視覚障害者の体力・ストレス対処力とスポーツ活動経験や社会環境要因に関する研究 香田泰子 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部 キーワード:視覚障害学生,体力,ストレス対処力,スポーツ活動経験 1.背景と目的 障害がある人の健康を考えるとき,障害があっても心身ともに健康で活力ある生活を送ることが重要と考えられ,大学在籍中はその力を身につけるための教育や支援が重要となる。これまでに視覚障害がある学生の身体的な健康を示す体力や入学前のスポーツ活動経験について検討し,体力は中学や高校時代に積極的に体育・スポーツ活動を実践していた学生においてそうでない学生よりも高い傾向にあること,また彼らの中学や高校での体育授業や課外活動でのスポーツ活動は在籍学校種別(視覚特別支援学校または一般校)によって相違があり,一般校での活動は低調であることを報告してきた[1]。一方学生の心身の健康を考えるとき,体力のみならず精神的な健康の保持・増進も重要である。この精神健康を維持増進する要因として,近年,ストレッサーを上手に対処して心身健康を維持させ,さらにそれらを成長や発達の糧に変えていく首尾一貫感覚(Sense of Coherence; SOC)が注目されており,ストレス対処力と呼ばれている。その形成には幼少時からの様々な経験やそれを支える社会環境要因(学校環境,周囲からのソーシャルサポート等)などが関与すると言われている。これまでに大学生のストレス対処力とスポーツ活動経験[3]や武道経験[4]の関連について報告されているが,視覚障害学生のストレス対処力の実態,また,体力やスポーツ活動経験との関連についての報告はみられていない。そこで本研究では,視覚障害学生を対象に体力やストレス対処力,現在や過去のスポーツ活動経験や社会環境要因を測定・調査し,それらの関連を明らかにすることを目的とした。 2.成果の概要 筑波技術大学保健科学部に在籍する20歳前後の視覚障害学生を対象に,下記の項目を測定・調査した。 1)体力:文部科学省・新体力テストのうち握力,上体起こし,長座体前屈,20mシャトルランテストの測定値を得点表にもとづいて得点化し,その合計得点を健康関連体力得点とした。2)ストレス対処力:Antonovskyが開発,山崎らが翻訳したSOC日本語短縮版尺度(13項目・7件法)[5]を用いた。対象者におけるクロンバックのα係数は0.79であった。3)ソーシャルサポート:情緒的,手段的,実体的サポートについて5項目からなるソーシャルサポート尺度(三浦)[6]を用い,家族,友人,教員をサポート源に設定しそれぞれ同じ設定内容の5項目について4件法で調査した。対象者におけるクロンバックのα係数は家族サポート:0.82,友人サポート:0.88,教員サポート:0.91であった。4)大学入学前の学校種別:中学校,高等学校について一般校か視覚特別支援学校かを調査した。5)大学入学前および現在のスポーツ活動状況:中学校,高等学校および現在の課外での運動部活動の有無や活動内容を調査した。体力,ストレス対処力と入学前の学校環境や過去および現在のスポーツ活動状況,ソーシャルサポート状況との関連について分析した。有意水準は5%とした。結果は以下の通りである。対象者の平均年齢は20±1.7歳であった。性別は男子: 73.5%,女子: 26.5%,障害の程度は盲学生:22.9%,弱視学生: 77.1%,在籍学校種別は一般校: 54.2%,視覚特別支援学校: 45.8%,大学入学前の運動部活動は,あり: 57.8%,なし: 42.2%,現在の運動部活動は,あり: 38.6%,なし: 61.4%であった。 健康関連体力得点は盲学生よりも弱視学生のほうが有意に高かった。また,大学入学前に運動部活動を行った群において行わなかった群に比べて有意に高かった。ストレス対処力(SOC)も,大学入学前に運動部活動を行った群が行わなかった群に比べて有意に高かった。健康関連体力得点とSOC得点に有意の相関がみられた。 以上のことから,視覚障害学生の体力およびストレス対処力はともに,大学入学前に運動部活動を行っている群で高いことが示唆され,中学校や高等学校時代におけるスポーツ活動が視覚障害学生における心身の健康の保持・増進に有効であることが示唆された。今後は在学中のスポーツ活動による影響なども含めてさらに検討を重ねて,さらに研究を行っていく予定である。 参考文献 [1] 香田泰子.わが国における視覚障害者のスポーツ活動の現状と課題.障害者スポーツ科学.2009; 7(1):p.3-11.[2] 山崎喜比古.ストレス対処力(Sense of Coherence)の概念と定義.看護研究.2009; 42(7):p.479-490. [3] 薗部豊,績木智彦,西條修光.大学入学時における過去の運動・スポーツ経験が首尾一貫感覚(SOC)および健康度に及ぼす影響.学校保健研究.2012; 53:p.527-532.[4] 浅沼徹,香田泰子,武田文,他:大学生武道部員におけるストレス対処力(SOC)とその関連要因.健康支援.2013; 15(2):p.7-14.[5] Antonovsky A著,山崎喜比古・吉井清子監訳.健康の謎を解く−ストレス対処と健康保持のメカニズム.第1版.有信堂(東京),2001.[6] 三浦正江,嶋田洋徳,坂野雄二.中学生におけるソーシャルサポートがコーピングの実行に及ぼす影響.ストレス科学研究.1995; 10(1):p.13−24.