多種ラジカル消去活性測定(MULTIS)による漢方製剤抗酸化能の再評価      一先端スピン応用医学の東西医学への展開4- 筑波技術大学保健科学部附属東西医学統合医療センター1) 平山 暁1)、青柳 一正1)、藤森 憲1)、片山 幸一1) キーワード:漢方薬、電子スピン共鳴、酸化ストレス、スーパーオキサイド、アルコキシラジカル 1.  研究背景  近年の医学は日進月歩の進歩をみせ、これまで治療困難であった疾病でも次々と治療法が開発されている。これには、統計学の進歩によりもたらされた、客観的に実証された根拠に基づいて医療を行うEBM(Evidence-based Medicine)の発展があり、EBMにより有効な治療対象が選別され治療方法が示されたことが大きな要因となっている。その一方で、エビデンスが重視される風潮の中、治療対象に該当しないなど、エビデンスから漏れた患者は取り残される事態も発生している[1]。還元主義的な西洋医学的アプローチと比して、よりナラティブ(物語的)て全人主義的なアプローチをとる漢方治療は、これまでのエビデンスに偏りすぎた医学動向のなかで大きく注目を浴びている。米国ではバラク・オバマ大統領が医療制度改革の中で漢方を含む代替医療(alternative medicine)の有用性をあげている[2]。  漢方製剤には、酸化ストレスを軽減する抗酸化能の高い成分が多く含有するとされる。 しかしながら、酸化ストレスを定量化し臨床的に評価しうる方法は依然として乏しく、多くの分野で研究発展のボトルネックとなっている。生体内酸化ストレスの起源となるものは活性酸素(ROS)であるが、これは電子軌道内に不対電子を有していることから、電子スピンを計測すればROS動態を評価することが可能である。この方法となる電子スピン共鳴法(ESR)は原理的にROSを個別かつ正確に同定できることから、潜在的に最も有用な酸化ストレス評価法となり得るが、操作の煩雑さや生体応用が困難でめったことから、未だ汎用性に乏しい。  これまで申請者は本競争的教育研究プロジェクト事業や科研費研究を通じ、臨床応用に通じる酸化ストレス研究を「先端スピン応用医学の東西医学への展開」と題し病態解析と治療応用という両面から進めてきた。病態解析としては、平成24,25年度の本本競争的教育研究プロジェクトにおいて、ESRを用いた多種ラジカル検出法(MULTIS)を開発発展させてきた。これにより、これまで臨床的に検出不可能であった微小炎症状態における血清抗酸化バランスを検出し、和漢薬投与時の酸化ストレス変化を描出しうることを示しまた酸化ストレス変動を規定する因子を分子レベルで解明した。治療応用としては、ドラッグデリバリーシステム(DDS)技術を用い、酸化ストレスの増大する炎症部位局所でのみスピンをコントロールし、全身に影響を与えない抗酸化ナノ粒子(RNP)を開発している[3]。  本研究では、これまでの「先端スピン応用医学の東西医学への展開」を更に推し進め、各種漢方製剤の抗酸化能を最先端のMULTIS法により再評価することを目的とした。 2.  研究方法  漢方製剤は、保存料等の添加物を加え製品化される以前の原末(エキス末)を(株)ツムラより提供を受け使用した。酸化ストレス動態は昨年度本研究等にて開発してきたMULTIS法によった[4]。 MULTIS法により対象とするROSおよびその発生法は表に記す。この詳細は別報に記した。 ROS消去活性は各エキス製剤を熱水抽出し、水溶系において評価した。 表MULTIS法による活性酸素種測定 ROS  スピントラップ剤  ROS発生剤  光源 照射時間(sec) 抗酸化剤                  ・OH   CYPMPO H2O2 10mM      uv  5    GSH               O2・ ̄   CYPMPO Riboflavin 20μM   VL  60   SOD               RO・   CYPMPO AAPH 10mM     uv  5    Trolox               ROO・  CYPMPO tBHP 10mM      uv  5    a-lipoic acid               R.(CH3)   CYPMPO H202 lOOmM DMSO 1OmM uv  30   CYPMPO          1△02  TMPO   Rosebengal 200μM  VL  30   GSH                3.  