教職課程履修における情報保障:「日本国憲法」における合同テレビ会議形式授業の試み 加藤 宏1),大武信之1),佐藤正幸1),一木玲子1),河野 純大 2),宇津野康子1)筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1)筑波技術大学 産業技術学部産業情報学科2) 要旨:教職課程の教育は平成23年度から開始され,現26年度は完成年度の教育が行われている。日本憲法は両学部共通の教職課程の必修科目である。開始年度から日本国憲法は合同授業形式で実施されてきたが24年度からはテレビ会議システムによる遠隔合同授業となっている。本学でも他に例をみない授業形態であり,遠隔教育やモダリティの異なる情報保障のための学生自身による自発的な取り組みも生まれてきた。本論では,日本国憲法におけるテレビ会議授業の情報保障の取り組みについて報告する。キーワード:教職課程,情報保障,合同授業,遠隔テレビ会議授業 1.はじめに 筑波技術大学では平成23年度に教職課程が設置され,25年度には3年 次 生を教育実習に送り出したが, 課程修了生 はまだ出ていない。日本国憲法は両障害関係学部に共通した基礎教育科目であるが,教職課程履修のための必修科目でもある。24年度から授業は約2キロ離れた2つのキャンパスをインターネット回線で結んでのテレビ会議形式で行われている。視覚と聴覚という異なる障害のある学生が,合同で,かつ一方の学部(視覚障害系)ではテレビ画面を通して遠隔で受講する。情報保障に取り組んでいる本学でも他に例をみない授業形態であり,遠隔教育やモダリティの異なる情報保障を行うための学生自身による自発的な取り組みも生まれてきた。本報告ではテレビ会議システムによる両学部での日本国憲法の情報保障の実践を中心に視覚と聴覚に障害のある学生の学ぶ教職課程における情報保障について報告する。 2.教職課程と日本国憲法 日本国憲法は教職科目ではない。教職科目は「教職に関する科目」,「教科に関する科目」,「教科又は教職に関する科目」に分類され,それぞれ修得必要単位数が定められている。「日本国憲法」は教育職員免許法施行規則第66条の6に文科省令で定める科目として2単位の履修が定められている。この66条の6科目としては,他に「体育」「外,国語コミュニケーション」,「情報機器の操作」の各2単位の修得が免許取得の要件として定められている[1]。   保健科学部においては短期大学から大学への移行時より「日本国憲法」はカリキュラムに設定された。これは,毎年数名の卒業生が理療科教員養成施設に進学するため,進学後に既修得単位認定を受けられるようにという配慮と,将来の本学での理療科教員養成課程の設置を見越しての措置である。一方,産業技術学部には,教養教育系科目の主題別教育科目として「法律学(2単位)」が現在も設けられている。本学の「法律学」のシラバスは,「日本国憲法」を含む内容となっているが,教職課程の設置認定にあたっては,より明確に「憲法」を中心とした科目であることが要件となっている[2,3]。 3.日本国憲法の位置づけとテレビ会議形式授業の導入 日本国憲法は課程認定を受けるに当たり両学部共通基礎科目として23年度より開設された。課程1年目は,一方のキャンパスの学生(視覚障害学生)をバス等で移動させての一斉授業であった。しかし,学生移動や教室確保などに課題があった。24年度からはテレビ会議システム(PolycomHDX6000,7000)が導入され,集中期間の遠隔合同授業形式となった。テレビ会議システム形式に移行してからの授業とその情報保障について説明する。教員が実際にライブで教室に立つのは聴覚障害学生の学ぶ天久保キャンパスである(図1)。字幕挿入のスタッフは同教室の後方に配置され,フリーのソフトウェアIPTalkを用いた連係入力によるパソコンノートテイク方式で講師の説明を字幕に逐語変換していく [4,5]。字幕は教室側面に配置された大型モニタと教卓の小型モニタに提示される。教員は教卓のモニタで字幕を確認し,話すスピードを調節しながら授業を進め,学生は側面のモニタで説明の字幕を読む。後に,字幕は液晶プロジェクタによる教室前方提示方式に変更された(図1)。憲法という科目の性格上,専門用語が多い。教員はモニタをチェックし,字幕挿入者に漢字変換間違い等を随時指摘し,口頭での説明が最終的に正しく漢字変換され提示されたことを確認しながら授業を進める。この間若干のラグが生じることがあり,結果的に,視覚側にとってはこのラグが点字資料の確認や,PC操作(視覚側の学生は画面読み上げソフトを併用してネット検索や文書作成ソフトでノートテイクする)のための時間的余裕をもたらしている。聴覚側教室の後方には視覚側の教室の状況を映し出す大型モニタが配置され,教員は視線を大きく動かすことなく,2つの教室の学生の受講状況を同時に確認できる。   図1 天久保キャンパス側教室 視覚側ではネット経由で送られてくる映像を教室前方に配置された大型モニタで見ながら授業を受ける(図2)。