一般大学に学ぶ聴覚障害者の英語受講時の情報保障に関するアンケート調査─ 英語科目の支援体制および学生の自主性からみた選択肢の広がり ─ 細野昌子,須藤正彦,大杉 豊,松藤みどり筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 要旨:一般の大学や短期大学で学ぶ聴覚障害者は,講義を受ける時は常に情報保障の問題を抱えているのが実情であるが,語学の授業においては,言語モードに起因する語学科目特有の課題があり,情報保障の問題がさらに複雑化している。語学教育の中では重要な位置にある英語に特化したアンケート調査を行なった。「英会話」の代替措置および試験配慮や,他の受講生数の少ない英語科目における支援体制の実態,さらに英語科目全体に対する学生の自主性について考察することにより,課題を明確化させ,対策を提言するとともに今後の英語科目の選択肢の幅を広げる可能性を探る。キーワード:聴覚障害学生,高等教育機関,英語科目,代替措置と試験配慮,自主性 1.はじめに 2011年に筑波技術大学障害者高等教育研究支援センターでは「障害者高等教育拠点」事業の一環として,語学科目に関わるアカデミック・アドバイス活動が開始された。より良いアドバイスを提供するために,英語科目に特化し,受講時の情報保障の実態アンケート調査を行い,その結果の一部を筑波技術大学テクノレポートにシリーズとして投稿した[1] [2]。アンケートの結果,英語関連として開設されている科目は受講数が多い順に「読解」「英会話」,「,プレゼンテーション」,「TOEIC対策」,「Writing」,「Business English」,「現代英語」「,アメリカ手話」「,コミュニケーション」「工業英語」,,「Listening」,「Freshman English」と総数12になった。12科目中,聴く・話すことを中心とする科目や授業の一部にその技能が必要とされる科目は2/3にあたる8科目となり,聴く・話す両技能に限界を抱える聴覚障害学生の情報保障では問題が更に複雑化していることが示唆された。また支援の担い手として教員の負担が大きいことから,それを軽減する為に,担当教員間,および聴覚障害学生・教員・支援者間の連携,支援機器利用の必要性,現在では支援者の中心であるノートテイカーやPCテイカーの確保と養成が懸案となっていることも明示された。さらに情報保障支援項目の有効性や学生の希望する支援の考察から「読解」,「英会話」双方で現在受けている支援と効果的な支援体制にずれが生じている事,また支援の有効性や学生の希望の順位が「読解」と「英会話」では大きな差があるにも関わらず,現状では画一的な支援が提供されていること が判明した。特に「英会話」の特性に合った合理的な支援体制構築の必要性が浮かび上がってきた。また,英語教育における社会のニーズがコミュニケーション能力育成へと変遷するに伴い,「英会話」の支援体制が英語科目全体の支援体制構築の参考になることが示唆された。本稿では「英会話」など聴く・話す技能を必要とする科目の代替措置や試験配慮,および受講生数の少ない科目の支援実態を探るとともに学生の自主性の観点から考察を行う。  2.目的  まず実施したアンケート調査から,聴く・話すことを中心に進む「英会話」における代替措置,および試験配慮について概観する。次に,今まで触れていない読む・書く・聴く・話すという4技能の育成を図る「プレゼンテーション」,および他の受講生数の少ない科目についての情報保障支援の実態,有効性について述べる。さらに記述形式の回答も参照しながら「読解」,「英会話」,「プレゼンテーション」およびその他受講生数の少ない英語科目における学生の自主性や満足度についても考察を進め,総括的に英語科目全体の問題点を明らかにし,より良い情報保障体制について提言するとともに,今後の英語科目の選択肢の幅を広げる可能性を探る。 3.方法 高等教育機関に在籍する聴覚障害学生を対象に,英語科目に関するアンケート調査を行った。複数の学生懇談 図1 「英会話」 代替措置(有・満足・希望)の比較   会,PEPNet-Japanの連携大学,筑波大学附属聴覚特別支援学校の卒業生,および個人宛にEメール及び郵送で2011年11月に265人に発送し2012年1月までに63人から回答を得た。