東南アジア諸国からの障害のある留学生の受入れに関する調査研究(第一報) 石田久之 障害者高等教育研究支援センター 要旨:本研究は,東南アジア地域の大学等に学ぶ障害学生の留学の実態を調査し,この地域の高等教育機関に学ぶ優れた障害学生の日本への留学を促進する方策を検討することを目的とし,第一報として,調査方法と現在までに得られた結果の概要を報告する。 東南アジア諸国の学生が日本への留学を考えた場合,大きな課題となるのは以下の三点である。1.留学情報を得ることの困難さ:留学に関する情報について,大学がこれを積極的に収集し,学生に情報提供している状況はほとんど見られない。2.言語(日本語)習得の困難さ:調査対象国の一部の大学では日本語教育を積極的に進めているが,日本語の習得が容易と考えている教員・学生はいない。3.キャリア形成における位置づけの難しさ:留学にどの様な意味があるのか。わざわざ外国に行って,困難が予想される生活や勉強をする必要があるのか。これらの疑問が大きく生じている。 キーワード:障害学生,留学,東南アジア 1.はじめに  2008年7月29日,文部科学省ほか関係省庁(外務省,法務省,厚生労働省,経済産業省,国土交通省)は,「留学生30万人計画」骨子を策定し,2020年を目途に30万人の留学生受入れを目指すとした[1]。これに沿って,各大学で様々な活動が実施されている。日本語教育の充実[2]や英語だけで授業を行なうコースの拡大[3]など多彩な受入れ環境の整備がある。しかし,多くの大学がこのような動きを進めている中で,障害のある留学生の受入れ促進については,ほとんどその声を聞かない。障害があっても優秀な学生は多くおり,我が国が海外とりわけ東南アジア地域の高等教育機関で学ぶ障害学生を受入れ,整備された教育環境の中で彼らを育成することは,「留学生30万人計画」の目的の一つである「日本の理解者・支援者として活躍してもらい,その人材ネットワークを維持・強化」することに十分寄与するものである。更に,一般的に障害者のコミュニティーは,その結束力が強く,情報の伝達も早くスムーズであると考えられている(石田[4])。これは,歴史的に,健常者からの偏見や弾圧などから自らを守るための知恵であるが,各国の障害者のコミュニティーに適切・正確な情報を提供することにより,日本理解や我が国への留学促進をより効果的に行なえるものと推測できる。さて「留学生,30万人計画」に謳われている五つの柱は, 1.日本留学への誘い,2.入試・入学・入国の入口の改善,3.大学のグローバル化の推進,4.受入れ環境作り,5.卒業・修了後の社会の受入れ推進,であるが,これらは我が国の大学が障害学生を受入れる際に,対応・整備してきた課題に極めて近いものである。障害学生に対し,我が国の大学は情報保障内容の周知・PR,入試方法の変更,学内バリアフリー化などの大学づくりに取り組み,更には卒業後の社会の受入れ促進などを行ってきた。この様な対応の結果,我が国の高等教育機関における障害学生の在籍総数は13,449名(平成25年度日本学生支援機構調査[5])となり,全在籍学生数の0.42%を占めることとなった。欧米の先進国に比べると(例えば,米国の2007-2008年の障害学生在籍率は11%である[6]),障害学生の在籍数や,支援者養成・就労支援或いは学修環境に,まだまだ様々な課題があるが(石田[7]),この10年ほどでかなりの改善を見ているのも事実である。これらの支援ノウハウを留学生受入れ促進や受入れ後の修学支援に利用すべきであると筆者は考えている。一方,東南アジア地域の障害学生支援状況について見ると,中国・韓国では障害者対応の意識も比較的高く,我が国などとの連携を持ちながら進められている。例えば,聴覚・視覚障害者のための大学である本学と交流協定を結びながら,ショートステイ・ショートビジットという留学生交流 支援制度(日本学生支援機構[8])を用い,我が国との留学生交流が始まっている。しかし,それら以外の東南アジア地域の大学では,障害学生を対象とした留学支援はほとんど見られない。多くはアメリカ・オーストラリア・日本などの政府や企業の援助[9]により,障害学生を国外に派遣しているのが現実である。 2.本研究の目的  前節に示した現状を踏まえ,本研究では,東南アジア地域の大学等に学ぶ障害学生の留学の実態を調査し,どの様な情報提供と環境整備が必要かを明らかにし,この地域の高等教育機関に学ぶ優れた障害学生の日本への留学を促進する方策を検討することが目的である。本稿は,その第一報として,調査方法と現在までに得られた結果の概要を報告する。 3.調査方法  (1)調査対象 前述の通り中国・韓国における障害学生支援や障害学生の海外留学は,本学などと連携しながら行われている。このため本研究ではこれらを調査対象から除外する。一方,アジアは,地理的に東南アジア,東アジア,南アジアなどに分けられるが,特に定まった地域割があるわけではない。本論文も“東南アジア諸国からの”としているが,東南アジア諸国に含まれる国々を基本として,これに台湾を加えた国・地域を調査対象国とした。