「視覚障害者用EPUBブラウザU」の開発と試用─ EPUBファイル内の点字データをピンディスプレイに出力する機能の実装 ─ 野澤しげみ1),長岡英司1),田中直子1),富田 彩2),宮城愛美1),小野瀬正美3),納田かがり3) 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター1)東京都立文京盲学校2)筑波技術大学 視覚障害系支援課技術係1) 要旨:2011年度よりEPUB形式のファイルを視覚障害者の学習資料として活用する試みを行っている。EPUBファイルでは,テキスト情報だけでなく,画像や音声等を統合的に扱うことが可能である。2012年度から2014年度にかけて,EPUBファイルを視覚障害者がスクリーンリーダを介して読むことができる,EPUB閲覧ソフトの開発を(株)高知システム開発と共同で行ってきた。合成音声での自動読み上げと点字への自動変換だけに依存する方法では,特に学習資料の読みにおいて内容把握の確実さに限界があることから,同閲覧ソフトの第2版の「視覚障害者用EPUBブラウザU」には,EPUBファイルに付加した点字データをピンディスプレイに出力する機能を実装した。そのために,EPUBデータにおけるbrailleタグとnabcc属性を独自に定義し,点字データ表示機能はそれに対応するものとした。この閲覧ソフトと,数式等を表記した点字データを付加した数学教材のEPUBファイルとを,東京都立文京盲学校の授業で試用し,点字データ表示機能の有用性を確認した。今後は,他の学習分野の資料でも点字データの付加について検討し,視覚障害者にとってアクセシブルな学習資料利用環境の実現を目指す。 キーワード:視覚障害,EPUB,学習資料,点字データ, brailleタグ 1.はじめに  電子書籍元年と言われた2010年から約5年が経過した。わが国では電子書籍が十分に普及したとはまだ言えないが,デジタル教科書の可能性など,今後への期待は大きい。そうした状況の中で,電子書籍の標準的なデータ形式として定着しつつあるのがEPUBである。米国の標準化団体IDPFが仕様策定を行っているオープンな電子書籍フォーマットのEPUBは,画像,音声,リフロー等に対応し,その利便性から様々な端末で閲覧が可能となってきた。視覚障害者やその教育・情報保障等に携わる関係者の間でも,アクセシビリティという視点から電子書籍やEPUBに対する期待が高まりを見せている。例えば,野澤と田中が講演「視覚障害者と電子書籍へのアクセス〜EPUB編集ソフト・EPUB閲覧ソフトの紹介〜」を行った2013年5月の仙台ロービジョン勉強会(特定非営利活動法人アイサポート仙台主催)には,50人を超える地域の視覚障害当事者等が参集して活発な質疑がなされ,関心の高さが窺えた[1]。そうしたなかで,徐々に普及し始めた電子書籍端末には,表示拡大など,ロービジョン者に有用な機能が標準的に搭載されている。また,読み上げ機能を備えた端末もあり,音声出力の聴取による読書が部分的に可能になっている。しかしながら,一般の電子書籍端末やビューアでは,点字への対応は全く検討されていない。点字は重度の視覚障害者にとって有効な読書手段である。とりわけ,数式や外国語の文章などを含む学習資料の読みでは,記述内容の確実な把握のために点字は欠かせないものと言える[2]。本学の視覚障害系キャンパスにある教材作成室では,視覚障害の状況や読みのスキルが個々に異なる学生のニーズに応えるために,各種の学習資料の点字化,点図・触図化,拡大印刷,電子データ化(テキストデータ,PDF等),DAISY化等を行っている。これらのメディア変換作業には点訳経験等を有する人材が従事しているが,多くの時間と労力を要する。そこで,この過程の効率化とニーズへのより柔軟な対応を図るために,EPUBファイルの活用に着目し[3],その具体的な取り組みとして,メディア変換作業者のためのEPUB編集ソフトと,学習資料の利用者のためのEPUB閲覧ソフトの開発を開始した[4]。 2.EPUB閲覧ソフトの開発の経緯  2012年度に(株)高知システム開発の協力を得て,Windowsパソコンで使用できる視覚障害者用EPUB閲覧ソフト「EPUB音声リーダー」を開発した。この閲覧ソフトは,スクリーンリーダ「PC-Talker」との連動によりEPUBファイルの合成音声読み上げと拡大表示を行うほか,「BrailleWorks」を介してEPUBファイル中のテキスト部分を自動点字変換してピンディスプレイ表示することも可能である。このEPUB音声リーダーについては,日本理療科教員連盟と盲学校7校,さらに(社福)日本点字図書館の協力により,EPUBファイル化した理療分野の学習資料等を用いた読みのフィールドテストを実施した。