重度・重複障がい児のための特別支援学校に関する建築計画的検証研究 筑波技術大学 産業技術学部 総合デザイン学科 山脇博紀 キーワード:重度障がい児,特別支援学校,姿勢,空間計画,床デザイン 1.背景 平成24年4月の児童福祉法改正による放課後デイサービスの制度化など、障がいがあっても地域や家庭で生活することを保証しようとする社会基盤の整備が着々と進められている。このような社会変化により、より重度の障がいを有する児童が地域で暮らし、特別支援学校に通学するニーズが高まっている。 以上のような社会背景の中、熊本県では先進的な取り組みとして重度障害児に利用を限る特別支援学校が開設されることとなり、筆者がその特別支援学校の基本設計策定に参画する機会を得た。 2.目的 そこで本研究では、重度の障がいを有する児童の学校での学び活動の様態を明らかにし、建築計画の策定内容の検証を行うことを目的としている。平成26年度は、検証対象となる新しい特別支援学校(以降、[建替え後施設]とする)における学び活動のとの比較対象として、建替え後施設へ入学が決定している障がい児の現在の学校(以降、[建替え前施設]とする)での学び活動を実証的に捉える。 3.調査および調査対象の概要(1)調査方法 調査方法と内容は以下である。【調査1】教員へのヒヤリング調査:建替え前施設の平面図、調査対象児童の日常生活動作能力などの属性、カリキュラムなどについて、資料提供依頼をし適宜聞き取りを行った。【調査2】物理的状況の書取り調査:【調査3】に先立ち、学び環境の物理的状況、特に建築本体以外の質来の状況を平面図に書き取った。調査3】対象児童の行動観察調査:調査日の朝8時半から夕方16時半までの7時間、5分間隔で児童の行動内容、姿勢、座臥具の利用の有無を平面図の中にマッピングしてゆくタイムスタディ調査を行った。 尚、【調査1】は4,5月、【調査2】と【調査3】は7月と9月に行った。 2)調査対象児童の概要 調査対象の特別支援学校は、本校、訪問教育、分教室によって構成され、児童生徒数は計60名である。調査は本校に通学する児童39名を対象としているが、欠席児童が複数いたため、2回の行動観察調査対象児童は、小学部児童がのべ28名、中学部児童がのべ19名、高等部児童がのべ20名の計67名(のべ数)である。全員が療育手帳を有する重度障害児である。 3)調査対象施設の学習内容の特徴 調査対象の特別支援学校は、小学部、中学部、高等部共に自立活動と生活単元学習および日常生活指導から構成されるカリキュラムとなっており、教科教育は行われていない。 (4)調査対象施設の建築的特徴 平成26年度調査の対象は建替え前施設であり、熊本市内の県立A特別支援学校の一部である。検証対象とする新設の特別支援学校の組織が新施設竣工までA特別支援学校内に併設する形で設置され、施設の一部を使用する状況となっている。施設平面は図1および図2の通りである。  小学部は平屋棟であり、廊下を挟む二つの教室と北側教室に隣接するプレイルームが主な学習空間である。トイレは各教室に隣接して設置されている。二つの教室はともに稼働間仕切りを有し、2ないし3に空間を分割できるような設備となっているが、調査観察中稼働は無かった。教室およびプレイルームの床仕上げ材はカーペットで、教室の一部にフロアマットやセラピーマットが敷かれている。 中学部は中・高等部棟の1階で、教室二つが廊下に対して並列に配置され、廊下を挟んでトイレと着替え室がある。二つの教室は共に稼働間仕切りにより二つに分割される設備がある。廊下仕上げ材は木質フローリングで、教室2の一部にはセラピーマットがしつらえられている。 高等部は中・高等部棟の2階に位置し、昇降口からエレベーターおよび階段でアプローチする。教室は外部テラスを挟んで二つあり、廊下に対して並置されている。また、廊下を挟みトイレと着替え室が設置されている。床仕上げ材は木質フローリングで、教室1の一部には畳敷きの小上がり空間が設置されている。 図1 小学部教室棟平面図 図2 中・高等部教室棟平面図 4.調査結果 4.1.空間利用特性 事前調査により教室などを領域に分け、各児童の空間および領域の滞在場所の推移から、空間利用特性を分析する。