視覚障害者のための次世代インターフェースに関する基礎研究 筑波技術大学 保健科学部 情報システム学科 大西淳児,坂尻正次 キーワード:情報補償,視覚障害,教育工学,ヒューマンインターフェース 1.研究目的 近年の情報技術発達は目覚ましく,人間とコンピュータとの情報のやりとりに変革が訪れようとしている。従来のキーボードやマウスを主として頼ってきた操作は,人間にとってはやや不自然な面が存在する。そのため,コンピュータの操作の完熟のための情報リテラシー教育が必須となっている。しかしながら,今後の人間とコンピュータのコミュニケーションは,このような不自然さを払拭し,人間の感覚を理解し,自然な,まったく新しいものに生まれ変わる時代が到来すると見込まれている。 特に,近年では,触覚フィードバックやカメラセンサなどのさまざまなインターフェースが登場しておりこれらを活用した新たなインターフェース開発が急速に進められている。 このセンサを通じたコンピュータとのコミュニケーションは,従来の方法と異なり,人間の表現する動きや表情,3D位置情報など多種多様な情報を扱うことが可能となる。そのため,今後は,人間の特性をコンピュータが合わせるといった方法の開発が見込まれ,人間がコンピュータに合わせてコミュケーションをとるといった従来の負担が軽減されると予想される。 そこで,この研究では,このようなコンピュータとの次世代コミュニケーション技術を踏まえ,視覚障害者がより負担なくコンピュータとのコミュケーションをとれるための方法を探る基礎研究を行う。なお,本研究では,タッチスクリーンのアクセシビリティに関する研究及び,教育コンテンツ配信方法の研究の二つの側面での研究を実施しているが,紙面の都合上,研究概要については,昨今の統合教育推進時代を踏まえて,教育コンテンツ配信を中心の概要を報告を行うこととする。 2.成果概要 本研究では,統合教育時代の到来を踏まえ,教育現場における合理的配慮を伴う教育を支援する技術開発に主眼を置き,図形情報をリアルタイムに共有する方法について検討を行った。 さて,従来の方法では,点図などの触察教材を用意し,個別対応によって,学生に形状等の必要な情報を理解させる手段がメジャーである。ところが,統合教育となると,このような特定の方法を採用した教授法を利用すると,逆に,晴眼者などの他の学生にとって不都合になることが懸念される。そこで,この研究では,あらゆる学生が受け入れることが可能なリアルタイムによる図形情報を伝達手段を開発することとした。この課題を解決するため,以下のような方法で研究を行った。 (1) 図形説明においてキーとなるローカルエリアをリアルタムに伝える方法の開発 (2) より複雑な図形の形状をリアルタイムに伝える方法の開発 以上の2点について,その概要を述べる。 まず,(1)の課題では,比較的単純な図形情報を教師に指示によって,図形を理解するために必要な情報をリアルタイムで学生に伝えるための支援ソフトの試作を行った。図1に,試作したソフトウェアのシステム構成図を示す。このソフトウェアは,教師側が利用する管理ソフトと授業資料を表示する学生側のクライアントソフト,および,マネージャーとクライアントのネットワークの接続を仲介する配信サービスサーバで構成される。利用方法は,教員用管理パソコンにインストールされた管理ソフトウェアで配信したい授業資料データの読み込みと授業資料内の着目点の指示,授業資料のクリア指示などを行う。学生用クライアントでは,教員用管理パソコンから配信された授業資料データの受信と表示,および,教員用管理パソコンから指示された授業資料データ内の着目部分を拡大,音声,点字で表示を行う。さらに,図形情報が配信されている場合は,触覚ディスプレイに図形の表示を行う。 配信サービスサーバは,教員用管理パソコンと学生用クライアントのネットワーク通信の中継を行う役割を担い,最大で100台の学生用パソコンの接続を受け付ける機能を持つ。 図 システム全体概要 また,このソフトウェアに動作で利用する点字ディスプレイおよび触覚ディスプレイは,以下のデバイスを利用した。 ● 点字ディスプレイ KGS社製:Braille Tender BT46 主な仕様 点字表示部:8点ピン突出方式46マス 接続:USB ● 触覚ディスプレイ KGS社製:DotView DV-2 主な仕様 点字表示部:32×48ドット 点間ピッチ:2.4mm 接続:USB 図2に,教員用管理ソフトウェアの画面レイアウトを示す。教員用管理ソフトウェアの動作を以下に記す。 ● ファイルメニューから配信したいテキスト授業資料データを読み込むことにより,画面上に読み込んだ資料をリスト表示するとともに,ネットワークを通じて学生用クライアントへデータを配信する。 ● ファイルメニューから配信したい白黒図形画像を読み込むことにより,画面上に図形を表示するとともに,ネットワークを通じて学生用クライアントへ図形データを配信する。 ● 授業で解説したい行をマウスポインタでクリックすることで,学生用クライアントに,指示したテキスト情報を拡大表示させるとともに,音声と点字でリアルタイム表示させる。 ● 図形上の着目点をマウスポインタでクリックすることにより,触覚デバイス上の対応する部分のピンが凹凸を繰り返し,触って場所を確認することができる。 図3に,学生クライアントソフトウェアの画面レイアウトを示す。