電子黒板と手元型電子黒板の活用 村上佳久 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター 障害者基礎教育研究部(視覚障害系) 要旨:電子黒板やタブレット型のパソコンが視覚障害者の教育を大きく変貌させようとしている。電子黒板は,弱視にとって非常に有効な視覚障害補償方法であり,学校現場の学習を大きく変貌させようとしている。また,手元型電子黒板などの活用により見えやすさと共に学習理解度の向上に寄与している。ここでは,ICT技術を活用した視覚障害者の電子黒板とタブレットの利用について,教育実践を踏まえて報告する。 キーワード:電子黒板,タブレット端末,iPad,Android,Windows Tablet 1.はじめに  電子黒板やTablet PC(以下Tablet)などを利用した教育実践が視覚障害関連教育機関でも増加の一途をたどっている。大型の電子黒板以外に小型の電子黒板の利用も見受けられる様になってきた。また,Tabletでは,iPadやAndroid以外にWindows Tabletも登場した。keyboardとセットで利用する分離型Tabletでkey入力操作に優れている。また,電子黒板と連携し,電子黒板の画面を手元で表示したり,合成音声を利用してノートテイキングしたりして,授業に活用する例も見受けられるようになってきた。そこで,これらの電子黒板やWindows TabletやiPad,Androidなどの活用について,システム構築や利用方法,大学での実践事例などについて報告する。 2.電子黒板の活用  視覚障害者の教育において,黒板の活用についてはすでに報告[1]したが,盲学校や視力障害センターなどでも電子黒板についての実践報告が多く散見されるようになってきた。 2.1 大型電子黒板  大型のディスプレイ(50インチ以上)を電子黒板として利用する試みは,全国の盲学校や視力障害センターなどで既に行われており,様々な実践事例がある。盲学校などでは,教室あたりの児童・生徒の人数が少ないため,大型ディスプレイを弱視の資料提示用や図形などの表示用に活用している。一方,本学のように教室あたりの人数が多い場合は,板書用の黒板の代わりに大型ディスプレイを電子黒板として活用する。写真1は70インチの大型ディスプレイを2台横 に並べて,教室の黒板と同じ大きさを確保して利用している様子である。 図1 大型ディスプレイによる電子黒板  大型ディスプレイを電子黒板として利用する場合は,プロジェクターとスクリーンによる投影型の電子黒板に比べて,教室を暗くする必要がない。また,背景色を黒色に文字色を白色に出来るためコントラスト比が大きく,弱視にとって羞明が起きにくいという特徴があり視認性が良い。さらに,従来の黒板の手書き文字に比べて電子黒板の文字形がはっきりしており,視認性が良いと言った様々な利点がある。そのため,学生の評価もよい。しかし,視力や視野などの問題からルーペなどの拡大装置で黒板を凝視している学生にとっては,眼の視野や視野に入る文字の大きさが問題となるため,大型ディスプレイによる電子黒板は優位性がない。また,黒板を見ることができない場合も大型電子黒板は意味がないものとなる。そこで,教室の学習机にカメラ機能を付けた拡大読書器などを活用する事例も散見されたが,普通の黒板へのピントの合わせ方などの問題からカメラ機能は収束し,電子黒板の利用へと移行している。 2.2 手元型電子黒板  大型電子黒板が利用できない場合,手元型電子黒板は非常に有用である。手元型電子黒板は様々な方法があり,その方法について概覧する。 2.2.1 パソコンディスプレイの利用  最も簡単な手元型電子黒板は,パソコン用のディスプレイをそのまま活用する方法である。教室あたり3名程度の人数の場合非常に有効な手法と言える。教員の利用するパソコンやノートパソコン,Tabletの画面出力をディスプレイ分配器で分配し,2〜3台のパソコン用ディスプレイに画面情報を分配する。利用する弱視の視野や視力を考慮して,ディスプレイの大きさを選択すると,最も簡単に教員のパソコン画面を児童・生徒に提示可能となる。手元で黒板の表示内容が見えるために遠方の黒板を凝視する必要がない。教科書やノートとは別に教員の板書内容が参照できるため,授業の理解度の向上に役立つと思われる。この方法の問題は,教科書やノート,ディスプレイを確保するための机である。大型の机か教室用の普通机が2つ必要となるため電源の確保も含めて配慮が必要となる。写真2は,ディスプレイ分配器で画面を分配している様子であり,写真3はディスプレイ分配機である。注意事項として,教室内のディスプレイの配線や電源,電気スタンドや拡大読書器の配線など様々なコード類が散在するためコードの固定化などの作業が必須となる。 図2 ディスプレイ分配型の手元型電子黒板 図3 ディスプレイ分配機(4台に分配可能) 図4 iPadとWindows Tabletによる手元型電子黒板 図5 iPadによる手元型電子黒板の拡大機能 2.2.2 手元型電子黒板 2  手元型電子黒板のもう一つの方法は,教卓の電子黒板の画面をパソコンやTabletに転送する方法である。電子黒板付属のソフトと無線LANを活用して,画面情報を端末に表示させる。この場合,端末側で画面拡大機能があれば拡大することも可能である。例えば,Windows TabletやiPad, Androidのようなタッチパネル機能付きの機器が相当する。指先で画面に表示される文字の大きさを変化させて,利用者が最も視認度が高い文字サイズに変更する。