欧州の視覚障害学生サマーキャンプICCの変遷─ 本学からの10回の参加を振り返って ─ 小林 真 1) 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 1) 要旨:2003年から学生を引率し続けてきた欧州のサマーキャンプICCへの参加は,今年のラトビアで10回目を迎えた。本稿では,改めてICCの枠組みやその目的を紹介するとともに,近年の変化や,今年大きく変わった点などを紹介する。また,今後の事業継続へ向けての展望を述べる。 キーワード:欧州視覚障害学生サマーキャンプICC,英語教育 1.はじめに  国際交流事業の一環として実施している科目「異文化コミュニケーションC」では,学生は, ICCと呼ばれる欧州の視覚障害学生サマーキャンプに参加する。2014年は,ラトビア共和国の首都リガで開催され,著者と情報システム学科の福永克己 助教が引率して情報システム学科2年次の森山夏気さんが参加した。同キャンプでは,毎年欧州を中心に15ヶ国以上の国々から視覚障害学生が集まり一週間以上寝食を共にする。図1は今年の集合写真であるが,これを見るとキャンプの規模が理解できるであろう。ちなみにICC2014は,15ヶ国からの参加学生64名,運営スタッフ50名以上,それに現地のボランティアスタッフたちが加わるという規模であった。 2.本学とICCとの関わり  本学とICCとは,2001年と2002年の短期視察を経て2003年に最初の学生参加を行ってから,実に10年以上に亘って継続しているという歴史を持つ[1]-[4]。途中,2004年のハンガリー開催時には学生の参加希望がなく,2008年は開催国であるアイルランドの事情でICCの開催自体が見送られた。そのため,本学からの学生参加という観点では,今回は記念すべき10回目ということになる。そこで本稿では,ICCの概要や運営形態について改めて解説しつつ,近年の変化や今後の展望について述べてみたい。まず,これまで本学から参加したICCの開催国・都市と参加学生数を振り返ると,以下のようになっている。・2003年/スイス・ツォリコーフェン/1名・2005年/チェコ・ブルノ/2名・2006年/ドイツ・ベルリン/2名・2007年/フィンランド・エスポー/1名・2009年/オーストリア・ウィーン/2名・2010年/ギリシャ・アテネ/1名・2011年/イタリア・フェラーラ/1名・2012年/ルーマニア・クルジュ=ナポカ/3名・2013年/チェコ・テルチ/1名・2014年/ラトビア・リガ/1名 図1 ラトビア共和国の首都リガで開催されたICC2014の参加者集合写真  他の国際交流事業と比較すると,参加学生数が少ないが,これはICCの参加自体に高度な英会話能力が求められることから,学生側から見た敷居が高いことと,様々な経済支援制度があるものの,基本的に渡航にかかる費用が高額であることが主な理由であると考えられる。 3.ICCについて 3.1 歴史と概要  ICCは,オーストリア共和国・リンツ大学(ヨハネス・ケプラー大学)のクラウス・ミーゼンバーガー准教授と,当時ドイツ共和国・カールスルーエ工科大学に勤めていたヨハン・クラウス氏が1993年に始めたイベントである。1993年は「Integrating Computer Camp」と銘打ってオーストリア共和国・グラーツで実施され,1994年から「International Computer Camp」の名称で回を重ねてきた。そして,文献[2]のタイトルにもなっているように,2005年のチェコ開催時からICCの正式名称は「International Camp on Communication and Computers」に改められ,今回の2014年で国際キャンプとしては20回目を迎えた(前述のように2008年は未開催である)。そして,本学はミーゼンバーガー准教授の所属するリンツ大学の組織「IIS: Institut Integriert Studieren(統合教育学習支援センター)」と2001年に大学間交流協定を結んでいる。欧州勢に混ざって日本からの参加を続けているのは,この協定が存在するからである。名称の変遷にも表れているように,開始当初はICT機器を用いて視覚障害学生の可能性を広げる点に重きをおいていたと思われるが,イベントの目的は,ICTの活用をベースにして,欧州に住む視覚障害学生のコミュニケーションを推し進めることで人的ネットワーク作りをすることに変わってきた。併せて,大学進学・大学での教育の充実も活動の主流に据えられている。