視覚障害学生のための東洋医学用語学習教材の開発と運用の検証 ─ 検索時間の視認環境別検討 ─ 石崎直人 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 鍼灸学専攻 キーワード:東洋医学,用語検索,教材,携帯型端末,タブレット端末 1.研究の背景と目的 視覚障害を有する学生の自己学習において,理解不十分な用語の意味検索は大きな障壁の一つとなっている。インターネット接続環境の整ったところでは,Web上の情報にアクセスして用語を検索する方法もあるが,無関係な商業的表示も含めて複数表示される検索結果の中から,知りたい情報のみを抽出する作業は視覚障害者には容易でなく,信頼できる情報を絞り込むにはある程度の知識が必要である。墨字が認識できる学生の中には,近年急速に普及してきたタブレット端末を利用している者も多いが,その利用方法は,PDF化した教科書をタブレット端末内で拡大している場合が多く,任意の用語へのアクセス困難という本質的な問題解決には至っていない。特に東洋医学関連の用語では,見慣れない漢字や Web上の情報不足などの点で,上述の問題が顕著となる。 以上のことから,東洋医学関連用語に特化し,尚且つ国家試験出題基準や教科書の内容と齟齬がなくタブレット端末で簡便に操作できるPDF教材を試作し,実用,性について検証を続けてきた。 この試作教材の使用感について,鍼灸学専攻の学生を対象として調査した結果は概ね良好で,実用化を望む声が多く聞かれた。今回は,より客観的な評価を目的として,任意の用語解説へのアクセスに要する時間と,解説の読了に要する時間について,試作教材と墨字の教科書およびインターネットの 3種類の媒体を用いて被験者の視認環境別に比較検討することを目的とした。 2.教材の作成と検索時間の測定 2.1 PDF教材の基本コンセプトと構成 教材の原稿はワープロソフトで作成し,リンク機能を利用して索引と各用語を関連付けた後にPDFへ変換した。索引は,五十音の平仮名を1ページに配し,検索したい用語の先頭に当たる音を指先でタップすることにより第一段階の絞り込みを行う(図 1)。選択した五十音に該当する用語のリスト(図 2)が表示されるようにリンク設定し,リストの中から任意の用語をタップして解説を表示できるようにした。 各用語の解説文は,国家試験出題基準と教科書 [1]に準拠しつつ,複数の文献 [2,3]を参照しながら作成した。解説文中に専門用語が現れる場合には,その用語をタップすることで当該用語の解説ページに到達するようリンクさせた。何れの画面においても,容易に索引画面に立ち返ることができるようリンクボタンを設定した。 図1 索引の第1ページ PDF文書の第1ページ(表紙に次ぐページ)に五十音を配置して,各音を指でタップすることによって,それぞれの音を先頭とする用語のリストページを表示できるようリンクを設定した。 2.2 用語検索時間の比較 2.2.1 対象と方法 筑波技術大学保健科学部鍼灸学専攻に在籍中の学生のうち,印刷媒体を教材として使用している者で,本研究の参加に同意が得られた 18名(女性6名,男性 12名)を対象として試作教材を含めた3種類の媒体による検索時間を測定し,被験者の視認環境別に比較検討した。 図2 用語のリストページ 五十音索引のページ(図1参照)で,任意の音をタップした後に表示される用語リストの例。図は,五十音索引で「え」の文字をタップした後に表示されるページ。 表示された用語の中から任意の用語をタップすることにより,その用語の解説ページが表示されるようにリンクを設定した。画面最下部の矢印は,リストの続きページを表示するためのリンクボタンになっている。 2.2.2 検索所要時間の測定方法 教科書の索引による検索,インターネット検索,及び試作教材の 3種類の方法をランダムな順序で用いて特定の東洋医学用語を検索させ,検索に要する時間を測定した。検索対象とした用語は,あらかじめ用意した 14種類の東洋医学用語の中からランダムに抽出した 3語として,漢字と読み仮名を記載した単票を被験者に提示して,上記 3種類の検索方法で検索させた。教科書を用いた検索では,被験者の希望に応じて拡大読書器を使用させた。インターネット検索にあたっては,デスクトップPC(Windows10 Professional),タブレット端末(iPad Pro 10.5インチ),又はスマートフォンのいずれか被験者の希望に応じて利用した。