形状記憶合金による振動子の体表点字への応用の検討 佐々木信之1),中島和哉1),大墳 聡2),石井一嘉3) 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科1)群馬高専電子情報学科2)石井研究所3) キーワード:形状記憶素子,体表点字,振動子 成果の概要(本文,図表,参照文献等,成果の今後における教育研究上の活用及び予想される効果,成果の学会発表等を含む) 1.はじめに 筆者らは,振動を通じて体表で点字を読み取る,体表点字システムの開発をこれまで進めてきたが,触覚による情報伝達チャネルとなる振動子について,現状安価に購入できるものは携帯電話用の超小型振動子しかなく,寿命,消費電力,防水性などの問題があったが,最近は新たなデバイスも開発されている。そこで新デバイスの一つである,形状記憶合金素子による振動子について,体表点字として使用できるかどうかを検討した。 2.これまでの経緯 われわれはこれまで,2011年度に形状記憶素子および応用の調査から研究着手し,2012年度には形状記憶素子の駆動回路の試作検討を行い,PWM(Pulse Width Modulation)技術により振動を生成するに至った。2013年度には,生成した振動の意味ある応用として,これまで研究してきた「2,点式体表点字」への応用の研究を行った。以下,研究の成果を報告する。 3.形状記憶素子とは 形状記憶素子(以下SMA,Shape Memory Alloy)については前回報告で詳しく述べているので,簡単に説明すると,熱エネルギーを力学的なエネルギーに変換する機能材料であり,自己通電によるジュール熱の断続を利用して振動に変えるものである。この断続のためにPWMが用いられる。直径0.05~0.1mm,長さ4~5mmの細い電線に2.5V 程度の電圧を断続的にかけるもので,その電線を直接触れることで振動を検知する。実際は,熱を感じるとともに,適 当な体表上への装着方法が求められる。本研究では,トキ・コーポレーション株式会社のバイオメタルファイバー(BMFシリーズ)を使用している。図1に,形状記憶素子を回路に組み込んだ状態の写真を示す。 図1 形状記憶素子の写真 4.2 点式体表点字 前年度までは形状記憶素子の駆動の研究で,今年度は,応用の研究であるので,応用のターゲットである「2点式体表点字」について少し説明する。そもそも体表を通して振動で点字を伝えるシステムを研究していたが,当初は点字一マス6個分の振動子を体表上に装着しており,着脱が煩雑であるとともに読み誤りが多かった。そこで研究半ばから振動子を6個から2個に減らして,点字一マスを2点×3行と見立て,2振動子を3回駆動して読み取る人が頭の中で6点を再構成する方式を考え,「2点式体表点字」と名付けた。この方式により,着脱が飛躍的に簡単になるとともに装置の小型化が図られ,持ち運びが極めて容易になった。ただしこの方式では,1行の2点どちらか一方または両方の点がが凸であるなら,右または左または左右両方の振動子が振動するが,2点とも凸ではない場合,振動がなくなってしまう。これを避けるため,1行の2点とも凸ではない場 合は右側の振動子を短振動させている。この影響が次章の実験で述べられている。 5.実験 (1)実験環境 SMAとしてはBMF100(直径:0.1mm,長さ:6mm,実用運動ひずみ率:4%,駆動電圧:2.6V,PWMパラメータ:デューティ1ms/30ms,2パラ駆動)を使用し,図2の写真に示すような形で体表上の各部位に装着していった。点字データは携帯電話のテンキーで入力したものを,2点式体表点字装置である「PocketBbrll」で振動モータ駆動信号を出力し,さらに形状記憶素子用実験装置にてその信号でPWMの形状記憶素子駆動信号をゲートして,点字データを2点式体表点字として出力する。図2に実験の様子の写真を示す。 図2 実験の様子 (2)「2点式体表点字」点字読み取り実験結果 ランダムにかな1文字を2点式体表点字で提示し,読み取りのテストを行った。1回5問づつ出題,1回目で正答した場合は,20点,2回目で正答した場合は10点,それ以後は0点として採点,体表上の部位による読み取り試験と読み誤りパターン解析を行った。実験した部位は,両手人差し指・右腕2か所・両腕手首近く・首左右付け根・両耳こめか み近く・背中・お腹・足の膝上・指の付け根・両手人差し指,の各所である。結果は,1位,100点:両耳2位,80点:両腕手首,足膝上,指の付け根3位,70点:両手人差し指,指の付け根,の後半であり,読み誤りの半数近くが右短振動と長振動の取り違えであった。そこで長振動の時間を長くして再実験を実施したら正答率が上がり,全体の得点は100点満点中53.9ら87.1にまで向上し,2点式体表点字への応用の可能性を示せた。 (3)ファントムセンセーション ファントムセンセーションとは,2点の振動などの刺激があった場合,その中間に擬似的な刺激を感じるものであり,6点式体表点字では読み誤りの源となっていた。2点式体表点字ではこれを積極的に利用することを考え,今年度の最後の実験として2つの形状記憶素子の振動刺激を連動して生成する実験装置を作成し,実験を行った。実験では,2つの形状記憶素子を用意し,それぞれ2.3~2.6V の範囲で4段階の強さで駆動できるようにして,手動操作により2つの形状記憶素子に4段階の電圧を変化させながら与えた。その結果,指先や腕などでは,両方の素子の電圧をどちらかが大きくなると逆側が小さくなるよう連動して制御すると,ファントムを感じられた。また首や耳でもファントムを感じられ,特に耳(こめかみ近く)では強く感じることができ,応用の可能性を示せた。 6.おわりに 形状記憶素子が新しい振動のデバイスとしてうまく使えれば,解像度向上による読み取り精度改善,低消費電力化による小型化,ワイヤレス化,回転部分がないことから長寿命化,など体表点字の応用範囲をさらに広げることが期待される。今年度は実験装置により2点式体表点字データ及びファントムセンセーションの読み取り実験を行い,応用の可能性を示せた。今後は,実験を重ねることにより,体表上の最適な触知場所及び簡易で路バストな装着方法を探っていきたい。