アンケートは,@学生の「属性」に関する質問項目,A「情報保障支援の有効性」「学生の自主性」「学生の満足度」を把握するための項目,B聴く・話すことを中心に展開される科目の代替措置および試験の配慮についての質問項目,C自由記述欄で構成した。Aは現存する情報保障支援を22項目とその他で想定し回答を求めた。「情報保障支援の有効性」の統計処理は,IBM社製の多変量解析ソフトウェアパッケージであるSPSS(Statistical Package for Social Science)のベースのクロス集計を用いた。「学生の自主性」については,学生が自分で工夫したこと,および大学に要請したことを記述形式で回答を得た。「学生の満足度」については,授業で楽しかったこと,また評価方法で満足な点あるいは不満足な点を記述形式で回答を求めた。Bの代替措置についは,「英会話」などの 聴く・話す技能を要求される科目の代替として【別の試験・読解・アメリカ手話・英語技能試験・放送大学・その他】を選択肢として示し回答を得た。試験の配慮については【リスニング試験の免除・リスニング試験の文字化・スピーキング試験の免除・スピーキング試験の配慮・試験の全面免除・レポートの代替・その他】の7項目のうち提供されている措置に,複数回答で○を記入してもらった。また代替措置および試験の配慮の双方で,効果および支援はないが学生が希望する項目についても回答を得た。なお「プレゼンテーション」では発表の配慮として【発表の代読・プロジェエクター使用・文字のみで発表・手話で発表・他学生の原稿の文字化・レポート代替・その他】の7項目を提示し回答を得た。Cは英語の授業についての要望を自由記述形式で回答を求めた。それぞれの項目は,学生が受講していると想定される科目の「読解」,「英会話」,「プレゼンテーション」,「TOEIC対策」,「その他」の5つに分類し回答を得た。   図2 「英会話」 試験配慮(有・満足・希望)の比較 4. 結果 4.1 アンケート回答者の属性 アンケート発送数265人のうち回答者63人は39大学1短期大学に在籍する学生で,在籍学部は,教育学部13人,総合福祉学部6人をはじめ理工学部,社会学部,経済学部など33学部となった。学年内訳は1年生20人,2年生12人,3年生20人,4年生11人,失聴時期は0〜3才未満が55人,4歳〜小学校が5人,中学校以降が1人,不明が2人であった。両耳聴力の平均値は,90dB以上が47人,70dB〜90dBが7人,70dB以下5人,不明4人で,聾学校在学経験者は50人であった。 4.2 「英会話」の代替措置と試験配慮 図1は,アンケート回答者63人中「英会話」の受講生36人の代替措置の結果である。「英会話」の代替措置を受けた学生は受講生36人中14人(39%)で,複数回答の総数19件の内訳は,別の試験6件で32%(満足度100%),読解,アメリカ手話は各々4件で21%(満足度75%),英語技能テスト2件で10%(満足度50%),放送大学0件,その他は3件(16%)でリスニングをライティング,クラス変更,レポートへの代替となり,そのうちレポートへの代替のみが満足度100%であった。また,希望する代替措置として,アメリカ手話と読解が各々3件,英語技能テスト2件,放送大学1件となった。 図2は「英会話」の試験配慮についてのアンケート結果である。試験配慮を受けた学生は受講生36人中22人(61%)で,複数回答の総数38件の内訳は,リスニング試験免除10件で26%(満足度100%),リスニング試験の文字化8件で21%(満足度63%),スピーキング試験免除5件で13%(満足度60%),スピーキング試験の配慮6件で16%(満足度67%),試験の全面免除3件で8%(満足度67%),試験のレポート代替5件で13%(満足度60%),その他は1件で3%(満足度100%)で聴覚障害学生のみでの試験実施という回答であった。また,希望する試験の配慮としては複数回答でリスニング試験免除 3件,リスニング試験の文字化5件,スピーキング試験免除1件,スピーキング試験の配慮3件,試験の全面免除2件,試験のレポート代替3件となった。 4.3 プレゼンテーション科目および受講生数の少ない科目   の支援体制 表1は,受講生10人のプレゼンテーション科目における情報保障支援の実態およびその有効性,また大学から受けていないが学生が希望する支援をまとめたものである。横軸に有効性による2分化と縦軸に支援数による2分化で計4つの象限に区分し,有効性率は,累積度数分布でいえば65%を下限境界として,大きい順に表示した。