現代社会における手技療法(あん摩・マッサージ)の有用性についての研究 殿山 希 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 キーワード:肥満,自閉症スペクトラム障害(ASD),あん摩療法,オイルマッサージ 1.成果の概要 現代社会は高齢化が進み,それに伴う中高年者の心身健康の解決すべき課題がある。老後のQOLを低下させ健康寿命を短縮させる要因に肥満がある。肥満は糖尿病や心筋梗塞などの健康障害を引き起こす。さらに,悪性腫瘍や認知症にも関与することが報告されている。このような肥満に起因する疾患が現代人の健康寿命を大幅に短縮させている[1]。 一方,やがて高齢者の心身健康を支える側となる若者にも解決したい課題がある。文部科学省の発表では,小学生30人に2人の割合で発達障害のある生徒が存在するという。発達障害には,自閉症スペクトラム障害(ASD),注意欠如多動性障害(ADHD),学習障害(LD)などが含まれる。近年では,「障害者」という概念より「脳多様性」[2]として社会に受け入れられつつあるが,コミュニケーションや行動,他者との関わりに問題が生じやすい。また,感覚の障害や発達性協調運動障害を有している場合も多い。 そこで,現代社会が抱えるこれらの健康の問題の解決にあん摩マッサージが有用であるかを検討するために,以下の二つの研究を行った。 1.1 あん摩施術・マッサージ施術が健康寿命の延伸に貢献できるかの臨床研究 1.1.1 前年度までの研究 昨年度までの筆者らの研究によると,オイルを用いて脱衣で行うマッサージを毎週1回,8週間継続した結果,体重・腹囲の減少は起こらなかったが,血中アディポネクチン濃度は同一被験者のマッサージを行わない8週間に比較して有意に増加した[3]。本研究成果を海外投稿したところ,対象数の少なさと対照群の設定についてコメントがあったため,今回はデザインを見直し,再び試験を行った。 1.1.2 臨床試験の実施 本学倫理委員会の承認後(承認番号H30-25),公的機関に臨床試験登録を行った(UMIN000035434)。 デザイン:2群並行ランダム化比較試験 対象:地域情報誌でBMI25以上の女性(年齢40歳以上)を公募した。応募者から適格基準・除外基準に照らして12人が抽出された。 ランダム化:ブロック法であん摩群とオイルマッサージ群に6人ずつ割り付けた。 研究方法:初回介入日の1週間前に測定を行った。介入はいずれの群も週1回,40分間の施術を8週間継続的に行った(計8回)。あん摩施術は,日本で通常行われているあん摩の手技で頭と顔を除いた全身施術。オイルマッサージ群は,ホホバオイルを用いてあん摩群と同様の部位に施術。介入最終回の1週間後に再び測定を行った。 主要アウトカム:血中アディポネクチン濃度。副次的アウトカム:体重,腹囲,体組成,血中濃度(レプチン,総コレステロール,HDL,LDL)と高感度CRP。 本研究は大学4年生の卒業研究として行ったため,学生は血圧の変化と,Visual Analogue Scaleで主訴の強さ・深刻さの変化,Profile of Mood Statesで気分の変化を測り,解析する。 1.1.3 進捗状況 3月上旬に試験が終了し,データの入力を終えた。ひき続き2019年度に統計解析と論文執筆を行う予定である。 1.2 ASDの人の身体・気分・社会的スキル向上にあん摩療法が貢献できるかの臨床研究 1.2.1 先行研究と作業仮説 マッサージによりオキシトシン分泌が高まるという研究がある[4-6]。オキシトシンは,ハタネズミの研究から社会性行動や社会性記憶に関係があると理解されている。また,愛着,絆,信頼と関連するという。ASDの人にオキシトシンを投与した結果,心を読み取る,目を見る,顔を認識するなどの効果が報告されている[7-9]。ASDの人にあん摩施術を行い,オキシトシン分泌が高まれば,彼らのコミュニケーションスキルや社会的問題行動の軽減にあん摩療法が有用である可能性が示唆される。 また,あん摩療法は従来,感覚や運動の障害のある疾患に対して行われ,よい成果を出してきた。これらの経験的知見からASDの人が抱える感覚や運動の障害に対してもあん摩療法が有効である可能性が考えられる。 1.2.2 臨床試験の準備 本研究は,大学院1年の学生と行う研究である。今年度は文献レビューを行いながら,臨床試験のデザイン・研究プロトコルの作成を行った。文献レビューの結果を第24回日本精神保健社会学会学術大会で発表した[10]。また,臨床試験の対象リクルート先を開拓すべく,発達障害親の会や自閉症協会の月例会に出席して,研究について説明し,あん摩療法への理解を促進した。本学倫理委員会の承認後(承認番号H30-51),公的機関に臨床試験登録を行った(UMIN000036272)。また,外部の研究助成公募に申請を行った。 現在は,茨城県発達障害親の会・福岡県自閉症協会の協力をいただいて対象の公募を進めている。