触地図とオンライン地図との情報共有化の提案 巽 久行1),村井保之2), 関田 巌 1),宮川正弘1)筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科1)日本薬科大学 薬学部 医療ビジネス薬科学科2) 要旨:本報告は,触地図をオンライン地図のような情報を引き出す利用形態にすることを目標としている。すなわち,オンライン地図から道路情報のみを抽出したベクトルデータ型の触地図を作成して,元のオンライン地図と触地図との間で情報の共有化を図る。触地図上の触指位置の検出は電子ペンの技術を用いて,触地図とオンライン地図の位置を同期させ,視覚障がい者もオンライン地図の便利な機能や情報支援が受けられることを目指す。 キーワード:視覚障がい,触地図,オンライン地図,情報共有,歩行移動 1.はじめに 近年,地理情報システムとインターネットの発達により,誰もが手軽にスマートフォンやタブレットなどで,オンライン地図(例えば,グーグルマップやヤフーマップ等)を利用することができる。特にiPadのようなタブレットに,便利な拡大機能(ジェスチャー操作で行う)や,画面読み上げ機能(iPadの VoiceOver等)といった視覚障がい者向けのアクセシビリティ機能が充実された結果,弱視者(視覚障がいの軽い者)はオンライン地図情報の機能を晴眼者に近い形で使うことが可能になった。しかしながら全盲者(視覚障がいの重い者)は,未だにオンライン地図情報の恩恵に与っておらず,従来からの事前に準備した触地図(触って読み取る地図)に頼らざるを得ない状況にある。本研究は,触地図をオンライン地図のような情報を引き出す利用形態にすることを目標としている。すなわち,オンライン地図から道路情報のみを抽出したベクトルデータ型の簡易触地図を作成し,元のオンライン地図と簡易触地図との間で情報の共有化を図る。触地図上の触指位置を検出することで(検出方法は,赤外線・超音波法,ドットパタン法,光学的手法などが考えられる),触地図とオンライン地図の位置を同期させ,全盲者もオンライン地図の便利な機能や情報支援が受けられることを目指す[1]。 2.システムの概要 視覚障がい者にとって触地図は,触って全体的な位置関係が理解できる利点はあるものの,実際の歩行では,現在地の不安,目的地方向の不安,移動している経路が正しいかどうかの不安,距離感がつかめない不安,などがある。 我々が考察している触地図とオンライン地図との情報共有化とは,次の2つのステップからなるものである。 (a)触地図の作成(歩行前)@必要とするオンライン地図(Online-Map,Oと略記する)を指定する。Aオンライン地図Oの画像から,道路の抜き出し(道路抽出)と,道路以外の情報の抜き出し(情報抽出)を行う。B抽出した道路画像を,ベクトルデータ型画像(例えば,スケーラブル・ベクター・グラフィックス画像:SVGと記す)に変換し,そこから簡易な触地図(Tactile-Map,Tと略記する)を作成する。このステップの概略を,図1に示す。 図1 触地図の作成   (b)地図の共有化(歩行時)Cタブレット上のオンライン地図Oと触地図Tを同期させる。D触地図T上の,触指位置を検出する。E触指位置に対応したオンライン地図O上の地点(タブレット上ではカーソル位置に相応)から,必要な情報を受け取る。例えば,・現在地点(GPS測位情報).・目的地方向(デジタルコンパス情報).・移動経路(経路探索,結果を音声案内).・距離感覚(距離計算,結果を音声案内).・施設情報(データベースから情報提供).などである。施設情報は,点字ブロックの有無,音声付き信号の有無,標識やランドマーク,トイレ情報(コンビニなどの場所),地下鉄の出入り口などである。このステップの概略を,図2に示す。   図2 地図の共有化 3.触地図の作成 本章では,オンライン地図から道路情報を抽出してベクトルデータ型の簡易触地図を作成すること,および,抽出されたテキスト情報は編集可能な自己メンテナンス型にすること,を述べる。最初に,オンライン地図から道路情報を抽出するのは,オンライン地図に用意されているプログラミングインタフェース(API)を使うことができれば簡単である。グーグルマップを例にとると,Google Maps API[2]を使えば,簡単なJavascriptプログラムで記述できる。その手順は,以下のようになる。 (1)初期化(地図の表示)・経度と緯度の指定,オプションの指定(ズーム倍率,中心座標など).・地図オブジェクトの生成.(2)表示スタイル・文字の表示と非表示,色の変化(道路など).(3)地図の移動・経度と緯度の取得,Circleの初期設定と作成. 図3は,著者等が所属している大学(筑波技術大学春日キャンパス,図中の赤丸印)と,つくばエクスプレスのつくば駅(図中の青丸印)を表示したグーグルマップである。   図3 オンライン地図(つくば駅周辺)   図4 情報抽出(左: 道路,右: 道路以外) このオブジェクトから表示スタイルを変化させて,道路の抽出と,道路以外の情報を抽出したものを,図4に示す。抽出した道路画像をベクトルデータ型画像にするのは,単純な方法(点集合のみの処理)を採用している。我々は過去に,SVGを用いて地図画像ファイルに音声テキストを埋め込むという,視覚障がい者のための音声地図の作成を行った経験がある。ベクトルデータ地図にする理由は,元のオンライン地図と作成する触地図との間で,拡大・縮小率を計算できるようにするためである(また,SVGはXMLで記述されているので,インターネットとの利便性も良い)。