CSUNならびにUCLAにおける障害学生支援と関連領域視察報告(その3) 五十嵐依子1),萩原彩子1),磯田恭子1),白澤麻弓1),小林洋子2),中島亜紀子1),石野麻衣子1) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者支援研究部1)筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部2) 要旨:障害者差別解消法の施行が2016年4月1日に迫り,日本でも高等教育機関に在籍する障害学生への支援体制の構築が急務となっている。一方アメリカではリハビリテーション法504条やADA法の後押しもあり,先進的な障害学生支援が行われており,その取り組みは我が国にとっても非常に参考になると思われる。そこで,今回はカリフォルニア州立大学ノースリッジ校ならびにカリフォルニア大学ロサンゼルス校の2校を訪問し,障害学生への合理的配慮のあり方に関する視察を行った。その際,あわせて視察したカリフォルニア州立大学ノースリッジ校におけるデフスタディーズ学科,特に手話通訳コースについてここに報告する。キーワード:高等教育,手話通訳養成,聴覚障害,デフスタディーズ学科 1.はじめに アメリカにはリハビリテーション法504条(Section504, Rehabilitation Act of 1973)[1]や障害を持つアメリカ人法(Americans with Disabilities ACT; 以下,ADA法)[2]が整備されており,大学を含む高等教育機関が障害のある学生に対して合理的配慮を行うことが義務づけられている。一方,日本でも2006年に国連総会本会議で採択された「障害者の権利に関する条約」を受け,2013年6月には「障害者差別解消法」が公布され,2016年4月1日から施行されることが決定している(公布時に施行された一部を除く)。この法律により,大学等においても,障害者や障害学生に対する差別的扱いの禁止や合理的配慮の不提供の禁止が義務づけられることになる[3]。施行を控え,日本でも障害学生の受け入れや支援の体制作りが急務であり,法律の中身こそ違うが,アメリカでの先進的な取り組みは我が国にとっても非常に参考になるものである。そこで今回はカリフォルニア州における障害学生支援について視察するべく,2に記した2校を訪問し,両校における障害学生支援の状況について視察を行った。視察した2校のうち,カリフォルニア大学ロサンゼルス校(以下,UCLA)は,1919年に設立され,5つの学部の他,7つもの専門大学院を持ち,多くの学生が在籍している[4]。また,米国でも屈指の学業レベルを誇る大学として知られており,その環境の中で障害のある学生にどのように修学環境を保障しているのか,非常に興味深いことから視察先とし て選定した。また,カリフォルニア州立大学ノースリッジ校(以下,CSUN)は1958年に設立され,9つの学部を持ち,69の分野で学士号,58の分野で修士号,2つの分野で博士号の学位を授与する他,教育分野で28の資格プログラムを提供している[5]。長年多くの障害学生を受け入れ,専門の部署を設置して障害学生への支援を行っていることでも知られている。さらにアメリカの高等教育機関における聴覚障害学生支援ネットワークであるPEPNet(現pepnet2)の地域センターも長年つとめ,その後組織が再編された2011年からはその中心機関として活動している[6]ことからも,本視察先として選定した。両大学で行われている障害学生支援については磯田他[7],聴覚障害学生支援については萩原他[8]を参照されたい。本視察では両校における障害学生への合理的配慮について,それぞれの担当者に対するインタビューを実施したほか,関連領域として手話通訳コースを擁するCSUNのデフスタディーズ学科を訪問して教員にインタビューを行った。本レポートではデフスタディーズ学科ならびに手話通訳コースの概要や特徴,カリキュラムなどについて報告する。 2.視察概要 今回の視察の概要を記す。 ・視察期間2014年4月20日〜4月28日(現地には8日間滞在した) ・視察地カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)カリフォルニア州立大学ノースリッジ校(CSUN) ・視察者筑波技術大学障害者高等教育研究支援センター 准教授   白澤 麻弓 特任助手  磯田 恭子 特任助手  萩原 彩子 技術補佐員 五十嵐依子また,視察先とのコーディネートを小林洋子助教が担当した。 3.CSUNにおけるデフスタディーズ学科の概要 3.1 学科の概要 デフスタディーズ学科長を務めているFlavia Fleischer氏(ろう者)にインタビューを行った(図1)。本学科は,初等教育や中等教育などとともに教育学部の中に位置づけられており,学科は手話通訳,アメリカ手話(以下,ASL)文学,ろう教育,デフコミュニティサービス,ろう文化研究,スペシャルオプション(ソーシャルワーク学部とデフスタディーズ学科の内容を両方学ぶことができる)の6コースで構成されている。このコースを3人のフルタイム教員と17人のパートタイム教員(1人当たり3〜4クラスを担当)で受け持っている。デフスタディーズ学科は1983年に立ちあげられ,1991年に学部のプログラムが承認された。Fleischer氏の父親(ろう者)が学科の立ち上げに関与し,前任の学科長を務めていたが,その逝去にともない,2011年からFleischer氏が学科長を引き継いでいる。 