教職課程における「含む規定」の履修保証問題:なぜ基準は無視され続けるのか 加藤 宏 障害者高等教育研究支援センター 要旨:平成10年の改正免許法では全ての教職課程履修者が障害のある児童・生徒の発達と学習について学ぶべきことが教員免許法施行規則の「含む」規定で明示されたが,実態は形骸化している。特別支援教育への制度移行以降,この規定の重要性はさらに高まっているが,多くの養成機関では遵守されていない。本論では実施視察報告から見る,法令や基準が満たされない状態を生み出している構造と制度変更に向けての近年の政府等の動きを考察し,本学およびその他の開放制養成課程により運営されている教職課程へのインパクトについて考察する。 キーワード:教職課程,免許法施行規則,設置基準,特別支援教育,含む規定 1.はじめに  平成19年度の特別支援教育スタートに先立つことほぼ10年の平成10年の免許法改正では,教職課程を履修するすべての学生が教職科目の中で「障害のある幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」を「含む」科目を必ず学ぶことが教育職員免許法施行規則に明記された。にもかかわらず,各課程認定大学等では課程のカリキュラムにおいてこの「含む」事項の学修を保証されてこなかった[1]。多くの大学で教職課程設置基準が満されないまま放置されてきたこの状況は,現在準備さてれている法令改正により新局面を迎えると予想される。本論文では,この「含む規定」の履修の「非」保証問題の構造と今回の制度改正の意義について考察する。 2.「含む規定」とは何か  戦後の教員免許制度は昭和24年度の「教育職員免許法」としてスタートした[2]。教育職員免許法は制定後,大きく2度改正を受け,一般に新法(現行法)・旧法・旧旧法と呼ばれて区別されている(表 1)[3]。 表 1 免許改正と呼称    「含む規定」とは,平成10年度の教育職員免許法改正と同時に省令である教育職員免許法施行規則の改正事項として加えられた教職課程の「基準」である。この省令により幼稚園から高等学校教諭,さらには特別支援学校(制定時は特殊学校)教諭,養護教諭,栄養教諭のそれぞれの普通免許状を受けようとする者は,「教職に関する科目」分類の中の「教育の基礎理論に関する科目」というくくりの中で,「含める必要事項」として「幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」について,免許ごとに指定された単位数だけ学修することが定められた。しかも,この事項にはカッコ付きで「障害のある幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程を含む。」と但し書きがつけられた。教職課程の設置基準としても求められる「含む規定」はこれ以外の科目についても細かく指定されているが,後で述べるように多くの課程認定大学が実地視察の際に指摘を受けているのが,この「障害のある幼児,児童及び生徒に関する発達及び学習」の事項の学修が保証されていないことによる瑕疵である。 3.免許法改正時の特別支援教育事項の必修化と「含む規定」導入の経緯  平成10年の新法への改正に先立ち示された平成9年7月の教育職員養成審議会・第1次答申[4]には,障害に係る内容の必修化について以下のように答申された。特殊教育に係る内容の必修化:障害のある子どもたちの心身の発達及び学習の過程に係る内容を,現行の「幼児,児童又は生徒の心身の発達及び学習の過程に関する科目」の中に含めるべきことを制度上明記し,すべての学校段階に属する教員の特殊教育に関する理解を深めることとする。そして,教員の「実践的指導力につながる資質能力」の形成は,「教職課程の教育内容,とりわけ『教職に関する科目』群の中で扱われる内容全体の履修等を通して徐々に形成されていくべきものである。」としながらも,「その際,障害のある子どもたちとのふれあいの機会の確保等にも十分留意する必要がある。」として,科目履修とともに体験の重要性が指摘された。この答申を受ける形で,翌年の免許法および施行規則が改正された訳である。後段の「ふれあいの機会・体験」については,「小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律(平成9年法律第90号)」として,平成10年度入学生から免許状を取得しようとする者への「介護等体験」の義務化を定めた介護等体験特例法が,平成10年4月1日から施行された[5]。 4.実地視察における基準未達の実情  文部科学省による教職課程認定大学等実地視察は,教職課程認定大学実地視察規程及び指定教員養成機関実地視察規程に基づき,教員の免許状授与の所要資格を得させるための大学の課程の認定を受けた国公私立の大学及び教員養成機関としての指定を受けた機関について,認定及び指定時の課程の水準が維持され,その向上に努めているかどうかを実地視察委員が確認することである[6]。 この実地視察で毎年多くの大学で設置基準や法令を満たしていない状態にあると指摘を受けているのが,「障害のある幼児,児童及び生徒の心身の発達及び学習の過程」について教育の実体があるかシラバスやカリキュラム構成から確認できないという指摘である。