ベクター画像を触地図にするには,カプセルペーパーと呼ばれる特殊な紙(定着したトナーが熱で発泡して盛り上がり,点や線が触知できる紙)に触地図の原図をコピーして,立体コピー作成機(例えば,ISK社のPIAFなど)で熱を加えればよい。もしくは,点図プリンタ(例えば,ViewPlas社のEmprint SpotDotなど)で作成することもできる。 我々はオンライン地図と同期させるので,触地図は最低限の道路情報のみで(この理由から簡易触地図と呼んでいる),他の情報はテキスト化して,編集可能なデータベースに蓄えて,音声での情報保障に利用する。抽出したデータを自己メンテナンス型にする理由は,通常のオンライン地図に載っていない点字ブロックや音声付きの交差点信号などの情報を書き加えるためである。 4.地図の共有化 本章では,簡易触地図上の触指位置を検出して,簡易触地図とオンライン地図の位置を同期すること,および,簡易触地図上でオンライン地図情報の支援を得るための各種機能を実現すること,を述べる。最初に,触指位置の検出であるが,我々は指サック型の触指位置検出機器を作成することを目指しているが,その予備実験として,電子ペンで使われている筆位置測定の原理を利用している。電子ペンの筆位置検出は大別すると,赤外線・超音波法(ペン先から出る超音波と光の時間差で位置を同定する),ドットパタン法(ペン先の小型カメラで紙に印刷された特殊なドットパタンを読んで筆位置を同定する.スウェーデンのアノト社の特許が有名),光学的手法(多くは高性能カメラがマーカーを認識して位置を同定する)などが挙げられる。本研究では,カプセルペーパーなどを使って触地図にすること,また,プログラミングで作成できる触指位置検出法を採りたいことから,赤外線・超音波法を採用している。赤外線・超音波法の原理は,筆圧で電子ペンのスイッチが入ると,ペン先から赤外線と超音波の二種類の信号が発信され,先に届いた赤外線センサの時刻を起点に超音波の到達時間を測定する。二か所に設置された超音波センサまでの距離は,“到達時間×音速”で計算できるので,三角測量の原理から筆位置が同定できる。実験で使用した電子ペン(ペンテル社のAirPen[3])のソフトウエア開発用SDKは,イスラエルのペガサステクノロジーズ社からダウンロードできる[4]。本研究ではWindowsタブレットを用いているので,.NET SDKのサンプルをもとにC#言語で開発を行った。基本的に,電子ペンの操作は,コンポーネント(pegasusPen)をフォームに貼り付けることで行える。ペン先は2次元座標として得られる(引数Pegasus.Library.PenEventArgs eのe.Locationの値である)ので,この座標を使ってタブレット上の地図に描画(我々の目的では触指位置の検出)が行える。試作中のシステムでは,触地図の原図であるオンライン地図画像を読み込み,サイズを調整して触地図とタブレット上のオンライン地図との間で,ペン位置(触指位置)のキャリブレーションを行っている。画像サイズの変更量問題など で,長く使用すると多少は,触地図とタブレット上のオンライン地図との位置にズレが生じるが,人間の触指行為はかなり精度が低いので,現時点では大きな問題ではない(再キャリブレーションで解決可能である)。作成したプログラムの構成は,以下の通りである。 (1)初期化(描画準備)・ウィンドウサイズや位置,倍率の指定.・コンストラクタの生成(電子ペンの使用開始). (2)イベント処理・ウィンドウサイズが変更されたときの処理.・ペンに接続したときの処理.・ペンの書き初め(紙に触れたとき)の処理.・ペンの移動(書いている最中)の処理.・高品質な描画処理(拡大や回転などの処理).・レンダリング時のピクセルオフセット処理.・ペンの書き終り(紙から離れたとき)の処理.(3)再描画・変更後の画像サイズと位置の計算.・画像の位置変換,地図の表示. 図5に,電子ペンでの描画(触指位置の検出)の様子を示す。同図において,赤丸画面内の青い線がペンの軌跡(触指の軌跡)である。   図5 描画(触指位置の検出) 5.触地図の情報 オンライン地図の位置(経度,緯度)と簡易触地図の位置(2次元座標)は同期されており,触地図の触指位置からオンライン地図の位置情報を引き出すことができる。オンライン地図から簡易触地図を作る際に,道路以外の情報はテキスト化されて,データベースに蓄えられる。通常,オンライン地図に載っている情報は,場所の名称,道路の名称,鉄道の名称などである。しかし,視覚障がい者が必要とする情報は,信号(一般信号,音声信号),タクシー乗り場,バス停,踏切,横断歩道,福祉施設等であり,これらの足りない情報は追加編集する必要がある。 触地図の作成は,以前は視覚障がい支援団体等の個人が手作業で行っていたが,近年では国土地理院の触地図原稿作成システム[5]の利用や,現在では新潟大学工学部の視覚障がい者自身がWebで自動作成できるサービス[6]が提供されている。図6は,国土地理院の触地図原稿作成システムで作られた触地図原稿である。この図を見ると分かるように,道路(3種類の実線),鉄道(点線),信号(白丸は音声信号,黒丸は一般信号),ランドマーク(中点のある白丸は公共施設,三角は民間施設,四角は学校等)が,点字と共に描かれている。   図6 通常の触地図 我々が作成している簡易触地図は道路情報のみであり,その他の情報はオンライン地図や自己メンテナンス型のデータベースから引いてくるが,特に,視覚障がい者の要求に特化した情報(信号,横断歩道,点字ブロック等)がデータベースに必要である。