視覚障害学生の“あはき師”国家試験ガイダンスの取り組み─ 低学年からの長期的な学習計画のために ─ 成島朋美1),周防佐知江1),大越教夫1) 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻1) 要旨:はり師・きゅう師,あん摩マッサージ指圧師(あはき師)の国家試験(以下「国家試験」)の合格を目標とする本専攻学生にとって,効率よく学習を行うために国家試験の概要等は必要な情報である。これまでに作成してきた視覚障害情報保障教材は国家試験対策に有用であったが,その活用は一部の学生に止まっていた。また,本学では学生に自主学習を推進している関係上,国家試験ガイダンスといった特別な取り組みは必ずしも十分とはいえず,その学習計画の遅れから高学年になってから学習に追われる学生がみられた。これらの国家試験情報や教材を低学年に周知することで国家資格取得に向けた長期的な学習計画の意識づけになると思われた。そこで「国家試験の手引き」を作成し,低学年を対象にガイダンスを行った後,手引きの内容や掲載情報の有用性等をアンケートにて評価した。その結果,本学独自の「国家試験の手引き」は,国家試験情報とその学習方法の周知に有用であり,低学年を対象とすることで国家試験に向けた長期的な学習計画の立案を促すことが示唆された。 キーワード:視覚障害,はり師・きゅう師,国家試験,手引き,ガイダンス 1.はじめに  はり師・きゅう師,あん摩マッサージ指圧師(あはき師)の国家試験(以下「国家試験」)に向けた学習を進める際に,国家試験の基本的な概要,各試験科目の詳細および学習方法について情報を得ることは一般的である。それらは,厚生労働省のホームページや市販されている参考書・問題集等に記載されており,晴眼者にとっては意識せずに簡単に得られる情報の一つであるが,視覚障害学生は活用できる市販参考書が限られるなどの理由から,それらの情報に触れる機会が少ないと思われる。また,本学ではこれまでに国家試験に関する特別なガイダンスは行われていなかったため,学生が理解しやすい形での正確な情報提供が必要と思われた。本専攻学生と同様に国家試験取得を目標とした言語聴覚専攻では国家試験対策プログラムへの取り組みが行われており,足立らは学習体制の確立には早期からの介入が必要と報告している[1]。本学では3・4年生を対象とした自主学習推進プログラムを継続しているが,基礎的な科目は低学年で履修が終了するため成績の伸び悩む学生の多くは基礎科目の学びなおしに時間を割く現状がある。一方で我々は学生に対する学習支援の一環として,過去問学習教材[2],音声対応教材[3][4],音声対応暗記カード[5][6],音声対応上肢筋模型[7]等の有用性が示された教材について利用を促してきた。これらの視覚障害保障教材は本学に整備されたスキルスラボにて管理されているが,実際の運用上では国家試験受験を控えた高学年の学生が中心となりがちであった。解剖学,生理学,経絡経穴学など主要な国家試験科目を履修中である低学年の学生に利用を促すことでさらなる教材の活用が見込めると考えられた。このため,国家試験に関する基本情報,本学教育課程と国家試験科目の対応とスキルスラボ提供教材(以下提供教材)の周知を目的とした,本学独自の「あはき師国家試験の手引き(以下「国家試験の手引き」)」を作成した。これをもとに1・2年生を対象に少人数制のガイダンスを行い,アンケートにより評価することとした。 2.対象  対象は,平成26年度鍼灸学専攻に在籍している1年生11名(墨字使用者10名,データ使用者1名),2年生18名(墨字使用者11名,データ使用者7名)合計29名である。「国家試験の手引き」について,配布目的および基本内容の簡単な説明を行ったうえで協力を依頼し,同意を得た後に配布した。 3.方法 3.1 「国家試験の手引き」の作成 「国家試験の手引き」の内容は,国家試験の情報,本学教育課程と国家試験科目の対応,学習方法や教材について整理し,以下の12項目とした。T.国家試験1. 科目と出題数2. 日程・制限時間3. 出題形式4. 合格基準5. 科目の特徴6. 本学対応科目(本学設定科目と国家試験科目の対応)7. 対応科目の履修時期U.学習方法1. 長期休暇の推奨学習カリキュラム2. 過去問学習の仕方3. 勉強法の悪い例4. 合格した先輩の勉強法5. 提供教材作成に際し,カラー版とグレースケール版の2種類の墨字資料とワードデータを準備した。 3.2 視覚障害保障教材  視覚障害保障教材は以下の3点を体験させた。 1. 過去問資料 第10〜20回あはき国家試験を科目別,単元別に分類し,教科書の対応ページを記載した資料集である。 2. 音声対応暗記カード(筋・経穴)表面に筋・経穴名を表記,裏面に筋の場合は起始停止,支配神経,作用,経穴の場合は部位,取穴法,解剖指標を表記した暗記カードである。全盲,強度弱視学生への情報保障として表面に点字表記および音声認識対応シールを貼付し,ペン型録音再生レコーダーにより裏面に記載した情報を音声で再生する機能を持たせた。 3. 