東南アジア諸国全域を調査対象としない理由は,大学教育,障害者教育,留学等に関する情報があまりにも少ない国がいくつかあるためである。更に,東チモールのように渡航制限は出ていないものの渡航に際し安全対策を講じるよう外務省から指示が出ている国[10]は除外した。また,台湾を加えた理由は,日本に近いにもかかわらず,中国や韓国ほど,高等教育に関する情報が多くはないため本調査においてその実情を明らかにしようとしたものである。以上より,台湾,ベトナム,マレーシア,シンガポール,インドネシア,タイ,ミャンマーの7カ国を対象とし(以下,調査対象国という),その(1)大学或いは短期大学に在籍する障害学生,(2)大学或いは短期大学を卒業後数年以内の障害者,及び(3)一部の国では盲学校在学生や視覚障害者訓練センターなどで学ぶ学生及びその卒業生を調査対象者とした。平成26年10月の本稿執筆時点での調査終了者数は,視覚障害者75名,肢体不自由(調査対象国ではPhysical Disabilityといっている)者6 名,脳機能障害者,学習障害者各1名である。なお,調査対象者の介助などで同席した健常学生2名(ベトナム)にも質問した。 表 1は,訪問した大学等機関の数を示している。表中,大学は大学・短期大学・専門学校を含み,TC(Training Center)は訓練センター・生活自立センター・障害者協会などを含んでいる。大学が最も多いが,盲学校や訓練センター・生活自立センターなどもある。また,それら機関の関係は,例えば,インドネシアなどでは盲学校を卒業して大学に入った視覚障害学生が,そのまま盲学校寄宿舎を利用しており,授業の資料の点訳なども依頼しているなど,我が国とはかなり異なっている場合があり,諸機関の“関係度”の高いことを考慮しつつ調査を進める必要があると考えている。マレーシアでも同様なケースがあった。ミャンマーでの調査は,大学への交通が不便であり,移動の困難さを考慮し,ヤンゴン市内の生活自立センターを借りてインタビューを行なった。障害学生は日常的にもこのセンターの支援を受けているとのことであった。更にベトナムにおいて企業を訪問した目的は,在職中での企業経費による留学の有無を調査するためと留学が職場のキャリアパスにどのような影響を及ぼすかを調査するためである。 表 1 各国の調査施設   (2)大学等への調査内容  各大学への調査内容は,(a)数値データとして,障害学生数,障害のある留学生数,障害支援関係予算など,(b)記述データとして,支援ポリシー(考え方),支援内容,支援組織,支援担当者,教員対応,支援者養成,留学への対応などを予定した。しかし,実際に調査を行なってみると,上記の数値を全て把握している大学は皆無であった。表 2は大学からの数値データに関する回答の有無を示している。 表中,障害数は障害学生数,障害留は障害のある留学生数,予算等は障害支援関係予算についてであり,○印は回答があったもの,△印は概数或いは自専攻という限定的な範囲での回答である。表 より,障害学生数の把握がしっかりできている大学と,一部の状況のみ把握されている大学とがあることがわかる。また,障害のある留学生の数については,全学的な把握はほとんどされていないようである。予算についての回答は台湾の大学だけである。回答できるだけの予算規模で無いと考えている。 表 2 数値データに関する回答の有無   表 3は,記述データについての回答状況である。考え方は支援の考え方, 内容は支援内容(教員対応,支援者養成を含む), 組織は支援組織,担当者は支援担当者,留学は留学への対応(留学情報の提供など)を示している。台湾など一部の国の一部の大学を除き,総じて,大学としての組織的な障害学生への支援はほとんど行われていないという印象を持っている。その台湾においても,経費は大学から出ているものではなく,支援の考え方が大学全体に浸透しているわけではないとのことである(大学職員より)。マレーシアやインドネシアの大学においては,一部の教員が支援を組織的に行なう必要があると考えている(△印)。留学生総数や障害のある留学生の数,留学希望者への対応などに関する留学についての回答は,ほとんどなかった。 表 3 記述データに関する回答の有無   (3)障害学生への調査内容 障害学生への調査内容は,(a)障害学生の留学に関する情報として,情報の内容,情報提供の頻度,内容の分かり易さ,質問の窓口など,(b)障害学生の留学に関する意見として,留学先に求めること,自国に求めること,自大学に求めることなどである。 表 4において,内容は提供される留学情報の内容,窓口は大学内の情報提供窓口,留学先は留学先への要望,自国は自国への要望,自大学は自大学への要望についてである。表 に示した通り,大学から提供される留学情報の内容や留学対応窓口について,ほとんどの国の障害学生から具体的記述はなかった。 表 4 障害学生からの回答   4.結果の概要  現在(平成26年10月)までに得られた調査結果の概要を以下に述べることとする。東南アジア諸国の学生が日本への留学を考えた場合,大きな課題となるのは以下の三点である。