またソフトウェアが対応すれば,通常のノートパソコンや携帯電話などにも転送が可能で,利用者の視野や視力などの目の状況に合わせた最適化が可能である。さらに,端末側のアクセシビリティ機能などを活用して,黒白反転機能も利用可能となる。写真4は大型電子黒板の画面 をiPad(右)とWindows Tablet(左)に転送して画面拡大をしている様子である。写真5は、手元型電子黒板を指で大きく拡大している様子である。この方法では,電子黒板画面を転送する必要があるため無線LANによる電子黒板と端末との通信確立が技術的に問題となるが,システム化して運用すれば影響は少ない。 図6 Windows Tabletによる点字電子黒板(Tabletにkeyboardを接続している) 2.2.3 手元型電子黒板 3  手元型電子黒板のもう一つの方法は,教卓の電子黒板制御用パソコンと端末をLANケーブルやUSBケーブル,無線LANなどを利用して「リモートデスクトップ」を活用する方法である。この方法では、端末側はパソコンである必要は無く,簡易なSTB(Set Top Box)にディスプレイを接続し,「リモートデスクトップ」を実現する。利点として,電子黒板画面をLANケーブルやUSBケーブルで運用した場合,高速で安定な画面が端末に提供される。欠点としては,技術的にやや高度なため学校現場などの運用が難しいことなどが上げられる。 2.3 点字電子黒板  教室に弱視と全盲の両方が存在する場合は,弱視にとっては大型電子黒板や手元型電子黒板が対応するが,全盲に対しての対応を考慮すると点字電子黒板が必要となる。通常の授業では,点字使用者に対しては既に配布された点字資料を基に教員が説明や解説するのが一般的であり,リアルタイムに教員の資料を点字で提示することはまずない。一般に教員が授業中に墨字と点字の両方を提示することはかなりの困難を伴うが,電子化した場合対応は可能であろうか。教員の板書事項をリアルタイムに点字で表示させるためにはいくつかの手法があるが,資料作成の問題点としては 漢字仮名交じり文である墨字をどの時点で点字に変換するかである。つまり,資料作成時に電子化された墨字資料と点字資料を用意して,配信する手法と墨字資料を用意して,リアルタイムで点字に変換し提示する方法である。但し,リアルタイムの点字変換の場合,変換の誤変換もあるので注意が必要である。教員のパソコンからBluetoothなどの無線やUSBケーブル,RS232Cケーブルなどの有線で点字データを直接データ転送する場合と,教員のパソコンデータを端末側に転送し,端末側でリアルタイムに点字に変換する方法の2種類がある。写真6は,Windows Tablet端末に接続した点字ディスプレイによるリアルタイム点字電子黒板の例である。このようなリアルタイムの点字電子黒板は,実際に運用してみると点字利用者にとって意見が分かれるようである。板書する項目を一行毎にリアルタイムで点字に変換することに,点字利用者が慣れていないことも要因であると思われるが,リアルタイムを望まない点字利用者もかなり多く,リアルタイムの点字表示は不要という意見も多く見られる。その一方で、弱視と同じ学習環境を求める点字利用者では,リアルタイムの点字表示を求めるため,弱視と全盲に同時に電子化教材を提示する場合は,リアルタイムか事前点字冊子資料配付かを十分に検討する必要がある。 3.大型電子黒板と手元型電子黒板の活用事例  前章で述べた様な大型電子黒板と手元型電子黒板を実際の授業で導入し,実践を重ねたのでその状況を報告する。実際に,授業中に前から5列目の座席から見た大型電子黒板と手元型電子黒板の利用状況を写真7に示す。 図7 大型電子黒板と手元型電子黒板(iPad) 3.1 手元黒板用支持台  机の上に手元型電子黒板を置き,斜めに見やすい状態で保持している。このような手元型電子黒板には,手に持つことなく見えやすい位置にTabletが配置できるように支持台が必要不可欠である。元々大型電子黒板の文字は大きく,黒色画面に白色文字で表示しているので,従来の黒板の画面よりもコントラスト比は高く,手元型電子黒板を利用する学生全員が視認性の高さを評価している。しかし文字の大きさを個人別に変更出来るため手元型電子黒板は必要不可欠で,現在は,弱視の希望者全員に授業中,手元型電子黒板を支持台と共に貸し出している。全盲の学生の場合には前述の様に学生の希望に応えるべく,リアルタイム点字変換を望む場合は,点字ディスプレイとTabletまたはノートパソコンを利用して提供している。また,リアルタム点字変換を望まない場合は,点字資料を手渡している。この支持台は,必要不可欠なもので,出来ればアームなどで目の高さに近い場所に配置したいが,コストの関係から100円均一で購入した安価な簡易型を利用している。しかし,予想以上に利用者の評判は良くコストパフォーマンスは非常に高い。Tablet端末支持台利用状況を写真8に示す。 図8 Tablet端末の支持台(左:100円均一商品,右:回転式支持台)  学生の中には電子図書端末でAmazon社のKindleを利用する学生もいるため,配信用ソフトウェアを導入して,iPadやWindows Tablet同様に利用させている。画面がやや小さいが利用者の目の状況でこのサイズを選択している。大きな文字を必要する学生の場合には,支持台よりも手持ちで眼前に手元型電子黒板を持ち,利用する学生も数名存在する。多くが拡大読書器を併用する場合であり,その様子を写真9に示す。 