なお,この区分は支援項目をほぼ半数に当てはまるとする分類基準である。4つの象限の中の(  )には項目別の有効性率(%)と支援数(数値)を表示した。表中の文字は,教員の配慮は赤,ノートテイカーなど仲介的人材からの支援は青,支援機器は緑で表示した。また受けていないが学生が希望する支援は,それぞれの象限の右欄に内訳比率を記載した。有効性率が高く支援数が多い項目はノートテイク(75%/ 8)のみであった。有効性率は100%だが支援数が1〜2と少ない象限に,ゆっくり話す,板書,説明・指示の文字化,英文に振り仮名など,多数の支援項目が該当した。また同じ象限の伝え確認は他の支援項目と比較すると支援数は4と多いが有効性率が75%であった。また,説明・指示の文字化,ゆっくり話す,伝え確認,英文に振り仮名,板書,PCテイクの順で学生からの希望もあった。有効性率は低いが支援数の多い象限に,席の配置に配慮が挙がった。有効性率が低く支援数も少ない象限に字幕付きVTRが挙がり,有効性率が0で支援が0か1だが,学生からの希望があるものに,手話通訳,ASL付きVTR,聞き取り問題の文字化が挙がった。プレゼンテーション科目の代替措置は,その他の項目にE-ラーニングへの代替が1件のみで,学生が希望する代替措置は,アメリカ手話2件,読解1件,英語技能試験1件となった。発表の配慮では,配慮を受けている学生数の多い順に,他の学生の発表原稿の文字化(学生数4人・満足度75%・希望1人),手話で発表(4人・50%・1人),発表の代読(2人・50%・2人),文字のみで発表( 2人・50%・1人),プロジェクタ−使用(1人・100%・3人),レポート代替(0人・希望1人)となった。次に受講生4人の「TOEIC」についてまとめた。情報保障支援は,複数回答で席の配慮,板書は各々2件,聞き取り問題の文字化,補助プリント,パワーポイント,英文に振り仮名,ノートテイク,字幕付きVTR,手話通訳,FMマイクは各々1件で,そのなか有効性率100%の支援は,聞き取り問題の文字化,補助プリント,ノートテイク,パワーポイ ント,手話通訳となった。希望する支援には,パワーポイント,補助プリント,個別添削,ノートテイク,手話通訳,PCテイク,英文に振り仮名,ASL付きVTRに各々1件挙がった。代替措置は,アメリカ手話への希望が1件のみで,試験の配慮は,リスニング試験の免除が2件で満足度100%となった。希望する試験の配慮は,リスニング試験の免除が2件,リスニング試験の文字化が1件であった。同じく受講生4人の「Writing」の情報保障支援は,席の配置に配慮4件,伝え確認3件,板書,ノートテイクが各々2件,ゆっくり話す,補助プリント,説明・指示の文字化,パワーポイント,個別添削,字幕付きVTRが各々1件で,そのなか有効性率100%は板書,ゆっくり話す,説明・指示の文字化で,67%の伝え確認,50%の席の配置に配慮が続き,その他は0%となった。受けていないが希望する支援には,手話通訳が1件となった。代替措置では,アメリカ手話と放送大学への希望が各々1件あり,試験の配慮はリスニング試験の免除が2件で満足度50%という結果となった。 表1 支援の有効性と学生の希望(プレゼンテーション)   4.4 学生の自主性と大学の対応 「読解」の受講生57人のうち26人(46%)から, 受講の際に自分で工夫したことに関しての記述式回答を得た。複数回答34件の内訳は,予習・復習9件(26%),友人に支援依頼8件(24%),教員に質問6件(18%),障害を伝える3件(9%),教員と環境作りの話し合い2件(6%),席確保,ノートテイカーにルビ振りを依頼,英文を事前にPC入力,リスニングは無視し筆記に専念,ノートテイカー用の自作資料,読み方を調べるが各々1件(3%)であった。また,「読解」で大学に要請したことは27人(47%)からの複数回答42件で,内訳は,情報保障12件(29%),ゆっくり話すや座席指定など教員への要請21件(50%),リスニング関連9件(21%)となった。学生の要請に対して大学が応じたのは88%であった。授業が楽しかったと答えた学生は68%(39人),楽しいことはなかったと答えた学生 は19%(11人)で,残りは無記入であった。「英会話」の受講生36人のうち11人(31%)から,自分で工夫したことへの回答を複数回答で19件得た。