鍼灸、あん摩マッサージ指圧及び物理的刺激が心拍変動・瞬時心拍数・ 血液量・サーモグラム・瞳孔反応におよぼす効果 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻1),鍼灸学専攻(客員研究員) 2) 森 英俊1),大沢秀雄1),久下浩史2),田中秀明2),渡邉真弓2),羽生一予2) キーワード:鍼灸, 指圧, 筋血液量, 瞳孔, 心拍数 成果の概要 本研究は,鍼灸・手技療法の科学化において神経(特に自律神経)−内分泌−免疫系のホメオスタ−シスの三角の関係を明らかにする研究である。 今回の事業では,(1)鍼灸療法による不定愁訴症状の効果 −評価調査票と不定愁訴症状の関係−,(2)温熱刺激(温灸)の効果,(3)鍼・鍼通電刺激,物理的刺激による心拍変動・瞬時心拍数,筋血液量等の効果,(4)指圧刺激による瞳孔反応および心拍数変動(心拍数)・血圧の効果を明らかにする目的で検討した。 1. 鍼灸療法による不定愁訴症状の効果 −評価調査票と不定愁訴症状の関係−について 1.1. 冷え症と不定愁訴について〔1,2,3,4〕 私たちは,新たな冷え症状尺度を開発してきた。本冷え症状尺度の調査票と月経との関係として,冷え症者は月経関連症状の水分貯留や否定的情緒に大きく関連していた。月経時期としては月経後期で月経に随伴する「痛み」や「水分貯留」が冷え症に関連していた。また,月経関連症状尺度の痛みと水分貯留を示す女性は,冷えと腰痛を訴えていた。なお,冷え症状尺度の調査票とサーモグラフィによって起立負荷試験の皮膚温判定を行ったところ,血管運動神経障害を伴う項目が抽出された。 研究成果の今後の活用等 私たちが新たに作成した冷え症状尺度は,月経随伴症状の水分貯留や腰痛に関連しており,血管運動神経障害を検出できる調査票であった。本調査票を使用すればサーモグラフィを用いる前に血管運動神経障害の冷え症を検出できる可能性が示された。 1.2. 肩こりと不定愁訴について〔5,6〕 私たちは,新たな肩こり症状尺度として質問項目を作成した(表 1)。本調査票(肩こり症状尺度)は,信頼性が担保された質問項目間であった。因子分析(主因子法)バリマックス回転によって本調査票は,12項目から構成され,2つの因子をもった内容であった。肩関節を主とした作業の項目(上肢帯の動き)と日常生活活動を主体とする動作(活動力)であった。再現性は,2週間の間隔で被験者内効果がないため本調査票が2週間以内の肩こりの状態を示していると考えられた。 今後,本調査票とQOLの関係,肩こりの硬さ(硬度)などの検証を進める。 表 1 肩こり特異的QOL尺度 研究成果の今後の活用等 私たちが新たに作成した肩こり症状尺度は,鍼灸治療を介入としたoutcome評価研究に利用できる可能性を示唆するものであった。また包括的QOL、硬度計との関係,こり部位の関係を再検討し,肩こり症状尺度に対する特徴の検証を考えている。 2. 温熱刺激の効果について 2.1. 温灸刺激のサーモグラムの変化について 足三里穴の1回温灸・3回温灸刺激による下腿部・足部の皮膚温変化に違いがあるのかどうかを検討した。 足三里穴の1回温灸・3回温灸刺激による下腿部・足部の皮膚温上昇を示した。また,1回温灸・3回温灸刺激による下腿部・足部の皮膚温変化に違いがなかった。 2.2. 温灸刺激が胃運動に及ぼす効果について 足三里穴の温灸刺激による胃運動及び心拍数に及ぼす影響を検討した。 温灸刺激は,心拍数を減少させ,胃活動を増大させることが示唆された。 3.鍼・鍼通電刺激、物理的刺激の効果について 3.1. 鍼刺激の自律神経機能に及ぼす効果について 浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法(A群),雀啄刺激(B群),無刺激(C群)の心拍変動を検討した。 (1)心拍数(HR)についてA群とB群は,刺激前に比べて刺激中,刺激後で減少した。C群は,刺激前に比べて変化がなかった。 (2)LFについてA群とB群は,刺激前に比べて変化がなかった。C群は,刺激前に比べて刺激中で減少した。 (3)HFについてA群とC群は,刺激前に比べて変化がなかった。B群は,刺激前に比べて刺激中,刺激後で増加した。 (4)LF/HF比についてA群とB群は,刺激前に比べて変化がなかった。C群は,刺激前に比べて刺激中で減少した。 3.2. 鍼通電刺激の差異が皮膚血流および筋血液量へ与える影響について 鍼通電刺激による僧帽筋部,腰部の脊柱起立筋部,大腿四頭筋部,下腿三頭筋部の異なる部位で筋血液量(MBV)および皮膚血流量(SBF),皮膚温の反応に刺激部位により異なるか否かを検討した。 (1)筋血液量は,僧帽筋部・腰部脊柱起立筋部・大腿四頭筋部・下腿三頭筋部すべてにおいて,鍼通電前と比較してMBVが増加した。 (2)皮膚温は,僧帽筋部・腰部脊柱起立筋部・大腿四頭筋部刺激において,鍼通電前と比較して皮膚温が上昇した。 (3)皮膚血流量は,腰部脊柱起立筋部刺激において鍼通電前と比較してSBFが増加した。 僧帽筋部,腰部脊柱起立筋部,大腿四頭筋部,下腿三頭筋部の鍼通電刺激後の筋血液量の変化に違いがなかった。 3.3. 