血管内皮細胞中の細胞骨格系による情報伝達と血管病変に係わる研究 筑波技術大学 保健科学部 鍼灸学専攻 加藤一夫 キーワード: 血管内皮細胞、線維芽細胞、c-Src, Rho キナーゼ、 1. はじめに 近年、増加の傾向にある、動脈硬化症や心筋梗塞に代表される閉塞性血管病変、糖尿病による血管病変を伴った網膜症は近年増加傾向に有り、その成因の一つとして血管内皮細胞の病変との関係がいくつか報告されている(文献1,2)。しかしながら、持続的血流刺激下にある血管内皮細胞では、生体内であるため論理的な解析が困難であり、現在までのところ構成タンパク質の分布・配列を除いては報告が極めて少ない状況である。生体内の血管、特に血流に直接接する血管内皮細胞を用いた、1)血管内皮細胞の細胞自由表面(血管腔側)での情報伝達機構あるいは 2)血管狭窄部位の血流刺激によるずり応力依存性のタンパク質の分布や局所変化に関しては、血管内皮細胞における外界応答機構を明らかにするだけでなく、動脈硬化症、網膜症の血管病変の成因・発症の予防に関わる基礎的研究として非常に重要である。   本研究の最初の目標は、ストレスファイバー、接着斑、アピカルプラーク(細胞自由表面側接着斑)の外界との機械的刺激受容装置として役割を解明することにある。研究は、培養系の実験系と、実際の実験動物を用いた系との2種類に分けた。本研究では主に、培養系の線維芽細胞と血管内皮細胞を用いて、細胞基質間接着構造(focal adhesion 以下、接着斑)の形成機構と情報伝達経路に着目した。接着斑を構成している情報伝達関連タンパク質には幾つか重要なタンパク質が報告されているが、本研究では、特に、情報伝達関連タンパク質であるRhoキナーゼとc-Srcに着目し解析を進めた。また、培養細胞を用いた実験系と実際の動物を用いた系を比較した。実際の動物を用いた系では、血管内皮細胞の情報伝達にかかわるメカニズムを通して生体内での動脈硬化などの病変を関連づけながら、病変発症の基礎的な知見を得ることを目標とした。 2. 結果および考察 2.1 細胞基質間接着構造の可視化  細胞基質間接着構造(focal adhesion 以下、接着斑)の可視化のため、改変型GFP-ビンキュリンあるいは FAK (focal adhesion kinase)を細胞内に安定的に導入した細胞を用いた。各阻害剤による生細胞での接着斑の消長を経時的に解析し、接着斑の破壊・形成過程を解析した。改変型GFP-パキシリンは線維芽細胞および血管内皮細胞中の接着班(focal adhesion)構造中に取り込まれ、接着班の有効なマーカーになることが確認された。細胞の観察には蛍光全反射顕微鏡装置 (Total internal reflection fluorescent microscope;TIRFM)(Olympus, Tokyo, Japan)、あるいは共焦点レーザー走査顕微鏡 (Radiance2100, Zeiss, Germany) を用いることにより、ガラスと細胞の接着面からごくわずかな距離のみのタンバク質分布を鮮明に得ることができた(図1)。 2.2 Rhoキナーゼおよびc-Src阻害剤の影響 ストレスファイバーの可視化のため改変型GFP-アクチンを細胞内に発現させた細胞を用い、Rhoキナーゼ阻害剤(10 μM Y-27632; Wako, Osaka, Japan)、c-Src 阻害剤 (10μM Src inhibitor No.5; Biaffin, Germany) を作用させた線維芽細胞・血管内皮細胞の接着斑の消長を位相差顕微鏡を用いたビデオ解析システムにより記録、解析した。この結果、細胞基質間接着構造である接着班は、Rhoキナーゼ阻害剤を作用させた培養細胞では、大きさが著しく縮小し、数が減少することが分かった。また、細胞はパンケーキ状に偽足を伸ばしながら伸展した。一方、c-Src阻害剤で細胞を処理すると、細胞は左右対称に両極方向に細長く進展し、紡錘型となった。その際、比較的大きい接着班が紡錘型に伸展した細胞の末端に局在することがわかった(図2)。各阻害剤の影響を除去するため、新しい培養液に置き換えると、細胞は正常な形態に戻ることが確認され、阻害剤による影響は特異的かつ可逆的であることが確認された。 2.3 実際の動物の血管内皮細胞と培養系細胞との比較 実際の動物を用いて、血管分岐部の”高ずり応力”領域と”低ずり応力”領域の血管内皮細胞のc-Srcの分布を比較すると、高ずり応力領域では、細胞内のc-Srcの分布の増強が観察される(文献1)。今回の培養系の実験結果ではc-Srcの活性化を阻害剤により低下させると、培養線維芽細胞は紡錘状に細長く進展することが観察された(図2)。 細胞の形態変化にc-Srcが何らかの影響を与えることが強く示唆された。c-Srcはガン遺伝子であり遺伝的に類似した、Fyn,YesなどとともにSrcファミリーを形成している。Srcファミリーのうち、どのタンパク質の活性化が細胞形態の変化に影響を与えるかという疑問が残るが、少なくともc-Srcが、細胞の左右両極への紡錘状細胞伸展の役割を担っている可能性があるだろう。 3. まとめ 動脈硬化症に伴う血管病変は血管狭窄部位の血流刺激 による“ずり応力”の変化が血管内皮細胞に影響を与え、その形態、接着の異常を引き起こすことから始まると 考えられている。本研究により、細胞内のSrcファミリーが細胞の形態の変化、接着構造の制御に重要な役割を演じている可能性があることが明らかになった。Src ファミリーの細胞の形態変化の詳細に関しては今後研究を継続する予定である。 本研究の一部は第120回日本解剖学会全国学術集会 (神戸市 2015年3月21-02日)にて発表を行った。 参考文献 1) Lateral zone of cell-cell adhesion as the major fluid shear stress-related signal transduction site. Kano Y, Katoh K, Fujiwara K. Circ Res. 2000 Mar 3;86(4):425-33. 2) Distribution of cytoskeletal components in endothelial cells in the Guinea pig renal artery. Katoh K, Noda Y. Int J Cell Biol. 2012:439349. Epub 2012 Mar 5. 図1 ガラス面上に c-Src 阻害剤 (Src inhibitor No. 5) を含む培養液中で培養した正常線維芽細胞(タイムラプス画像)  正常線維芽細胞を c-Src 阻害剤 (Src inhibitor No. 5; 10 μM) を含む培養液中で培養すると、ガラス面に接着した後に左右対称の紡錘状に伸展するのが観察された (△)。左上の数字は 培養時間を示す。位相差顕微鏡像 スケール 50μm 図2. ガラス面上に c-Src 阻害剤 (Src inhibitor No. 5) を含む培養液中で培養した正常線維芽細胞  正常線維芽細胞を c-Src 阻害剤 (Src inhibitor No. 5; 10 μM) を含む培養液中で培養すると、ガラス面に接着した後に左右対称の紡錘状に伸展するのが観察された (a: △)。その際、細胞の両端に focal adhesion (→) が形成され、細胞の中心部では比較的小さい接着斑様構造が観察された (b)。 a: 位相差顕微鏡像 b: anti-vinculin により接着斑を染色した蛍光顕微 鏡像スケール 20μm