図1 Flavia Fleischer氏へのインタビューの様子(右がFleischer氏) 3.2 入学する学生の特徴 デフスタディーズ学科に通う学生の多くがアメリカ西海岸の出身で,就職先の多くも西海岸である。このため,卒業後のサポートが可能で,就職した卒業 生に様子を聞いたり,カウンセリングを行ったりするほか,その様子によっては大学院進学を勧めることもあるとのことであった。 3.3 学習を支える図書館 萩原他[7]でも紹介されているNational Center on Deafness(NCOD)の図書館には,ろう者に関する様々な資料が保管されている。定期刊行誌や会議録,図書,映画など多様なコンテンツがあり,これらがデフスタディーズ学科の学生の学習にも大いに活用されている。この図書館で保管している内容は今後デジタル化され,世界中からアクセスできるような形を検討している。 4.手話通訳コースの概要 4.1 コース受講までの流れ デフスタディース学科が提供するコースのうちの1つ,手話通訳コースの概要について,Allisun Kale氏にインタビューを行った(図2)。Kale氏は主にインターンシップ等のインストラクターを担当している。手話通訳コースは2年間のプログラムであり,受講にあたっては,ASLに関する特定の授業をすでに履修していることと,次に記すようなスクリーニングによる選考が必要となる。 ・申し込み用紙の提出と手話映像のアップロード手話通訳コースを希望する理由や,学生にとってASLが持つ意義などについて,ASLで回答した映像をインターネット上にアップロードする。 ・ビデオスクリーニング4パート40分で構成される話の翻訳を行う。その後,ナレーターから話の理解度を問う質問がなされ,回答をASLで行う。以上2つのスクリーニングを経て,毎年20〜22人の学生を選定している。2014年度は58人の応募があり,アップロードされた映像による選考で42人に絞られたのち,ビデオスクリーニングによって22名の学生が,受講を認められた。なお,手話通訳コース以外のコースではスクリーニングは行われていない。卒業するのは毎年16〜18人ほどで,手話通訳コースを希望してスクリーニングを経て受講が認められた学生であっても,実際に授業を受ける中で学生自身が申し出たり教員からの助言によって,他のコースに変更する学生もいる。 4.2 カリキュラム 手話通訳コースでは15単位が必要要件で,その内訳は通訳に関する3つの授業(12単位分)と,実習(3単位分)となっている。そのほか,希望する学生は各1単位の授業を受けることもできる。 図2 カリキュラムについて説明するAllisun Kale氏 通訳に関する授業には,通訳T〜Vがある。以下にその概要を記す。 4.2.1 通訳T 通訳Tは12週間で構成されており,前半の6週間で逐次通訳とともに認知的処理方法を学ぶ。中間試験では手話から英語への通訳と,英語から手話への通訳を行うほか,セルフ・アナライシス・ペーパー(以下,SAP)を記入する。SAPは自分が行った通訳パフォーマンスを振り返り,8つの質問に文章で回答するものである。後半の6週間は,同時通訳を学びながら,カルチュラル・リテラシー・モノローグ(以下,CLM)やモデル・アナライシス(以下,MA)なども行う。CLMは手話通訳者にとっての教養事項や概念化が難しい単語とその簡単な意味が書かれた本を用いて,そこから選ばれたいくつかの内容をろう者に説明するイメージで語るものである(図3)。手話表出している動画を撮影するほか,同じ語順で紙に書き出し,教員の採点と自己評価を行う。また,CSUNのろう学生が表出したビデオを見て,実際のろう者がどのような表現をするのかを見て学んでいる。 図3 CLMの課題例 この練習で重要なのは,今から話をするという切り出し方をするのではなく,自然な流れの中で語り始めることである。また,今この内容を話すことの理由づけも求められる。課題となる単語はCSUNでのインターンシップをする際に,必要となるであろう内容を想定して与えている。MAは,通訳を行っているビデオを分析し,どのような点が優れているのかを明らかにするものである。これらの学習を行った後,最終試験では中間試験で逐次通訳をした内容と同じものを,同時通訳で通訳するほか,中間試験と同様にSAPを行う。 4.2.2 通訳U 通訳Uも12週間で構成されており,前半の6週間は,同時通訳を学びながら,英語から英語対応手話へ通訳する方法を学ぶ。英語対応手話ではASLと異なり英語の口形が付随しているかどうかが重要なポイントとなる。中間試験では,手話から英語への通訳,英語から手話への通訳のほか,英語から英語対応手話への通訳の3つを行う。また,自己評価も引き続き行うが,SAPではなくルーブリックを用いた分析方法に変わる。SAPに比べてより細かい項目が設けられ,学生が自己評価を行ったのち,教員が適切な評価になるように助言を行っている。この取り組みを通して,学生自身が明確な評価基準を持てるように指導している。後半の6週間は,病院での医者とのやりとりや,学校での教員とのやりとりなど,2者間の会話場面における通訳練習を行う。ろう者に協力を仰ぎ,模擬通訳を行うほか,ビデオを用いて練習する。このほか,アメリカ地理について,各州を表す手話表現を学んだり,アメリカ国内の旅行を題材に,移動する過程をどのように表現するのかを学ぶ。