その結果から,同閲覧ソフトの実用性,特にロービジョン者にとっての有用性が確認できたほか,盲学校の教員や情報提供施設(点字図書館)の職員の間で電子教材や電子書籍への関心が強いことと,教育現場ではEPUBファイルの活用に対する期待が大きいことが分かった。しかしながら,それと同時に,点字への自動変換では数式や難語等への対応が難しく,しかも音声読み上げがそれを補完する有効な手段になりえないために,点字使用者にとっては問題が残ることが明らかになった。こうした結果を受け,教育現場においては特に正確な点字出力の必要性が高いことから,自動変換が難しい箇所に正確な表記の点字データを付加する方式を長岡が発案した。この試みを実現するための閲覧ソフトとして開発されたのが,「視覚障害者用EPUBブラウザU」(図1)であり,その基盤として,EPUBデータの拡張機能「brailleタグ」を定義し,提案した。 図1 視覚障害者用EPUBブラウザUの画面 3.点字データ付加のための仕様策定  EPUBファイルに点字データを付加するためにbrailleタ グを定義し,拡張型EPUBとして扱うこととした。brailleタグは,nabccとaltの2つの属性を持つ。nabcc属性は,付加する点字データが値であり,属性値はNABCC(North American Braille Computer Code)形式の点字列でなければならない。alt属性は,音声読み上げや説明のための文字列を値とする。brailleタグは,@点字データを対応付けたい画像のimgタグ等を括るA点字データを対応付けたい文字列を括るB単独で使用するの3通りの使い方がある。brailleタグの挿入箇所には,画面上に点字の6点をデザインしたアイコン(点字アイコン)が表示される。(図2)  図2 文字列にbrailleタグを挿入した画面 以下にbrailleタグの定義の詳細を示す。 3.1 画像のimgタグ等を括った場合 3.1.1 imgタグにalt属性がない場合  タグ:点字表示:brailleタグのnabcc属性値画面表示:imgタグのsrc属性値の画像ファイル内容音声出力:brailleタグのalt属性値 3.1.2 imgタグにalt属性がある場合  タグ:点字表示:brailleタグのnabcc属性値画面表示:imgタグのsrc属性値の画像ファイル内容・     imgタグのalt属性値音声出力:imgタグのalt属性値 3.2 文字列を括った場合  タグ:文字列点字表示:タグで括った文字列の代わりにbrailleタグのnabcc属性値画面表示:文字列音声出力:タグで括った文字列の代わりにbrailleタグのalt属性値(brailleタグのalt属性値がない場合は文字列) 4.視覚障害者用EPUBブラウザUの機能 4.1 EPUB音声リーダーの主要な機能  視覚障害者用EPUBブラウザUの開発の基盤となったEPUB音声リーダーの主要な機能は次の通りであった。@EPUBファイルのテキストの画面表示APC-Talkerによる音声読み上げBBrailleWorksの自動点字化機能を介してのピンディスプレイ出力C音声ファイルの再生D画像閲覧画面による個別表示Eテキストの拡大表示と表示色変更Fその他の機能(目次,しおり,検索) 4.2 視覚障害者用EPUBブラウザUでの新たな機能  新規機能は次の通りである。@brailleタグで付加した点字データのピンディスプレイ出力A画像埋め込み表示の設定(図3)B一覧画面/本文画面の分割表示の設定C表のレイアウト表示の設定Dツールバーのボタンの追加Eフリーカーソルモードの追加 図3 画像の埋め込みを表示した画面 4.3 編集者のための機能  EPUBファイルへの点字データの付加作業では,編集者は視覚障害者用EPUBブラウザUを使用して点字表示の内容を確認する必要がある。しかし,点字触読者以外にとってはピンディスプレイ上での確認は容易でないことから,画面上に墨点字を表示するエミュレート表示機能を設けた(図4)。これにより,ピンディスプレイと同じ情報が画面上に墨点字で表示され,点字出力を目視で確認できる。エミュレート表示部分には,ほかに,音声読み上げ箇所のテキスト文字列と,BrailleWorksが自動点訳した点字の墨点字も表示される。 図4 エミュレートを表示した画面 4.4 視覚障害者用EPUBブラウザUの動作環境  この閲覧ソフトはWindowsXP以降のOS(XP,Vista,7,8)で動作する。ただし正常な動作には . NetFrameworks 3.0以上がインストールされている必要があり,音声読み上げは,スクリーンリーダPC-Talkerで行う。また,通常の文章部分の自動点字変換には,BrailleWorksを用いる。自動変換される点字と,brailleタグによって付加された点字データの表示は,自動的に切り替わる。 