その内訳は,友人に支援依頼4件(21%),障害(スピーキング能力を含む)の伝達5件(26%),教員に質問,身振りで英会話の補助,席の確保が各々2件(11%),予習・復習,オーラル試験に向け友人と練習,筆談の依頼,繰り返してもらうが各々1件(5%)であった。また,「英会話」で大学に要請したことに対しては18人(50%)から回答があったが,複数回答20件の内訳は,情報保障5件(25%),ゆっくり話すや座席指定など教員への要請10件(50%),リスニング関連2件(10%),他の授業に代替2件(10%),別の試験に代替1件(5%)であった。学生の要請に対して大学が応じた総数は15件で75%であった。授業が楽しかったと答えた学生は47%(17人),楽しいことはなかったと答えた学生は25%(9人)で,残りは無記入であった。「プレゼンテーション」では10人全員から記述回答があった。発表原稿のレジュメやアメリカ手話での発表方法やFM機器など大学への要請は4人から11件で,内訳は,情報保障3件(27%),教員への要請が 8件(73%)となった。大学が応じたのは8件で73%という結果であった。授業が楽しかったと答えた学生は60%(6人),楽しいことはなかったと答えた学生は20%(2人)で,残りは無記入であった。次に受講生4人の科目をまとめる。まず「TOEIC対策」は受講生の半数である2人から回答があり,工夫としては教員への質問,大学へリスニング試験の免除やリスニング試験の文字化などの要請となっている。また大学はそれら要請に応じたという回答であった。楽しかったと答えた学生は1人で,無記入が3人であった。同じく受講生4人の「Writing」では,工夫として障害についての説明,教員への質問という回答が2人からあった。また大学へ手話のできる学生とのペアリングやリスニングの免除を要請し,大学はそれに対応したとの回答があった。楽しかったと答えた学生と楽しかったことはないと答えた学生が半々であった。 5. 考察 5.1 「英会話」における代替措置      「英会話」の代替措置を受けた19件(複数回答)の結果をもとに,記述式の回答を参照しながら総合的に実態を探る。代替措置として別の試験を受けた学生6人は全員が満足しているが,これは「英会話」の授業自体に抵抗感はなく,試験の代替措置や配慮が講じられれば授業に満足する可能性を表している。記述式回答では,「読解」に代替した学生の1人は「読解」を楽しいと感じたことはないと述べている。さらに,その他の代替措置のうちクラス 変更を受けた学生は,他の学生と同じように「英会話」の授業を受けたかった気持ちが不満に結びついている。つまり聴覚障害学生の聴く・話す技能に代替する評価方法が確立されれば,「英会話」を積極的に受講できる可能性が出てくる。教員からの働きかけと授業運営の工夫により聴覚障害学生の積極性を喚起した事例は,大池の「聴覚障がい学生在籍クラスでの語学授業実践報告」や中井らの『視覚障害学生および聴覚障害学生を含む授業「英語T」』の先行研究でも述べられている[3] [4]。 5.2 代替措置としてのアメリカ手話 「英会話」,「プレゼンテーション」およびその他の科目における代替措置としてのアメリカ手話について考えてみる。記述式の回答も参照しながら総合的に探る。「英会話」をアメリカ手話に代替された事例は4件で,その中3件が満足していると回答している。さらにアメリカ手話への代替希望が,「英会話」で3件,「プレゼンテーション」で2件,「TOEIC」で1件,「Writing」で1件となり合計7件となった。また記述式の回答からも,アメリカ手話を通して英語の楽しさを経験し代替措置としてのアメリカ手話に満足している学生,アメリカ手話に自ら代替を希望して叶ったにもかかわらず,実際は自習学習になり満足はしていない学生が,それぞれ1人いた事からも,アメリカ手話に対する積極性が見えた。さらに自由記述でも,単位互換制度の確立や授業内容の充実化および科目としてのアメリカ手話の設置など,アメリカ手話関連の記述が7人からあり学生の関心が覗えた。聴覚障害学生にとってより自由なコミュニケーション手段であり,聞こえに関係なく同じ土壌に立てるアメリカ手話の授業を代替措置科目とし,聴覚障害学生に公平な学びの場を提供することには意義がある。菊地の先行研究で示されているように,大学でアメリカ手話を言語として教える授業は可能である[5]。