手話通訳においては目の前に地図を広げたようなイメージで位置関係を表出することが重要となるが,このポイントを押さえることが学生にとっては難しく,ここでも移動をきちんと表現できるかが重要になる。これらを学んだ上で最終試験は,中間試験で実施した3つの通訳に加え,2者間の会話場面の通訳を行う。 4.2.3 通訳V この授業は実習前の仕上げとして位置づけられており,ステージ通訳を想定した練習を3回行うこととなっている。練習の題材として多く用いられるのは,大学の卒業式などで行われたスピーチや,学区教育委員会の会議である。いずれの題材においても,4〜5人でチームを作り,あらかじめ原稿を渡して重要だと思う部分に線を引くなどして内容の確認を行ったうえで授業当日に臨ませている。全てのチームの通訳を撮影し,ルーブリックによる自己評価とクラスメートによるピアレビューを行い,振り返りを行っている。 このほか,2台のカメラで2人の学生を同時に撮影し,その映像を見て互いに評価するスプリットスクリーンや,著名な手話通訳者2名の映像を同時に見て,同一のテーマに関してどのように表出しているのかを分析する内容も行っている。また,通訳Uで学ぶアメリカ地理の表現を発展させ,世界地理についても各国の手話表現を学んだり,手話から英語に通訳する練習も行う。 4.2.4 実習 実習としてNCODからの協力を得て,NCODで雇用している手話通訳者と学生とのマッチングをして,CSUNの授業で通訳を行わせている。CSUNの授業のほか,幼稚園から高等学校までの教育機関で実習をすることも可能であるが,その場合もCSUNの授業を1クラス通訳することとしている。実習中には,5回の座学を行い,この中では実習日誌を書くほか,通訳における倫理的な問題にどのように対処するか,就職に関する指導などを行っている。実習中にも中間試験と最終試験が行われ,ここでは倫理に関する問題にも取り組んでいる。 4.3 授業見学 デフスタディーズ学科ならびに手話通訳コースの説明を受けた後,その日行われていた授業を見学する機会を得た。試験前であったことから,その日の授業では試験の内容についての解説と,学生からの質問に教員が答えることが中心となっていた。試験は場面通訳を行う内容であったが,学生からはどのような場面設定か,登場人物は誰か,重要な単語は何か,どのように表出するのがよいかなど非常に細かな部分まで質問が多く出され,教員が丁寧に解説していたのが非常に印象的であった。 図4 ASL Labの室内 4.4 コースの特徴 各授業の特徴などはこれまでに述べてきたとおりであるが,それらに一貫して共通するものが2点ある。コーホートと批判的分析の力を養うことである。コーホートとは仲間を意味しており,本コースでは同時期に受講を始めた学生たちを1つの集団とみなし,教育を行っている。フルタイムの教員が少ない中で,1つの集団として教育をすることで質の向上を目指すことがねらいである。それ以外にも,課題やそれに伴う撮影を協力し合って行ったり,卒業後も含めた精神的な支えとしてコーホートが大きな存在となっている。また,批判的分析の力を養うことについても,非常に力を入れている。通訳のあり方について自身のパフォーマンスを振り返ったり,他者との比較を行うなど様々な視点から分析する取り組みのほか,各種メディアについても同様に批判的分析の対象としている。これらの2点を常に意識しながら,学生の教育にあたっていることがインタビュー全体を通して明らかになった。 5.まとめ 本視察でCSUNにおけるデフスタディーズ学科ならびに手話通訳コースについてインタビューを行い,特に学科・コースの特徴やカリキュラム等を述べてきたが,手話通訳に関する技能に限らず,学生個々人の成長に寄与するような取り組みを行っていたことが印象的であった。特に印象に残ったのは,デフスタディーズ学科全体のゴールについてFleischer氏が語った以下の言葉である。「デフスタディーズ学科では,多様な人間とどのように関わり,共存していくかを大切にしている」Fleischer氏のいう「多様な人間」は,単に健聴者とろう・難聴者という大きな分け方ではなく,ろう・難聴者をさらに細かく分けたものも含まれていた。Fleischer氏は性的少数者や盲ろう者のほか,地理的な要因で共通の文化をもつ人々をあげていたが,デフスタディーズ学科ではこのゴールを達成するために,教育方針を立て,さまざまなろう者と関わる機会を積極的に作っているとのことだった。また,4.4で述べたような批判的分析の力を養うことも,多様な人間との関係形成や共存に向けた力であるように思う。過去の前例で決まったことや報道されたことだからといって,その内容を鵜呑みにするのではなく,多様な人間とその人間が持つ文化を尊重する姿勢を持つことがデフスタディーズ学科全体を通して,強く求められているのではないだろうか。人種のるつぼと呼ばれるアメリカにおいて,多様な人間がいることはアメリカに暮らす人々にとっては当然のことと捉えられるかもしれない。しかし,どのような部分が異なるのかを自ら見出し,それを乗り越えてどのように関係を作り,共存し ていくのかという姿勢は,手話通訳者を志す学生に限らず,すべての人間に求められるあり方なのではないかと感じた。 6.付記 本視察は筑波技術大学「聴覚障害学生支援・大学間コラボレーションスキーム構築事業」の一環として行った。本視察にあたっては,日英通訳として渡部綾氏,諸山久美子氏に多大なるご協力をいただいた。末筆ながらここに深謝の意を表する。 