5.研究授業での試用  2014年の2月から3月に,東京都立文京盲学校で,東京都教育委員会の「ICTを活用した視覚障害・聴覚障害者の教育内容の研究・開発事業」の研究授業(数学と情報の2教科)が,富田の担当で行われた。その中で,視覚障害者用EPUBブラウザUを,高等部普通科1年の点字使用の生徒とロービジョン(弱視)の生徒が試用した。 5.1 試用の実施方法  当該授業は,富田がEPUBオーサリングソフトFUSEeRを使って編集・作成したEPUBファイル形式の教材を用いて行われた。生徒7人(点字使用者3人,ロービジョン者4人)は各自のPCで視覚障害者用EPUBブラウザUを介して教材にアクセスしながら受講した。(図5) 図5 授業資料の閲覧画面 5.2 授業用配布資料の作成  EPUBファイル形式の配布資料には,FUSEeRを使用して,brailleタグ形式の点字データが付加された。富田が作成した配布資料は図6の通りであり,その作成手順を次に示す。@教材原稿のワードデータを用意し,FUSEeRへ取り込む数式部分は画像として取り込まれるAレイアウト・体裁を整えるB図の画像を取り込み,配置するCbrailleタグを挿入し,そこにnabcc属性値として点字データを書き込む 図6 授業資料の編集画面  なお,brailleタグ編集時にnabcc属性値を入力する方法がやや煩雑であったことから,研究授業実施後に,既存の点字編集ツールを利用して効率化を図る改善を行った。そのために開発したのが,現在,点訳作業に広く使用されている「点字編集システム」へのアドオン機能である。これにより,点字編集画面上で範囲を指定してコピーすると,その部分の点字データがNABCC形式でクリップボードへ貼り付けられ,他のアプリケーションソフトからの取り込みが可能となって,nabcc属性値の入力も簡便に行えるようになった。 5.3 EPUB形式の教材と閲覧ソフトについての評価  研究授業実施後に,富田が,生徒に視覚障害者用EPUBブラウザUの使用感の聞き取りを行った。その結果,音声読み上げ,点字のピンディスプレイ表示,画面の表示拡大ともに,基本的な機能や操作方法は概ね良好であるとの評価を得た。特に点字使用生徒は,数式の点字表記が正確であったことを高く評価した。これは,点字データの付加と,閲覧ソフトの点字データ対応機能が,点字使用者への学習資料の提示手段として有用であることを示唆していると言える。 6.おわりに  Brailleタグと視覚障害者用EPUBブラウザUによって,EPUBの点字対応を具体化した。つまり,自動点字変換が難しい数式や画像などに適切な表記の点字データを付加し,それを画面表示や音声読み上げに同期させてピンディスプレイ上に表示できるようになった。富田が行った研究授業では,この機能の有用性を確認した。これまで不可能だった数式等の画面表示と正確な表記の点字表示の連動が実現し,拡大表示を目視するロービジョン生徒とピンディスプレイの点字表示を触読する生徒が,情報を同時に共有することができた。同じ電子教材(ワンソース)をクラス全員が一斉に,個々のアクセス方法で利用(マルチユース)できたことの意義は大きい。近年,ロービジョン者の間で,Apple社のiPadなど,タブレット端末の使用が増えている。iPadのiBooksアプリ(Ver.3.2)では,brailleタグを付加したEPUBファイルを,画面上正しく閲覧することができる。それゆえ,brailleタグを付加したEPUBデータは,視覚障害者用のワンソース・マルチユース書籍や教材として広く活用される可能性を持つ。こうした背景を踏まえ,今後は,鍼灸・医学関係など,様々な学習分野の学習資料を対象に,点字データの付加の可能性や方法,効果等についての検討を続けていきたい。また,重度視覚障害者の学習場面では点字の介在が欠かせないことから,本取り組みの成果がデジタル教科書のアクセシブル化等において活用されることを願う次第である。 参照文献 [1] 特定非営利活動法人 アイサポート仙台,仙台ロービジョン勉強会 開催記録(第121回から).(cited 2014-11-20), http://www15.plala.or.jp/isupport/lowvision_benkyoukai_kiroku_121+.html#149 [2]長岡英司.パソコンへのアクセスにおける点字ディスプレイ出力の利用効果--音声出力と点字出力の利用比較実験-.日本特殊教育学会第41回大会発表論文集;2003-9-20(仙台). 2003;p338. [3] 稲葉妙子,野澤しげみ,田中直子, 他.教材作成におけるEPUB 編集ソフトの試用.筑波技術大学テクノレポート. 2012; 19(2):p.43-48. [4] 野澤しげみ,稲葉妙子,田中直子,他.EPUB閲覧ソフト「EPUB音声リーダー」の開発と試用.