英語の読み書きを「読解」で,コミュニケーション能力を「アメリカ手話」で育成するという科目構成も可能であろう。 5.3 「英会話」における試験の配慮 「英会話」の試験配慮を受けた22人の複数回答38件の結果を,記述式の回答を参照しながら総合的に実態を探る。試験の全面免除およびレポート代替も数値に反映すると,受けた試験配慮に満足している学生と試験配慮を受けたいと希望している学生の総数は,リスニング試験に関しては免除23件,文字化10件,スピーキング試験に関しては配慮7件,免除14件と高い数値となった。さらに記述式回答では,評価に対して,リスニング試験の配慮を受けながらスピーキング試験では出席や平常点などを反映,発音の 明瞭さではなく伝えたい意欲が評価対象,短い英作文やライティングも評価対象となったことなど,評価の多様性に満足し,高評価をもらい自信をつけたという記述が多数あった。また,「英会話の授業で楽しかったこと」として,講師やクラスメートとのコミュニケーションを上げている学生が17人となり,授業に対する積極性が顕著に表れている。さらに,ペアワーク・グループワークや個人指導など少人数制の授業で実力が付いたと感じている学生の存在が多数あった。また,合理的な評価の結果,聴く・話すを中心に進む「英会話」で,英語に対する苦手意識が払拭されプラス思考に転換できた実例もあった。つまり,リスニングとスピーキング試験の評価が合理的に多様化できれば,学生の「英会話」に対する積極性をさらに伸ばし学習効果が上がることが証明された。それは5.1「英会話」の代替措置で述べた『授業自体に抵抗感はなく試験の代替措置や配慮が講じられれば授業に満足する可能性』を裏付ける結果となった。さらに,聴く・話すに対する合理的な評価の確立は,聴く・話すを授業の一部に含む他の科目でも適用され,英語科目の選択肢拡大に繋がることになる。 5.4 プレゼンテーション科目および受講生数の少ない科目   の支援体制 表1で求めた受講生数10人の「プレゼンテーション」の結果を「読解」,および「英会話」の結果(テクノレポートVol. 21(1):P92表1,表2)と比較しながら「プレゼンテーション」科目における支援の有効性と学生の希望の特徴を探る。さらに記述式の回答も参照しながら総合的に考察する。有効性率が高く支援数も多い象限には「読解」,「英会話」のそれぞれに4支援が該当したが「,プレゼンテーション」ではノートテイク(支援率75%)の1項目のみである。一方,有効性率は高いが支援数が少ない象限に「英会話」では6項目であったが,「プレゼンテーション」では11項目となった。その11項目を有効性率が100%で学生の希望が多い順に示すと,説明・指示の文字化,ゆっくり話す伝え確認,英文に振り仮名,板書,PCテイクとなった。支援の絶対数が小さいので確証とはならないが,これらの支援項目は,今後検証し支援に結び付ける事が必要である発表の配慮では発表原稿の文字化(4人),また発表方法として手話(4人),代読(2人),文字のみ(1人)など工夫がなされた。また,記述式の回答では「楽しかったこと」として,他の学生が視覚的原稿を使って発表し内容把握ができたこと(3人),手話が分かる友人との発表準備(2人),自分の発表(1人)と記述があり,発表の配慮が学生の意欲を触発し学習効果に繋がっていることが明示された。発表方法や発表原稿配布など工夫が施されれ ば「,プレゼンテーション」は聴覚障害学生がコミュニケーション能力を育成する授業として大きな可能性を秘めていることが覗える。これは,2003年「英語が使える日本人」育成の為の行動計画で,文部科学省が大学の英語教育目標として策定した「4技能を磨きながらのコミュニケーション能力育成」の方針にも合致する[6]。次に受講生4人の「TOEIC対策」では,提供された支援12件のうち学生が有効であると述べたのは,5件と半分以下であったこと,また有効的な5つの支援を受けた学生は受講生4人のなか1人のみであったことから,支援がまだまだ行き届いていないことが分かった。また,リスニング試験の免除を受けた学生2人は満足,免除希望者が2人,文字化希望者が1人となっていることから,リスニング対策も重大な問題として挙げられる。「TOEIC」の結果が就職にも影響する現状を鑑み,支援体制の充実化が急務となっている。