各児童の滞在場所の時間変化を図3に示す。(1)小学部の空間利用特性 小学部は二つの教室を6学年で利用しているが、事前調査での観察により各教室を3つの領域、EC1〜EC3とEC4〜EC6に分けた。 登校時間は児童によりバラバラである。学習時間帯を見ると、小1児童がEC1領域、小2児童がEC6領域、小3児童と小4児童は合同でEC3領域、小5児童と小6児童が合同でEC4を学び活動の拠点として利用しており、2学年合同が見られるものの、概ね学年別の領域利用となっていることが分かる。小1児童および小3,小4児童は空間利用に個別的な様子はほとんどない一方で、小2は空間滞在が分かれ、EC4と隣接するEC5の領域を断続的に利用する様子が見られる。小5,小6児童も児童によってEC6に隣接するEC5 への滞在が見られる。また、小5,小6児童はプレイルームの利用も見られ、多様な学び空間を利用していることが分かる。 学び活動以外の空間利用特性を見る。12時から13時の昼食時間帯の滞在を見ると、二人の児童を除き、EC2とEC5への滞在となっており、滞在者も学年とは関係なく再編されている様子が見られる。EC2領域は学習時間帯にはほとんど滞在が見られない領域であり、教室空間を学びと食事で使い分けている様子が見て取れる。トイレの利用は複数児童の同時利用が無く、教員が児童の排せつ介助をコントロールしていること が分かる。また、小1はEC1内にキュービクルカーテンとローパーティションで区切られた小領域でオムツ替えによる排せつ介助を行なわれている様子が見られた。 図3 各児童の空間利用の時間変化 (2)中学部の空間利用特性 中学部は2つの教室空間を3学年が利用しているが、その全員がJC2を学び活動の拠点として利用していることが分かる。学年別の空間利用となっていない一方で、10時40分からは個別の空間利用が見られ、JC1、校舎外(o)の他、着替え室(DR1)も学習空間として利用している。この時間帯は個別の課題に取り組む生活単元学習で、JC1では稼働間仕切りの一部が利用され、ローパーティションと合わせて個別の学習空間が作られた。 昼食時間にはJC1とJC2とが使い分けられているが、学び空間と共用されている。トイレは2名程度の同時利用が見られるが、それ以上の児童数による同時利用は無いように時間帯をずらして利用している様子が見られる。(3)高等部の空間利用特性 高等部は高1と高2の児童がHC3を、高3の児童がHC2を学び活動の拠点としており、学年別の空間利用傾向が見て取れる。しかし個別性も見て取れ、HC1の利用やDR2(着替え室)の利用も見て取れる。中学部と同様に個別に取り組む生活単元学習の時間帯手であり、2つの教室を細分しつつ教室以外の空間をも利用している様子が見られた。 昼食は、HC1とHC2の領域が使われない一方で一部の学生は中学部のJC1に移動していることが分かる。トイレの利用は複数人による同時利用が見られるが、10分を超えるトイレ滞在が多く見られることが特徴的である。 以上のように、小学部、中学部、高等部それぞれに空間利用が異なり、低学年ほど学年別の空間利用になり、小学部高学年から中学部、高等部では個別的空間利用が見られることが分かった。これらの個別的な学び活動に対しては、教室をパーティションなどによって一時的に区分けする他、教室以外の用途空間も学び活動に使われている状況が見られ、学年数に満たない数の大教室空間だけでは個別の学び活動に対応しきれていないことが見て取れた。また、昼食は学びのグループとは再編され学年とは異なるグループが形成されることが分かった。また、全学年共に学びの空間を一時的に昼食をとる空間として利用しているが、小学部では緩やかな使い分けがされていた。 4.2.学びの空間内での行動  ここでは重度の障がい児が登校から下校までの間、校舎内で行った行動に着目して分析する。(1)観察された行動と出現率 行動観察中、障がい児はしばしば[ぼんやり]している状態が見受けられた。この時、教員が傍から離れるなどして外部からの働きかけが無く、また児童自身の目的的な行動も見られなかった。