教室にはすべての学生机上にパソコンがあるので,学生は画面読み上げソフトや画面拡大ソフトを活用してPCでノートを取ったり,専門用語の確認等,必要な検索を授業中にも行うことができる。点字教科書・資料,データ・ファイル,拡大資料等は授業の初回に配布されるので,2回目以降の授業では資料を予習して授業に臨める。   図2 春日キャンパス側教室 遠隔授業であること,両障害学生が同時に授業を受けるということで,教員の説明以上に問題となるのが,両学部の学生からの質問とそれへの回答における情報保障である。はじめに聴覚障害学生(天久保)からの質問の場合であるが,学生は 口話 または手話で質問する。教室には手話ができるスタッフは基本的に常駐していない。質問者の 口話 が聞き取れた場合は,字幕挿入者が内容を字幕にし,手話の場合は,質問者にホワイトボードに質問を書いてもらう。ここで,問題となるのがテレビ会議システムを介して視聴している視覚障害学生側への情報保障である。教員は字幕を読みあげるか,ホワイトボードに書かれた質問を読み上げ,聴覚障害の学生からどのような質問が出たか,春日キャンパス側でテレビを通して視聴している視覚障害のある学生に伝える。次に視覚障害学生(春日)からの質問の場合である。天久保・春日ともに教室内の音声はテレビ会議システム付属のそれぞれの教室に備え付けられた全指向性コンデンサ・マイクで教室のどこからの質問でも拾える。視覚側からの質問は入力者により即時字幕変換されて,聴覚側のモニタに提示される。これで両学部の学生が質問内容を共有できる。質問への教員からの回答は,授業中の説明と同じ形式で両キャンパスに向けて情報保障される。 4.学生および情報保障者アンケート テレビ会議システムによる遠隔合同授業は,筑波技術大学としても初の試みなので,受講学生及び情報保障者にアンケート調査を行った。アンケートはテレビ会議形式に移行した初年次の24年度の最終の1週前の授業日(平成24年12月1日)に実施した。回答者は産業学生10名,保健学生9名,情報保障担当者3名であった。質問は,産業技術学部と保健科学部及び情報保障支援者(字幕挿入者)に共通項目で「1.遠隔授業についてどう思いますか?」,「2.遠隔授業について,今後どのような点を改良すべきと思いますか」,「3.遠隔授業を今後も続けるべきだと思いますか。」,「4.同じ場所で対面式で行う授業(対面授業)と遠隔授業のどちらが望ましいと考えますか。D対面授業が非常に望ましい,C対面授業が望ましい,Bどちらでもよい,A遠隔授業が望ましい,@遠隔授業が非常に望ましい」,「5.自由記述」の5項目と回答者の障害の属性と通常使用しているメディアあるいは情報保障方法について聞いた。項目4の対面か遠隔のいずれの授業形式が望ましいかの評価の結果を表1に示す。両学部ともどちらともいえなか,対面授業の方を望ましいと感じていることがわかる。テレビ会議システムによる遠隔授業を積極的に評価する者は少数であった。特に遠隔側で受講している保健科学部学生の テレビ会議授業への評価が低かった。この結果をもってテレビ会議システムの導入は失敗であったと結論付けるべきであろうか。次に自由記述項目の主な意見について述べる。 表1 項目4「対面授業と遠隔授業のいずれが望ましいか。」(@が遠隔,Dが対面が望ましいとする方向)   項目1「遠隔授業についてどう思うか」についてポジティブな評価 ・いつもの講義の雰囲気と変わらないので,遠隔授業でも違和感はありません。(産業学生)・春日の学生は移動しなくて,時間にも余裕が持てると思う。(産業学生)・(その)場所に行かなくてもよいので便利である。(保健学生)・遠隔地の学生と一緒に授業を受けられるので良いと思う。(保健学生)・せっかく始まったのだから,工夫を続けていく段階かと思う。(情報保障者)ネガティブな評価・お互いの顔が見にくい。(産業学生)・質問する時などに共有感を持ちにくい。(産業学生)・放送大学や通信制大学でもないのに,モニターで授業を見るのでは授業を受けている感覚がない。(保健学生)・マイクの声が聞き取りにくかったり周囲の雑音を拾う。(保健学生) 項目2「遠隔授業の改良すべき点は」について ・(テレビ会議システムの設置で)教室が狭く感じる。(産業学生)・お互いの顔が見にくいので,誰がどのような質問をしたか分かりにくい。(産業学生)・しゃべりの間が空きすぎると前の文章の「記憶が薄れ,頭の中でつながらず,(話に)ついて行きづらい。(保健学生)・講師はホワイトボードを使わないでほしい。(保健学生)・遠隔側の学生たちが孤立してしまう気がするので,両キャンパスの学生同士の接点が欲しい。(情報保障者)・遠隔側にいる学生にもっと質問する機会を多くした方が,緊張感を持って受講できるのではないか。(情報保障者) 項目3「遠隔授業を続けるべきか」 ・技術発展のために続けるべきだ。(産業学生)・春日・天久保の学生同士の交流機会を設けるためには続けなくてよい。(産業学生)・授業科目によると思う。(保健学生)・続けるべきでないと思う。視覚と聴覚と別々に授業を行うべきだと思います。(保健学生)・せっかく始まったのだから,工夫を続けていく段階かと思う。(情報保障者)・良い試みだと思います。