音声対応上肢模型一部の筋が取り外し可能な上肢模型を利用し,取り外せる筋に前述の音声認識対応シールを取り付け,ペン型録音再生レコーダーによる筋名,起始停止の情報保障を行った。 3.3 ガイダンスの実施  学生に対し「国家試験の手引き」を配布時に簡単な説明を行い,熟読するよう指示した。配布後,6〜9日後に「国家試験の手引き」をもとにガイダンスを行った。ガイダンスは2〜3名の少人数制とし,視覚障害保障教材について実際に体験させるためスキルスラボ内で行った。最後に「国家試験の手引き」と提供教材についてアンケートを行った。 4.アンケート結果  「国家試験の手引き」の内容について理解できたかを5段階で評価した。学生全体では75.9%(22名)が「理解できた」と回答し,残りの24.1%(7名)も「まあ理解できた」と回答した。墨字使用者では「理解できた」と答えた学生が76.2%(16名),「まあ理解できた」と答えた学生が23.8%(5名),データ使用者では「理解できた」と答えた学生が75.0%(6名),「まあ理解できた」と答えた学生が25.0%(2名)で,視力障害の程度によらず,全員が5段階中4段階以上の評価であった(図1)。理由について自由記載形式の回答では「箇条書きでわかりやすかった」など簡潔性を挙げた意見が墨字使用者で2例,データ使用者で3例あった。また「,読むだけで理解は出来たが,ガイダンス形式で説明があったのでわかりやすかった」「説明があるとよりわかりやすい」という口頭説明を希望する意見が墨字使用者で4例みられた。 図1 「国家試験の手引き」の内容理解について 図2 「国家試験の手引き」使用上の困難の有無 「国家試験の手引き」使用上の困難の有無についての質問では,墨字使用者では95.2%(20名),データ使用者では75.0%(6名),全体として89.7%(26名)が「なかった」と答えた(図2)。「あった」と回答した学生からは墨字使用者で「手引きのポイントが小さいので見にくい」という意見や,データ使用者で「関連科目についてはワードデータよりテキストデータの方が読みやすい」「点字資料に慣れているので少し使いづらい部分があったが,将来的にワード資料にも慣れていきたい」などの意見があった。次に,「国家試験の手引き T.国家試験」の7項目のうち知らなかった情報について聴取した結果,「1.科目と出題数」が69.0%(20名:墨字使用者15名,データ使用者5名),「6.本学対応科目」が69%(20名:墨字使用者14名,データ使用者6名),「7.対応科目の履修時期」が65.5%(19名:墨字使用者15名,データ使用者4名)が知らなかったと回答した。過半数の学生が知っていた項目は「3.出題形式」「4.合格基準」だけで詳細な科目名や本学教育課程との関係性について理解していない状況にあった(表 1)。他に国家試験について知りたいこととして,試験問題の文字サイズや点字板・タイプライターの使用制限の有無など国家試験時の視覚障害保障に関する要望があった。「国家試験の手引き U.学習方法」で役に立った情報について,複数回答で答えさせたところ,「5.提供教材」が79.3%(23名:墨字使用者16名,データ使用者7名)で最も多く,次いで「1.長期休暇の推奨学習カリキュラム」が62.1%(18名:墨字使用者12名,データ使用者6名)であった(表 2)。理由として「長期休暇時に学習計画の参考になった」「色々な学習方法がわかった」などがあった。 表 1 「国家試験の手引きT.国家試験」で知らなかった情報 表 2 「国家試験の手引きU.学習方法」で役に立った情報    自主学習に活用したいと思った提供教材の有無では,全員が「あった」と答えた。「過去問資料集」が79.3%(23名:墨字使用者16名,データ使用者7名)で最も高く,次いで「音声対応暗記カード」が69.0%(20名:墨字使用者12名,データ使用者8名),最後に「音声対応上肢筋模型」が34.5%(10名:墨字使用者5名,データ使用者5名)であった(表 3)。教材の種類に関わらず「効率的に学習できそう」とする意見が12例みられた。特にデータ使用者で音声対応暗記カード・上肢筋模型に対する要望が高く,「音声対応なので学習しやすそう」などの意見があった。 表 3 自主学習に活用したいと思った提供教材   「国家試験の手引き」の最適な配布時期を尋ねたところ,「1年夏休み前」との回答が最も多く,34.5%(10名:墨字使用者9名,データ使用者1名)であった。次いで「2年夏休み前」が,31.0%(9名:墨字使用7名,データ使用者2名)であった。「1年夏休み前」の理由として「入学して最初の長期休暇前に国試情報を得ることで,対策をこの時期から始める人もいるから」「勉強の目標が出来る」など,大学生活初期段階での国家試験を意識した学習計画立案を挙げた意見が4例みられた。「2年夏休み前」の理由として,「解剖・生理学が終了し専門科目に少し進んでからの方が学ぶべき事が理解しやすく,国試の実感がわくから」「履修済みの科目もあるので復習出来るから」など,基礎科目終了時の復習を兼ねた学習計画設定を挙げた意見が6例みられた。