高等部では8.3%とやや少なめだが、それ以外のカテゴリの児童には15%前後ほど見られる。また、身体の一部を小刻みに動かし続けたり、同じ単語を繰り返し言い続けるなどの[常同的行動]も見受けられた。中学部の児童が比率としては7.6%と高いが他は1〜3%程度であった。  学び活動は教員との関係性、他の児童との関係性、応答性などによって分類したが、その中で個別的に[先生からの働きかけを一方的に受けている]行動が多い。高等部では、グループでの活動であるが刺激・働きかけを一方的に受けている[受容的活動]が多い一方で、小学部・中学部では個別的な操作的活動が多く見られた。児童同士で直接的に関わる[他者と関わる活動]は全カテゴリで5%前後と非常に少ない。 生活活動はカリキュラムの日常生活指導に位置づけられる行動でもある。その内容は昼食や水分補給などの[食事]が最も多い。この他に更衣・整容や排せつなどが見られた。 医療的行為は受動的行為であるが、検温や触診など の[バイタルチェック]、吸引などの[医療行為]、[経管栄養]などが観察された。これらの行為が10%近く費やされているのは重度障がい児の学校での活動の大きな特徴と言える。(2)各行動群の出現率比較 細目では各カテゴリに特徴が見られるものの、行動群で見ると小学部低学年から高等部まで大きな違いが見られない。共に学び活動は40〜46%程度で、半分以下である一方、無為・常同が15〜20%、医療的行為が5〜10%程度見られるのが重度の障がい児の特徴的な行動群であり、また生活活動に28〜36%程度費やされていることも特徴的である。 表1 各行動群の名称と各細目行動比率(単位:%) 図4 各学年群の行為比率 4.3.施設内行動の姿勢および展開場所(1)各カテゴリの姿勢比率 各カテゴリ共に、最も多く見られる姿勢は椅坐位である。基本的な学習姿勢であると共に食事姿勢でもあり、学校内滞在時間の46%〜64%程となっている。僅かではあるが、カテゴリの学年が高くなる程増加する傾向が見られる。 一方で臥位も多く、20%程度から28%まで見られる。特に重度の児童に長時間の臥位が見られ、学びの活動も臥位で行っている様子が見られた。平座位は特に小学部低学年に多く(23.4%)、学習時間の多くで平座位がとられていた。小学部高学年、中学部でも10%程度見られる。カテゴリの学年が高くなるほど減少する傾向が見られ、高等部では僅か1.6%のみとなっている。立位は全カテゴリで非常に少なく、最も多い中学部で7.3%、小学部低学年が最も少なく僅か2.1%であった。 高学年になるほど椅坐位の比率が大きくなる傾向があるものの、臥位、平座位が多く見られるのが重度の障がい児の滞在姿勢の特徴と言える。 (2)姿勢が展開される場所 (1)で示したような姿勢がとられるしつらえの比率をカテゴリ別に示した図が図6である。 小学部低学年は約46%が臥位と平座位であり、それらは床直または床しつらえ上でとられていた。床しつらえはフロアマットまたはセラピーマットである。作業椅子や一般的車椅子などの椅子座具は20%未満で姿勢保持具の方が多い。 小学部高学年では姿勢保持具の比率が大きくなり、一方で床しつらえ上で過ごす比率が小さくなっている。すなわち座面を床から上げて姿勢をとる比率が多くなっていると言える。この傾向は中等部、高等部と学年が上がるごとに強くなり、中等部では床直で過ごす時間は20%弱、高等部では15%弱となっている。 中等部および高等部では椅子座具の比率が多くなると共に、臥位具の割合も高くなっている。すなわち、姿勢保持具は使わないが、床直で過ごすのではなく、イスやベッドと言ったイスザ的座臥具で過ごすことが 多いことが分かる。 図5 各学年群の姿勢比率 図6 各学年群の座臥具比率 5.考察 (1)各カテゴリの空間計画に関する考察 小学部低学年、小学部高学年、中学部、高等部の3学年ずつの4つのカテゴリに対する空間計画を考察する。 4.2.で見たように、4カテゴリ間の行動群の比率はほとんど差が見られないが、一方で、空間利用(特に空間の使い分け)と姿勢には大きな違いが見られる。 小学部低学年(4年生まで)は学びの空間の使い分けは余り見られず、臥位または平座位といった床直・床しつらえ上の姿勢で空間移動がなく学び活動が展開されている。