交流磁気刺激の自律神経機能に及ぼす効果について 肩部・腰部交流磁気刺激による自律神経機能の効果があるのかないのかについて心拍変動,サーモグラム(皮膚温)で,また脳波を指標に検討した。 (1)肩部・腰部磁気刺激において心拍数が減少した。 (2)肩部磁気刺激において皮膚温が低下した。 (3)肩部・腰部磁気刺激において脳波に変化はなかった。 4. 指圧刺激による瞳孔反応および心拍変動・血圧の効果について 明順応下での前腕内側部への指圧刺激が瞳孔直径及び脈拍数,血圧に及ぼす効果について検討した。 (1)瞳孔直径は刺激中,刺激終了後に有意に縮小した。 (2)脈拍数,収縮期血圧,拡張期血圧に有意な反応はなかった。 5. 筋血液量の鍼通電(EA)の影響:二種類(近赤外分光法と水素クリアランス法)の血液量評価に違いがあるかについて〔7〕 筋血液量(MBV)の測定は,一般的に2つの種類の方法で測定されている。表面電極を用いる近赤外分光法(NIRS)と鍼電極を用いる水素クリアランス法(HCM)である。鍼刺激後における筋血流反応を明確に捉えるためには検査法自体による修飾の影響を避けることが重要と考えられ,非侵襲的検査法であるNIRSが望ましいと思われる。 本研究では,鍼実験におけるNIRSの有用性を検討するため,健常男性20名を対象に鍼通電(腰部BL22-BL25)を行い,刺激前後のMBVの変化をNIRSとHCMを用いて観察した。刺激後の筋血流量の増加はNIRS(p=0.001)およびHCM(p=0.006)ともに見られた。群間での有意差は見られなかったがStandard Response Mean (SRM) はNIRS(0.073),HCM (6.007)でHCMが高値を示した。HCM法はより高いSRMを示し,筋血流評価において感度が高い検査法であることが示された。 NIRS法のSRMは小さかったが,EA前後で有意差が検出された。 研究成果の今後の活用等 二種類の血流量評価に違いがあるか,近赤外分光法(NIRS)と水素クリアランス法(HCM)を用いた研究により,EA前後で両検査法ともに有意差が検出された。NIRSは被験者に対する負担も少なく,鍼研究に有用な検査法であると考えられた。 6.まとめ 本研究は,鍼灸・手技療法の科学化において特に自律神経系への作用の関係を検討した。臨床・教育に貢献できることは, 1.調査票と不定愁訴症状の関係は,冷え症状尺度で血管運動神経障害を判定できた。 2.温灸刺激は,心拍数を減少させ,胃活動を増大させることができた。 3.1回温灸・3回温灸刺激による下腿部・足部の皮膚温変化に違いがなかった。 4.浅刺・呼気時・坐位の刺鍼法と雀啄刺激は,刺激前に比べて刺激中,刺激後で心拍数が減少し,無刺激は,刺激前に比べて変化がなかった。 5.鍼通電刺激は,僧帽筋部・腰部脊柱起立筋部・大腿四頭筋部・下腿三頭筋部すべてにおいて,鍼通電前と比較して鍼通電刺激後に筋血液量が増加し,4部位の筋血液量の変化に違いがなかった。 6.交流磁気刺激は肩部・腰部刺激において心拍数が減少した。 7.指圧刺激は,前腕内側部刺激で瞳孔直径は刺激中,刺激終了後に有意に縮小した。 8.近赤外線分光法と水素クリアランス法では,鍼通電刺激後に筋血流量が増加し,両者の測定法で筋血流量の影響を捉えられた。近赤外線分光法は被験者に対する負担も少なく,鍼研究に有用な検査法であると考えられた。 参考文献 〔1〕辻 涼太,久下浩史,森 英俊,他.女性の冷え症状に関する因子の検討 -冷え・腰痛・月経関連症状尺度の関係性について-.東洋医学とペインクリニッ.2014;44(1):17-24. 〔2〕池上典子,久下浩史,森 英俊,他.冷え症状と月経関連症状との関係性について.東洋医学とペインクリニック.2014;44(1):11-16. 〔3〕宮嵜潤二,久下浩史,森 英俊,他.月経時期による冷え症状尺度と月経随伴症状・QOLとの関係性.Quality Of Life Journal.2014; 15(1):45-50. 〔4〕坂口俊二,久下浩史,森 英俊.若年女性冷え症者の起立試験による下肢血管反応異常の有無を冷え症に関連する自覚症状から予測できるか?Biomedical Thermography.2014; 33(2) : 47-51. 〔5〕宮嵜潤二,久下浩史,森 英俊,他.日常生活活動を指標とした肩こり調査紙の作成-肩痛および肩こりの調査紙間の関係とその再現性について-.東洋医学とペインクリニック.2014;44(1):2-10. 〔6〕久下浩史,宮嵜潤二,森 英俊,他.日常生活活動を指標とした肩痛(肩こり)質問紙の作成について.東洋医学とペインクリニック.2014;43(2),56-63. 〔7〕Mori H, kuge H, Watanabe M, et al. Near-infrared spectroscopy and hydrogen clearance: is there any difference between these two methods of muscle blood volume estimation? Acupuncture in Medicine (Acupunct Med doi: 10.1136/acupmed-2014-010672).