発達障害を持つ視覚・聴覚障害学生の特徴および支援 佐々木恵美 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 理学療法学専攻 キーワード:発達障害,視覚障害,聴覚障害,自閉スペクトラム症,ADHD 【はじめに】 大学において発達障害を持つ学生は増加している。各大学では発達障害学生への支援体制が作られ,多様な試みがなされている。発達障害学生に大学側が適切な支援を提供することは合理的配慮の面からも必要であるが,本学では発達障害に特化した相談窓口や体制は作られておらず,個々の教員が個別で対応していることが多い。 発達障害学生における精神的諸問題については多数の報告がある。ADHD(注意欠如多動性障害)では不安障害が 47.1%に,うつ病などの気分障害が 38.3%に併存するとされる。うつ状態に陥った場合,衝動的に自殺関連行動をとることも多い。また,うつ病では 12.3%に ADHDが合併しているとも言われている。すべての発達障害学生に支援が必要というわけではないが,その特性のために学習面や生活面で多くの困難を抱える場合,精神的諸問題を抱える場合等,大学の支援が必要となってくる。 彼らの特性や困りごと,精神的問題,支援方法について検討することは,教育的観点はもとより学生のメンタルヘルス,自殺予防,就職支援等の観点からも重要と思われる。また,教職員が理解を深めることで,うつ病や適応障害,自殺未遂等の二次障害を防ぎ,より有効な支援が可能になると思われる。 視覚・聴覚障害を持つ大学生の発達障害に関する研究は少なく,実態も明らかではない。発達障害を持つ視覚・聴覚障害学生へのより良い支援を検討するため,本学での現状,学生の困りごと,精神的問題,修学上の問題,支援側の問題,今後の課題等について予備的調査を行った。 【対象と方法】 平成 22年度から 30年度までの間,筆者が対応した発達障害(自閉スペクトラム症,ADHD,LD)および発達障害疑いの学生について,属性,診断,特性,困りごと,精神的問題,支援方法,保護者や教職員との連携等について,予備的調査を行った。分析に際しては集計資料のみを用いた。 【結果】 調査期間中に対応した自験例は 32人(視覚障害学生23人,聴覚障害学生 9人)であった。男子が 25人,女子が 7人で,男子が多かった。 診断は自閉スペクトラム症 17例,ADHD 16例,学習障害 3例(重複あり)であった。 困りごとは,「課題が期限までにできない」「学生間のトラブル」「実習先での困難」「生活リズムが作れない」「パニックになる」「衝動的な自殺企図」「一過性の精神病症状」「引きこもり」「突然の予定変更についていけない」等であり,学業や日常生活で様々な困難を呈していた。また,周囲からは本人の性格や意欲の問題ととらえられてしまうこともあり,自己肯定感は低い傾向にあった。 約 56%の学生が適応障害,うつ病,睡眠障害等の精神症状を合併していた。自殺念慮を 22%の学生に認め,そのうち約半数が一見すると些細な出来事を契機として,衝動的な自殺関連行動に及んでいた。 44%が留年しており,28%が退学していた。入学前に診断を受けていた学生は 28%であり,大半が未診断のまま入学していた。 【考察】 自験例では,本学の母集団男女比からみても男子が多く,これは従来言われている通りである。視覚障害学生が多かったのは,自験例というバイアスが関係していると思われる。自験例以外にも発達障害学生は存在する。 自験例では,学習計画が立てられず成績不振に陥るといった修学上の問題,コミュニケーションの特性による友人や教員との対人関係トラブル,臨機応変な対応やスピードを求められる場面での混乱,日常生活における不注意等,多くの困りごとを認めていた。留年生や退学する学生も多く,発達障害学生に対する支援は本学での喫緊の課題であろう。 また,本学では未診断のまま入学する発達障害学生が未だ多い状況が示された。発達障害の特性を「視覚や聴覚の障害があるため」とされ,見逃されている可能性があると考えられる。未診断例では教員から「怠けている」と判断されることもあり,周囲の理解不足が自殺企図の一因になることもあった。視覚や聴覚に障害があっても発達障害の特性を見落とさないよう医療者が的確に診断を行うことが課題であろう。 こうした現状から,本学では教職員が発達障害学生に気づくことが重要となる。履修登録ができない,レポート等の提出期限を守れない,スケジュール管理ができない,コミュニケーションがうまくいかない,等の学生に対して「性格の問題」「やる気の問題」と判断する前に,発達障害を疑い,学内外の専門家への相談につなげていくことが望まれる。 青年期の発達障害例ではうつ病や統合失調症様症状を呈する例も多く,衝動的な自殺関連行動を引き起こしやすいと言われている。日本の自殺者数は 2012年にようやく3万人を下回ったものの,大学生の死亡原因の第 1位は依然として自殺である。自験例では 56%に精神症状を認め,自殺念慮を認めた 22%のうち半数が自殺企図していた。特に未診断例では,「なぜ自分は他の人と同じようにできないのか」と悩み,周囲からは「怠けている」「だらしない」「ストレスから逃げている」「空気が読めない」「なぜできないのか」等と批判され,自己嫌悪に陥り自信を失くしていることがある。早期に気づき,困難や不全感について支援側が一緒に考えていくことは,本人の自信を取り戻し,自己理解を促進させ,学生生活やその後の社会生活を送る上での大きな力となるであろう。 自験例では,保護者から生育歴を聴取し,各種心理検査を行った。特性や診断を伝えることで本人が納得し(「ようやく腑に落ちた」と言う学生もいた)それにより精神症状が改善し,自ら日常生活の工夫を行えるよ,うになった例もあった。また,本人と保護者の同意のもと,周囲に特性や対応について理解を求めることで対人トラブルが減少した例もあった。さらに,自らの特性を考えて教員と共に今後の進路を選択した例もあった。 発達障害は 1人 1人に特性の違いがあるため,個別の支援が必要となる。そのために何より大切なのは学生本人との話し合いであり,困りごとを理解し,支援内容を決めることである。原則的には学生が支援を申し出た場合に支援を行うとされているが,本学のように未診断例が多いと本人も保護者も気がつかず,必要な学生が支援を得られず,留年を繰り返したり退学したりすることになる。心配な学生に対しては,教職員からの積極的な声かけが必要であろう。 本学で今後より良い支援を行うため,発達障害支援の窓口設置や,研修を受けた複数の支援担当者を明確にすることが望まれる。また,履修や授業,試験,成績評価における配慮をどのように行うか,その配慮が合理的配慮として妥当かどうか,大学として組織的に判断する場が必要であろう。さらに,ノートテイカーの導入,ピア・サポーターの育成・導入,外部支援組織との連携等,支援の拡充についても今後の検討課題と思われた。