療養費を用いた在宅医療(往療)マッサージを受療する患者のQOLに関する実態調査 近藤宏 筑波技術大学 保健科学部 保健学科 キーワード: マッサージ,在宅医療,QOL,SF-8,実態調査 1.緒言 日本の少子・高齢化の急速な進展,人々の価値観の変化,医療技術の進歩といった大きな変化の中で,在宅医療に対する国民のニーズはきわめて高いことが近年の調査で明らかになっている[1]。現在,在宅医療の体制整備が医療政策における重要な課題として挙げられ,在宅医療サービスへの社会的・政策的な期待が高まっている。マッサージ施術は,在宅医療サービスとして療養費の支給対象が認められている[2]。近年,国民の在宅医療への期待の高まりとともに,療養費を用いた在宅医療マッサージを取り扱う治療院の増加している。そのため,マッサージ施術の療養費は年々増加傾向にある[3]。療養費を用いた在宅医療マッサージに対する国民のニーズが高まっているが,受療する患者の実態について調査した研究は少ない。在宅医療マッサージを受療する患者の健康に関するQOLやADLの自立度の状況を把握することは,マッサージの有効性を検討する上で極めて重要な基礎資料となり得る。 そこで,本研究では療養費を用いた在宅医療マッサージをこれから利用する在宅患者のQOLやADLの実態について調査することとした。 2.対象と方法 2.1 対象 対象者は,療養費を用いた在宅医療マッサージを受療開始する初診患者とした。対象者の募集は,全日本鍼灸マッサージ師会会員で在宅医療マッサージを行っている施術所院長に協力を依頼した。協力の得られた施術所は, 調査期間中に在宅医療マッサージの受療を開始する新患者に対して調査の趣旨説明を行い,同意を求めた。その結果,対象者は同意が得られた41人(平均年齢72.6±10.1歳,男性17人, 女性24人) となった。なお,本研究は筑波技術大学倫理委員会で承諾を得ている。 2.2方法 調査デザインは横断的研究である。単ーまたは複数回答による選択式よる質問票を用いた。質問票の回答は,患者又は患者自身で記入が困難な場合は患者の状況を最も把握している家族又は介護者が回答した。回収した質問票は施術に関わらない者が集計処理を行った。なお,施術ならびに質問棄の記入はすべて患者宅で行った。 2.3質問項目 質問項目は次の通りである。 ・患者の属性:性別,年齢,症状,同意書に記載されている傷病名 ・SF-8:健康に関する8領域のQOL劃定が可能なSF-8健康関連 QOL尺度 日本語版 を用いた。8領域とは,@身体機能, A 日常役割機能(身体),B体の痛み,C全体的健康感,D活力,E社会生活機能,F 日常役割機能(精神) ,G心の健康であり,国民標準値(50点)が提示されている。スコアが高いほど健康関連のQOLが良好であることを示す。SF-8スコアリングプログラムを用いることにより,国民標準値に基づく各尺度得点を求めた。 ・Barthel Index: Barthel Indexは基本的日常生活動作の自立度を評価する質問票である。食事,移乗,整容,トイレ動作,入浴,移動,階段昇降,更衣,排便自制,排尿自制の10項目で構成されている。それぞれ自立,部分介助など数段階の自立度で評価する。完全に自立している場合は合計100点となる。レベル分けの基準が項目ごとに具体的に設定されているため,理解しやすく簡単に使用でき,広く活用されている。 2.4集計方法 有効回答41件について単純集計を行い,集計値は平均値と標準偏差あるいは百分率で示した。 3.結果 3.1患者の属性 医師からの同意書に記載されていた傷病名は,脳血管疾患7人(17.1%)が最も多く,次いで変形性膝関節5人(12.2%),大腿骨頭骨折後遺症4人(9.8%),パーキンソン病3人(7.3%)と続いた(表 1)。患者の症状は,関節拘縮21人(51.2%)が最も多く,次いで,筋麻痺14人(34.1%に四肢筋力低下9人(22.0%),筋萎縮2人(4.9%),運動機能障害1人(2.4%),筋個縮1人(2.4%),その他9人(22.0%)であった。 表 1 患者の傷病名 3.2  SF-8 SF-8の各下位尺度の平均スコアは,全体的健康感43.0±10.5,身体機能29.0±10.1,日常役割機能(身体)30.9±9.6,体の痛み40.0±8.4,活力42.8±8.0,社会生活機能43.5±12.2,心の健康46.6±5.7,日常役割機能(精神) 40.8±12.7であった(図1).