同じく受講生4人の「Writing」は,学生が比較的受講しやすい授業だろうと想定していたが,受けた支援17件(複数回答)のうち学生が有効と感じているのは7件と案外少なかった。英語科目の支援の難しさが改めて浮き彫りとなった。「TOEIC対策」と「Writing」に共通して挙がったのは,アメリカ手話への希望,また試験の配慮ではリスニング試験の免除に満足していることであった。「Writing」の試験にもリスニングが入っていることが分かり,リスニング対策は英語科目全体に関わることが明確になった。少人数の受講科目では,有効性の高い支援の検証が遅れている実情がある反面,聴覚障害学生にとっても学びの多い科目であることも見えてきた。それぞれの科目の特性に見合った支援体制を整え,英語科目の選択肢を増やし学生の潜在能力を伸ばす体制を整えることが強く望まれる。 5.5 学生の自主性と大学の対応 アンケートの記述式回答を参照しながら,学生の自主性について考察する。「学生が工夫していること」に対して「読解」26人(46%)から34件の回答「英会話」,11人(31%)から19件の回答があった。その内訳を比較してみると,友人への支援依頼は「読解」:「英会話」24%:21%となり,両科目でクラスメートに依頼するなど,学生自身が私的支援の環境作りを行っていることが分かった。その為に,努力してクラスメートと良い関係を築き,交流を広げている様子が記述から見受けられた。学生生活を総括して考えると,私的支援構築には,学生のコミュニケーション能力開発というメリットもあるが,その反面支援している健聴学生の負担状況や情報保障の確実性から,公的支援に転換する必要も生じる。また障害を伝えるという工夫では,「読解」の9%に対し「英会話」では最多の26%となり「英会話」のイ ンターラクティブな授業の進め方が反映された。また「読解」で最も多かった工夫は,予習・復習(26%)で学生の自主学習の習慣が見うけられるのに対し,「英会話」では5%と極端に少なくなっている。しかしながら,「英会話」特有の工夫として,身振りで補助する,オーラルテストに向け友人と練習するなど,少数ではあるが意欲的に取り組んでいる学生の姿も見うけられた。記述式で回答を得た「大学への要請」では,「読解」の回答率47%(27人)・回答総数42件(1,6件/1人),「英会話」では回答率50%(18人)・回答総数20件(1,1件/1人),「プレゼンテーション」では回答率40%(4人)・回答総数11件(2,8件/1人)となり,回答率では「英会話」が最多であるが,学生一人あたりの要請率では「プレゼンテーション」が最多となり,「プレゼンテーション」で支援体制の遅れの補填を求めながらも積極的に取り組む学生の姿勢が覗えた。また,複数回答の内訳比率は,情報保障に関しての要請が「読解」:「英会話」:「プレゼンテーション」でそれぞれ29%:25%:27%,教員への要請50%:50%:73%,リスニング関連の要請が21%:10%:0%となり,教員への要請が50%以上を占め教員の配慮の重要性が顕著となった。筑波技術大学テクノレポートVol. 21(1):P91図1.支援3形態の比較からも,教員の負担が大きい事が分かったが,そのことが裏付けされた。また,リスニング関連の要請が「読解」と「英会話」で21%:10%という興味深い結果となったが,これは「英会話」ではリスニングの問題は試験の免除や配慮である程度解決されていることが影響していると推測される。さらに,学生の要請に大学が応じたのは,「読解」:「英会話」:「プレゼンテーション」で88%:75%:73%となり,どの科目でも学生からの要請に対応しようとする大学側の姿勢,特に教員の努力が覗えた。教員に障害を伝え,クラスメイトの理解のもと授業全てが文字化された事例もあった。しかしながら,同時にそれは教員の負担も意味することから,教員の負担軽減のために策が講じられる必要性も明らかになった。 次に「TOEIC対策」,「Writing」について,それぞれの受講生の状況を総括的に比較した。双方の科目において,受講生の半数が大学に情報保障の交渉をしたり,教員に質問をしたりすることにより成果をだしていることが共通点として挙がった。学生が積極的に取り組めば,環境が改善できると共に高い評価も得られることが証明された。学生が大学に支援の要請を出すのみならず,私的にも支援環境を整えたり,授業への工夫を施したり自主的に授業に取り組んでいる姿が,英語科目全体的に浮き彫りとなった。