本学からの参加を始めた年にはまだ「International Computer Camp」の名称を用いていたこともあって,残念ながら未だ学内においてもコンピュータ学習キャンプのイメージが先行してしまっているが,実際にはコミュニケーション色の強いイベントであり,コンピュータスキルより,むしろコミュニケーションスキル,そして学生にとっては英会話能力が強く求められる内容となっている。 3.2 実際の運営  ICCは,数名のボードメンバーと各国のナショナルコーディネータ(以下NC)およびスタッフで構成される委員会が運営する形式になっており,事務作業の中心は前述のIISが担っている。参加者の公募や選抜は,NCが各国の事情に合わせて進め,メーリングリストやWebサイトなどを活用して各種登録作業や連絡・確認作業が行われる。日本におけるNCは著者が担当しており,2009年より本事業の引率者として協力頂いている情報システム学科の福永克己 助教も委員会のメンバーに名を連ねている。前述のように,毎年キャンプの開催国が変わるのも大きな特徴のひとつである。開催される国が決定されると,その国のNCが中心となって会場準備が進められる。視覚障害学生の誘導や案内を英語で行うことのできる質の高いボランティアスタッフの準備や,地元のスポンサー集めといった実質的な準備も開催国が中心となって進めなければならない。宿泊施設が併設された会場が必要なため,夏季休業中に学生寮が使える盲学校や各種学校施設,大学の附属施設を利用することが多い。半分冗談交じりに毎年のように「日本での開催はまだか」と他のスタッフらに問われるが,もし日本で開催することとなった場合は,語学・視覚障害者対応に長けたボランティアスタッフの確保はもとより,安価な会場確保も課題となるだろう。 3.3 期間中のスケジュール  まず開催期間についてだが,2012年までは2週に分けて実施されていた。それぞれ,14〜17歳を対象とする「大学就学前のグループ」と,18〜21歳までを対象とする「大学就学中のグループ」である。本学からは,最初は就学前のグループに参加したが,以降は大学就学中のグループに参加してきている。しかし,ここ数年はICCに参加する就学前の若年層の人数の確保が困難になってきたことから,2013年のチェコ開催時に2つのグループがまとめられ,その代わりに,それまで1週間であった実施期間が10日間に延長されることとなった。期間中の主なスケジュールはワークショップ(以下WS)が占めており,学生は午前3時間と午後3時間,毎日異なるWSに参加する。ひとつのWSは数名から10名程度の参加者で構成されており,パラレルに実施される。内容によっては連続して1日費やすものや,1日半,すなわち3コマ分の時間をかけるものもある。基本的にそれらのWSは,各国のNCやスタッフが担当し,同じWSを異なる参加者に対して数回実施することになる。WSの内容決定は例年5〜6月に行われ,NCがWebサイトに登録する。そして学生参加者もユーザとして登録され,学生自身が事前に希望を10個程度登録しておくという仕組みである。このWebサイトを利用したWSの希望登録の仕組みは,年によって運用形態が多少変化するものの,キャンプ期間前半の希望を実施前までに登録しておき,期間後半の希望を現地で登録する,という流れで行われてきた。ICCのメインイベントは言うまでもなくこれらのWSである。内容はコンピュータを用いるハードウェア・ソフトウェアに関するものから,スポーツ・料理・演劇など実に多岐に渡る。当然ながら参加中は通訳などが付くことはないので,本学の学生は自分で情報を得て自分でコミュニケーションをとらなくてはいけない。また,放課後には息抜きおよびコミュニケーション促進を目的とした,レジャーアクティビティプログラムも用意されている。その内容は毎年充実しており,図2に示すようなタンデム(二人乗り自転車)や水泳,街歩きやボートなど,開催地に合わせたものに参加することができる。タンデムでの公道走行は日本国内では違法行為にあたるため,本学の学生にとって貴重な体験となる。ただし,レジャーアクティビティは人数に制限のあるものが多いので,各国のNCは連日学生の希望を集計しつつ,登録作業や担当者への交渉などを行うことになる。そして,レジャータイムであっても,やはり英語でのコミュニケーションが必須になる。そして期間中,1日だけ全員で移動してハイキングやボートクルーズなどを楽しむ日が用意されている。エクスカーションディと呼ばれるこの日,どこに移動し何をするのかは,当日まであまりオープンにされないことが多く,例年参加者たちを驚かせるイベントとなっている。 