マイクロパターン印刷培養ガラスを用いたガン遺伝子 c-Src による細胞の接着、伸展、 極性形成メカニズム解明に関する予備的研究 筑波技術大学 保健科学部 鍼灸学科 加藤一夫 キーワード:細胞接着,情報伝達, c-Src, マイクロパターンガラス 1. はじめに   ガンによる病態は、ガン遺伝子の発現亢進あるいはガン抑制遺伝子の発現低下により、正常細胞中の遺伝子により制御されるタンパク質の発現異常や、タンパクが機能する情報伝達系下流の細胞構造・機能の異常を起こし、本来、正常な細胞があるべき姿を失う事にはじまる。その結果、無限に異常増殖が起こるように変化したガン細胞集団は、さらには、通常の細胞内接着を失って、浸潤・転移をおこしていく。近年、それらの変異遺伝子の中で、情報伝達関連タンパク質のチロシンリン酸化を引き起こすチロシンキナーゼが注目され、これをターゲットにした遺伝子治療が効果を上げている。しかしながらこれまでの研究は、キナー ゼの酵素機能および下流の情報伝達経路を生化学的に扱ったものが主流である。   本研究では、特にガンの接着・浸潤・増殖を引き起こすメカニズムに着目し、チロシンキナーゼ経路の 最下流の細胞膜直下の分子の動態を形態学的アプローチによって明らかにすることを目標としている。その目的を達成するため、マイクロパターンを印刷したガラス面に培養系細胞を伸展させる事により、情報伝達 に関わるガン遺伝子である c-Src とその関連タンパク質の動態を光学顕微鏡を用いて明らかにした。ガン遺伝子 c-Src は細胞の浸潤突起の形成、細胞運動の制御 重要な役割を演じている可能性があることがわかっているが、そのメカニズムの詳細は現在まで不明である。 c-Src による情報伝達系の下流のレベルにおける情報伝達経路が明らかになれば、ガン細胞の接着・浸潤・ 増殖の制御を行なう事ができ、ガン疾病治療において、その病変の進行の抑制の可能性を探る。 2. 方法 今回、我々はごく狭い範囲で細胞の接着を制御できるマイクロパターン印刷培養ガラス(Cytograph, 大日本印刷・松浪硝子; 10, 15, 30, 60μm 幅)を用い、 接着の初期とその後の極性形成時の focal adhesion および stress fiber の変化を、c-Src との関わりを中心に観察を進めた。   線維芽細胞 (mouse 3T3)に focal adhesion のマーカーとして GFP-paxillin を導入した線維芽細胞をマイクロパターン印刷培養ガラス上に生育させ、接着のごく初期から3時間程度までの形態変化と接着構造 (接着斑)の形成過程を詳細観察した。さらに、マイクロパターン印刷培養ガラスに生育させた細胞を抗リン酸化 c-Src (pY-418)抗体および抗チロシンリン酸化タンパク質抗体で染色し、細胞の伸展、浸潤時の c-Src の活性を観察した。観察には、通常の位相差顕微鏡法 に加えて全反射顕微鏡法 (Total internal reflection fluorescent microscopy; TIRFM, Olympus, Tokyo.) あるいは共焦点レーザー走査顕微鏡(Radiance 2100, Zeiss, Germany) による光学顕微鏡機器を用いて細胞基底面からの画像のみを抽出し、細胞基質間の接着構 造および細胞の形態変化の詳細を解析した。 3. 結果および考察 研究を進めるにあたり、通常のガラス面とマイクロパターンガラスとの線維芽細胞の接着様式の違いを比較した(図1)。通常のガラス面では、細胞はガラス面上にまばらに分散して進展するが、マイクロパターンガラス状では、細胞はマイクロパターン上にのみ接着し、10μm と15μmの幅を持つマイクロパターン上に伸展させた細胞は、マイクロパターンの長軸に沿って1個か多くても2個の細胞が整列することがわかった。特に、10μm幅のマイクロパターンに線維芽細胞を接着させた場合、細胞はほぼ1列にマイクロパターンの長軸に沿って配列することがわかった(図 1b)。また、細胞内に観察される収縮構造であるストレスファイバーは、伸展した細胞の長軸方向に沿って局在することがわかった(図2)。さらに、c-Src は伸 展した細胞の全体に局在していたが、c-Src のうち、活性化型 c-Src (チロシンリン酸化型 c-Src; c-Src pY418) はマイクロパターンの接着面と非接着面との境界部に集積していることがわかった(図3)。この結果は、 c-Src のチロシンリン酸化が、接着面と非接着面との境界部の認識に重要な役割を演じていることが示唆された。 4 .ま と め マイクロパターン印刷培養ガラスの接着面、非接着面の領域は、細胞自身が細胞の浸潤、伸展を認識する領域と考えられる。これらの領域での接着斑の形態、細胞浸潤、細胞伸展、ガン遺伝子(c-Src) の分布の詳細を解析する事は、ガン細胞の伸展、浸潤を理解する上で非常に重要であり、ガン伸展と浸潤のメカニズムが明らかになる可能性がある。本研究の継続により、 ガン遺伝子である c-Src の接着面、非接着面境界面での細胞伸展、浸潤メカニズムの解明に向けた基礎的なデータが収集される事が期待される。 図 1 マイクロパターンガラス上に培養した正常線維芽細胞  通常のガラス面上で培養した細胞は偽足を伸ばしならが進展するが(a)、10μm幅のマイクロパターンガラス上に培養した細胞では、細胞はマイクロパターンの長軸方向に沿って一列に整列する(b)。スケール 50μm 図 2 10μm 幅のマイクロパターン上に培養した繊維芽細胞に分布するストレスファイバー  マイクロパターン上に培養した細胞をローダミンラベルファロイジン染色し、通常の蛍光顕微鏡で観察を行った。ストレスファイバーは1列に並んだ細胞の長軸方向に沿って分布する事がわかった。△はマイクロ パターンの接着面と非接着面との境界部を示す。スケ ール 10μm 図 3 マイクロパターン上に培養した繊維芽細胞に分布するチロシンリン酸化 c-Src の分布  チロシンリン酸化 c-Src はマイクロパターンの接着面と非接着面との境界部に集積していることが分かった(△)。共焦点レーザー走査顕微鏡像。スケール 10 μm