しかも,この指摘は毎年繰り返され,全課程認定大学には年度ごとの報告書も送付され,重点注意喚起事項として通知されている。25年度調査では,実地視察を受けた大学または指定養成機関のほぼ9割が本基準に関する指摘を受けた(図1)。教職課程を有する全国の大学の数は平成23年時点で国公私立大学の8割以上の約600大学に及んでいる。短期大学でも7割を超えている[7]。平成24年度と25年度の視察では,課程を有している大学の数はさらに増加していた。2年間の視察機関数を合計をすると現在教職課程を有する全国の大学等のほぼ1割の機関を視察したことになる。そして,この2年間だけみると7割から9割近い大学等で「含む事項」に関する未履修の指摘があった。毎年の視察には国立の教員養成大学及び教員養成学部も含まれ,同様の指摘を受けていて,教員養成大学であるから,または学内に教員養成に特化しか部局を有しているから「含む規定」を充足しているという単純な状況にはないことが次の管理運営体制への指摘からもわかる。「含む規定」の未達状態と教職課程の全学的管理体制の整備状況についてであるが,2つの指摘事項はどのような関係にあるのか。 図1 「含む規定」違反の指摘を受けた大学等比率の推移 表 2 課程運営組織と「含む規定」の関係    表 2は24年度と25年度2年間分の実施視察で「教職課程に関する全学的管理運営組織」の有無と「含む規定」違反の指摘があったかどうかの関連を示したものである。実地視察報告書には,このようなカテゴリー分けが明記されている訳ではいないが,筆者が各大学の視察報告書から評価した基準にもとづき分類した。実は「含む」規定には「障害のある幼児児童生徒」に関することの学修だけではなく,例えば「教育相談」といった科目では,ある流派のカウンセリングの実技演習だけではなく,教育相談全般の理論や基礎知識が含まれていなければならないといった科目ごとの事項が定められている。しかし,もっとも多く指摘されているのが「障害に関する含む事項」なので,実地視察報告書に「含むべき事項」の学修実態が確認できなかった旨の記述があった場合は,「含む規定違反」としてカウントした。教職課程を有している大学でも実際の運営は,「教職科目」担当の教員(集団)または教職センター的な組織はあっても,異なる学部学科を超えて,さらに大学院まで広がる教職課程の教育及び管理運営の全般を横断的に統括するような組織は整備が遅れていることが分かる。2年間の実施視察における「含む規定」違反と「教職課程管理運営組織」の整備状態の連関をFisherの直接確率法で検定するとp=0.0003468となり,明らかに両者には有意な連関がある。すなわち,管理組織が存在すれば,含む規定は遵守されるというような単純な関係ではないが,管理組織機能が脆弱であるほど「含む事項」の学修が保証されにくいという構造になっていることは示唆される。ここまでは,前回の分析[1]とほぼ同じ結果であり,筆者は「含む事項」の未達状況をあらためる現実的な解として,教職科目の「シラバス改定時の報告義務」と比較的最新の教職のための教育心理学教科書の積極的採用を推奨した。しかし,政府の実地視察での実態認識はより厳しいものであったらしい。新しい動きとして,「特別支援」に関する科目の必修化と教職課程運営組織の義務化,シラバス等の原則公開化への法令整備を一気に推し進めつつある。次にこの動きについて触れる。 5.養成課程の実効ある改革に向けての流れ  各大学の教員養成課程の運営が必ずしも施行規則や設置基準に準拠した状態で運営されている訳ではないことは文科省も認識していた。中教審の初等中等教育分科会の教員養成部会は「教員の養成・採用・研修の改善についてー論点整理―」という報告書[8]を作成し,第73回教員用養成部会(平成26年7月30日)で発表された。その「論点」の骨子を以下に整理する。 A.必要な最低単位数は増加させない。 B.特別な支援を必要とする幼児・児童・生徒に関する理論及びその指導法については,独立して位置付ける。 C.認定時のみならず,認定後も定期的な質保証の仕組みを導入する。 D.学科ごとの認定制度をあらため複数の学位課程が共同で一つの教員養成課程を設置できるように認定制度を弾力化する。 これらの方針に至るまでには同教員養成部会で,特別支援教育に関して,教職課程で一部の科目の中に潜ませるのではなくて,明確にその教育領域を明示すべきではないかという議論がおこなわれてきた[9]。同じく教員養成部会では,教職課程としての質保証を明確にするために,事後の評価ということも取り入れるべきという論議を受け,教職課程についても一定期間ごとの更新制 が必要ではないかという論点から認証評価についても集中的論議されている[10]。 6.改正施行規則の内容と意味  教員の資質能力向上に係る当面の改善方策の実施に向けた協力者会議の提言「大学院段階の教員養成の改革と充実等について」(平成25年10月15日)を受ける形で文科省は教育職員免許法施行規則等の一部を改正する省令等(案)[11]を発表した。