それと同時に,自助だけでは限界があり,大学との更なる共助体制構築の必要性も明らかになった。今後も学生からの要請を尊重しつつ,合理的な支援や配慮を充実させ, 学生が示している積極性を教科学習へと導く必要性が示唆された。 6.まとめ 今回行った英語科目の情報保障支援に関するアンケート調査のまとめを3回のシリーズで行った。本稿では,代替措置や試験の配慮および学生の自主性に焦点を当てた。聴覚障害学生の聴く・話す技能に代替する評価方法の確立,特にリスニング試験およびスピーキング試験への配慮や評価方法の多様性が,学生の満足度と深く関わり「英会話」の学習効果に繋がることが判明した。また英語への苦手意識を払拭し自信につなげる可能性が示唆された。また聴く・話すを中心に進む「英会話」で確立された評価方法は,聴く・話すを授業の一部に含む他の英語科目にも適応されること,および「Writing」の試験にもリスニングが課されている現状を鑑みると,聴く・話す技能に代替する合理的な評価方法の確立により,受講科目の選択肢を大幅に広げることが期待できる。また「学生の工夫」や「大学への要請」では,主要科目とされる「読解」や「英会話」のみならず,現段階では支援の立ち遅れが顕著となっている受講生数の少ない科目でも,自主性からみると学生が積極的に取り組み環境改善を実現している事例が多数ある。受講生数の少ない科目でも,有効性の高い支援の検証を進め支援の質を高めることにより,受講科目の選択肢拡大に繋げることが今後の課題となっている。特に「プレゼンテーション」では,大学への要請という形で自主性を発揮しながら積極的に受講し,学習成果を楽しんでいる聴覚障害学生の姿が浮き彫りとなった。コミュニケーション能力育成を担う科目として可能性を秘めているこの科目では,支援体制の充実化が強く望まれる。さらに「TOEIC」のように就職に影響する科目へのアクセスも重要となっている。また,少数ではあるが大学で開講されている「アメリカ手話」は,聴覚障害学生の関心が非常に高いことや,聞こえに関係なく健聴学生と同じ土壌でコミュニケーション能力を育む公平な場を提供できることから,有益な語学科目の選択肢になる可能性が示唆された。さらに,選択肢拡大の実現のための問題点も明確になってきた。現状の支援では,聴覚障害学生が自ら友人への支援を依頼しているケースも多く,公的支援だけでは支援体制が機能していないことが判明した。また,学生からの支援要請総数の半分以上が教員に対するものであったことから,教員の配慮に期待する学生の姿が浮き彫りになった。教員の負担軽減対策も問題点として残っている。選択肢の広がりは,多角的な英語能力およびコミュニケーション能力育成を求める傾向にある現社会のニーズとも合 致するという観点からも,安易に代替措置で解決するのではなく,合理的な支援体制を整えることにより,科目の選択肢を増やし学生の潜在能力を伸ばすという方向転換が必要である。学生が工夫しながら受講環境を整えている姿や,学生からの要請に高い確率で対応している大学の姿勢から,今後に希望を見いだしつつ,より良い支援体制の構築を実現し,英語科目の選択肢の拡大に繋げたい。 7. 謝辞 本調査には,アンケートの統計分析にあたり,井上裕光教授(千葉県立保健医療大学)に適切なアドバイスを頂きました。また,高等教育機関で学んでいる63人の聴覚障害学生の方々にアンケート回答のご協力を頂きました。心より感謝申し上げます。 参考文献 [1] 細野昌子,須藤正彦,大杉豊,他.一般大学に学ぶ聴覚障害者の情報保障に関するアンケート調査--英語科目の受講状況と読解(Reading)における情報保障の実態--.筑波技術大学テクノレポート.2012; Vol. 20(1): p.1-6. [2] 細野昌子,須藤正彦,大杉豊,他.一般大学に学ぶ聴覚障害者の情報保障に関するアンケート調査--「読解」と「英会話」における情報保障の比較とその有効性--.筑波技術大学テクノレポート.2013; Vol. 21(1): p.90-96. [3] 大池京子.聴覚障がい学生在籍クラスでの語学授業実践報告:その工夫と課題.札幌学院大学学術機関リポジトリ.2010;Vol. 20(1): p.39-47.[4] 榎本吉雄,太田耕軌,中井英臣,他.視覚障害学生および聴覚障害学生を含む授業「英語T」での取り組み. 