試作教材の閲覧に用いたタブレット端末は,iPad Pro 10.5インチ(Apple Inc.)PDF閲覧アプリはUDブラウザ[4]を使用した。測定は,用語,解説箇所を見つけるまでの時間(到達時間)と,用語の解説を読み終える時間(読了時間)の 2段階で行い秒単位で記録した。尚,検索または読了が 10分(600秒)以内に終了しない場合には,被験者の負担に配慮して作業を打ち切ることとした。 3.結果 図 3には,3種類の方法による検索所要時間について,各被験者の文字視認環境別にプロットした結果を示す。視認環境A(14ポイント文字使用者)に分類された被験者の到達時間(中央値)は,インターネット検索で 58秒,教科書で 56秒であったのに対して,試作教材では 7.5秒で あった。同様に,視認環境 B(18ポイント文字使用者)では,インターネット検索で52秒,教科書で37秒,試作教材で8秒,視認環境 C(24ポイント文字又は拡大読書器使用者)では,インターネット検索で 175秒,教科書で 91秒,試作教材では 11秒であり,試作教材では他の方法と比較して明らかに時間が短縮し,視認環境の影響も少なかった。以上の傾向は,解説読了に要する時間についても同様であった。 図3 視認環境別の検索所要時間 被験者の視認環境を,A(14ポイント文字使用者),B(18ポイント文字使用者),C(24ポイント文字又は拡大読書器使用者,又はその両方)の3群に分類し,到達時間をプロットした。EXP: 試作教材,TXT: 教科書,NET: インターネット検索。 4.考察及び今後の展開 鍼灸学の科目の中でも,東洋医学概論は独特の用語が頻出する上に,難解な漢字に遭遇することの多い科目である。東洋医学用語を解説した文献は複数存在するが,視覚障害者が任意の東洋医学用語について意味を調べる用途としては適していない。現時点において学生が任意の東洋医学用語の意味を調べるための一般的な手段としては,教科書の索引を利用するか,PCあるいはタブレット端末を利用したインターネット検索に頼っているのが現状である。視覚に障害を有する学生が墨字の教科書の索引から,本文の該当ページを探し出し,その中に任意の用語を見つけるためには相応の労力と時間を要する。又,インターネット検索では,複数表示される情報の中から正しい情報を得るためには予備的な知識や検索技能が必要となる。 以上のことから,視覚障害を有する学生が,簡便に任意の東洋医学用語解説にアクセスでき,尚且つ用語の解説が標準テキストと齟齬のない教材を作成することが望ましい。 今回試作した教材は,PDFのリンク機能を利用したシンプルな構成で,タブレット端末以外に PCでも利用でき,特別なアプリケーションは必要としない点で汎用性が高い。又,原稿をワードファイルで作成しているため,原稿を他のデータベース等へ移行して,より高度な機能を持つ検索システムとして再利用できる可能性も残している。 今回,検索所要時間を比較した結果,試作教材では他の 2方法と比較して明らかに時間が短縮し,個々の使用者の視認環境による影響も少ないことがわかった。 今後は,用語の種類を増やし,解説をわかりやすく推敲することによって実用性を高め,はり・きゅう・あんま・マッサージ・指圧師の国家試験のための自主学習における実用性についても検証してゆきたい。さらに点字使用者にも利用できるよう工夫を重ねてゆく予定である。 5.結語 5.1 視覚障害者がタブレット端末で利用可能な東洋医学用語解説教材の実用性について,検索所要時間をインターネット及び教科書と比較した。 5.2 試作教材を利用した検索所要時間は,他の2方法と比較して明らかに短縮し,視認環境の影響も受けにくいことがわかった。 6.謝辞 本研究は,平成 30年度学長のリーダーシップによる教育研究等高度化推進事業・競争的教育研究プロジェクト事業(A)の助成を受けて実施した。本研究の試作教材評価は鍼灸学専攻の 18名の学生の協力を得て実施した。ご協力いただいた学生さんに深謝いたします。 参照文献 [1]東洋療法学校協会編.新版東洋医学概論,第1版,医歯薬出版(東京),2015. [2]森和,西條一止編.鍼灸医学大辞典,第1版,医歯薬出版(東京),2012. [3]天津中医学院,学校法人後藤学園 編.鍼灸学基礎編,第2版,東洋学術出版社(千葉),1996. [4]中野泰志.教科書・教材閲覧アプリ「UDブラウザ」のホームページ. http://web.econ.keio.ac.jp/staff/ nakanoy/app/UDB/ (cited 2018-5-7).