そのなかには教員養成部会での特別支援教育に関する理論と指導法に関する科目の全で教員養成課程での独立必修化は盛り込まれなかった。しかし,改正案からは,現行法でも必ず学ぶことされている「障害のある」幼児及び児童・児童に関することの学修が保証されているかどうかのチェックは文科省側から随時可能な体制づくりが教育職員免許法施行規則の改正案に条文として盛り込まれていることに気づく。それは,教員養成部会のもう一つの論点であった課程認定後に行われる定期的な認定制度の構築である。以下がその改正施行規則の22条にあらたにその6番目の条として設けられた条文である。 改正施行規則 平成27年4月1日施行第二十二条の六 認定課程を有する大学は,次に掲げる教員の養成の状況についての情報を公表するものとする。一 教員の養成の目標及び当該目標を達成するための計画に関すること二 教員の養成に係る組織及び教員の数,各教員が有する学位及び業績並びに各教員が担当する授業科目に関すること三 教員の養成に係る授業科目,授業科目ごとの授業の方法及び内容並びに年間の授業計画に関すること四 卒業者の教員免許状の取得の状況に関すること五 卒業者の教員への就職の状況に関すること六 教員の養成に係る教育の質の向上に係る取組に関すること2 前項の規定による情報の公表は,適切な体制を整えた上で,刊行物への掲載,インターネットの利用その他広く周知を図ることができる方法によって行うものとする。 上記第1項の三号に「教員の養成に係る授業科目,授業科目ごとの授業の方法及び内容並びに年間の授業計画に関すること」が定められたこと,そして第2項でその内容のインターネット等での情報公開が規定されていることが,「含む」規定をはじめ設置基準や関係法令が遵守されているかの保証にはもっとも重要かつ実効性のある改正点といえる。 7.本学へのインパクト  筑波技術大学における教員養成はいわば緒についたばかりで,教員免許を取得した卒業生もまだ送り出していない。平成26年度末の教職課程完成年次までは設置申請時のシラバス等を基本的に変更しない方針で課程を運営してきた。これは,教養審に提出したシラバスに則った教育を行っている以上は,完成年次までは設置基準を満たさない状態は書面上は生じないことを意味する。しかし,教職課程の科目には「教職科目」だけでなく,学科専攻の学修による「教科科目」も含まれる。開放制による教職課程は,学科専攻の学修の中で教科についての学修を深めることが期待されている。すなわち,「教科」に関しては大学としての関係学問領域の先進の知見を修得する過程で学校で教えるために必要な教科の知識も身に着けることが期待されている。本学の教職課程の運営には全学組織として3つの運営組織が関わっている。より上位の委員会から教職課程委員会,教職課程実施専門委員会,教職課程WGである。そして,実際に教職科目の担当をしている常勤4名の教員組織という構造になっている。教職課程委員会は課程全体の運営方針等を審議し,教職課程実施専門委員会は学科専攻等との連携に係ることと教育実習における連携指導に当たっている。最後の教職WGは月1回の定例会議を原則に教職課程の運営や非常勤講師を含めた教職課程の授業運営や学生の修学状況の情報交換等を主に行っている。さらに,教育実習報告会等を通しての教職課程への大学全体としての啓発に努めるほかシラバス等が法令準拠しているかの内容と形式もチェックしている。設置審期間を離れる来年度以降はこのチェック機能をより実効的なものにしていかなければならない。なお,教職科目を担当する教員は両キャンパスに分散しているが,教員組織としては障害者高等教育研究支援センターの障害者基礎教育研究部に教職課程部門があり専属教員が1名配置されている。来年度以降,改正施行規則によりシラバスやカリキュラムはweb等で原則公開となりと,現在,実施視察で指摘されている事項のほとんど文科省側から書面上はチェック可能となる。そのためには,学内での事前の教育の質のチェック体制の確立とコンプライアンスへの意識が重要となる。今回の法令改正は,本学のように開放制教員養成体制をとる大学にとっては,教職課程の質の維持管理を再度見直し,教員養成のある大学としての教育理念の再構築を求められている大改正だといえる。今後の教員の受給状況等を考えた場合,全国600以上の大学等で教員養成が行われているこの状況が適切なのか。法令改正の真の狙いはそこにあるのかもしれない。 参照文献 [1] 加藤宏,開放制を原則とした特別支援教育時代の教員養成:実地視察10年間の報告に見る必修要件未達成問題と質保証への課題,筑波技術大学テクノレポート Vol.21(2),29-35. 