天理大学人権問題研究室紀要.2001;第4号:p.41-58. [5] 菊地俊一.Creating a School Where Butterflies Flitter 〜 A 2011 Fulbright Visiting Scholar Report 〜(2). 名古屋外国語大学外国語学部紀要.2013;第45号:p59-88. [6] 文部科学省.「英語が使える日本人」の育成のための行動計画.2003.(本研究は,平成23年筑波技術大学教育関係共同利用拠点における事業「聴覚・視覚障害学生のイコールアクセスを保障する教育支援ハブの構築−情報保障と障害特性に基づく教育方法の協調的開発と資源共有に向けて−」の中に位置づけられた「W.アカデミックアドバイス体制の整備」によって実施した。) Survey on Information Support for Hearing Impaired Students in English Classes at Japanese Universities. Alternative Classes and Accommodation for Examinations, and Students’ Initiative . HOSONO Masako, SUTO Masahiko, OSUGI Yutaka, MATSUFUJI Midori Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology Abstract: The provision of information support in classes has been a controversial topic for hearing impaired students who study at universities and colleges in Japan. In language classes, the target subjects are foreign languages. Therefore, the use of other languages in addition to Japanese in these classes can cause complications for the provision of information support. We conducted a survey on the provision of information support for the study of English. We chose English because it is considered the most important international language. Based on the results of the survey, this paper provides a discussion of alternative classes and accommodation for examinations provided for oral classes, and also of the provision of information support for English classes attended by a small number of hearing impaired students. It also provides a discussion of student initiatives for all English classes. The goal of this study is to clarify the issues faced by information support providers, to propose a better information support system, and to suggest a wider variety of English classes. Keywords: Hearing impaired students, Higher educational institutions, English classes, Alternative classes and accommodation for examinations, Students’ initiative