),水出 靖3),山口智子4),甲斐乱子4) 筑波技術大学大学院 技術科学研究科 鍼灸学コース1)筑波技術大学 保健科学部 附属東西医学統合医療センター2)東京有明医療大学 保健医療部 鍼灸学科3)筑波技術大学大学院 技術科学研究科 鍼灸学コース4) キーワード:鍼灸刺激,手技治療,自律神経,ラット 成果の概要 本研究グループは,開学以来生理学教室の伝統を引き継ぎ,「体性−自律神経反射」に基づく鍼灸・手技療法の効果発現の神経機序をテーマとして,各種器官における反応について実験的研究を継続的に行っている。現在行われている主な研究は,テーマ1.腹部マッサージ様刺激で起きる胃内圧減少反応と発現機序の解明テーマ2.温熱療法及び鍼灸治療による関節血流の変化とその神経性機序の解明。テーマ3.大学院生の臨床研究の補完的研究として下肢血流の神経性調節に関する研究の,3のテーマで行っている。本報告では,自律神経 第51巻 2014年に掲載が決定した,テーマ1.に関する論文「腹部へのマッサージ様軽擦刺激が麻酔ラット胃内圧に与える影響とその神経性調節機構」について概説する。 1.はじめに 腹部へのマッサージは東西双方の医学において古代より行われており,また現在でも臨床の現場で広く用いられている。特に我が国においては腹部のマッサージを「按腹:あんぷく」と呼び高度な技術として取り扱われていた。マッサージは体表から皮膚や筋を対象に刺激を加え,その生体反応を利用した療法である。しかし,臨床現場では経験的に用いられているだけで,その正確な効果や機序についての客観的な検討はほとんど行われていない。そこで,今回の研究では麻酔ラットに対し面積1cm2のブラシを用いて半定量的に刺激強度を変化させた腹部軽擦刺激を行ったところ,一定の強度以上で侵害刺激を行ったのと同様の胃内圧減少反応が観察され,さらに体性感覚 刺激と腹腔内臓刺激による入力を分離して検討した結果,この反応に体性-内臓反射が関与していることが証明できたので報告する。(図1) 図1 強度の異なるマッサージ刺激による胃内圧の変化 2.方法と結果 2.1 マッサージ様軽擦刺激 2.1.1 腹部への軽擦刺激 マッサージ様軽擦刺激(以下軽擦刺激とする)を半定量化する目的で市販の獣毛製歯ブラシを加工し,ブラシの表面積が約1cm2で,重量が30,50,100,150gに調整した軽擦刺激用ブラシを作成した。軽擦刺激は腹部正中線上で剣状突起下部から恥骨結合間の約80mmの距離を徒手で20回掃引し,重量を30〜150gに調整したブラシを使用することで異なる強度の軽擦刺激を行った(図1A)。5匹のラットで31回計測した各重量のブラシ20回掃引による平均軽擦刺激時間±標準偏差は39.2±7.6秒であった。腹部軽擦刺激は,胃運動に安定が認められた時には同一ラットで複数回刺激を行った。30gの重量のブラシを用いた腹部軽擦刺激(以下30g刺激とする)を5 匹に対して7回,50g刺激を4匹に対して7回,100g刺激を4匹に対して6回,150g刺激を4匹に対して5回行い同一重量の刺激による反応の平均値を比較した。(図2)その結果,30,50,100,150gのブラシで刺激強度の異なる腹部の軽擦を行うと強度に依存した胃内圧の減少反応が認められた。 図2 腹部への軽擦刺激による胃内圧の変化 2.1.2 腹壁への軽擦刺激 腹壁の体性感覚刺激と腹腔の内臓直接刺激を分離す目的で,右切開部より腹腔内に長さ80mm幅10mmのステンレス製のアーム付きプレート(以下除圧プレートとするを挿入し実験台に固定した。腹部正中の腹壁を内側か除圧プレートで固定することで,軽擦刺激の圧が直接腹腔内の臓器に加わらないようにした(図1B)。腹壁の軽擦刺激は,軽擦刺激用ブラシを用いて除圧プレート上の腹壁(80×10mm)を徒手で20回掃引した。腹壁軽擦刺激は腹部軽擦刺激で反応の認められなかった30g刺激は省略し50g刺激を5匹に対して5回,100g刺激を5匹に対して5回,150g刺激を4匹に対して5回行い同一重量の刺激による反応の平均値を比較した。 その結果,30,50,100,150gのブラシで刺激強度の異なる腹部の軽擦を行うと強度に依存した胃内圧の減少反応が認められた。(図3) 図3 腹壁への軽擦刺激による胃内圧の変化 3.神経系経路遮断の効果 腹部および腹壁軽擦刺激による胃内圧減少反応の神経性機序を検討する目的で,体性感覚神経求心路,自律神経系遠心路の遮断,脊髄切断を行った。その結果,脊髄切断または迷走神経切断では消失せず,刺激部位の求心性神経遮断もしくは大内臓神経切除で消失した。 4.まとめ 以上のことから,腹壁軽擦刺激には腹壁の体性感覚神経を求心路,交感神経を遠心路とする脊髄反射性反応があることが証明された。また, 非除圧腹壁の体性感覚神経遮断状態で行った腹部軽擦刺激でも胃内圧減少が出現したことから,腹部軽擦刺激の反応は体性-内臓反射と内臓-内臓反射によるものと考えられた。 引用文献 成島朋美,水出 靖,野口栄太郎.腹部へのマッサージ様軽擦刺激が麻酔ラット胃内圧に与える影響とその神経性調節機構.自律神経 51,2014年(原著掲載) 5.その他の研究成果の発表 1.灸刺激による麻酔ラット腱板血流変化の検討(第4報)刺激部位の違いによる検討(2)水出 靖1)2),野口栄太郎2)3),成島朋美2),櫻庭 陽4),坂井友実1)1)東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科2)筑波技術大学保健科学部鍼灸学専攻3)筑波技術大学大学院技術科学研究科  4)筑波技術大学保健科学部東西医学統合医療セン  ター  第63回全日本鍼灸学会学術大会(愛媛大会)2014年 2.正座による下肢のしびれ感に対する鍼通電療法の効果 甲斐乱子1),成島朋美2),水出 靖2,3),大越教夫1,2),野口栄太郎1,2) 1)筑波技術大学大学院技術科学研究科保健科学専攻2)筑波技術大学大学保健科学部保健学科鍼灸学専攻3)東京有明医療大学保健医療学部鍼灸学科 第63回全日本鍼灸学会学術大会(愛媛大会)2014年