視覚障害学生のためのフィジ力ルコンピューティング環境の構築 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 小林 真 キーワード:視覚障害者,フィジカルコンピューティング,Arduino,NVDA, Java Access Bridge 1.はじめに  フィジカルコンピューティングとは,ニューヨーク大学で Dan O'sullivan 教授が始めた教育プログラムに端を発するもので,マイクロコンピュータとセンサ・アクチュエータ等を組み合わせたシステムを作る作業やシステムそのものを指す[1].具体的には,光や音,気温,距離センサなどから外界の情報をコンピュータに入力し,モータやスピーカを用いてコンピュータからの出力を表現するといったシステムである.その背後には,センサとアクチュエータを通してユーザを含む実世界(Physical World)とコンピュータ間を繋ぎ,新たなインタラクションを生むという思想がある.  従来はこのような作業には専門的な知識や技術,それに伴うコストが必要であった.しかし低コストのマイコンモジュールやセンサユニット・周辺ソフトウェアを充実させたツールキットの登場により,近年その敷居は非常に低くなった.そして理工系・情報系の学科ではもちろんのこと,デザイン系の学科においてもフィジカルコンピューティングの授業への導入事例が増えてきている.  ところが視覚障害教育の現場ではあまり普及していない.これはハードウェアに関する作業自体が非常に細かく実施に困難が伴ううえ,ソフトウェアもそのままでは国内でよく使われているスクリーンリーダが読み上げないことが主な理由だと考えられる.  そこで本研究では,学習的な側面を保ちつつハードウェアの作業が可能なような支援策を施すこととソフトウェアの設定を整理することを目的として,視覚障害学生のためのフィジカルコンピューティングの可能性を探ってみた. 2.ハードウェアの配慮  フィジカルコンピューティング環境として選択したのは,最もよく用いられるArduino と呼ばれるツールキットである.Arduino は AVR マイコンが搭載されたボードで,パソコンと USB ケーブルを介して接続し,プログラムを書き込むと単体で動作する.デジタル入出力やアナログ入力など各種 I/O ポートを備えており,簡単な部品を接続するだけで様々なシステムが構築可能である.  しかし Arduino 本体と周辺の電気回路を接続するためには 2.54mm ピッチのブレッドボードなどを利用することが多く,そのまま視覚障害学生が作業するには困難を伴う.そこで,学生自身による作業が可能なように,図1に示すようなブレッドボードとバナナジャックを配置した拡張ボードを製作した.バナナジャックから伸びたジャンパ線は,中央に配置された小型のブレッドボードの任意の位置に挿入可能であるので,数は限られるものの各ジャックの役割を教員側で自由にアレンジできる.  この拡張ボードに小型の Arduino モデルである Arduino Nano を挿入し,各種 I/O ポートを適宜バナナジャックに対応させた.そして別の拡張ボードに加速度センサや超音波距離センサを挿入し,必要なピンをバナナジャックに対応させたものを用意した.本学科の重度視覚障害と全盲の学生に,これらのジャックの意味を解説したうえでバナナプラグを用いて配線作業をしてもらったところ,困難なく配線作業を行うことができた[2].またバナナプラグには,多重に同じ点に接続することを可能にするため,プラグに接続用の穴の開いたものを用意した. 図1 ブレッドボードとバナナジャックによる拡張ボード・Arduino およびセンサ類 3.ソフトウェアの配慮  Arduino を動かすには様々な言語が利用可能であるが,専用の統合プログラミング環境である arduino.exe を用いることが多い.しかし arduino.exe はメニュー項目など基本的な部分ですら,国内で最もシェアの高い PC-Talker で読み上げないという難点を持つ.そこで,以下のような作業を行うことで音声読み上げを可能にした.  まず,フリーのスクリーンリーダとして世界的にも普及が進む NVDA をインストールする.NVDA はポータブル版もあるので,USB メモリからでも起動が可能である.(授業等で用いる場合には初期設定の音声の好みにより利用に難色を示す学生もいるので,最初に聞こえやすい音声合成エンジンに設定しておくことが好ましい.)次に,arduino.exe の利用する Java を,最新版の Java に入れ替えておく.これは arduino のインストールディレクトリ配下の java ディレクトリごと移動するだけで作業は完了する.そして,コマンドライン上で「arduino インストールディレクトリ\java\bin」 に移動,「jabswitch.exe -enable」と入力し,Java Access Bridge を有効にする.この作業が終わると,NVDA でメニュー項目を読み上げるようになる. また,arduino.exe には各種エラーメッセージ等が表示される領域があるが,そのエリアの移動にはファンクションキーの F8 を押すことで移動が可能である.プログラムのソースコードのエリアは残念ながら実用的な読み上げが期待できないが,別途エディタ等で編集したものをクリップボード経由で貼りつけることで作業は十分可能であり,音声利用学生が利用できることが確認できた. 4.まとめ  視覚障害学生にとって困難を伴うフィジカルコンピューティング環境を,拡張ボードと NVDA, Java Access Bridge の組み合わせと F8 キーの利用により実現した.これにより,同環境を本学科の授業内容のひとつとして利用できる可能性を示すことができた. 参考文献 [1] Dan O'Sullivan, Tom Igoe . Physical Computing: Sensing and Controlling the Physical World with Computers. Thomson, 2004. [2] 馬屋原克敏,視覚障害者によるフィジカルコンピューティングの可能性.平成26年度筑波技術大学保健科学部情報システム学科卒業研究論文 2015.