放射線計測用自律型走行ロボットの開発 筑波技術大学 産業技術学部 産業情報学科 稲葉 基 キーワード:放射線計測,オムニホイールロボット,自律走行,電子回路 本研究では,平成26年度教育研究等高度化推進事業競争的教育研究プロジェクト事業(産業技術に関する研究)として,教育機関や公共施設等の屋内を自動的に走り回り,環境放射線量の変化を調べ続ける自律型 走行ロボット(図1)の開発をおこなった。 平成23年3月の東日本大震災では,福島第一原子力発電所から大量の放射性物質が放出され,東北地方を中心とする広い範囲で環境放射線量の上昇を引き起こした。その分布は,風雨や近隣での土木工事といった様々な要因で現在でも変化し続けており,特に放射線に対して高い感受性を持つ若い人が集まる場所では,放射線量の変化をいち早く検知し,立入制限や除染等の措置を講じる必要がある。しかし,放射線計測に 関する専門的な知識と技術を有する人材は限られて おり,広い床面積を持つ教育機関や公共施設等を隅々まで定期的に調査するには大きな予算を必要とする。そこで,本研究では,毎晩,自動的に教室内や廊下等を走り回って環境放射線量を計測し,その分布図と 時間変化の様子を視覚的に出力可能な自律型走行ロボットを開発することを目的とした。 本研究で開発したロボット(図1)は,放射線を検出する部分,走行に関する部分,産業用コンピュータ,鉛蓄電池,各種制御回路および電源回路で構成されている。2種類の放射線検出器を搭載しており,1つは平成25年度教育研究等高度化推進事業,競争的教育研究プロジェクト事業(産業技術に関する研究)「放射線空間線量率の可視化に向けた小型・低コストのガンマ線検出器の開発」(研究推進のための特別採択)の研究成果を活用した固体シンチレーションカウンタで,CsI(Tl)結晶と半導体光検出素子を用いてガンマ線のエネルギースペクトル分布を調べることができる。 もう1つは,ガイガーミュラー(GM)計数管で,高エネルギーベータ線をほぼ100%検出することができる。それぞれ前段信号処理をおこなってから,産業用コンピュータに搭載したインターフェイスボードで信号を読み出し,データを解析して,結果を保存する。外部のコンピュータから無線LAN経由でロボットの状態や解析結果を問い合わせることも可能である。 ロボットの下部には,3つのオムニホイールをそれぞれギヤードモータに直結して配置した。オムニホイールは,ギヤードモータが回転する方向にはトルクがかかるが,その横方向には自由に回転する車輪である。産業用コンピュータや鉛蓄電池の重みで回転軸が傾かないように,アクリル製の構造体には十分な強度を 持たせた。3輪駆動にして,各車輪への荷重が均等になるように重量配分することで,特定の車輪が空転 することを抑え,さらに産業用コンピュータからのPWM(パルス幅変調)信号で3つのギヤードモータの 回転バランスを制御することにより,全方向へ任意の速度で進行・後退・回転できるようにした。 図1 自律型走行ロボットの外観 また,ロボットには,位置データによる走行,壁面検知による走行,追従による走行の3つの走行モードを用意した。位置データによる走行では,予め産業用コンピュータに走行パターンデータを書き込んでおき1つの場所での環境放射線量の計測が終わる度に次の計測場所まで行くためのデータを読み出すことを繰り返して,ロボットが自走する。これは,体育館のようなひらけた空間をくまなく調べる場合に適している。壁面検知による走行では,レーザレンジファインダ (光距離測定装置)を用いて壁面との距離が常に一定になるようにロボットが自走する。壁や障害物に沿って走行するため,室内の周辺部や長い廊下を調べる場合に適している。追従による走行では,無線LAN経由で接続されたコンピュータもしくは携帯端末から直接 ロボットの走行を制御しながら走行パターンを覚え させ,それと同じ走行を繰り返させる場合に適して いる。3つの走行モードは,制御プログラム上で自由に組み合わせることができる。 本研究で開発したロボットは,夜間,無人となった屋内を走行することを前提としているが,無線LAN 経由の遠隔監視機能に加えて,安全に走行するための機能を4つ組み込んだ。1つ目は,高感度3軸加速度センサーによる衝撃や傾きの検知である。加速度センサーの出力信号をリアルタイムで解析し,ロボットが予期せぬ物体に衝突した可能性がある場合や床上の何かに乗り上げて傾いた場合,ロボット本体が何者かによって持ち上げられたと判断した場合は,ロボットの動作を停止するとともに,直流高電圧を使用している放射線検出器を停止するように設計した。2つ目は,温度の監視である。ロボットには,全部で18個の温度センサーが取り付けてあり,モータや各種電子回路が異常発熱していないかを監視し,必要に応じて電源を遮断する。3つ目は,進行方向の段差の検知である。レーザレンジファインダを用いてロボットが進む先に段差がないかどうかを調べ,階段や深い溝にロボットが転落しないようにしている。ほとんどの床で,進行方向に出現した段差(床がなくなる部分)を検出して,ロボットを安全に停止することができた。4つ目は,鉛蓄電池の出力電圧が降下した場合の対応である。 ロボットの電力は,1つの鉛蓄電池から供給しており,一時的であれ,鉛蓄電池の出力電圧が降下すると, 産業用コンピュータや各種電子回路が誤動作を起こしかねない。そこで,十分な容量を持つ電源電圧監視 回路を開発し,鉛蓄電池の出力電圧が12.1[V]以下であることを検知すると,ロボットを停止させ,それが一時的な電圧降下の場合は,一定時間経過後にロボットを再起動し,電圧が回復しない場合は,全ての電子回路を遮断して,鉛蓄電池を保護するようにした。 ロボットの走行試験および環境放射線量の計測は,天久保キャンパスの校舎棟6階の実験室と廊下で実施した。3つのオムニホイールが床上で滑ることで, 事前に入力しておいた位置データと実際の走行経路との間に誤差が生まれることが懸念されたが,一周してほぼ同じ場所に戻って来た。廊下の角のように2枚の壁が直角になっている部分を起点にすれば,ロボットをその場で回転させて,2方向の壁との距離をレーザレンジファインダで調べることで,容易に位置補正をおこなうことができた。同じ経路で計3回の走行試験ならびに計測をおこなった結果,鉛蓄電池の残量は 十分あり,電源電圧の降下は検出されず,ロボットの位置データと計測データを組み合わせることで,環境放射線量の分布図を作成し,その時間変化の様子を 表示することができた。 本研究によって,教室内や廊下等を自動的かつ安全に走り回って2種類の放射線検出器で環境放射線量を計測する自律型走行ロボットを開発し,放射線量の 分布図とその時間変化の様子をいち早く視覚的に知ることができるようになった。 今後は,放射線量がさらに高いところで実験と評価を続け,放射線検出器のダイナミックレンジや安定性の検証をおこない,研究成果を日本物理学会等で発表していく予定である。また,レーザレンジファインダが苦手とした真黒な床や壁への測距性能を補うための超音波距離センサーの追加も検討していく。そして,本研究で得られた成果をもとに,屋外でも活動可能なキャタピラ型やメカナムホイール型の放射線計測用 自律型走行ロボットの開発に向けて,研究予算を申請していきたいと考えている。