現在,そのような情報を収集する手法を考えているが,基本的には,オンライン上から情報抽出するという考えで行っている。図7に,オンライン情報(例として,グーグルマップのストリートビュー)からSURF(Speeded Up Robust Features)法を用いて検出した横断歩道の例を示す。現在,実験中であり,抽出精度も悪くて試行錯誤の状況にあるが,位置情報(経度,緯度)検出のみに限れば実現の可能性はあると考えている(これは広い意味で,視覚障がいの移動支援を目的としたビックデータからの情報抽出である)。また,オンラインマップ上では道路として認識されないが,歩行にとって大切な道(歩行者専用の遊歩道など)の検出も必要である。図8は,つくばエクスプレスのつくば駅前にある中央公園内の遊歩道検出例である(半径不定の赤い円を発生し,それを転がして移動可能領域を検出している)が,速度的かつ精度的に,オンライン地図上の領域探索法として良いとは言えない(オンライン地図のAPIが道として認識可能ならば,それを使用する方が良い)。   図7 横断歩道の検出例   図8 遊歩道の検出例 6.おわりに 本研究は,視覚障がい者も地理情報システムやオンライン地図等の情報支援が受けられることを目指すものであり,視覚障がいにおける新たな歩行支援に展開できる技術となり得る。 謝辞 本研究は,平成26年度科学研究費補助金(挑戦的萌芽研究,25560101:触地図とオンライン地図との情報共有化手法の提案),および,平成25年度筑波技術大学教育研究等高度化推進事業(競争的教育研究プロジェクト:ピクトグラムや境界を検出するための高速認識法の開発)の助成を受けて行われている。ここに記して深く謝意を表する。 参考文献 [1] 巽久行,村井保之,徳増眞司,宮川正弘: 触地図とオンライン地図との情報共有化手法,第12回情報科学技術フォーラム(FIT2013)講演論文集,2013; Vol.3, No.K-045, pp.659-660.[2] https://developers.google.com/maps/?hl=ja[3] http://www.airpen.jp/mechanics/index.html[4] http://www.pegatech.com/?CategoryID=232[5] http://tenpuchizu.gsi.go.jp/shokuchizu/[6] http://tmacs.eng.niigata-u.ac.jp/tmacs-dev/ Proposal for Sharing Information between Tactile and Online Maps TATSUMI Hisayuki1), MURAI Yasuyuki2), SEKITA Iwao1), MIYAKAWA Masahiro1) 1)Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology2)Department of Pharmaceutical Medical Business Sciences, School of Pharmacy,Nihon Pharmaceutical University Abstract: In this article, we describe a method for sharing information between a tactile (paper) map and an online (e.g., smartphone) map using “electronic pen” technology. We synchronize the point that has been touched on the tactile map with the corresponding point on the online map by:1) Creating a road-only map in scalable vector graphics from the given (target) online map and copying this to a tactile (i.e., touch sensitive) paper,2) Pointing to the tactile map by touching it with the electronic pen.The electronic pen synchronization mechanism then maps the coordinates of the touched point to the corresponding point on the online map (we assume that the road-only map and the original online map are properly calibrated beforehand). Thus, information from the online map can be provided to visually impaired users in text form in a similar way as for sighted users. Keywords: Visual impairment, Tactile map, Online map, Sharing information, Walking navigation