図2 タンデムの様子 3.4 2014年に変更になった点  以上のような実施形態で行われてきたICCだが,2014年のラトビア開催に合わせて,大きな変更があった。それは,「プレゼンテーション」と「(人と人とをつなぐという意味での)ネットワーク」という義務化されたWSが設定されたことである。これらは3コマ分,すなわち1日半の時間を費やして9時間実施されるもので,全員が必ず受けるという形式をとった。全体のスケジュールとしては,到着日→イントロダクションWS→義務化WS×3コマ→通常WS×2コマ→エクスカーション→義務化WS×3コマ→通常WS×4コマ→後述するFarewell Party準備→出発日,のように進められた。この義務化WSは,同種のサマーキャンプとの差別化を図ることと,ICCならではの規模の大きさを活かし,内容を充実させることを狙っているようである。当日は,まず参加者全体が「プレゼンテーション」を先に受講するグループと「ネットワーク」を先に受講するグループに分けられ,更に各々のグループが数グループに分けられて各部屋で受講した。最終的に10名程度のグループに分けられることになり,後半は改めて2グループ内でシャッフルされるため,「プレゼンテーション」を受ける顔ぶれと,「ネットワーク」を受ける顔ぶれはそれぞれ異なることになる。本学から参加した森山さんは,前半にプレゼンテーションを行うグループに配置された。「プレゼンテーション」のWSは,ディスカッションを含む講義形式の内容を受講した後,コンピュータを使ってプレゼンテーション資料を作成し,最後に全員の前で発表という流れであった。リスニングだけではなく,自分の意見を適切に発言できる能力,最終的には英語でプレゼンテーションを行う能力が求められる内容であった。一方「ネットワーク」のWSは,伝言ゲームや寸劇など,言葉とコミュニケーションをテーマにした様々なゲームや発表を行うことで,互いの国や文化の事情を理解し合う内容であった。ゲーム自体の説明もその場で理解しなくてはならず,さらに数人のグループでディスカッションする場面も多いため,「プレゼンテーション」よりもさらに会話力が必要であると感じられた。図3にこれらのWSの様子を示す。どちらも,今回参加した森山さんが10名程度のグループメンバーを前に発表している様子である。今後もしばらくはこのスタイルで進められることが予想される。これまでも,参加学生の英語力については運営サイドから強く求められてきたが,今後は一層実用的な語学力が求められることになったと考えられる。 図3 プレゼンテーション(上)とネットワーク(下)ワークショップで発表する森山さん 4.Farewell partyについて  キャンプの最終日の夜には,いわゆるお別れパーティ,Farewell partyが催される。この時,参加者らは「出し物(プレゼンテーション)」をすることになっている。本学から参加を始めた当初は,お国柄を反映した寸劇や楽器演奏などを国別のグループで行う形式であり,学生は折り紙のレクチャーや,剣玉を用いたパフォーマンスなどを行っていた。そのため,小物や説明用原稿などの「下準備」をして本番に臨んでいた。しかし,2009年頃から,参加国の数だけプレゼンテーションを行うと時間がかかりすぎ,終了時間が遅くなってしまうことや,日本のように少人数の参加国も少なからず存在してきていることから,複数の国がまとまって一つのプレゼンテーションを行うようになってきた。本学の学生も, 2010年や2011年などは他の国と一緒に歌を歌っている。この変化により,ここ数年は下準備を行わず,「行ってから考える/現地で他国の参加者らと相談しながら決める」というスタイルになってきていた。さらに今年は,このFarewell partyのグループについても運営側が決めるという手法を取り,国別ではなくなった。内容を各自が考えることになるため,繰り返しになるが英語でのディスカッション能力が以前より必要になったと言える。 5.引率教員の役割について  このようにICCは学生にとってハードな側面があるが,教員にとっても同様に英語でのコミュニケーション能力が求められる。3.3節で述べたように,引率教員らはWSの担当をしなくてはならない。欧州の視覚障害学生を対象に,英語で何かを教えるという経験は,他では滅多に得られないものであるため,ICCは学生のみならず引率教員にとっても良い研修の場になっている。これまで実施したWSは,スクリプト言語や,バーコードリーダーを用いたプログラミング,触覚ディスプレイ,書道などである。