身体サマリースコアは,33.9±7.8で,精神サマリースコアは, 42.7±9.1で、あった。 図1 SF-8下位尺度 3.3 Barthel Index Barthel Indexの合計の平均値は68.6±26.0であった。なお,各項目の平均値は,食事8.8±2.4,車いすベッド移動11.6±4.3,整容3.8±2.4,トイレ動作7.4±3.6,入浴2.1±2.7,歩行8.8±5.1,階段昇降2.9±3.7,着替え6.7±3.6,排便8.3±3.4,排尿8.3±3.3であった(図3)。 表 2 BarthelI ndex 4.考察 本研究では在宅医療マッサージをこれから利用する在宅患者のQOLやADLの実態について調査した。 4.1患者の属性 本研究の対象者は,在宅医療マッサージをこれから受療する新患者とした。患者の傷病名の2割弱は脳血管疾患で,最も多く,次いで、変形性膝関節症が多かった。内閣府の報告によると介護が必要になった主な原因は,脳血管疾患が最も多く,次いで認知症,高齢による衰弱,関節疾患である[4]。在宅医療マッサージで取り扱う往療料は,歩行困難など真に安静を必要とするやむを得ない理由により患者の求めに応じて患者の家に行き,施術を行った場合に支給される[2]。このことから療養費による在宅医療マッサージの受療患者に歩行困難を伴うことの多い脳血管疾患や関節疾患が多いことは理解できる。患者の症状は, 5割強に関節拘縮がみられた。この傾向は近藤らが行った全国調査と同様の結果となった[5]。また,関節拘縮とともに筋麻痺や四肢筋力低下など複数の症状を有する患者がみられた。脳血管疾患の後遺症では,関節拘縮のみならず,筋麻痺や機能障害な複数の症状が現れることが少なくない。 4.2 SF-8とBarthel Index SF-8による健康関連QOL評価では,すべての下位尺度について国民標準値より低値を示した。中でも身体機能と日常役割機能(身体)は特に低値であった。そのため身体サマリースコアは, 精神サマリースコアより低い結果となった。脳血管疾患や関節疾患による症状が日常生活動作の制限や歩行困難にさせるため,QOLが著しく低下することは当然と言えよう。 一方, Barthel Indexは平均68.6点であった。Barthel Index の総合点数から介助の必要度が推測できるとされている。40点以下ならほぼすべての項目に介助が必要,60点以下では起居移動動作を中心に介助が必要だと言われている。本研究の対象者の平均点から勘案すると,介助の必要度が深刻な状況ではないことが推測できる。 本研究の対象者数は少数であるため,在宅医療マツサージを受療し始める在宅患者のQOLやADLの実態に明らかにしたとは言いがたい。しかし,今後の在宅医療マッサージの有効性や効果について検討していく上で礎となる貴重なデータを得ることができた。今後の在宅医療マッサージの有効性に関する研究が期待される。 5.結語 療養費を用いた在宅医療マッサージを受療し始める在宅患者41人のQOLの実態について調査した結果,@患者の傷病名の2割弱は脳血管疾患であった。症状は, 5割強が関節拘縮を有していた。ASF-8による健康関連QOL評価では,すべての下位尺度について国民標準値より低値を示した。中でも身体機能と日常役割機能(身体)は特に低値であった。 参考文献 [1] 厚生労働省(編).平成25年版 厚生労働白書.東京.日経印刷.2013 [2]社会保険研究所.療養費の支給基準平成26年度版.東京.2014 [3]厚生労働省.第3回社会保障審議会医療保険部会 あん摩マッサージ指圧,はり・きゅう療養費検討専門委員会 資料あ-1「あん摩マッサージ指圧,はり・きゅう療養費の改訂について」. http://www.rnhlw.go.jp/file/05-Shingiki-12601000-Seisakutoukasukan- Sanjikanshitsu_Shakaihoshoutantou/0000040476.pdf (2015.2.13アクセス) [4]内閣府(編).平成25年版 高齢社会白書.東京.印刷通販.2013:23-25 [5]近藤宏,西村博志,尾野彰,朝日山一男,小川眞悟. 療養費を用いた訪問マッサージに関する実態調査. 日本東洋医学系物理慮法学会雑誌.2014;39 (1) :37-45.