図9 手持ち利用による手元型電子黒板 3.2 手元型電子黒板の問題点  このような手元型電子黒板は非常に好評であるが,一方で次のような欠点もある。 1)手元型電子黒板端末の充電 2)無線LANの電波安定 3)機器の保管場所の確保  はじめに1)の端末の充電問題は,タブレット機器やノートパソコンなどを活用する小・中・高等学校などの学校現場では,よく知られた課題の1つであり,授業毎に専用の保管ケースで一斉充電して次の授業に備えるなどの対策が一般的であるが,本学ではそのような設備はないため,個別に充電を行っている。次に2)の無線LANの電波安定は,中講義室に配備された学内無線LANとの競合問題である。無線LANは周波数と帯域が限られており,競合する場合は通信状態が途絶する場合がある。本事例において授業中2回程度は通信状態が途絶し,再接続が必要となる。全県的にタブレット端末を運用している佐賀県の例では,このような混乱を避けるため,県主導で全ての学校の無線LANを見直し,再設置を行って学校内におけるタブレット運用を可能としている。本学では,佐賀県のような見直しは不可能なので,授業中の通信切断は不可避である。さらに3)の保管場所の問題では,70インチの大型電子黒板が2台,手元型電子黒板を十数台,端末支持台や電源延長ケーブル,電子黒板制御用パソコン,手元電子黒板用無線LAN設備(無線ルータやアンテナ配線)などの機器を授業毎に中講義室に移動して運用するため,準備と撤収に非常に時間がかかる。しかし,この電子黒板と手元型電子黒板の効果を検証するためには実践を重ねるしかないため,当面このような欠点は容認せざるを得ないのが実情である。 4.黒板  黒板とは何であろうか。保健科学部での授業において,黒板が授業における重要な教育伝達手段の1つであることは疑いの余地がない。しかし,視覚障害学生を対象とするため幾つかの配慮は必要であると思われる。 多くの視覚障害学生は,教室の照明が暗いと文字の認識が出来ない場合が多い。そのため,教室の照明を落として,プロジェクターを利用してスクリーンに投影して教材を提示されると,ほとんど認識できない場合が多い。また,教室が暗いために手元の教科書やプリントなどの学習資料も参照することが不可能となる。また,視力が低いため,黒板の文字を認識し理解する事が可能な学生は少数である。特に中講義室などで後方に着席する学生は,黒板の文字を認識することは不可能に近い。そのため,教育を行う側もこのような事実をよく認識した上で,授業を進める必要があると考える。しかし,残念なことに授業を担当する教員の全てが,教育的配慮を行っているかと言えば極めて疑問である。健常者の学校における黒板の機能と,視覚障害者の学校における黒板の機能には情報を提示するという点で大きな差異がある。40人程度の人数に対して一斉に情報提供する場合と少人数で情報提供を行う場合は,情報伝達方法には配慮が必要である。その意味で,視覚障害者に対する黒板の情報伝達については,もう一度考え直すことが必要であると考える。 5.おわりに  本研究の電子黒板は,保健科学部において弱視学生の学習効果の向上を目指して研究を行っているものである。また,弱視と全盲が同時に利用可能な視覚障害者の電子黒板を考慮し,リアルタイム同時配信を目指したものである。本研究では,手元型電子黒板の有効性が確認出来た。そのため,全学的にこのような手元型電子黒板が導入され,弱視に対する視認性向上と学習効果の向上に寄与することを願ってやまない。 6.備考  本研究は、平成24〜26年度科学研究費「生徒と教員の双方向の視覚障害に対応した、電子黒板と電子教科書の活用に関する研究」研究代表者:村上佳久 によるものである。 参照文献 [1] 村上佳久.視覚障害者のための電子黒板.筑波技術大学テクノレポート.2013; 20(2): p.29-33. [2] 村上佳久.電子化図書の読書環境と新しい白色文字印刷.筑波技術大学テクノレポート.2013; 20(2): p.34-40. [3] 村上佳久. 視覚障害者の電子黒板と電子教科書の活用. 教育システム情報学会第39 回全国大会 講演論文集;2014.09.12(和歌山大学). 2014;p33-34. Digital Media Board and Personal Digital Media Board MURAKAMI Yoshihisa Research and Support Center on Higher Education for the Hearing and Visually Impaired,Tsukuba University of Technology Abstract: This report describes an educational practice study concerning the use of a large media board and a small personal media board. The media board appears to be a very effective method for compensating for visual impairment for people with poor vision, and helps to improve their vision and improve the learning effect. Keywords: Digital media board, iPad, Android, Windows tablet