聴覚障害者と健聴者の印象差異を可視化するコミュニケーション支援システムの開発 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科張 建偉 キーワード:印象可視化,聴覚障害者,情報獲得支援 1はじめに 聴覚障害者と健聴者では,同じテキストからでも受ける印象が異なる可能性がある。先行研究 [1]で同じテキストに対して聴覚障害者と健聴者が感じる印象に差異があるか否か,またどの程度の差異があるかを調査した。調査結果より,同一の新聞記事から受ける印象の強さにおいて,両者間に約 50%の確率で差異が発生し,聴覚障害者が感じる印象の強さが健聴者より弱い傾向が示された。本研究では,新聞記事中のキーワードが持つ印象の種類と強さに合わせて,キーワードの色とサイズを変化させるテキスト印象可視化システムを提案する。本システムは,テキスト印象可視化により,テキストが伝わる印象を強化し,聴覚障害者の情報獲得を支援することを目的とする。 本田ら [2]は日本語文字の色とフォントの組み合わせにより,読み手が受ける印象が異なることを示した。松原ら [3]は文字属性を変えることによって印象を伝えるコミュニケーションシステムを提案した。しかしながら,本田らの研究では,文字の変化がテキスト印象の伝達にどの程度作用するかは明らかにされていない。また,松原らの研究では,「副詞+形容詞」 (例:すごくうれしい)といった限られた印象表現しか扱われていない。本研究では,先行研究で開発した印象辞書 [4]を用いることで,印象辞書に登録された約 25万単語の印象を可視化することが可能となる。 2印象辞書 先行研究では,新聞記事における任意の単語と特定の印象語群との共起関係に基づいて,3種類の印象軸 (「楽しい⇔悲しい」,「うれしい⇔怒り」,「のどか⇔緊迫」)ごとに,その単語が表す印象の強さを数値化した印象辞書を構築した [4]。印象辞書に登録された単語の印象値は 0〜1の値をとる。1に近い値は「楽しい,うれしい,のどか」という感情を表し, 0に近い値は「悲しい,怒り,緊迫」という感情を表す。印象辞書の一例を表 1に示す。この例では,「笑顔」という単語の「楽しい⇔悲しい」という印象軸の印象値は 0.728であり,「楽しい」という印象を表す。また,「死去」という単語の印象値は 0.219であり,「悲しい」という印象を表す。 表 1 印象辞書一例 単語 楽しい⇔悲しい うれしい⇔怒り のどか⇔緊迫 笑顔 0.728 0.936 0.528 新年 0.575 0.728 0.566 穏やか 0.715 0.407 0.792 幸せ 1.000 1.000 0.682 死去 0.219 0.410 0.542 喪 0.137 0.482 0.436 祭祀 0.212 0.173 0.679 3テキスト印象の可視化 印象の種類と印象の強さをいかに表現するかはテキスト印象可視化において重要な点である。提案システムでは,印象の種類をキーワードの文字色や背景色,枠線色で表現し,印象の強さ(印象値の大きさ)を色の濃淡や文字サイズ,枠線の太さで表現することで,テキストの印象可視化を行う。印象の種類に応じ,ポジティブな印象(楽しい,うれしい,のどか)を暖色 (黄色,オレンジなど)で,ネガティブな印象(悲しい,怒り,緊迫)を寒色(水色,青色など)で表す。また,印象の強さを文字色の濃淡や,背景色の濃淡,枠線色の濃淡,文字サイズ,枠線の太さと対応させる。図 1は印象可視化の一例であり,「楽しい⇔悲しい」の印象軸において楽しい印象をオレンジ色で,悲しい印象を水色で表し,楽しい・悲しい印象の強さを文字サイズの大きさで表している。 図 1新聞記事の印象可視化 まとめと今後の課題 本稿では,聴覚障害者に対し,新聞記事の持つ印象のより正確な伝達を支援するため,文字の属性をその文字が有する印象に合わせて変化させるテキスト印象可視化システムを提案した。今後は印象可視化効果を聴覚障害者を対象としたアンケートで評価する予定である。 参考文献 [1] 張建偉,河合由起子,熊本忠彦,白石優旗,聴覚障害者のコミュニケーション支援に向けた新聞記事の印象分析,情報処理学会第 75回全国大会講演論文集,4D-5,2013。 [2] 本田達矢,廣瀬信之,森周司,色とフォントの組み合わせによる日本語文字の印象の変化,信学技報,Vol.111,No.60,pp. 127-132,2011。 [3] 松原嵩,米村俊一,文字属性変化によってより感情を伝えるコミュニケーションステム,ヒューマンインタフェース学会研究報告集,Vol.14,No.12, pp. 5-8,2012。 [4] 熊本忠彦,河合由起子,田中克己,新聞記事を対象とするテキスト印象マイニング手法の設計と評価,信学論( D),Vol.J94-D,No.3,pp. 540-548, 2011。