ここ数年は書道のWSは定番のひとつになってきているが,短い時間で日本語の枠組み や文字の書き方を伝えるのに毎回苦労している。図4は今年のアクティビティの時間に実施した書道の様子である。また,キャンプ期間中は毎日昼食後にコーディネーターミーティングと呼ばれる会議が実施され,スケジュールの確認や運営に関する問題点の議論がなされ,連絡事項などが伝えられる。予定は頻繁に変更され,口頭のみで伝えられることが多いため,重要な情報を聞き洩らさないようにしなくてはならない。教員側も,英語にしっかりと取り組まないといけないことを毎年思い知らされている。 図4 書道の様子 6.今後の事業継続に向けて  本稿では,10回目の参加という節目を迎えたICCへの参加事業について,簡単ではあるが,その足跡と近年の変遷をまとめてみた。結局のところ,今後の事業の継続のためには参加学生の英語コミュニケーションスキルの向上が必須の課題である。これまでも英語担当の教員の方々に多大なるご協力を得て,事前研修などを進めてきてはいるものの,やはりホームステイや海外滞在の経験のある学生とない学生では現地でのコミュニケーションスキルに大きな差が出ているのが現状である。幸い,今回参加した森山さんは中学時代の米国渡航経験や高校卒業後の豪州留学経験などがあったため,キャンプ中に困ることはそれほどなかったようである。しかし,今後すべての参加学生にそのような経験は求められない。とはいえ,まともに英語が話せない学生を参加させることは運営サイドに多大なる迷惑をかけることになる。現在も日本学生支援機構からの経済的支援のために英語を含む一定の成績条件を課しているが,今後はさらにコミュニケーション能力のチェックを行い,ICCは「英語を学ぶ場」ではなく「英語で学ぶ場」であることを理解してもらったうえで,事前の本人の勉強を可能な限り支援するよう努力したいと考えている。 参照文献 [1] 渡辺哲也,小林真.オーストリアの大学における視覚障害者の支援.世界の特殊教育.2002; 16, p.47-53. [2] 加藤宏,小林真,原 俊介,塩谷純.ヨーロッパの視覚障害者コンピュータ・キャンプに参加して.筑波技術短期大学テクノレポート,2004; 11,p.85-91. [3] 永井伸幸,吉田有希,吉永円.International Camp on Communication and Computers 参加報告.筑波技術大学テクノレポート,13,p.95-99. [4] 小林真,川村祥子,東川恭子.International Camp on Communication and Computers 06 参加報告.平成18年度国際交流活動成果報告書,国立大学法人筑波技術大学国際交流委員会,2007; p.29-34. Participation for 10th Time in the International Camp on Communication and Computers KOBAYASHI Makoto 1) 1)Department of Computer Science, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: The International Camp on Communication and Computers (ICC) is a European summer camp for the blind and visually impaired students. Our university students started participating in the ICC in 2003, and this year we participated for the tenth time. To mark this milestone, this paper introduces the system and purpose of the ICC. It also explains changes during these years, particularly the workshop system in ICC2014. Finally, planning for sustainable participation in the future is described. Keywords: International Camp on Communication and Computers, English education