個別活動が見られなかった小学部低学年においては、構成人数が臥位などで過ごせる十分な広さの空間があることが望ましい。一方で、個別的活動によって空間の使い分けが見られる小学部高学年、中学部、高等部においては、複数の学年が同時に集まるホール的な大空間と共に、個別に使うことのできる学びの空間が求められる。すなわち、集団規模の異なる利用に対応し得る、大小の空間による学び空間の構成が望ましいと言える。  4カテゴリ共に約1/3程の時間が費やされる生活活動の空間においては、慎重に計画されるべきである。 昼食は、各カテゴリ共に椅坐位が基本姿勢となっており、平座位などでの学び活動が多い小学部においては家具などのニーズが異なることを考慮して、別空間を設けるべきと考える。中学部、高等部においては、一緒に昼食を摂るグループが学び活動からは再編されているが、これは介助量や医療量(経管栄養の有無)などが考慮されている結果である。これらのグループ再編も、食事空間が学び空間と別になっていることでより容易になることが予想されることから、小学部同様に独立した食事室を設けるべきと考える。これは、衛生管理の面からも配膳の動作量の面からも望ましい計画と考えられる。 排せつについては、移動・移乗介助負担を考慮すると各カテゴリ共に学び空間に隣接して設置されるべきである。また、多様な姿勢での排せつとその介助を許容する十分な広さと機能が求められる。 (2)各カテゴリの床デザインおよび床しつらえに関する考察 小学部低学年は、空間移動が少なく臥位や平座位で学び活動を行うことが多いことが分かった。このような学び姿勢に対して、触感やアフォーダンスは重要であり、カーペットなど床仕上げ材が適していると考えられる。さらにフロアマットやセラピーマットなどの床しつらえは、身体への摩擦負担などを低減する他、洗濯・取換えなどの衛生管理の容易にする。 小学部高学年は、平座位と椅坐位の双方の学び姿勢が見られることから、カーペットなどの床直に触れるユカザ的空間と、イスや車椅子で利用するイスザ的空間の双方の床デザインが求められる。 中学部、高等部においては平座位などが少ないことからも、イスザ的空間の床デザインが求められるが、中学部の約20%、高等部の約15%の平座位・臥位に対しても建築的な対応をすべきと考える。すなわち、教室の一部に小上がりなどのユカザ的空間をしつらえるなど、短時間での利用に対応した床デザインを採用すべきだと考える。  また、各カテゴリ共に食事はイスザで摂っているため、食事空間はイスザ的空間の床デザインとすべきであるといえる。 6.まとめ 本研究では、ほとんど解明されていない重度の障がい児の特別支援学校内での学びの活動を、空間利用、行動、姿勢から明らかにした。 結果として、小学部低学年から高等部までの学年カテゴリ別に整備すべき空間および床デザインなどに以下のような知見が得られた。・小学部低学年は複数の学び空間ニーズは小さいが、個別活動のある小学部高学年、中学部、高等部においては、複数の学年による大規模集団での学び空間と個別的学び空間との双方が求められる。・小学部低学年はユカザ的空間の床しつらえによる学び空間が適しており、小学部高学年はユカザ的空間とイスザ的空間の双方がしつらえられると良い。また、中学部、高等部の学び空間は基本的にイスザ空間が求められるが、一部にユカザ的空間をしつらえるなど、平座位や臥位に対応した空間づくりが求められる。・昼食空間は、姿勢の変化や児童構成が再編される現状を考慮すると学び空間とは別にしつらえられることが望ましく、その床デザインは椅坐位に対応したイスザ的空間とすべきである。 平成27年度は、建替え後施設てある新校舎での学び活動を調査し、これらの空間ニーズについての再検証を行うと共に、建替え後施設空間の建築計画や床デザインのPOE調査を行い、更なる知見の蓄積を図りたい。 謝辞:調査に多大な協力を頂いた熊本県立かがやきの森支援学校の教職員および児童に感謝致します。また、調査計画の立案から調査の実行、データ化に協力を頂いた鹿児島大学大学院の境野健太郎准教授および境野研究室の学生諸君にこの場を借りて謝意を表します。