聴覚障害学生の製品デザイン教育における体験的学習を通して材料理解を深める学習支援の推進 守屋誠太郎 筑波技術大学 産業技術学部 総合デザイン学科 キーワード:高等教育,製品デザイン,聴覚障害学生 1.目的と背景 製品デザイン領域における材料知識は,企画設計のためのリソース(アイデア資源)としてデザイナーに求められる設計技術力に直結し,製品デザイン学習に不可欠なものである。本学習支援計画では,本学でこれまでの聴覚障害学生に対して行ってきた教育支援研究を参考に,製品デザイン教育における講義や演習において多種多様な材料に対する知識と加工方法などの理解を深めるための指導方法・学習支援を考察・実践し推進を図るものである。 本報告書は,平成 30年度において報告者の授業実践を報告するものである。 2.聴覚障害学生へのデザイン教育について 筑波技術大学では,前身の筑波技術短期大学(1987年開学)から長きにわたって聴覚障害学生に対してデザイン教育を行ってきており,その実践研究の記録などをテクノレポートで確認することができる。その中の金田博のレポートによれば,デザインを学ぶ聴覚障害学生の特性について以下のように述べられている。 デザインを学ぶ聴覚障害学生は大多数が絵を描くのが好き,物を作るのが好きということがデザインを目指す動機となっている。そのためか,即物的なものに対する関心や反応は強く早いが,聴覚という情報が少ないためか自分の世界や思い込みに陥りやすく,抽象的な情報の整理や論理的な思考が不得手な傾向にある。また,物事に対する客観性,良い意味のお互いに競い合うという意識が希薄であると思われる。このような学生に対しては複合的な情報提供と情報保証が必要である。 金田の分析から,聴覚障害学生に対する必要な配慮として,情報を整理する能力および論理的思考力を考慮した上での配慮,複合的な情報提供の必要性が確認できる。 本実践の目的に沿って考えると,聴覚障害学生にとっての材料理解は,文字や手話による情報提示に加え,より分かりやすく具体的な説明も必要になると考えられる。従って本学習支援実践では,授業にあたり,「見てわかる」,「触れてわかる」,「使用してわかる」というような視覚的要素や体験的要素を多く取り入れた学習支援の方法を実践する。 3.方法 3.1 講義の場合 材料理解を深めるための学習支援のあり方として,講義内で製品デザインおよび工芸内容について扱う際には,材料を重要な要素として捉えた解説を行う。また,場合に応じて素材そのもの,製品サンプルや工芸品などの実物を用いて解説や鑑賞,使用体験などを行うことでより深い学びにつながるように学習支援を行う。 3.2 演習の場合 制作活動が主となる演習科目においては,素材についての特性や用途,製品事例などの解説を制作活動の事前に講義する。制作プロセスについては開始から完成までの一通りの流れを実演して具体的に解説する。授業時数で到達目標を明確にし,スモールステップな目標設定で複雑な工程を段階的に取り組ませるなどの工夫を行う。また,すべての工程を写真資料で確認できる資料を用意し,内容に応じて段階的な見本作品や製品サンプルを複数用意するなど,視覚的な学習支援の要素を増やすことで,材料についての特性理解と制作方法の理解ができるよう計画する。 4.実施報告 平成 30年度において材料理解に関係し,実践した授業科目とその実践内容については以下の通りである。 【1学期】 ① 「芸術論(第1学年)…講義」 担当回での,和製洋食器の歴史変遷についての内容で,江戸時代から昭和中期までの製品実物を用いて解説と手で触れて素材感や図柄,使用感が確認できる鑑賞学習を行なった。 ② 「立体造形論・演習(第 2学年)…演習」 前年度までの立体構成の内容に,今年度新たに金属素材を取り入れた内容を追加した。工房で長らく稼働していなかった金属加工機械(シャーリング,ベンダー)を活用し,金属素材の特性の理解と加工技術の習得を目指した。 ③ 「デザイン概論(第 1学年)…講義」 学科の全教員がオムニバスで行う本科目では,報告者自身の担当回において,製品デザイン領域における素材とものづくりの関係性を乗り物の歴史から解説した。また,前半の講義を踏まえて後半では,素材から製品デザインのアイデアを考える課題を出し,その際に木の芯材でできたコートツリーの製品サンプルや表面処理によって素材感が変化するセラミック製品などの製品サンプルを用いて,実際に素材がどのように製品に活用されているのかを具体的に解説した。 ④ 「ユニバーサルデザイン論(第 3学年)…講義」 学科の全教員がオムニバスで行う本科目では,担当回において障害者と健常者のこどもたちが共に遊べる「共遊玩 具」についての解説を行なった。後半では,共遊玩具製品で遊ぶ体験学習を行い,その素材の手触りや特性,機能の理解を深めることを目指した。 【2学期】 ⑤ 「モデリング演習(第 2学年)…演習」 本科目は,デザインアイデアを 3次元で具体化するためのテクニックを習得することに特化した科目であり,多様な素材と加工方法,道具などについて深く学ぶものである。全体的に素材を扱う科目のため,素材加工技法の指導に注力した。クレイモデリング課題時には,模刻モチーフとしてシャワーヘッドの製品サンプルを人数分用意し,形状や掴み心地,細部表現などを一人一人が確認しながら制作できるよう準備した。 ⑥ 「工芸演習(第3学年)…演習」 本科目は,教職課程にも関連する工芸分野における造形技術を習得するための演習科目であり,手仕事によるものづくりの基礎を身に付けるためにガラス工芸や金工,革細工,木工などを内容としている。担当した金工では鍛造加工のための本格的な道具である当金(あてがね)や木台(もくだい)などを用意し,短時間で基礎的な内容をより専門的な道具によって深く学べるように努めた。 ⑦ 「製品デザイン論・演習C(第 3学年)…演習」 製品デザイン領域を選択した学生に対する,製品デザインの調査から企画,具体化,提案までの一連のデザインプロセスについて体験する。本科目ではウレタン材を加工したアイロン製品のモデリングを行なった。アイロンの製品サンプルを用意して素材や形状,機能の確認を行い,制作ではモデルのパテ処理や塗装による質感の変化について重点的に指導した。 【通年】 ⑧ 「デザイン学特別研究(第 4学年)…卒業研究」 報告者が卒業研究指導を担当した学生が製品開発のためにモデル製作を要する内容の研究であったため,学生の造形加工能力,本学の設備環境を考慮し,モデル材や製作方法の検討を行い,適した研究活動が行えるよう支援した。具体的にはクレイ,スタイロフォーム,ウレタン材,ポリカプロラクトンなどでアイデアの形状検討,提案モデルでは3DCGでの製作と3Dプリンター出力による製作を指導した。 【通常授業外】 ⑨ 「高校生対象体験授業…ワークショップ」 本学での高校生対象体験授業において,アルミ材によるペンスタンドの製作を行なった。本体験授業では金工授業のために新規導入したメタルパンチマシーンも活用した。 5.考察・評価 講義においては,素材を中心とした解説と製品サンプルを用いたことでより深い理解につながったと考える。特に芸術論の和製洋食器の鑑賞やユニバーサルデザイン論での共遊玩具での遊び体験などは学生から好評であった。 演習においては,視覚的解説要素やスモールステップな目標などによって,作品完成までの具体的な道のりを提供できたと考える。特に久しく使用されていなかった金工機械・道具の稼働は学生にとっても新鮮であったようだ。また,モデリング演習(クレイモデリング課題)において一人ひとりに貸し出した模刻モチーフ(製品サンプル)は,学生が制作中に常に手元で形状や細部表現を確認し,皆一定水準を超える成果物を制作できたため非常に効果的であったと考える。 これらのことから本学習支援実践による学習効果を確認した。聴覚障害学生を想定した計画であったが,説明を分かりやすくすることや視覚や触覚とへ働きかけて情報提供の幅を広げることは,障害の有無に限らず全ての人に対して効果的に作用されることが期待できるものである。しかし,準備時間や予算の都合上,十分とは言えない場面もあったことは反省すべき点である。使用した製品サンプルや道 具などは,予算計画における購入品以外に報告者自身で一時的に用意したものもあるため,今後継続的に使用するもの関しては整備していく必要があるだろう。 今後も,本実践での効果を期待できる部分においては継続的に取り組んでいきたいと考えているが,予算や準備への負担は少なく無いため,継続的に使える製品サンプルや道具,材料理解に適した素材の適切な導入ついて考えることを今後の課題とする。 参照文献 [1]金田博.聴覚障害学生へのプロダクトデザイン教育の考察.テクノレポート.2001;8:p45-51. [2]伊藤三千代,森一彦,加藤宏.筑波技術短期大学学生の学習行動における障害と情報環境に関する調査.テクノレポート.1997;4:p179-182.