ブラインドサッカー選手の筋力に関する研究 筑波技術大学保健科学部東西医学統合医療センター 松井康 キーワード:障害者スポーツ,ブラインドサッカー,下肢筋力,パフォーマンス,傷害予防 成果の概要 ブラインドサッカーは4人のフィールドプレイヤーとゴールキーパーの計5人で行う競技である。フィールドプレイヤーはアイマスクを着用しながらプレーを行い,ゴールキーパーは晴眼者または弱視者が務める国際大会では開幕前に専門医による視力検査があり,全盲と判断された人しかフィールドプレイヤーとして出場できない)。使用するピッチにはサイドフェンスが設置しであり,音の鳴る特殊なボールを使用し,プレーを行う。また,コーチ,ガイドの2人は声などにより指示を出すことが許されている。 ブラインドサッカーでは,2つのPKがあり,PKを決めることは競技成績に大きく影響を及ぼす。PKを決めるためには,取りにくいコースに強いボールを蹴り込むことが必要であるが,まず強いボールを蹴ることができなければ,得点の可能性は低くなってしまう。強いボールを蹴るには,キック技術,筋力が重要であると考えられる。そこで本研究では,筋力,特に下肢筋力に着目した。本研究の目的は,ブラインドサッカーの競技力向上のために,ブラインドサッカー選手の下肢筋力を晴眼のサッカー選手と比較し,客観的に評価することである。 対象者は,ブラインドサッカー日本代表(以下,B1代表)選手12名(年齢33.1±8.6歳,身長168.7±3.5cm,体重68.1± 10.0kg),晴眼の大学男子サッカー選手7名(年齢20.6±0.8歳,身長172.5±5.4cm,体重61.8±3.3kg)の計19名であった。各被験者には事前に研究の目的,方法などを十分に説明し,参加の同意を得た。 図1実験の様子 測定方法は,多用途筋機能評価運動装置Biodex System 4を用いて膝伸展及び膝屈曲の等速性筋力を60°/sec, 180°/sec, 300°/secで測定し,左右の平均ピークトルクを算出した。測定手順は180°/secを連続5回測定,3分休息,300°/secを連続5回測定,3分休息,60°/sec連続3回測定という流れで、行った。統計解析は,B1代表選手と晴眼の大学男子サッカー選手の結果に関して,対応のないt検定を用いて比較を行った。有意水準は5%以下とした。結果は,体重で補正した筋力に関して,B1代表選手は晴眼サッカー選手と比較して,膝伸展筋力,膝屈曲筋力がともに有意に低かった。 これまで,晴眼サッカー選手の膝関節筋力に関する報告はいくつかある。本研究に参加した晴眼大学男子サッカー選手は,関東大学一部リーグに所属している選手であるが,同様に関東大学一部リーグに所属している晴眼大学男子サッカー選手の膝伸展・屈曲筋力に関する報告1)では,角速度60度/secに関する体重で補正した筋力は,膝伸展筋力が332[Nm/kg×100],膝屈曲筋力が181.9 [Nm/kg×100]であり,本研究での筋力値とほぼ変わりなかった。 自体重に対する筋力に関して,サッカーに特異的な方向転換,ランニング,スプリント,ジャンプ,着地などの運動は,自体重の1.65-4.22倍もの力を伴う可能性があり2).3).4),5),サッカーにおいては,自体重をコントロールする下肢筋力が非常に重要であると考えられている。本研究で対象となっているブラインドサッカーでは,ジャンプ,着地動作は少ないと考えられるが,方向転換,ランニング,そしてスプリント動作は,頻繁に行われており,体重当たりの下肢筋力は重要であると考えられる。サッカーにおいて,下肢の筋力および制御力を向上させれば,下肢の傷害発生数を減らすことやパフォーマンスを向上させることが可能であると報告されている。Asklingら6)は,トップレベルのサッカー選手に対してハムストリングスの求心性および遠心性の筋力トレーニングを行ったところ,求心性および遠心性の筋力が向上し,30m走のタイムが改善し,またハムストリングスの外傷予防にも効果があったと報告している。 さらにブラインドサッカーで重要なシュートのボール速度に関して,サッカーにおける研究によると,インパクトにおける大きな脚の質量と大きな足の速度がより大きなボール速度を生むことになり,足の速度は筋力および助走速度により決定し7),脚伸展最大パワーとボール速度は正の相関関係があると報告されている8)。ブラインドサッカーでは,健常者のサッカーと異なり,視覚情報の遮断により,長い助走をとることが困難であるため,シュートのボール速度は,より膝の伸展筋力に依存することが考えられる。 本研究により,ブラインドサッカー選手は晴眼サッカー選手と比較して,体重当たりの下肢筋力が低いことが明らかとなった。体重あたりの下肢筋力は,下肢の傷害発生数と密接に関連があることから,傷害予防という観点から,今後改善が必要な項目であると考えられる。また,下肢筋力の改善は,シュートカやスプリントの速さの向上など,パフォーマンスにも重要な役害を果たすと考えられるため,競技力向上のためにも改善していく必要がある。本研究結果の一部は,2014年12月に行われた障害者スポーツ学会で、発表を行った。 引用文献 1) 宮森隆,吉村雅,他大学サッカー選手のポジション別体力特性に関する研究−試合中の移動距離・移動スピードからみた生理学的特徴との関連性について−.理学療法科学2008;23 (2):189-195 2) Barnes JL, Schilling BK, et al.:Relationship of jumping and agility performance in female volleyball athletes. J. Strength Cond Res. 2007; 21:(4) 1192-1196 3) McElveen MT, Riemann BL, et al.Bilateral comparison of propulsion mechanics during single leg vertical jumping. J. Strength Cond Res. 2010; 24(2) 375-381 4) Sato K, Mokha M: Does core strength training influence running kinetics, lower-extremity stability, and 5000-M performance in runners? Strength Cond Res. 2009; 23(1):133-140 5) Wallace BJ, Kernozek TW, et al.:Quantification of vertical ground reaction forces of popular bilateral plyometric exercises. J. Strength Cond Res. 2010; 24(1):207-212 6) Askling C, Karlsson J, et al. : Hamstring injury occurrence in elite soccer players after preseason strength training with eccentri coverload. Scand.J.Med.Sci.Sports. 2003; 13(4):244-250 7) Hoshizaki T:Strength and coordination in the Soccer kick. Terauds Jed, Sports Biomechanics Proceedings of International Conference of Sport Biomechanics. Academic Publishers: 1984: 271 275 8)浅見俊雄,戸苅晴彦,他:サッカーのキックにみられるパワーとパフォーマンスとの関係について;身体運動の科学I -Human powerの研究-,キネシオロジー研究会(編).杏林書院,東京,1976;pp147-157