学年別に比較したところ「1年夏休み前」と回答したものは各学年5名ずつで,「2年夏休み前」を選択したものは9名中2年生が8名を占めた(図3)。 図3 「国家試験の手引き」の最適な配布時期(学年別) 5.考察  アンケートの結果,「国家試験の手引き」の内容について全員が「理解できた」「まあ理解できた」と回答した。使用上の困難が「あった」と回答したものは10.3%(3名)であったが,その内容は文字サイズやファイル形式の変更で対応可能なものであった。作成した「国家試験の手引き」は,視覚障害の程度によらず活用および理解可能であると思われたが,資料に目を通さずにガイダンスに参加した学生がみられたこと,「説明があるとわかりやすい」という意見からも,配布はガイダンス形式が望ましいと思われた。「国家試験の手引き T.国家試験」について国家試験の基本情報はデータ使用者で既知であることが多かった。これらの学生は特別支援学校出身者の割合が高く,本学入学以前から国家試験情報が身近にあったと推測される。しかし,「3.出題形式」「4.合格基準」以外の項目については過半数の学生が知らずにカリキュラムを履修していた。最終目標に国家試験合格を置かねばならない本専攻学生にとって,履修科目と国家試験の対応は意識させたい部分である。今回のガイダンスは本学の教育内容に即した情報提供に貢献したと思われ,国家試験時の視覚障害保障に関する情報を加えることでより有用なものになると思われた。「国家試験の手引き U.学習方法」について役に立った情報を回答させたところ「提供教材」に関する情報を役立ったとした学生は約8割おり,使いたい教材の有無について全員が「あった」と回答した。最も要望の高かった教材は「過去問資料集」で約8割の学生が使用を望んでいた。「ワードデータなので自分の使いやすいように加工でき,効率よく学習できる」との意見があり,池宗らの報告[2]にあるように市販参考書の活用が困難で多様な視覚障害を有する本学学生にとって適した教材であると思われた。「国家試験の手引き」の最適な配布時期について,学年別の内訳では「1年夏休み前」を選択したものは各学年5名ずつおり,「2年夏休み前」を選択したものが1年生は1名,2年生8名という結果であった。これは在籍学年によるバイアスがかかっている可能性があり,今回の結果のみで最適な配布時期を予測するのは難しいと思われた。近年,発見と解決を重視した認知科学的な学習指導方法に対する試みが進んでいる。そこでは人間の多様な能力を柔軟に発揮させるため,問題や解決を教え込むのではなく,発見させることを重視する[8]。今回,低学年を対象に「国家試験の手引き」を利用したガイダンスを行った結果,長期休暇の学習計画を意識した発言や提供教材活用の意欲などがみられた。「国家試験の手引き」が与えた情報が,学生に今後の自主学習における問題の予測,解決に向けた計画立案を促ながした可能性があり,学習意欲向上に貢献できると期待された。 6.結語  視覚障害学生への国家試験対策の取り組みとして作成した「国家試験の手引き」は,国家試験情報と学習方法の周知に有用であり,低学年を対象とすることで国家試験に向けた長期的な学習計画の立案を促すことが示唆された。 謝辞  本研究は平成26年度文部科学省特別教育経費「視覚障害学生に特化した大学改革実行プラン実践による医療教育の高度化事業」およびJSPS科研費25381297の助成を受け実施した。 参照文献 [1] 足立さつき,立石恒雄,池田泰子,他.学生の意識調査による国家試験対策プログラムの検討.リハビリテーション科学ジャーナル.2008; 3: p.51-58. [2] 池宗佐知子,成島朋美,東條正典,他.過去問反復学習を取り入れた国家試験への取組とその効果の検証.筑波技術大学テクノレポート.2012; 20(1): p.57-60. [3]池宗佐知子,成島朋美,東條正典,他.視覚情報補償機能を有する人体模型教材の作成-骨模型へボイスペンを利用した試み-.筑波技術大学テクノレポート.2011; 18(2): p.7-10. [4] Ikemune S,Narushima T,Tojo M,et al.Development of a Teching Material for the Human Skeleton using a Visual Information Compensation Function. NTUT Education of Disabilities. 2013; 11: p.1-5. [5] 舩山庸子,池宗佐知子,成島朋美,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み-ペン型タッチ式レコーダーを利用した骨格筋の暗記用カード-.筑波技術大学テクノレポート.2013; 21(1): p.43-47. [6] 周防佐知江,成島朋美,舩山庸子,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み-音声による視覚情報補償機能を有する経穴暗記カード-.