・ 留学情報を得ることの困難さ・ 言語(日本語)習得の困難さ・ キャリア形成における位置づけの難しささらに加え,費用の問題,生活習慣の問題がある。 4.1 留学情報を得ることの困難さ  留学に関する情報について,大学がこれを積極的に収集し,学生に情報提供している状況ではない。大学の教員は,自身の留学等については意識的に情報収集を行なっているようであるが,学生を送り出すための留学情報は持っていない(マレーシア大学教員より)。結果として,学生が情報収集のため個人的に動く必要があるが,そうは言っても限界がある。このため教育の場よりも海外情報を取り扱っている企業にいる知人などが主要な情報源となる。つまり偶然性が大きく影響することになる。他方,大学外諸機関からの留学や関連イベント情報の提供もない(インドネシア大学教員より)。日本の場合,日本学生支援機構や専門の雑誌(例えば,留学ジャーナル社発行『留学ジャーナル』)で,各種情報が,組織的・定期的に提供されている。また,近年調査諸国には多くの日本語学校(例えば,「さくら日本語学校(228 Nam Ky Khoi Nghia Str. Ward 6, Dist 3, HCM City)」)が開設されているが,このような学校に日本留学のパンフレットが置かれポスターが掲示されている(ベトナム教員より)。 4.2 言語(日本語)習得の困難さ  調査対象国への日系企業の進出により,就職を考えた場合,日本語ができると有利との判断が学生にあり,またこれを受けて,一部の大学では日本語教育を積極的に進めている(ベトナム教員より)。 その実力については,勿論個人の能力差はあるが,4年間で日常会話ができる程度で,専門的な議論などは難しいとの意見(台湾教員より)から,学習中の内容に関し突っ込んだ議論ができる学生(ベトナム健常学生より)まで様々である。 なお,英語教育は多くの大学で行なわれている。必ずしもすべての学生が英語を話せるわけではないが,留学の意識を持つ学生はしっかり勉強している(ベトナム視覚障害学生・健常学生より)。 4.3 キャリア形成における位置づけの難しさ  我が国において大学でのキャリア教育が組織的に行なわれ始めたのは10数年ほど前からである(石田[11])。調査対象国の大学においては,このキャリア形成という意識がまだ隅々まで浸透していず,教員・学生共にキャリアを重ねることの意義,その一つとして留学があることが強く意識されず,個々の学生の向上心や興味の中で留学が考えられているものと思われる。留学にどの様な意味があるのか。留学をした後,どの様なメリットがあるのか。日系企業に勤めるとしても,日本への留学までは必要か。障害者にとっての留学とは何か。わざわざ外国に行って,困難が予想される生活や勉強をする必要があるのか。これらの疑問が大きく生じている(調査対象国を問わず障害学生より)。採用において企業担当者はあまり留学経験を考慮しないという指摘もあり(シンガポール教員より),このようなことから留学を積極的に考えない学生も少なくないと思われる。 4.4 その他  調査対象国の大学では,障害学生は授業料免除されることが多いが,留学の経費について手当てされることはない(調査対象国を問わず障害学生より)。経費をどの様に捻出するかは大きな問題である。 また,生活習慣や食事を心配する学生もいた。日本食レストランは調査対象国にたくさんあるが,値段が高いため学生はあまり出入りしない(ベトナム健常学生より)。このため,学生達にとって日本食はよく分からない食べ物であり,不安は小さくないようである。 5.今後  台湾,ベトナム,マレーシア,シンガポール,インドネシア,タイ,ミャンマーにおける障害学生の留学への意識について,調 査方法と結果の概要を中心に述べてきた。調査結果については,まだ全てのデータの整理が済んでいないのでこれを進めることになるが,障害学生の支援,留学,キャリアなどについて,調査対象国間,大学間の違いが大きいことが,更に裏付けられるものと思われる。また,本調査において,東南アジア諸国が必ずしも我が国と同じ教育形態,組織,内容ではないことが明らかになってきており,学生の相互交流においてどの様にマッチングを図るかも大きな問題である。 参照文献 [1] 文部科学省・外務省・法務省・厚生労働省・経済産業省・国土交通省.「留学生30万人計画」骨子.http://www.kantei.go.jp/jp/tyoukanpress/rireki/2008/07/29kossi.pdf. (2014/8/6 閲覧). [2] 明治大学.明治大学日本語教育センター.http://www.meiji.ac.jp/cip/international/jlec.html. (2014/8/6 閲覧). [3] 同志社大学.英語による授業で修了できるコース. http://intad.doshisha.ac.jp/inbound/offered_english.html. (2014/8/6 閲覧). [4] 石田久之.東アジアにおける視覚障害者のライフスタイルと高度情報技術の及ぼす影響に関する比較研究.筑波技術短期大学テクノレポート,2004: 11(1), pp1~7. [5] 独立行政法人日本学生支援機構.