参照文献 [1] United States Department of Labor. Section504, Rehabilitation Act of 1973. ( cited 2014-8-16),http://www.dol.gov/oasam/regs/statutes/sec504.htm[2 United States Department of Justice. Information and Technical Assistance on the Americans with Disabilities ACT. ( cited 2014-8-16),http://www.ada.gov/index.html [3] 内閣府.障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律.内閣府ホームページ( cited 2014-8-16),http://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/sabekai.html[4] University of California Los Angeles. UCLA Home page( cited 2014-8-16), http://www.ucla.edu/[5] California State University Northridge. CSUN Home page( cited 2014-8-16), http://www.csun.edu/[6] pepnet2. pepnet2 Home page( cited 2014-8-16),http://www.pepnet.org/[7] 磯田恭子,萩原彩子,五十嵐依子,他.CSUNならびにUCLAにおける障害学生支援と関連領域視察報告(その1).筑波技術大学テクノレポート.2014(in press).[8] 萩原彩子,磯田恭子,五十嵐依子,他.CSUNならびにUCLAにおける障害学生支援と関連領域視察報告(その2).筑波技術大学テクノレポート.2014(in press). Report on the Services for Students with Disabilities at CSUN and UCLA, and the Field of Deaf Studies at CSUN (Vol.3) IKARASHI Yoriko1), HAGIWARA Ayako1), ISODA Kyoko1), SHIRASAWA Mayumi1), KOBAYASHI Yoko2), NAKAJIMA Akiko1), ISHINO Maiko1) 1)Division of Research on Support for the Hearing and Visually Impaired,Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology2)Division for General Education for the Hearing and Visually Impaired,Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired, Tsukuba University of Technology Abstract: Since the Disability Discrimination Dissolution Act will come into force on April 1st, 2016, building a support system for students with disabilities in higher educational institutions is one of the most important issues, and of considerable urgency, in Japan. Meanwhile, higher educational institutions in the United States have already been providing advanced support services for students with disabilities, and this ordinance could be a useful point of reference for Japan. We visited California State University, Northridge (CSUN) and University of California, Los Angeles (UCLA) to learn how each provides reasonable accommodation for students with disabilities. In this report, we describe the Department of Deaf Studies at CSUN, especially the course for ASL/English interpreting. Keywords: Postsecondary education, ASL/English interpreting training, Deaf and Hard-of-Hearing, the Department of Deaf Studies