医療教育グローバル化を目指した英国視覚障害者対象大学,資格試験調査 筑波技術大学 保健科学部 保健学科鍼灸学専攻 大越 教夫,殿山 希,佐々木 健,笹岡 知子,近藤 宏 キーワード:Royal National College for the Blind, ITEC,国際交流,視覚障害教育,マッサージ 1.目的 本研究の目的は,英国の Royal National College for the Blind(RNC)を視察・調査して,英国の視覚障害者の社会的自立を促す高等教育の現況を把握すること,および,RNC の Massage and Complementary Therapy(MCT: マッサージ補完代替治療)プログラムの内容を検証し,本学の鍼灸学専攻のカリキュラムと比較検討することである。また,RNCのMCTプログラムが採用している,資格試験ITEC level 3の内容を検討し,グローバル化教育を推進する本学に導入可能どうか検討することである。さらに,最終的目標としてRNCと本学の国際交流協定にふさわしい教育機関か,本学学生がRNC に短期留学の可能性などのグローバル教育や鍼灸学専攻の魅力作りの視点からも検討する。 2.方法 (1)情報収集および視察の打診:Internetでの検索にてRNCおよびITECの情報を収集し,現地視察受入の打診を行い,快い返容をいただき実施に至った。 (2)現地視察:英国RNCおよびITEC本部への視察は,2015年3月に実施し,共同研究者の殿山,佐々木,笹岡,近藤が参加した。 (3)比較検討:RNCと本学の現カリキュラムとの内容を比較し,ITECの実際のテキスト等を入手し,内容を検討した。主に殿山が担当したが,詳細は別に報告するためここでは成果の一部のみを記述する。 3. Royal National College for the Blind 視察 1)施設の概要 Royal National College for the Blind (RNC)は,1871年に設立された,英国 Herefordにある16歳以上の視覚に障害のある人のための全寮制の further education college (専門学校)である。キャンパスには,120人の生徒が在籍している。 2)教育(実際視察したコースのみ記載) 今回視察したコースは,Massage and Complementary Therapy (MCT)コース(massage, on-site massage, reflexology aromatherapy, Indian head massage, sports massage therapy などの ITEC Level 3 diploma)と,Arts and Media コース(Community arts, Performing arts practice,Audio media production, Art & design, Ceramics, Media studies を選択できる)である。また,英国の視覚障害者スポーツの中心である Sports Academy があり,様々な視覚障害者スポーツ(サッカー,ゴールボール,ゴルフ,クリケット,テニス,アーチェリー,柔道,馬術など)が行われている。パラリンピック選手やイングランドの視覚障害者サッカーチームなども練習を行っている。視覚障害者スポーツの世界大会の会場としても使用されている。 3) Massage and Complementary Therapy コースの教育 視覚に障害のある人の職業的自立を目的に,英国の RNC でもマッサージなどの complementary therapies の ITEC 資格試験に向けた教育が行われていた。生徒は ITEC 資格が得られるセラピー(例えば,full body massage, on-site massage,reflexology, aromatherapy, sports massage therapy など)の中から自分の将来設計に合わせて選択し,受験資格取得に必要な科目・時間数を学習する。 学外実習の効果:RNCでは,学外実習を精力的に行っているとのことであった。パーキンソン病や脳血管障害後遺症の患者への施術やプロ自転車競技者のケアやイベントでのマッサージを行う機会を与えている。学内で学ぶだけでなく,実際の現場で求められる技術・スピード・量(限られた時間内でこなすべき患者数など),また時には商業ベースで行うカを獲得するためにとても有効な手段だと教員達は考えているとのことであった。生徒も「楽しかった」とのコメン卜であった。 施術体験:実際に学んでいる holistic massage を実習室で生徒が私達に披露してくれた。私達は rest room で衣服を脱いでタオルで全身を覆い,ベッドに横たわった。施術は,背臥位で頭から始まり,顔,デコルテを経て,腹臥位で体幹,上下肢と1時聞かけて進められた。オイルを使った Swedish massage であった。 4.ITECと本部視察 マッサージを含む Complementary therapies (補完代替医療)の各種療法は,英国では,ITEC で認定された資格が用いられる。その資格認定は1947年から始まった。ロンドンにある ITEC 本部は,現在,アフリカ,アメリカ,アジア太平洋地域,ヨーロッパの38以上の国に ITEC 認定校の登録を持つ。ITEC 資格は英国のものであると同時に,世界中の認定校で標準カリキュラムでの教育を行い,資格認定も同一規準で行われることから,マッサージ師などの補完代替医療の国家資格制度を持たない国々では用いられる資格のようである。 日本でマッサージを行うためには,日本の国家資格であるあん摩マッサージ指圧師免許を持たなければならず,ITEC 資格は使えない。一方,本学の学生が日本の国家資格であるはり師・きゅう師・あん摩マッサージ指圧師免許を取る他に,ITEC 資格を取得できれば,英国や ITEC 資格が有効な国で将来仕事ができるという夢が広がるのではないか。そこで,本学保健学科鍼灸学専攻の魅力あるカリキュラム編成の手がかりを探るために,ITEC 本部を訪ね,本学に導入にあたり課題や疑問点を質問し,本学でも導入可能であることを確認した。 5. 成果の今後における教育研究上の活用及び予想される効果 RNC は,視覚に障害のある人の教育を140年以上行ってきた。また,現在,補完代替医療コースを設けて, マッサージなどの療法の資格試験受験に対応した教育を行っており,終了後もそれらの療法で社会に貢献できる人材を育成している。そのコース担当教員2名は,私達からの提案である日本からの留学生の受け入れや学生交流にたいへん前向きで,さらに,彼らから学生や教員の交換研修の提案もあった。 英国は,補完代替医療が盛んな国である。本学学生に RNC でのマッサージ研修の機会を与えることができれば,学生の手技療法への関心もさらに高まり,学習への意識も変わることが予想される。学生がグローパル化視点で日本のあん摩マッサージ指圧を考え,見直し,高めて行く契機となると考える。それは,今後の日本のあん摩マッサージ指圧を含む補完代替医療界を背負うべき本学学生にとって貴重な経験を与えるものと考える。 また,本学の授業を通して,英国で認められている ITEC 資格を取得できれば,将来,英国やその資格が有効な国々で働くという仕事の選択肢を一つ増やすことができる。これは,本学鍼灸学専攻学生にとって,また,視覚に障害のある受験生にとって,たいへん魅力的なことではないだろうか。職域開拓は視覚障害者教育において古くからの課題であるが,未だこれと言った拡大が見られない。本件は,現行のカリキュラムでほとんどがカバーでき,専攻内に特段の大きな改変も伴わないが,効果は大きい。現代を生きる障害者として,グローバル視点で、ライフプラン・仕事を考えることができるということは,学生の自己価値感を高めるとともに,自身の仕事に対する愛着・やりがい・社会的貢献への思いを強めることと考える。 今後の成果の報告は,鍼灸学専攻での他の教員へのレクチャーおよびテクノレポートへの投稿等を予定している。 参考資料 1 The Royal National College for the Blind (RNC)の HP.http://www.rnc.ac.uk/ 2. ITECのHP. http//www.itecworld.co.uk/