2014 [2] 土屋基規,「現代教職論」,学文社,東京,2006 [3] 岩手大学,教育職員免許状取得希望の方へ,平成23年7月,http://www.iwate-u.ac.jp/gakumu/pdf/menkyo.pdf [4] 文部科学省:新たな時代に向けた教員養成の改善方策について(教育職 員養成審議会・第1次答申), http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/old_chukyo/old_shokuin_index/toushin/1315369.htm [5] 文部科学省:平成9年介護等体験特例法の概要(小学校及び中学校の教諭の普通免許状授与に係る教育職員免許法の特例等に関する法律):http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/044/attach/1314079.htm [6] 文部科学省:認定大学実地視察について,http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/kyoin/menkyo/shisatu.htm [7] 文部科学省高等教育局:「教員養成の改善・充実と附属学校への期待」,平成26年6月7日,平成26年度日本教育大学協会附属学校連絡協議会,配布資料http://www.u-gakugei.ac.jp/~soumuren/26.6.7/monka/daigakusinnkou.pdf [8] 文部科学省教員養成部会教員の養成・採用・研修の改善に関するワーキンググループ,教員の養成・採用・研修の改善についてー論点整理―(平成26年7月24日),http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo4/gijiroku/__icsFiles/afieldfile/2014/10/06/1352297_11.pdf [9] 中央教育審議会初等中等教育分科会教員養成部会(第73回)議事録,平成26年7月30日http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/002/gijiroku/1352270.htm [10] 中央教育審議会初等中等教育分科会教員養成部会 議事要旨・議事録・配布資料:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/002/giji_list/index.htm [11] 教育職員免許法施行規則等の一部を改正する省令等(案)【概要】: http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/002/siryo/__icsFiles/afieldfile/2014/10/03/1350885_05.pdf Compliance with the Provisions for Special Education in Teacher-Training Courses:Why is the Standard Still Ignored? KATOH Hiroshi Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired,National University Corporation, Tsukuba University of Technology Abstract: The revised Education Personnel Certification Act of 1998 requires all students in teaching-training courses to study the development and learning of disabled children and students, but the reality is different. Since the introduction of special needs education, this rule has become increasingly important, yet training organizations hardly comply with it. Based on inspection reports, we consider why laws and ordinances on the provision of special education in teacher training courses are violated. We also examine a more recent government move to improve the situation, and examine the impact on the teacher-training course at our school and other teacher training courses at universities in Japan. Keywords: Teacher-training course, Act for Enforcement of the Education Personnel Certification Act, Standards for the Establishment of Teacher-Training Courses, Special needs education, Provisions for special education