結果および考察  漢方製剤の多くに抗酸化活性が認められているが、多種のROSに対する消去活性を報告したものは乏しい。これまでに、通導散・大承気湯など漢方製剤が高いORAC (oxygen radical absorbance capacity)値を有すること、生薬成分としては大黄(Rhei Rhizoma)や麻黄(Evhedrae Herba)を含有する製剤がORAC値を示すことが報告されている[5]。また大黄や麻黄に加え、虎杖根、牡丹、柘榴、蘇木などがO2-に対し高い消去活性を有することが知られている[6]。  我々は今回、約30の漢方製剤につき消去活性を検討した。代表的な結果として、通導散、防風通聖散、桂枝茯苓丸の抗酸化活性プロフィールを図に示す。通導散は駆瘀血剤であり、大黄、蘇木を含有し極めて高いORAC値が報告されている[4]。防風通聖散は大黄、麻黄などを含有し、やはり高いORACを有する。既報では通導散は防風通聖散に比べ高いORAC値を有するとされている[4]が、MULTISによる比較ではO2-、R・に対する消去活性は通導散が勝るものの、RO・、ROO・に対する消去活性は防風通聖散の方が優れていた。一方、桂枝茯苓丸は駆瘀血剤であるがこれらの成分を含有しない。一見して判る通り、通導散。防風通聖散は桂枝茯苓丸に比べいずれのROSに対する消去活性も低い結果となっており、生薬成分による影響が大きい例と考えられた。  ORAC法はこれまで抗酸化活性の指標として使用されてきたが、その適切な適応範囲を超えて使用されるため誤解が多く、米国農務省がホームページ上で公開していたORAC値リストを削除するなど、抗酸化指標としての使用に疑問が呈される事態となっている。 MULTIS法は多種のROSに対する消去活性を網羅的に描出できるため、今後ORAC法に変わる抗酸化活性評価法としての有用性が広がるものである。 図MULTIS法により測定された,漢方製剤のin vitroにおける抗酸化活性プロフィール。 OH:hydroxyl radical, RO: alkoxyl radical, ROO:alkylperoxiyl radical, O2-: superoxide, R:alkylradical, 1O2: singlet oxygen に対する消去活性を各々相対値にて表示している。 実線:通導散,破線:桂枝茯苓丸,点線:防風通聖散。 4.  謝辞   本研究の遂行に関し、大和田滋博士(あさおクリツク),伊藤紘氏、松井裕史博士(筑波大学大学院人 間総合科学研究科)ならびに真明正志氏(ラジカルリサーチ(株))の協力を得ました。ここに深謝致しま す。本稿は研究成果報告書です。 5.  参考文献 [1] Meza JP他著,岩田訳,Integrating Narrative     Medicine and Evidence-based Medicine, 2013 [2] Prevention and control of non-communicable     diseases. Report of the Secretary-General.     United Nations General Assembly 19 May,     2011. [3] 長崎幸夫,平山 暁、他 高分子環状ニトロキシ     ドラジカル化合物とシリカの有機一無機ハイ     ブリット複合体PCr/JP2013/052769 2013.2.6,     WO2013/118783 A1 2013.8.15. [4] 平山 暁,大和田滋,青柳一正,他.MULTIS     法による微小炎症病態の検出 筑波技術大学     テクノレポート2013;21(l):pi 08-109. [5] Nishimura K,Osawa T,Watanabe K.     Evaluation of Oxygen Radical Absorbance     Capacity in Kampo Medicine. Ev Compl Alt     Med 2011 doi:10.1093/ecam/nen082. [6] Niwano Y, Saito K, Yoshizaki F, et al. Extensive     screening for herbal extracts with potent     anitoxidant properties.JClin Biochem Nutr     2011:48(1):p78-84.