筑波技術大学テクノレポート.2013;20(2):p.1-6.※本プロジェクトは,文部科学省特別経費「高度な専門職業人を目指す視覚障害者のための学習資料アクセス円滑化支援事業」により実施した。 Development and Experimental Use of "EPUB Browser II for Visually Impaired Persons"- Implementation of Function to Output Braille Data in EPUB File onto Pin Display Terminal - NOZAWA Shigemi1), NAGAOKA Hideji1), TANAKA Naoko1), TOMITA Aya2), MIYAGI Manabi1), ONOSE Masami3), NODA Kagari3) 1)Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology 2)Tokyo Metropolitan Bunkyo School for the Blind 3)Academic Affairs Section for Students with Visual Impairment, Administrative Division, Tsukuba University of Technology Abstract: We have been conducting a trial since 2011 to utilize EPUB format files as learning materials for visually impaired students. In an EPUB file, it is possible to connect text data with other types of data such as image data, audio data and so on. We started developing the EPUB browser in 2012 in collaboration with Kochi System Development Inc. to enable a visually impaired person to read an EPUB file through a screen reader. In the process of improvement, a new function was implemented in order to enable the browser to output Braille data added into an EPUB file onto a pin display terminal, because it was found that the automatic voice and/or Braille output of a screen reader was not enough for visually impaired persons to grasp the contents of the file precisely, especially in learning situations. For the purpose, Braille tags and their nabcc attributes were newly defined for EPUB data, and then the Braille output function was made to correspond to them. As a result of trials in a mathematics class at Tokyo Metropolitan Bunkyo School for the Blind, the EPUB file with Braille data and the browser were found to be sufficiently useful. Consideration about adding Braille data for other learning subjects should be continued, in order to create an environment that enables visually impaired students to access learning materials. Keywords: Visual impairment, EPUB, Learning material, Braille data, Braille tag