デザインペーパーを執筆した。 1.2.3 今後の予定 デザインペーパーは4月投稿の予定である。その後,実験を進め,終了後は速やかにデータ解析,学会発表,論文執筆を行う。 2.期待される効果 どちらの研究も,その結果がポジティブであってもネガティブであっても,未だエビデンスが与えられていない肥満とASDに対する日本の手技療法であるあん摩・マッサージの有用性について何らかの回答を与えることとなると考える。 本学は視覚に障害のある人が伝統的に行って来た手技療法を高等教育機関として,科学的エビデンスを持って学生に教授しなければならない。科学に立脚して研究を行い,世界に発信し,その成果を学生に教育として与えることなくして高等教育は成り立たない。それが盲学校や専門学校における手技療法教育との唯一の(しかし,大きな)違いである。今後とも大学からの科学研究に対する理解と支援を切に希望する。 参照文献 [1] Kadowaki T, Yamauchi T, Kubota N, et al. Adiponectin and adiponectin receptors in insulin resistance, diabetes, and the metabolic syndrome. J Clin Invest. 2006;116(7):p.1784-92. [2] Baron-Cohen S. Editorial Perspective: Neurodiversity - a revolutionary concept for autism and psychiatry. J Child Psychol Psychiatry. 2017;58:p.744-7. [3] Donoyama N, Suoh S, Ohkoshi N. Adiponectin Increase in Mildly Obese Women After Massage Treatment. J Altern Complement Med. 2018;24(7):p.741-742. [4] Morhenn V, Beavin LE, Zak PJ. Massage increases oxytocin and reduces adrenocorticotropin hormone in humans. Altern Ther Health Med. 2012;18:p.11-8. [5] Rapaport MH, Schettler P, Bresee C. A preliminary study of the effects of repeated massage on hypothalamic-pituitary-adrenal and immune function in healthy individuals: a study of mechanisms of action and dosage. J Altern Complement Med. 2012;18:p.789-97. [6] Tsuji S, Yuhi T, Furuhara K, et al. Salivary oxytocin concentrations in seven boys with autism spectrum disorder received massage from their mothers: a pilot study. Front Psychiatry. 2015;6:p.58. [7] Kanat M, Spenthof I, Riedel A, et al. Restoring effects of oxytocin on the attentional preference for faces in autism. Transl Psychiatry. 2017;7:e1097. [8] Andari E, Duhamel JR, Zalla T, et al. Promoting social behavior with oxytocin in high-functioning autism spectrum disorders. Proc Natl Acad Sci U S A. 2010;107:p.4389-94. [9] Auyeung B, Lombardo MV, Heinrichs M, et al. Oxytocin increases eye contact during a real-time, naturalistic social interaction in males with and without autism. Transl Psychiatry. 2015;5:e507. [10]河原忍,殿山希.自閉症スペクトラム症に対するオキシトシンとマッサージについての文献研究.第 24回日本精神保健社会学会学術大会,2018年 11月 23日東京.