(情報保障者) 項目5 「自由記述」 ・遠隔授業が適している講義とそうでない講義がある。意見をやりとりする講義にはむいていない。(産業学生)・春日・天久保の共通授業なので,同じ場所で講義を受けて,休み時間には交流できたら世界が広がると思う。(産業学生)・可能であれば,対面授業の方が全体の雰囲気がつかめる。システムに不慣れなためか少々違和感がある。(保健学生)・マイクの感度がよく音が反響しない。(保健学生)・それぞれの授業方法の良さがあるため,どちらでもよいという評価にした。(情報保障者) 以上,まとめると全体的には,導入初年次におけるテレビ会議システムによる合同授業の評価は自由記述の意見を含めて肯定的とはいえなかった。 5.日本国憲法でのその後の対応等 24年度は導入初年度ということもあり,学生,講師,情報担当者ともに新しいシステムに対応しきれない部分が多かった。前述のとおり25年度には聴覚側の字幕提示の位置が教室前方に移され,学生の側からはより視線移動が少なく字幕が読めるように提示位置が変更された。さらに視覚側には大型モニタを増設し教室側面に配置し,教室後方に座っている学生からも聴覚側にいる講師の講義がより身近に感じられるように改善した。しかし,一番大きな改善は授業担当の講師が字幕変換のためのタイムラグと遠隔側への情報共有の配慮に慣れたことが大きかったと考えられる。講義者のシステムへの慣れは,学生の受講態度にも影響し,25年度の授業では両キャンパスからの質疑応答とそれへの対応は支障なく行われるようになった。これは,筆者らが情報保障に立ち会いながら,あるいは授業のVTRを視聴しての感想である。しかし,25年度には評価アンケートは実施しなかったので,評価の変化を示すデータはない。 6.その他の科目での活用と問題点  実は,テレビ会議システムは「日本国憲法」に限らず,導入初年度の24年度には他の教職科目にも一部の授業回で採用された。「教育制度論」は,講師の講義と説明よりも遠隔のそれぞれのキャンパス内でさらに学生同士の小グループを作り,学生間の議論と発表を中心とした授業であった。この場合,情報保障者からは学生の討議は最後の発表時までその内容が分からない。さらに,講師は天久保側キャンパスにいて,各グループを回って学生の討論に加わっていた。しかし,講師に手話のスキルがあり,手話でのコミュニケーションが可能であったため,学生と講師の会話内容を情報保障者は字幕変換することができなかった。結局,天久保キャンパス側にいた情報保障者には両キャンパスともに学生のディスカッションの状況は情報保障できなかった。最後の発表の部分だけ,情報保障できれば中間の議論の過程は伝わらなくても可とするとする考え方もあるが,結局,最後の発表の場面でも突発的手話のみによるコミュニケーションが頻発し,春日側の学生および天久保側の手話を使わない学生と情報保障者にとってもストレスとなる授業になってしまった側面がある。この授業は次年度からは学内教員による2キャンパス別々のダブル開講授業となった。「情報科教育法」でも一部の授業では,テレビ会議システムが使用されたが,こちらは模擬授業や学生による学習指導案の作成と発表を中心とする授業であったため,テレビ会議を使った回数は少なく,多くを天久保側での合同授業形式で行われた。その際には,通常の字幕による情報保障が行われた。 7.テレビ会議授業の今後の活用とアーカイビング 本授業で使用されているテレビ会議システムの特徴のひとつに授業をネット経由で収録・閲覧できる機能がある。授業担当者にはあらかじめ授業を収録することの許諾を得ておく。授業者の許可により,必要において学生は映像をネット経由でストリ−ミングサーバ(フォースメディアBS-TH459-6T)から再生・活用できる。ただ,現状においては閲覧ソフトが画面読み上げソフトに対応できていないため,実際の活用では,録画をポータブル・ハードディスクに落として,希望する学生には復習用に貸与した。今後は,授業の記録がさらに蓄積されていけば,放送大学のビデオ教材のような使い方や印刷教材との組み合わせによる予習教材としても使うことが考えられ,実際の授業と組み合わせて反転授業的な活用方法も考えられる。 7.まとめ この科目に関する情報保障や授業の進め方は,開学以来情報保障に取り組んできた本学としてもマニュアルがあった訳ではない。両障害学生が同時にしかも遠隔で授業を受けるという試行的状況の中で自然発生的なノウハウも出来てきた。授業担当者が非常勤講師で情報保障の専門家でなかったことも過度に機器に頼らない支援の創発につながったと考えられる。テレビ会議が適する授業とそうでない授業は確かにあるが,講義形式の授業では聴覚視覚合同の遠隔テレビ会議授業の可能性が示されたと考える[6,7]。最後に余談であるが,この授業では毎年恒例のように休み時間になると両キャンパスの学生がそれぞれのテレビカメラの前に立ち,即興の手話やダンスパフォーマンスを繰り広げ,キャンパス間で無音のエールを送り合うという光景が見られる。遠隔授業だから交流が乏しいので使えないのかという疑問が氷解する瞬間である。 