筑波技術大学テクノレポート.2013; 21(1): p.48-52. [7] 成島朋美,周防佐知江,舩山庸子,他.医療技術を学ぶ視覚障害学生に対する自主学習用教材作成の取り組み-音声による視覚障害保障機能を有した上肢筋模型の試作-.筑波技術大学テクノレポート.2014; 21(2):p.40-43 [8] 須田誠.あはき教育を考える『現場から見た学習指導上の課題』 現代の若者の心理的問題とその対応 認知科学の知見による新しい学習指導方法(解説).鍼灸手技療法教育.2007;3: p.49-54. A Provision for National Examination Guidance for Students with Visual Impairment: Focusing on the Achievement of Long-Term Learning Plans for Junior University Students NARUSHIMA Tomomi1), SUOH Sachie1), OHKOSHI Norio1) 1)Course of Acupuncture and Moxibustion, Department of Health, Faculty of Health Sciences,Tsukuba University of Technology Abstract: For our students majoring in acupuncture and moxibustion who aim to pass the national examination for acupuncturists, a summary of the national examination and relevant information are necessary for studying efficiently. Although existing teaching materials for students with visual impairment are useful for preparing for the national examination, they are used by only some students. In addition, our university encourages students to study independently, and therefore special provisions such as guidance for the national examination are insufficient. Consequently, some students are overburdened with catching up with their studies after they enter the senior years because of the delay in their learning plans. It is believed that students’ awareness of a long-term learning plan for the national examination would be raised if they were informed in their junior years of the existence of national examination information and teaching materials. For this reason, we developed a “Guide to the national examination,” provided this information to our junior students, and then conducted a questionnaire survey to evaluate the contents and usefulness of this information. It was found that the guide was useful for providing students with the information and learning methods needed for the national examination. It is suggested that distributing this guide to junior students motivates them to develop long-term learning plans for the national examination. Keywords: Visual impairment, Acupuncture and moxibustion practitioner, National examination, Guide, Guidance