経絡の可視的観察の試み〜偏光コヒーレンストモグラフィーと MRIを用いて〜 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻笹岡知子 キーワード:経経穴,機能的連関,MRI,偏光光コヒーレンストモグラフィー,コラーゲン 1.はじめに 東洋医学には,全身の組織に生体エネルギーを供給するための通り道や体表上の点,即ち,経絡や経穴という概念がある。身体に病的な変調が起こると,経絡や経穴(解剖学的には皮膚,皮下組織,筋・筋膜などの組織)に,硬結や浮腫や皮膚のざらつきと言った変化が起こるとされている。また,この経絡や経穴に於ける変化は,身体の機能変調を捉えるための診断指標であると同時に,治療点としても使われており,治療により身体の病的変調が改善すると経絡や経穴に起こった変化も消失する。すなわち経絡とは何らかの機能的連関であり,体調の変化や疾病等でその秩序性に変化がもたらされると考えられる。 鮎澤は「経絡とは生体の秩序生成と関係するコヒーレントな振動系であり,筋・筋膜や軟部組織,およびその周囲に配向している水が関与する。」と言う仮説を提唱している1)。また,Langenvin等は,経穴や経絡は筋間や筋溝(結合織や水が豊富な部位)に多く存在していると報告している2)。そこで,経絡や経穴がある部位の皮膚および皮下組織に着目し,それらの組織の秩序性や水の分布様式に特異性があるのかについて観察することで,経穴や経絡の機能の在り方に関する検討を行った。 2. MRIによる経絡および経穴部位の観察 測定は,筑波大学最先端研究支援拠点 サイバニクスの松下明先生に御協力頂き,サイバニクス所有の全身用 MRI(PHILIPS Achieva 3.0T TX, R3.2.1.1)を使用し行った。 健康な成人男性(1名)の下腿部を対象とし,試行的に観察を行ったが,経絡が走行するとされる部位や経穴周囲の皮下や筋の組織中に,一定の方向性や秩序を持った結合織の分布などの特徴的な所見は得られなかった。 3.光コヒーレンストモグラフィー(光干渉断層技術。以下,OCT。)による経穴の観察 観察は,筑波大学工学応用光学研究室・計算光学研究室の安野嘉晃先生に御協力頂き,同研究室所有の OCT装置で行った。 OCTは微小な組織の断層画像を高画質に撮影できる技術であり,中でも偏光 OCT(以下, PS-OCT。)は,皮膚組織中にあるコラーゲンの複屈折方向を検出することが可能である。すなわちコラーゲンの分子配向(秩 3) 序性)を画像化出来る特性を持っている。 3−1.経穴部位の観察 経穴部位と非経穴部位に該当する組織の内,表皮から真皮にかけてのコラーゲン組織に着目し,その秩序性を観察した。 健康成人女性(1名)を対象とし,臨床上よく使用される経穴が並ぶ手関節周囲を測定した。 データ収集は終了した。データ解析プログラムが完成し次第(市販のものは無く,作成中。),解析を行う予定である。 3−2.鍼の刺激による影響の観察 経穴に刺激(刺鍼)を行い,刺激部周囲の組織の秩序性に刺激による変化が起こるかを観察した。 健康成人男性(1名)を対象とし,合谷穴(第一第二中手骨底の間にある)に,ステンレス製ディスポーザブル鍼灸鍼(40o×0.16o φ,セイリン社製)を 4o刺入し,その部位を観察した。刺激前,刺激直後,刺激 5分後に測定を行った。単純な組織構造を撮影した OCT画像及び皮膚内コラーゲンの分子配向を撮影した PS-OCT画像で比較検討を行った。刺激による組織の秩序性における変化は観察されなかった。 3−3.熱刺激による経穴の変化 経穴部位に刺激(熱刺激)を行う事で,組織の秩序性に刺激による変化が起こるかを観察した。 健康成人女性(1名)の合谷穴に対し,電気温灸器 BANSHIN(BANSHIN研究会)を使って 65℃,0.5〜1msec,1回の刺激を行った。熱刺激によって,熱感は感じたものの,発赤や明らかな浮腫など,肉眼的に観察出来る体表上の(火傷の様な)変化は認められなかった。 刺激前,刺激直後,刺激 5分後に測定を行い,OCT画像及び PS-OCT画像で比較検討を行った。その結果を図1に示した。 OCT画像では,刺激直後より,皮膚表面,深度 240μm,深度 360μmで,刺激部位を中心とした波紋状の変化が観察された。これは,熱刺激により引き起こされた浮腫の可能性を示唆している。 PS-OCT画像では, OCT画像で観察された様な変化は観られなかった。これは,今回行った量での熱刺激もしくは,刺激後 5分以内には,皮内コラーゲン分子の変化が引き起こされなかったことを示している。 4.今後の課題 今回の実験を通じて,熱刺激より表皮から真皮にかけて即時的に形態変化が引き起こされる事が判明したが,組織の秩序性( PS-OCT像)には変化が起こらなかった。鍼灸刺激により様々な生体反応が引き起こされるが,それらは刺激直後から起こり始め,刺激後 5分以降も続くものもある。今回は,刺激 5分後までの観察しか行って折らず,それ以降に某かの変化が起こっていても確認出来ていない。今後は観察時間や刺激条件を検討しつつ追試を行い,経穴や経絡の機能について皮内のコラーゲンと水に着目し検討を重ねていく予定である。 5. 謝辞 研究を行うにあたり,全面的に協力頂いた保健科学部鍼灸学専攻 鮎澤聡准教授に深く感謝申し上げます。 6. 引用文献 [1]鮎澤聡.偏光顕微鏡を用いた生体の秩序性の光学的観察.人体科学.2013;22(1):32-35. [2] HELENE M. LANGEVIN et al.. Relationship of Acupuncture points and Meridians to Connective Tissue Planes, The ANATOMICAL RECORD, 2002; 269: 257-265. [3] Y. Yasuno et al., Birefringence imaging of human skin by polarization sensitive spectral interferometric optical coherence tomography, Optics Letters, 2002; 27(20): 1083-1085. OCT画像(Intensity) 皮膚表面〜240μm〜360μm PS-OCT画像(Retardation)皮膚表面〜240μm〜360μm 図1 刺激部位に於ける, OCT画像(左)と, PS-OCT画像(右)を示す。それぞれ,横軸には皮膚表面からの深度を,縦軸には時間経過を示した。刺激部位( ↑)に対して,熱刺激を行った。 OCT画像にある刺激部位周辺の黒点は,計測用のマーカーである。刺激直後から,刺激部位を中心とした浮腫と思われる波紋状の変化が見られた。しかし同様の変化は複屈折分布画像では殆ど観察されなかった。