学生用クライアントの動作について,以下に記す。 ● 教師用管理ソフトウェアから配信された授業資料データをリスト表示する。 ● 教師が指示した着目行を拡大表示・音声,点字表示させるとともに,リスト表示内の該当行をマーキングする。 ● 図形が配信されている場合,教師が示した部分のピンが点滅表示され,触って場所が確認できるようにする。 図4は,教師が配信したテキスト表示し,1行目を注目点として教師が指し示した場合の点字ディスプレイの状況および,図形を配信した場合における触覚ディスプレイの表示状況を示したものである。 一方,学生が必要とした場合は,上下カーソルキーを操作することにより,着目行を変更し,着目行の前後の説明文に関しての内容をそれぞれ確認することができる。 Fig.3 Student client software 図4 点字および点図ディスプレイの表示 配信サービスサーバソフトウェアは,教員用管理ソフトウェアと学生クライアントソフトウェアの通信を中継する機能を持つ。 通信のプロトコルは,TCPプロトコルを使用し,試作ソフトウェアでは,教員ソフトおよび学生用ソフトの両方で2020ポートを利用して接続確立を行う。このソフトウェアは,単純に教員用管理ソフトウェアから送信されたデータを学生用クライアントすべてに同報配信する動作を行うため,複数接続の非同期のTCP通信を行う。 以上のようなソフトウェアを開発し,マネージャーソフトウェアから配信する情報がどの程度伝わるか確認してみた。その結果,学生に必要なテキスト資料を事前呈示せずに,授業資料を解説とリンクさせた形でリアルタイムに学生に配信することとした。その効果として,学生自身にテキストデータをアクセスさせる必要性が薄れ,教師が説明する内容に従いながら,リアルタイムに配信・表示を行うことができた。また,解説の中でテキスト資料内で着目すべき行を教師がリアルタイムに指示することによって,学生側のクライアントソフトウェアで教師から指示された内容をリアルタイムに拡大・点字表示させると共に,音声読み上げを行うことができた。しかし,この方法では,以下のような問題があることが判明した。 ・ 複雑な図形の伝達は困難であること。 ・ 形状を理解させるには,輪郭を辿る動作が重要になるが,このシステムでは,輪郭追随させる機能が不足していること。 そこで,これらの課題を解決するため,力覚誘導装置を活用した図形を理解させるシステムを構築した。 図5に,システムの外観を示す。 図5 力覚誘導方式による図形情報提示システム 我々の研究チームでは,このシステムを「Prop-Tactile display」と呼ぶこととした。このシステムでは,局所的に振動ができる触覚提示と力覚誘導提示によって図形の形状を伝える方式を採用したものである。このシステムを使って,まず,日常で利用されるコンテンツと教育現場での使用を想定したコンテンツを用い,認知やイメージのしやすさについて5段階主観評価を行った。次に,教育コンテンツの例として,交差する2本の三角関数グラフを識別する実験を行い,認識時間と正答率で客観評価をおこなった。 主観評価の結果,いずれのコンテンツでも力覚誘導と局所振動提示は凹凸提示のみよりも高い評価値が得られた。また,客観評価の結果においては,開発したシステムを利用する方法は,従来の凹凸提示よりも,有意に認識時間が短縮し,正答得点率が改善することが判明した。これらの結果より,Prop-Tactile displayは図やグラフの伝達に有効であるという結果が得られた。 3.最後に この報告では,次世代インターフェースを踏まえた教育等における情報共有システムの研究開発とその結果概要について述べた。これらの成果は,視覚障害学生教育に不慣れな教員や遠隔授業でも効果的な教育を提供しうるツールとなる可能性を秘めている。 今後の障害者支援のあり方を踏まえると,合理的配慮を伴う教育環境を急速整備することは困難である。しかしながら,合理的配慮を提供するために必要な特別支援教育のスペシャリスト教員を短期間に大量に養成することは現実的ではない。 そこで,我々の大きな目標は,合理的配慮を行うために要求される特別な手段を局限させ,視覚障害学生が困ることのない教育環境を誰もが容易に提供できるような補償ツールを開発することである。我々の考える環境が成熟されると,視覚障害者がより多くの分野でその資質を開花させ,社会貢献できる領域が大きく広がることにつながる。高い素質をもった人々を社会で有効に活かしていくには,いかなる人々にも平等に質の高い教育を提供することが極めて重要である。そのため,視覚障害学生の持つ高い資質を伸ばすために,情報技術が少しでも一助となることができるよう,今後も,さまざまな観点から合理的配慮を支援できる仕組みの開発に取り組んでいきたい。 4.業績概要 本研究での対外発表等業績を以下に示す。 @ 国際会議:4件 (@ IEEE SMC 2014:1件 (A ICCHP 2014:3件 A 国内会議:5件 (@ 第78回(平成26年度第6回)福祉情報工学研究会,筑波技術大学 (A ライフサポート学会 視覚障害者バリアフリー技術研究会 2014 (B 第40回感覚代行シンポジウム (C FIT2014 第13回科学技術フォーラム (D 2014ライフサポート学会「視聴覚障害者バリアフリー技術研究会」