参考文献 [1] 文部科学省,「教育職員免許法施行規則」(最終改正平成25年8月8日文部科学省令第22号),http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S29/S29F03501000026.html [2] 文部科学省初等中等教育局教職員課,教職課程認定申請の手引き(平成26年度改訂版),208, 2014. [3] 大津尚志,「模擬授業」をとりいれた教職課程における日本国憲法授業の試み−アクティブ・ラーニングの一環として−,武庫川女子大学大学院教育学研究論集,8, 55-59, 2013. [4] 栗田茂明,河野 純大 ,近藤恵子.運用コスト低減を目指した遠隔パソコン文字通訳システム,ヒューマンインタフェース学会研究報告集,15(8), SIG-ACI-10, 13-20, 2013. [5] 日本聴覚障害学生 高等 教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan).やってみよう!パソコンノートテイク,2008,http://www.tsukuba-tech.ac.jp/ce/xoops/file/seika/PCmanual-all.pdf [6] 番匠一雅.TV会議システムを利用した福祉現場からの遠隔授業の試み,田園調布学園大学紀要,第2号,181-194, 2007. [7] 廣瀬孝文,教育実践レポート テレビ会議を利用した国際遠隔授業の試み:カナダの大学との連携授業の実践と自己評価,岐阜聖徳大学紀要,外国語学部編,45, 43-59, 2006. Information Assurance in a Teacher-training course: Trial Use of a Video Conferencing System in a Class on the Constitution of Japan KATOH Hiroshi1), OHTAKE Nobuyuki1), SATO Masayuki1), ICHIKI Reiko1), KAWANO Sumihiro2), UTSUNO Yasuko1) 1)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired,National University Corporation, Tsukuba University of Technology2)Department of Industrial Information, Faculty of Industrial Technology,National University Corporation, Tsukuba University of Technology Abstract: The teacher-training course was started in our university in the 2011 school year; the course will be completed in the 2014. The Japanese Constitution is a compulsory subject of the teacher-training course in both faculties. This subject was initially taught in a joint class with the hearing or the visually impaired students; the format was then changed to a class utilizing a multipoint video conferencing system from the 2012 school year. Because this class format is the first attempt at regular course in our university, ad hoc initiatives were developed to resolve communication difficulties faced by students in a remote education context and needs from multi modalities deficiencies. In this paper, we report on the achievements and problems of a trial for information assurance in the video conferencing class in the teacher-training course. Keywords: Teacher-training course, Information assurance, Joint class for hearing and visually impaired, Video conference class