平成25年度(2013年度)大学,短期大学及び高等専門学校における障害のある学生の修学支援に関する実態調査結果報告書.2014. [6] National Center for Education Statistics. Students with disabilities. http://nces.ed.gov/fastfacts/display.asp?id=60, (2014/8/6 閲覧). [7] 石田久之,天野和彦.高等教育機関における障害学生支援の動向(Y).筑波技術大学テクノレポート, 2013; 21(1), pp. 64-69. [8] 日本学生支援機構.海外留学支援制度(短期派遣)奨学金.http://www.jasso.go.jp/scholarship/short_term_h.html. (2014/8/6 閲覧). [9] ダスキン.ダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業.http://www.ainowa.jp/jigyou/introduce/index.html. (2014/8/6 閲覧). [10] 外務省.海外安全ホームページ.http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcsafetymeasure.asp?id=295, (2014/8/12 閲覧) [11] 石田久之. 高等教育機関における障害学生のキャリア形成支援. 職業リハビリテーション, 2010: 24(1), pp.11-22. Study on Accepting Foreign Students with Disabilitiesfrom Southeast Asian Countries (1st report) ISHIDA Hisayuki Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired Abstract: This study discusses ways to facilitate studying in Japan for students with disabilities who have been educated in universities in Southeast Asian countries by surveying the current status of studying abroad for the students and clarifying the necessary information for improving the environment. As the first report, this paper describes the research method and summarizes the results. Three problems faced by disabled students from Southeast Asian countries regarding studying in Japan are as follows:1.Difficulty of getting information on studying abroadUniversities do not seem actively to collect information about studying abroad and give it to studentwith disabilities.2.Difficulty of learning JapaneseAs some Japanese companies have entered the countries included in this research, some studentsof the countries thought it would be useful to be able to speak Japanese in order to get jobs, and so some universities have been providing Japanese education. However, both teachers and students of universities do not think it is easy to learn Japanese.3.Difficulty of applying studying abroad to career developmentThere were many questions such as “What will be the advantages after studying abroad?” and “Do Ineed to live and study in a foreign country where there appear to be various difficulties and risks?”